12
伊號が起動する。カイトはコンソール機器に視線を飛ばし、伊號の状態を確かめた。その様子をノエルは座席の後ろでしがみつきながら見ていた。血を流すカイトの背中を見てノエルはぎくりとした。喉に何か詰まったように口を閉じて喉を鳴らす。
「これ……まさかお姉ちゃんに」
「ちがう。ターシャじゃない」
『出血はありますが、軽傷のようです。ノエル、そこに救急キットがあります』
ノエルは座席の後ろにあるケースを開ける。たしかに傷は深くはないようだ。消毒液を吹き付けるとカイトは海老反りに小さく跳ねたが、悪態はつかなかった。
「……あの、お姉ちゃんのことだけど……」
「いま話してるときかよ。心配しなくても後できっちり聞いてやる。死ぬところだったんだからな」
ノエルが頷いて簡易的に手当を終えると、カイトは機体を前進させる。AFM-Dは、コンバットブーツを装備することで、地上においてその十分な自立性を確保し、戦闘における最低限の移動性能を獲得できる。跳躍はできないが、滑走するように走る。
タイプによって砂上移動可能なホバータイプ。岩場や流氷での走行を想定したスパイクタイプも存在する。伊號が装備しているのはコンクリート上を走行することを想定した軍港用のポートタイプだった。
クレーンの通りまで戻る。
あの黒い機体の姿はない。
『機影、熱源確認なしです』
「追うんですか?」
『現状、水中戦闘力低下中のため、速やかな撤退を推奨します』
ノエルの問いへの回答として伊號は前進する。いちど周囲を警戒した後、スラッグガンを手放して埠頭から海へ飛ぶ。脚部から落ちた伊號は急速に沈んで行く。AFM-Dのコンバットブーツの重量はあえて重くしている。陸上から水中に戻る際、素早く深度をとって優位に戦闘を続行するためである。
伊號はその機能通りに沈む。落下の不快な浮遊感を下っ腹に感じる。その感覚にダイバーであるカイトには耐性があるが、AFMの実戦経験がないノエルに、カイトは重要なことを警告しなければならない。
「ここで死んでも恨むなよ」
「勝算はないんですか?」
「確実に言えることは、伊號はすぐにでも棺になりかねないという事実だ」
「……ダイバーとしての心構えは理解しました。でも技術屋の端くれとして言わせてもらいますけど、少なくとも私には勝算があります」
ノエルが言い終わらぬうちに、アラートが機内に響く。
『発砲検知』
「方位!」
『1-1-2。軍港の下です』
ヨナの第一報とほぼ同時。
スピア弾が伊號をかすめる。不意をついても、カイトの回避操作の方が早い。その瞬間を目の当たりにしたノエルは座席にしがみついて息を飲んでいた。
「暗がりに隠れていたか」
『スラスタ音あり』
「かくれんぼする気は」
『無いようですねぇ。来ます!』
ユニット解除をする。コンバットブーツが脚部から離れて水中バルーンを解放し、自動的に浮上していく。伊號は機動力をとり戻した。チューンアップされたスラスタが甲高くうなっている。
スピアライフルの発砲音は小さいが、地上で用いる弾丸とは比べものにならないほどの大きい運動エネルギーを有している。それが風切り音がない水中で、伊號をかすめて飛んで行くのだ。スピア弾が消えていく後方を、ノエルはわずかに振り向いたがすぐに前方のスクリーンに視線を戻した。
軍港のベースメガフロートの下は太陽光を遮っているので、昼でも暗い。その中に赤い明かりが灯っている。それは敵機の光学センサーの光だった。
ロウソクのように揺れ動いた次の瞬間には消え失せたが、それに応じて伊號は屈折するように鋭く身を翻す。めぐるましい動きにノエルは目を回したが、カイトの捍さばきをこの目で確かめたいがために目蓋を閉じることはしなかった。
「くそっ」
短い悪態をカイトが吐き捨てた直後、赤い灯火が目と鼻の先に現れた。スクリーンにはその大きな黒い影が蛍光色で縁取られ、その正体を示す。暗がりから現れた機体の胴体部に赤く不気味なシャークマウスが浮かび上がる。敵機である。
『敵機速度算出。40ノット』
「まさか、私の伊號と同格だなんてっ!」
「向こうも競技用にセッティングされてるか」
レース用に調整された伊號に匹敵する速度で戦闘する敵機の性能は異常ではあった。このシャークマウス機も相当に手が入った機体に違いない。敵の手が伊號を掴む。激しい衝撃がコックピットを襲った。敵は空いたほうの手を構えてスピアガンを撃ち込もうとしたが、カイトはペダルを一気に踏み込んで、敵機を蹴飛ばした。
カイトはスピアガンを撃ち込むために兵装コンソールに手を伸ばしたが、ノエルはその手を制した。
ノエルは左手スピアガンの火気管制を立ち上げる。戦闘操縦を妨げられたカイトは苛立ったが、ノエルの機器の操作速度も速い。また、それはカイトが見慣れている伊號固有の管制ソフトではなかった。
「純正の管制ソフトじゃないな」
「左手スピアガンの発火機構を移植しただけなので、火気管制ソフトもそのまま搭載しました。あとで管制に組み込む予定で、言語はあとで統一しますが」
「まった!」
遮るようにスピア弾が走る。突然の回避運動に、ノエルは小さい悲鳴を上げて座席の後ろで転がった。
「詳しい話はあとにしてくれ」
「では簡潔に。右腕のスピアガン機構には変更なし。左腕のガン射程は二メートルです」
「二メートルだと?」
「詳しい話はあと、ってカイトさんが言いましたでしょ。弾数は一回きりです」
射程距離が二メートル。手が届きそうな距離まで接敵し、伊號の左腕を突き出して、まさに接触する寸前のところで発砲しなければならない。これはもはや飛び道具ではなかった。しかし、カイトは深く考えない。使い方がわかれば問題はないのだ。
接敵しなければならないが、伊號の装備は左腕の改造装備を除けば右腕のスピアガンだけである。
対する相手はスピアライフルなので距離を取られれば伊號に不利であった。敵はそのことを理解しているらしく、カイトが距離を詰めようと前進をかければ、背を向けて一定の距離を保とうとする。速力も改造伊號と同等のため、カイトは一向に接近することができない。
敵機が距離をとり、振り向きざまにスピアライフルを見舞い、カイトはそれをかわす。射的いっぱいで右のスピアガンを発射するが、狙いが定まらない。急速回避運動も取らず、ゆるりとした動きで伊號の攻撃をかわすと、そのシャークマウスがカイトを嘲笑っていた。
「ヨナ、敵の残弾は」
『予備弾倉なしとしても、まだ40パーセントは温存しているかと。こちらもスピア弾を節約することを推奨するのですよ』
そんなことはわかっていると言いたげな面持ちでカイトはコンソールを叩いてソフトのウィンドを立ち上げる。ソナーで観測された周囲のマップが小窓で表示された。
浮揚軍港の基盤を成すメガフロートは復原力を増すため、中心部が最も深くなるように建造されていた。水上の建造物とは対照的に、水中の中には逆さまの塔が海底に向かって突き出している。敵は、その塔の先端に向かって真っ直ぐに退いていた。
「待って、何か怪しくないですか?」
『ノエルの意見に同意。どうか慎重に』
「だったら、それに付け込めばいい」
「どうやって? 相手の出方も分からないのに!」
「お喋りを止めろ。舌嚙むぞ」
『どうか慎重に』
逆にこの状況を利用しなければ、接敵するチャンスを逃すであろう。どちらが先に相手を自分の術中に陥れるかが重要であった。
黒い敵機は、メガフロートの影に溶け、いよいよ目視が難しくなる。モニタのグラフィックで縁取られた輪郭が突然形を変えた。機の体勢を大きく変えたのだ。その黒い機影中に赤い灯を見る。メインカメラの光だ。敵機は構えるように伊號に向き直っている。
違和感を覚えたカイトは直感的に伊號に後進をかける。急な制動操作にノエルは座席の後ろでミキサーにかけられたように転がった。次の瞬間には甲高いアクティブソナーの音が伊號を叩いていた。
『キャニスタ注水音!』
「機雷か?」
アラートが響く。予想外であった。
敵機は魚雷のキャニスタを装備しているようには見えなかった。それどころではない。先ほどまで陸上戦闘を繰り広げていた機に、魚雷が装備しているとは思えない。その謎はすぐに解ける。
『敵機からではありません! 直上! 降り注いてくる!』
伊號を翻す。仰向けに軍港の底を見上げた。モニタに赤い点が無数に表示される、そのすべてが迫りくる短小魚雷である。ノエルの声が震える。
「たった一機にこの数…?もしかして、メガフロートの底にこんな量の魚雷キャニスタを用意してたの……? そんなのオーバーキルだよ!」
「光栄じゃねーか。上等だぜ」
魚雷に対して機を立てる。右腕のスピアガンを構えたがすぐには撃たない。焦れたノエルが座席の頭を叩いて催促した。
「当たりますでしょ! 迎撃してくださいよ!」
『ノエル。カイトさんが射撃ヘタなの知ってるでしょ』
「ロックすれば自動補正がかかります! 知ってるでしょ⁉」
「自動補正だって完璧じゃない。知らないんだな」
『直近魚雷、回避不能距離!』
さらに伊號は魚雷に向かって反航する。目の前の魚雷が倍の速度で迫る。モニタに表示されるスピアガンのサイトより、魚雷が大きくなった瞬間、カイトはトリガーの握った。
爆発。
大量の気泡の玉が眼前で弾けた。大きな衝撃はあったが、計器を見る限り機に異常はない。それを認めると、カイトは迷わずに気泡の中心に飛び込んだ。
伊號に向かって殺到する魚雷は誘爆はしなかった。近接信管ではなく通常信管である。殺意満点のたち魚雷は伊號一点を目標として集まってくる。だが伊號は、同時に発射された魚雷の壁に、いま穴を穿って突き抜けた。
最高速で擦れ違った伊號が魚雷の旋回能力を上回る。一点を目指していた魚雷の群れは、伊號の残像という名のデコイに欺かれたかの如く、その一点で同士討ちとなった。とどのつまり、伊號の背後で爆発したのだ。
「どうだい。ちっとは信用する気になったか?」
カイトは得意げにノエルに声をかけた。
「伊號は魚雷に向かって進むから魚雷の収束地点は常に変動する。それに伴って魚雷は舵角を大きくとる。その限界を超えたんだ。そうか、一点突破する瞬間のリスクをクリアすれば、通常の逃避行動よりも短時間で状況を一変することができる……」
なにか独り言を呟いた後に、ノエルは感嘆した。
「すごい! いまの一瞬でこの作戦を考え付いたんですか⁉」
「考えはしねーよ」
ノエルの率直な誉め言葉にカイトは調子を狂わされてそっぽを向いたが、悪い気はしなかったらしい。
『状況を確認』
彼の気のゆるみをヨナが遠回しに嗜める。敵機の姿はなかった。伊號はアクティブソナーを打つ。しかしメガフロートの底から乱反射した音波が返ってくるだけで、位置の特定には至らない。
すべての推進器の出力をゼロにしてパッシブソナーを起動。カイトは僅かに振り向いてノエルに対して人差し指を口の前に立てる。ノエルはこれに応え、口を両手で塞いだ。
『無音潜航』
索敵のための静粛である。コンソールのボリュームと方向性を操作し、モニタには補足した波型の音紋が表示される。海上を行く船舶の航行音。メガフロートから降ってくる原子炉の排水音と稼働音。遠くからクジラやイルカの声も聞こえる。そこには今し方まで戦闘したとは思えない静寂があった。その凪を破ったのはヨナであった。
『注水音!方位2-1-4!』
機を動かしてその方位を見る。モニタの音紋が赤く光る。キャニスタの注水音だった。しかし、魚雷発射音と推進音がない。カイトは即座にそのキャニスタに向かって発砲する。メガフロートに命中し、建造物の一部が崩れた。それを見たノエルが思わず声をあげた。
「なんてことするんですか!」
「あれしきで軍港は沈みはしねぇよ。あそこは原子炉設備でもない」
『お二方、キャニスタが注水音だけで終わるのは不自然では』
ヨナが言い終わる前にアラートが響く。それと同時に衝撃。モニタには右肩部のダメージが表示される。バラストタンクの水量が勝手に上昇している。姿勢制御が崩れ、伊號は僅かに姿勢を傾げた。肩にスピア弾が突き刺さって空気が漏れていたのだ。背後上方にライフルを構えた敵機の姿があった。
『敵機補足。姿勢自動調整。バラストタンク注水。肩部空気弁閉鎖』
「うそ、推進音なかったのに」
「簡単なことだ。フロート底を蹴って落ちてきたのさ」
伊號の動きは鈍った。それを見て取ったらしく、敵機が急接近。禍々しいシャークスマイルが迫る。スピアガンが撃ち込まれるが、機を翻してなんとかこれを避ける。しかし、次の瞬間には伊號が敵機に蹴り落させれていた。
激震。ノエルの悲鳴がカイトの背中に聞こえたが構ってはいられない。右腕のスピアガンを構えるが起動しない。右のコンソールに故障を知らせる警告灯が点滅していた。敵が蹴り落したのは、右肩部に突き刺さったスピア弾であった。これを深く突き刺されたことで、右腕部が完全に破損していたのだ。
敵機は体勢を整えて再度突撃の構えを見せた。なるほど、まさに鮫である。標的が無抵抗になるまで嚙み砕くつもりらしい。カイトは操縦桿を握りしめる。次の行動に移ろうかとしたそのとき、ノエルがカイトの肩をがしりと掴む。
「左腕武装ガン射程、二メートル」
カイトの目が僅かに開かれる。先ほどの会話が脳内に奔った。カイトの中で戦法の点と線が結ばれる。その閃きがカイトの手足を迷うことなく動かしていた。
敵機が再突撃する。殺到するスピア弾が伊號かすめた。伊號の動きを不信に思ったのか今回は衝突をさせるように動いたが、カイトはそれを妨げ、立ちふさがる。
『電圧最大。機関最大速力』
魚雷機関が出力を上げる。
改造スラスターが海水を吐き出して伊號が突進する。
『左武装、炸薬装填。トリガーロック解除』
左の武装を起動。
逃走するシャークマウスに照準を合わせた。
「撃つ!」
敵機の前に回り込む。
その顔面目がけて伊號は左の拳を突き出した。
だたの正拳突きではない。左腕の発射機構に仕込まれた炸薬が発動して爆音と多くの気泡を左腕が吐き出す。そのエネルギーによって、中に装填してあった特製のスピア弾が突き出すように伸びた。
通常よりも長い二本スピア弾は、杭を打つようにシャークマウスの機体に風穴を開ける。しかし、あまりの衝撃の大きさに、この距離でも照準は定まらず、狙いを大きく外れて、敵機左腕に命中。そのアクチュエータを粉々にして、血液のごとくオイルを噴き出させた。
「これが、黒海を脅かしたロシア製“セイウチの牙”ですよ」
座席にしがみついたノエルが満足そうに呟いた。かつてパイルバンカーという名の空想武器で知られたそれは、纏わりついたオイルを海水で洗い流し、鋭く輝いている。発射後は突き出した状態でロックされ、物理的な攻撃手段として使用できる。
敵機が、流石に堪えた様子で伊號から離れると、ここぞとばかりにカイトは距離を詰め、あの腹立たしいシャークマウスに切りつける。鈍い音と共に敵機の外皮が裂けて伊號の牙も折れる。パイルバンカーのロックを解除すると切り離された二本のスピア弾は海中にへと没した。
シャークマウスは逃走を図るが、それを逃すまいとカイトはアクセルを吹かす。速力に差がないため、接近戦となれば追撃は容易である。おまけに相手は損傷による水流抵抗の悪化が原因で速力が落ちている。
手強い相手である。
だからこそ、止めを刺す必要があるのだ。
「カイトさんよく聞いて。背面縦舵を改造しました」
『ノエル。ヨナはその兵装の使用を推奨しません』
「却下だヨナ。ノエル、どうすればいい」
「この縦舵を、ぶつけてださい」
「ずいぶん乱暴なことをさせるんだな」
『本機の安全を保障できません!』
「兵器なんか最初っから安全の保障なんてないだろうが」
「いいましたでしょ。勝算があるって」
ノエルは手を伸ばしてコンソールを操作し、別の兵装システムを立ち上げる。だがそれは警告メッセージによって妨害される。ヨナの仕業だった。
「ヨナ! 言うこときいて! さもないと省エネ航行モードにヨナの機体制御も組み込んで黙らせるよ!」
『ヨナの消費電力なんで微々たるものなのですよ! 新兵装の必要電力が馬鹿げた大きさであるほうが問題です!』
「よくわからんがやるしかない。ヨナ。その兵装が使用可能になるまで電力をカット。操縦の必要最低限。その計算と選定を任す」
『……』
ヨナの少々の沈黙あってから、機が省エネモードに切り替わる。殆どが手動操作に切り替わり、戦闘に使用しないモニタのバックライトなど最低限の灯りも消えて機内は薄く暗くなる。ヨナも自主的に接続を切って端末のバッテリーに電源を切り替えた。
『まだ足りません。使用時は上からの急降下攻撃に限定してください。使用の瞬間にはスラスタの電源もカットする必要があるのですよ』
「よしきた」
カイトは敵機の上を取る為にさらにアクセスを開いて伊號を上昇させる。ノエルは座席に両足を絡めて体を固定し、改めてシステムを立ち上げてその時を待った。
敵機を下に見ると直滑降に伊號を振り落とし、動きに捻りを入れて機を翻す。背ビレを下方に構え、よろめきながら遁走するシャークマウスを捉えた。
「ヨナ!」
『スラスタ停止! 全タンク注水! 非常操舵装置起動!』
カイトは非常用の油圧操舵装置の左右のハンドルに手をかける。ノエルがコンソールタッチパネルの発動ボタンを拳て叩いた。最低限の電力にも関わらず、モニタが一瞬消えかけるがジェネレータが回転数を上げて電圧が回復する。
同時にジェネレータとは別の駆動音が伊號の背中に奔った。伊號の背ビレ――その縦舵の先端に鋸刃が現れたのだ。それは、恐ろしい速さの振動。刃からキャビテーションによって発生した気泡が伊號の軌道を追って一直線に伸びた。敵機のシャークマウスは直前に緊急回避行動を行うが、間に合わない。
もう一つの腕が刎ねられた。
衝撃はあったが、先ほどの新兵器ほどではない。それはそれは見事な切れ味であった。刃が起こす高周波の振動は、敵機にそれが触れた瞬間、摩擦の高温によって機体を骨組みのフレームごと断ち切って見せたのだ。溶断されたシャークマウスの右腕の切り口は一瞬だけ赤く焼けた色を見せたが、気泡を吹いた後に鉄の塊となって海中に没する。
「……やった!うまく行きましたでしょ!」
『もちろんですとも。ヨナが最適に電力調整したのですから』
危険を悟ったのか敵は離れていく。追撃しようとスラスタのアクセルを開けたが、コンソールモニタ上のバッテリー警告灯が赤く光る。伊號にも電力供給系に異常が発生していた。
「ここまでか」
『敵機からのロック照射解除しました』
「戦意喪失……かな?」
「そうとは言い切れないが」
先ほどの魚雷キャニスタを駆使した戦術を思い返せば、何があるかわからない。電力安定の復旧をしつつパッシブソナーのヘッドフォンを耳に片方だけ当てるが、軍港の発電機関の冷却装置以外には、妙な音はない。追撃したいのは山々だったが、これ以上は戦えない。痛み分けといったところか。
「ヨナ、あいつのスラスタ音紋は記録しておけ」
『既に記録済みなのですよ』
「損傷が激しそうだから、スラスタは交換される可能性がありますでしょ。音紋変わっちゃうのでは?」
『チッチッチ、その点については問題ありません。音紋は敵機照合の一要素に過ぎません。戦闘や操縦、火器選定の傾向。危機にたいする反応速度など様々な要素を加味した上で、過去に会敵した機を記録するのです』
「なるほどね。機を記録するのではなく、ダイバーを記録するということか」
ノエルが納得しながら座席の後ろからモニタを覗き込むと視覚的に記録されたシャークマウスの映像が切り取られていた。コクピットにペイントされた赤い鮫の口。それをノエルは凝視した。また現れるかもしれない刺客の顔を憶えておくために。本来のターゲットが自分であることくらい彼女にも理解できているのだ。




