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人型潜行機動兵器〈伊號〉  作者: 樫野そりあき
一章 『傭兵と海賊と』
7/34

 彼の意識は朦朧としている。

 見えてきた風景は、幼馴染みの部屋であった。


「かなりブラックという噂だ」

「だから?」


 本人であるカイトすら忘れかけていた記憶。高校生の三島海斗(カイト)は学生服の第二ボタンを外しながら相手の顔をみる。それは、海斗と同級生の友人、黒縁の眼鏡をかけた男であった。眼鏡にかかりそうな前髪を揺らし、説得する眼差しで海斗を一瞥する。


「なあやっぱり、企業軍はよした方がいいと思う。それなら防衛海軍に入隊して潜行士(ダイバー)に志願するべきだよ」

「やなこった。聞けば防衛海軍のダイバーは狭き門らしいじゃないか。自衛隊時代の戦闘機乗りほどに難しいそうだぜ。それに比べて企業軍はすぐにダイバーとしての訓練を受けられる」


 学校帰りに買ったミネラルウォーターを一口飲んでから手荒くテーブルの上に置く。二人は部屋のテレビを見詰めている。映っているのは格闘対戦ゲームのプレイ画面。不思議なことに、二人が操作もしていないにもかかわらず、普通に格闘戦が繰り広げられていた。それを見ながら落ち着いた調子で友だちのほうが口を開く。


「どうしても、高卒で企業軍のダイバーになるのか」

「お前ほど頭もよろしくないからな。進学なんて考えちゃいない。できるだけ早くAFM-Dに乗りたい、それだけだ」


 企業軍は海賊を相手にしている。下手をすれば国家軍人よりも戦場に近い。海斗は、彼がそれを心配してくれていることを理解していたが、自分の夢に逆らうこともできない。


「……わかった。もう言わないよ」


 友人は手で膝を打つと諦めたように笑う。彼の秀才ぶりは学校や大人たちの間では有名だった。だが海斗にとってしてみれば、彼はただの友だちでしかない。子供の頃から「天才とバカが、どうしたら仲良くなるのか」と周りから冷やかされたものだった。


「だったら、僕は海斗が乗っても安心安全な操作補助AIを開発することにするよ」


 海斗はコンビニで買った雑誌をめくる手を止め、顔を上げる。


「……バカにしてんのか」

「そんなことないさ」


 友人は、ニヤけた顔を誤魔化すようにお茶のペットボトルを口許に運んでいた。が、すぐに真顔に戻ると最後にこう言った。


「ただ一言だけ言わせてくれ」

「なんだよ」




 …………。




 目を開くと船の中だった。先ほど、海賊のクーロンに退けられたカイトは、母船でもあるスクラップ回収船レッド・パンプキンの船室で寝かされていた。まだ少しだけ頭痛がするので片手で頭を抱える。ゆっくりと起き上がってからカイトは呟いた。


「……誰だっけか?」


 夢の登場人物のことである。友人であることは覚えているのだが、顔と名前をどうしても思い出せないらしい。昔に、そんな会話をしたことはハッキリと覚えているにもかかわらず、その話し相手を忘れていることに言い知れない違和感をカイトは感じていた。


 ――断片的な記憶喪失。


 浮揚軍港のヤブ医者によれば、ロンボク・サウンドでの海戦で発症した酸素欠乏症が原因らしい。まず、家族の記憶が失われていた。両親の顔を忘れ、兄弟がいたのかも定かではない。どうやら人の顔を思い出すのが難しいらしく、旧友の顔と名前を忘れてしまっている有り様だ。


「あいつ、最後に何って言ったっけ?」


 彼の最後の言葉が思い出せなかった。過去に遡るほど、記憶の虫食い穴も多くなっていく。中途半端な記憶喪失とは存外に厄介なものである。カイト自身は人生の大筋は覚えている気がしているが、どこで何の記憶が抜け落ちているか分かったものではないのだ。


「オッ、復活したな」


 体格の良い船乗りがずかずかと部屋に入る。丸太のように太い腕を降り下ろし、黒い肌の手が無遠慮にカイトの肩を叩いた。


「相変わらず眠そうな目をしやがって、まだ寝ぼけてるのか?」

「……」


 無反応に船乗りに向き合うカイト。それに対して、目の前の男の編み込まれた頭髪と堀の深い顔が、ぐっと目の前に近付けられ、大きな二つの目玉がカイトを覗きこんだ。


「生きてるか?」

「いや、死んでるよ」

「なら海に捨てる」

「やめてくれ」

「ジョークに決まってんだろ」

「……そうは聞こえないんだよ、ダグ」


 ダグと呼ばれた船乗りは白い歯を見せて笑った。彼の話によれば、携帯端末のAIが発した救難信号が目印になり、海上でカイトの位置を掴むことができたのだという。ゆっくりと浮上してきた潜行機を、船のウィンチとフックで一本釣りにしてカイト機を引き揚げたらしい。


「またヨナに救われたな」


 何かに気が付いたカイト。

 この場に携帯端末がない。


「ヨナは壊れたか?」

「心配ねえ。ただの電池切れだ」


 安心の息を吐き出すと、立ち上がって体が正常に動くか確めるカイト。異常がないことを確信すると、船室を出て、近くのタラップの手すりに手をかけ、甲板に登っていった。


 船は停船していた。


 白んできた夜明け前の海は色を取り戻し、水平線上には陸も見えている。カイトを殺しかけた潜行機は甲板上で吊るされており、数人の整備作業員がまとわり付いて何かをしていた。それが修理であることが分かった瞬間、カイトは少しだけ頭に血る。


「そんなゴミ捨てちまえ!」


 整備員たちは驚きで一瞬動きを止めたが、すぐに作業に戻った。彼らの眼中にあるのは機体だけで、乗り組み要員のカイトになど興味がないらしい。その代わりに、後ろから付いて来ていたダグが口を開く。


「ゴミじゃねえ。立派な商売道具だ」

「俺は耐久のテストダイバーではないんだぞ」

「できると言って乗り込んだのはお前だろうが。それに潜行機は無駄になる所はない、廃品になっても金になる。捨てる所なんかありゃしねえんだよ」

「廃品売買の話は、お前らスクラップ回収屋の仕事の範疇だろう。傭兵の商売には関係ないね」


 AFM-Dはもちろん、潜行機の部品は金になる。海上に放棄されて浮遊するそれらを引き揚げることは、スクラップ回収船の仕事である。そんな廃品回収屋が副業のように傭兵稼業を行っていることは、ダグの回収船に限ったことではなく、廃品収集屋と組んでいる傭兵の待遇が良くないことも珍しい話ではなかった。


「じゃあ訊くが。なぜ海賊を攻撃をした」


 鋭く輝るダグの眼光にカイトは閉口する。

 返す言葉が見つからないからだ。


「海賊に喧嘩を売ることは誰も望んじゃいない。無理な仕事をしろなんて、こっちは一言も喋っちゃいないんだ。海賊に発見されたとき、黙って予定通りに帰ってくれば良かったのさ。墓穴を掘ったのは、カイト――お前だ!」

「……企業軍の体質が染み付いているだけだ」

「関係ない。いまお前は傭兵だからな」


 当初の予定を無視したのはカイトである。それは偽りのない事実であって、言い逃れすることはできない。軽率な動きをしたことは間違いないのだ。カイトは観念したようで、うなだれるように船縁の手すりにもたれ掛かると弱い声で話題を変える。


「八割は俺の勘だが、ただの海賊じゃなかったぞ」

「情報も金になり得る。聞かせろ」


 ダグは、またニヤリと笑う。

 両の腕を組んでカイトに耳を傾けた。

 

 船の仲間とはいえ、他の乗組員には秘密にして置かなければ、情報が何処かに流れてしまうか分からない。例え噂でも、巷に広がった情報の価値はがったりと下がってしまう。それはダグにとっては面白くないことだ。カイトは誰にも聞こえないように声を潜ませる。


「海賊は頭のいい奴だった。奴らの温床から危険を冒して抜け出し、危険海域手前で罠を仕掛ける。頭のダイバーがまた厄介で、かち合ったのは一回きりだが反応はと良かったと思う」


 ダグはピンと来ない様子でいる。


「それだけか? そもそも、おつむが悪い奴に海賊は務まらねえ。腕のいいダイバーだってゴロゴロ転がってやがる。もちろん、海賊にだっているだろうさ」

「違う。反応の良さだけじゃない。いま思い返してみて分かるんだ。熱くならずに冷静を保つ。目の前の戦闘にとらわれずに敵を分析して弱点を的確に突いてくる。恐らく国家軍人出身の人間だと思う。それもかなりの玄人だな」


 頷きながら聞いていたダグ。

 ふとカイトの顔を見て皮肉の笑みを浮かべた。


「お前も見習え」

「……悪かったな」


 ダグは、煙草を取り出すとカイトに一本渡してから自分もくわえる。そして、その二本にオイルマッチで火を付けた。ダイバーで煙草を嗜まない者はいないと言われているが、その例にカイトが漏れることはない。一服の沈黙の後、ダグは話の続きを促した。


「ほかに、その海賊の情報はあるか」

「映像通信で送られてきた映像には首が九つの龍のマークがあった。ダイバーの名は、クーロン」

「……カイト。それをはやく言え」


 呆れたような顔をするダグ。それを睨むカイト。クーロンが何者かを知らないのだから仕方がないカイトに対して、ダグは覚えがある様子だ。


「クーロンは非公式の独立傭兵だ」

「知らないね」

「お前が無知なだけだこの情報弱者。中国海軍出身の元職業軍人。東シナ海でお前ら日本人と凌ぎを削っていたダイバー部隊の指揮官だぜ。となれば今回の襲撃は、ただの略奪ではなさそうだな」


 思案するように宙を見詰めるダグを横目に、カイトは短くなった煙草を海に捨てる。吸殻は水面で火種が消えると、波に揉まれて船尾方向に流されていく。カイトは無感情にその様を見下ろしていた。


「クーロンは祖国に太いパイプがある。裏があるかもしれねえな」


 ダグが呟き、カイトにその内容を説明する。単純に略奪するだけが海賊の生業ではなく、裏で企業や国と手を結んでいるケースが多い。例えば、某社に利益を流すためにライバル社の利益を妨害する。その某社に雇われて、汚れ仕事を請け負うのも海賊の仕事でもあるわけだ。


 つまり、日本がオーストリアから鉱物を輸入するすることをよしとしない者がいるということ。その運搬上の航路が危険であることを知らしめれば、他の鉱物採掘会社に注文が流れるのをねらいとしているのだ。危険の少なく安全に近場から所から、日本が必要な鉱物を輸送したくなるように仕向ける。そうして得をするのは何者か――。


 力説するダグ。

 それを前に、カイトは大きなあくびをかました。


「興味がない」


 カイトは、言葉を失うダグに眠そうな目を向ける。そして、二本目を催促する手を差し出していた。手荒くポケットから出した煙草を袋ごと突き出すと、ダグはすっかり呆れてため息をつく。カイトの興味が別の方向に向いていることをダグは知っていた。


「何を気にしてる?」

「……あの船に申し訳ないことをした」

「企業軍を作れない企業は傭兵を雇うしかない。だが俺たちも儲けるため、生き残るための選択をした。それだけだろうがよ」

「……そうかな」

「公認傭兵と言っても正義の味方じゃねえんだ」

「分かってるさ」


 何処か煮えきれないカイト。

 それを見たダグは憤然とする。


「カイトよお。もっと賢く、悪人になれ」

「……気に入らない」

「傭兵稼業は綺麗事じゃねぇってんだ。分かってんだろ!」


 普通でさえ大きいダグの声に、整備員や甲板作業員たちの目線が二人に注がれる。気圧されはしないものの、黙りこくるカイト。その態度に気が立ったらしく、ダグは彼を置いてブリッジに戻ろうとした。だがすぐに足を止めて振り返る。その声にも目付きにも厳しさが滲んでいた。


「ポートノースに帰って二日後には次の仕事だ。例の女社長の件、お前が勝手に受けた申し出だろ? せいぜい頭を使って儲けるんだな。悪人になれないならそれもいい。好きに生きればいいさ。だがな、俺への借金はきっちり返済してもらうぜ。お前の自由は、全部その後だ!」


 言いたいことをいってダグが消える。取り残されたカイトは、煙草の紙袋から一本引き抜く。左胸の人工肺が低いモーター音を立てている。カイトは静に、また呟いた。


「……本当に、気に入らないな」


 夜明けである。太陽が海の色を一変させる時間がきた。黄金の海原を眺めるカイトの後ろで、エンジンに火が入る音が聞こえる。潜行機は甲板に下ろされて既にワイヤーで固縛されているらしい。


 煙草に点火するものがないと分かった瞬間、船が急発進してカイトをよろめかせた。手すりに掴まったは良いが、未使用の一本は口からこぼれ落ちて海の藻屑となった。


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