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人型潜行機動兵器〈伊號〉  作者: 樫野そりあき
二章 『禍ツ鮫』
32/34

11

 ターシャは吸いかけの煙草を吐き捨てた。ずらりと建ち並ぶガントリークレーンの下に、AFMの姿が見えたからである。伊號かとも思われたが、特有の縦舵、その背ビレがない。どうやら敵に先回りされたようだ。


 二人はとりあえず、コンテナのかげに重機を止めた。伊號さえあれば、戦うなり逃げるなり策を練れるのだが、現状の装備は死にかけの多脚重機と拳銃だけである。


「さて、どうするか」

「俺に考えがある。まずお前が飛び出す。そのすきに俺がにげる。これでいこう」

「よくも声に出して言えたものだな」

「じゃあどうするんだ。こっちは丸腰同然。伊號もこない。とりあえず今は逃げるが勝ちだろう」


 ターシャが徹底抗戦をしようとするのかカイトには理解できない。抵抗手段がないのにも関わらず居座ろうとするのはリスクしか存在しない。今のところはここを離れ、体勢を立て直すべきではないのか。それに対するターシャは頭痛を堪えるように指で額をつついていた。 


「それは違うな。今やポートサウスはあんな危険な連中で溢れかえっている。いま逃げて立て直したとしても、敵だって策を練り直してしかけてくる」


 むこう傷を指先でなぞりながらため息をつくターシャ。


「今回のような奇襲の場合、敵は初手で標的である我々を討ち取らなければならない。だがそうはならなかった。奇襲は失敗した場合、早々に撤退するか新手を繰り出すのがセオリーだが、やつらは勢いでごり押そうとしている。時が経てば苦しくなるのは向こうだ」

「ふん、なるほどな。それに伊號を呼び出しておいて置き去りにもできない……か」


 そういうことだ、とターシャは会話を締め括った。とはいえ、やはり武器がない。手詰まりであることには代わりないのだ。


「ちょっかい出せばいい。コンテナに隠れながらな。これで時間を稼ぐ。どうだ?」

「いいね。お前だけでやれ。俺はルガーは打ち止めだ」

「やれないこともないっすよ」

「こいつはやる気だぞ。お前も傭兵なら、あきらめて腹をくくれ」

「その伊號はいつ来るんだよ」

「五分もかからないと思うっす」

「確かか、それは」

「整備班長が二分前くらい無線で言ってたっす

よ」

「くっそ。それまで命懸けのかくれんぼかよ」


 ターシャはおもむろに銃を抜いた。

 口を挟んできた人物の首根っこをわし掴みする。

 喉ががしまってチェイが鳥のような声を口から漏らす。


「おや、誰かと思えばノエルの手下じゃないか」

「ダグ船長の采配っすよ。他にも仲間が数人」

「手回しがいいな」

「あれ、もしかして信用されてないっすか?」


 向けられた銃口にチェイの声が震えた。

 ターシャはチェイを手放したが銃は握ったままだ。

 彼女はチェイが背負っているものを見る。


「背中のはRPG7か。いいものを持っているな。使いかたを知っているのか?」

「これでも、もとは海賊のはしくれっすよ。RPGは海上強盗の嗜みっすから」


 この男は爽やか笑顔で物騒なことを言う。

 チェイは、なにかをカイトに放る。

 通信機だった。 


「安心してください。今度の通信は公共チャンネルではないっすよ。伊號の傭兵さん」


 意味あり気に笑うチェイ。

 ちょっと困惑気味にカイトは頷いた。


 多脚式重機を点検する。まだ走れるが限界が近い。これで鬼ごっこ続けることは難しいらしい。起動電源をに火を入れると、重機は再び息を吹き返した。まだやれると判断したカイトは、チェイをみる。彼は白いバンダナの上に安全第一を示す緑十字のヘルメットを装着したところだった。


「作戦をはあるのか?」

「自分を入れて四人が潜伏してるっす。カイトさんは敵を引き付けて下さい。最適の位置に居たものが攻撃しますんで」

「待て、四人もいるんだったらRPGで殲滅すればいいだろうが」

「敵の数が不明っすからね。あの一機を落とすことはできるけどが、柔軟に対処出来るようにする算段っすね。それに一機にRPG四発の消費はコスパ最悪っすから。撃たないに越したことはないってことだそうで」

「間違いではない」


 チェイのRPGを点検しながら、ターシャはチェイを評価した。なるほど、とカイトは肩を落とした。結局は尤もらしい理由で囮役をあてがわれたらしい。


「RPGに余分あるか」

「自分についてきてくださいっす」

「分かった。準備はいいか傭兵」

「それは重機こいつにきいてくれ」


 チェイは景気よく敬礼をカイトに送り、RPGを担ぎ直して駆けていった。先刻にこの重機をロシナンテと呼んだが、これでは本当のドンキホーテである。カイトは自分が吹いた言葉に呪われたような気がして、ため息を一つ吐く。その鬱憤を吹き飛ばすように、モーターコイルを空回しして主機の良好を確かめた。もはや虫の息と思われた重機の機関音は火花を地面に散らしながら最後の咆哮をあげて走りだす。


「武運は祈っておく」


 チェイを追って走り出すターシャの声に背受けて、カイトはアクセルを開いた。焼き付く寸前のモーターから飛び散る火の粉が、ガントリー通りへ続く坂道に軌道を引く。まだ敵のAFMは完全に背を向けてこちらには気付かない。今突入しようかというとき、チェイから受け取った無線に通信がはいる。


「今の状態ではこっちは攻撃できないっす。敵のAFMを海側に誘導してほしいっす」


 やることは理解できた。作戦は単純であるに越したことはない。問題はチェイたちが上手くやれるかにかかっている。不確定要素が他人の手にあることは不安であるが、すでにサイは投げられた。後戻りはできない。


 眦を決して、AFMに殺到する。

 敵もさすがに気付いて迎撃態勢に入る。

 メインカメラがカイトを捉えた。

 AFMの左にはガントリークレーンがそびえ立ちその向こうは波が埠頭を濡らしている。敵の左は走行できそうにない。


 右側に大きく舵をきる。

 ロシナンテのタイヤは最期の悲鳴をあげて埠頭の水溜まりを水蒸気に変えた。その蒸発したタイヤ痕を追うようにしてばらまかれる二〇ミリ弾がコンクリートを砕く。


 AFMとカイト機が向き合った瞬間、ブレーキペダルから完全に足をはなしてアクセルを踏み込んだ。タイヤはグリップを取り戻して直進する。


 AFMが足を止めて機関砲を掃射するとき、機は重心を落とすために股を開いて腰を据える。そのようにプログラムされていることを、さっきの市場の戦闘でカイトは学んでいた。


 果してカイトは股を抜けて埠頭の崖っぷちギリギリで急停車する直前に声で合図を送った。


「チェイ!」


 カイトが振り向くと敵機はすでに彼の方を向いていた。機関砲が唸る。二〇ミリがロシナンテの黄色い機体の後部を破壊した。カイトは、さすがに飛び降りて難を逃れるが、吹き飛んだ重機の外皮が背中をかすって対Gダイバースーツを引き裂く。その内側から赤いものが飛び散り、カイトは呻き声をあげながら転がる。


 同時に、敵機の背後で閃光が瞬く。

 RPG発射炎である。しかし、飛翔するロケット弾はAFMの頭上を越えてあらぬ方向へと向かう。


「……は?」


 カイトは仰向けに見上げながら、呆気にとられて間抜けな声をあげる。弾が外れたと思たその刹那、間違いであることが証明される。ロケット弾はガントリークレーンの上部を派手に吹き飛ばしたのだ。


 結束をを失ったクレーンの鉄骨たちは、巨大な槍となって埠頭に降り注ぐ。反応が遅れて逃げるタイミングを失ったAFMは無惨にも鉄骨に貫かれて頭部が砕けて落下した。災難にあったのはAFMだけではない。縦に突き刺さった鉄骨の一部をカイトは間一髪のところで転がって回避していた。


「すんませんっす。足滑っちゃって」


 どうやら、これが狙いではなかったらしい。横になっていたカイトは力が抜けて、ごとりと頭を地面に落とした。終わったかに思われたが、残念ながらそうは行かないらしい。地面の振動がカイトをすぐに立ち上がらせた。一機。二機。いやもっとかもしれない。足音が迫ってくる。


「警備部のやつら。職務怠慢だな」


 信じたくはないことではあるが、いま目の前に現れた陸戦AFMには警備部の塗装であった。保安部隊の名が聞いて呆れるだろう。カイトは腰のルガーに手を伸ばしたが弾がないことを思い出した。尤も、9ミリ弾でどうにかなる相手ではない。


 一言悪態をついてから走る。崩れた鉄骨の間を縫うように走った。一機は後ろを追うように、二機目は行く手を阻むように回り込む。

 カイトの正面に立った機の機関砲がカイトを正眼に捉えた瞬間、背中のジェネレータ部が燃え上がった。


「RPGか!」


 チェイとは違う角度である。次の爆音を聞いて振り向くと後ろにいた機も火を吹いてひざま付いた。


「俺たちを待ち焦がれたか?」

「かつての敵に助けられるのはどんな気分だい?」


 カイトが呆然としていると、そんな通信が入る。炎に巻かれる前に、鉄骨の瓦礫を抜ける。横倒しになっている鉄骨に腰かけて息を整えるとため息をついてうなだれた。


「もうサイアクだね」


 言い終わらぬうちに、海に面した岸壁から大波がぶつかってカイトを背中から押し流した。前のめりに転がって波が押し寄せた方に向き直る。盛り上がった海面からAFM-Dの手が突きだして埠頭のコンクリートを掴む。


「きたか?」


 一瞬は伊號かと思われたが、カイトはすぐに後退する。陸に上がって機体の全貌が見えたとき、期待は失望に変わる。警備部の機体ではない。カイトの伊號でもなかった。


 水陸両用の脚部補強がされた足。装備られているハイスピアライフルはいわゆる水中銃だが、陸上で使用しても人間一人を殺傷する能力は有している。

 そして何よりも印象的だったのは、胴部コックピット上部にペイントされているシャークマウスである。伊號よりも暗い基本塗装に赤色で荒々しく描かれた鮫の牙は、機体に対しては不釣り合いな大きさで、その不気味さを増長していた。


「退け! 傭兵!」

「くっそ……!」


 ターシャが通信越しに叫ぶ。カイトはさらに後退りするとさらに詰めよってライフルを構えた刹那、RPGが発射する音が二つ。発射フレアに反応したのかライフルを構え直し、すぐに右にスライドしながら姿勢を低くして上段下段の攻撃を回避する。二条の弾道は虚しく海に伸びていった。


「RPGは打ち止めだ」

「なんだと?」

「とにかく逃げるっす」


 機体の頭部がカイトに向き直り、アイサイトが赤く光る。カイトにもう一度ライフルが向けられた。一度反対側にフェイント入れてから走り出す。そのカイトの背後をスピア弾が横放りコンテナに突き刺さった。


 コンテナのに隠れながらカイトは逃げる。さすがに息が切れる。有酸素運動はカイトの体には堪えていた。ついには止まって両膝を掴み、肩で息をする。それでもまだ足音は迫って来ていた。


「くっそ! しつこいな」


 さらに悪いことに、AFMの走行音が前方からも聞こえ出した。これでは挟み討ちとなる。成す術なくカイトはコンテナにもたれかかったそのとき―――。

 すぐ隣のコンテナが吹き飛んだ。

 横長の鉄箱は真っ二つになって宙に浮き上がり、軋む音とともに鉄の破片を撒き散らかす。墜落した残骸を見ると、多くの弾丸によって穿たれ千切られたかのように切り口が歪んでいた。AFMのスラッグガンであった。


 次に飛び出してきたのはAFM。

 灰褐色の防探色。

 青いアイシールド。

 そして、背ビレの丸に“イ”の字。

 紛れもないカイトの伊號であった。


 敵が装備してるのと同じ。脚部が補強され陸上での歩行を助けるユニットが装備されている。頭部が回りカイトを見つけると、敵から盾になるように背中を見せて立ち塞がった。


 シャークマウスの機体がコンテナの角から現れた刹那、散弾をお見舞いする。ポンプアクションで弾を再装填すると一斗缶ほどの大きさで先の破れた実包が降ってくる。敵は即座に身を引いてこれをかわす。伊號は動かず、さらに二発撃ち込んで敵が身を隠すコンテナを強引に破壊した。だがそこにはすでに敵機の姿はなかった。


 ノエルがコンバットブーツと呼んでいた脚部補強ユニットには散弾の実包がクリップに挟んである。それを抜き取ってスラッグガンに装填すると、その銃口を空に向けて跪き、搭乗者を迎える体勢をとった。


「ヨナ! 早く開けろ!」


 コクピットのハッチが開かれる。カイトは機の膝に登ってハッチ近くのラッタルに足をかけて機内に滑り込んだ。


 コクピットの席には、白い長髪の老人が乗っていた。ダグの船で見かけた人物である。予想外だったのは、座席の後ろにノエルがいたことだった。彼女は憤然として老人の白髪頭を叩いている。


「ちょっと暴れすぎ! カイトさんに当たりますでしょ!」

『選手交代。ベンチに戻ってね。代理ダイバーさん』


 老人は、カイトの見覚えのある人物であった。座席に手をかけながらカイトはその人物の顔をまじまじと見つめてみる。


「あんたダグの船にいた……」

「久方ぶりよな。伊號の―――いやミシマのせがれよ」


 その特徴的な口調を忘れるはずもない。


「あんた……。クーロンの野郎か」

「その呼び方は改めたほうがよかろう。もはや、主を同じくする同胞はらからなのだからな」


 クーロンは潔く席を譲るとハッチの外に出る。伊號の足もとには運搬車両に乗ったチェイたちが待っていた。後ろの荷台のすみには不服そうな顔でターシャが腰を下ろしている。


「黒いシャークマウスは海の方向に向かっているっす!」

「隊長! 我々はずらかりしましょうや!」


 クーロンは部下たちのほうへ目線をむける。

 武人のようなその長髪は潮風に揺れていた。


「よい機体である。流石は音にも聞くイバラキの三代目、といったところか」

「あなたも見事な操縦でした。クーロン大人ダーレン。……叩いてごめんなさい」

「ミシマ。また会うことになろう」

「礼はゆうぜ。クーロンのおっさん」

「おっさんか……ふむ。まあよかろう」


 クーロンはノエル向かってわずかに笑うと、カイトを一瞥して敬礼を送る。部下の待つ車に飛び降りると、そのトラックはコンテナの間を縫うように走り去っていった。


『お帰りなさい。カイトさん』


 コンソールの機器の光彩が明るくなる。それがヨナの“嬉しい”という感情表現のひとつであった。

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