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人型潜行機動兵器〈伊號〉  作者: 樫野そりあき
序章 『ロンボク・サウンドの悲劇』
3/34

 リリィ2の分隊が海峡の中心部に向けて直進している。強盗団が釣れるならば撃退するし、逆に現れないのならばそれに越したことはない。


 頻繁に計器やソナーを確認するリリィ2。モニターは、熱源を捉える暗視モードに切りかえて哨戒する。適当なところもある彼女だが、仕事に関して真面目であることは隊長のリリィ1も認めていた。それでも彼女の饒舌は、減らず口という言葉を見事に体現しており、さっそくその矛先がリリィ3に向けられるのだった。


「それにしてもさぁ?」

「なんです?」


 始まったぞ、とでも言いたげな声で相槌を打つリリィ3。

 彼はリリィ2お気に入りの男だった。


「こんな大勢で偵察するなんて、今回は少し慎重すぎない?」

「大船団の護衛任務ですよ。仕方ありません」

「それにしてもよ」


 この海峡を偵察しているのは、リリィ1の小隊だけではない。ありったけの護衛部隊が放たれていて、その様は、ばらまいているという表現が適切であった。


 海峡は狭い。あきらかに偵察の数が多すぎる。これほど企業のAAFM-Dやら潜行機やらが出動している海域に、その危険度を無視して貿易船を襲うほど海上強盗団もバカではないだろう。船団が今のうちに海峡を通るとしても、安全に通過できるのではないだろうか。


 ――でも用心しておくに越したことはないか。


 リリィ2は、そう思うことに決めた。組織の末端である人間が、考えて意味がある事とない事の区別はつけて置かなければならないことを彼女は理解している。


「あんたは耳がいいから、頼りにしてるよ」

「嬉しいですけど、聞き取りづらくなるので、少しお静かに」


 水中では目よりも耳の方が役に立つ。ダイバーにとって聴力の善し悪しは重要な能力の差となるのだ。なにより、生存確率が飛躍的に上昇する。敵の発見が早いほど逃げることが容易になるわけだ。敵より早く相手の推進音を聴取することにより、戦闘を有利に進めることができると言う考えは、昔から変わらない水中戦の鉄則である。


 今聞こえている音は、二機分の推進器の音だけ。コクピット内に設置されたスピーカーは、水中聴音装置と接続されており、全方位からの立体的な音が搭乗員をダイバーに伝えてくれる。周囲に気になる音は聞こえない。彼女は、異常なし、と頭のなかで呟くとまたリリィ3を弄りだした。


「ほんと、あんたって耳の感度がいいのよねぇ。いろんな意味で」

「……そういう話、今はやめてください」


 面白くなってきたリリィ2は、映像無線通信をリリィ3の機体と接続する。視界モニターのすみにウィンドウが立ち上がる。少し赤くなっている彼の顔が写し出されたのも一瞬のこと、目を逸らした彼に通信を切断された。リリィ2はあっさりした声で話を続ける。


「何の話してると思ってるのー?」

「とぼけて……」

「思い出しちゃう?」

「……」

「つれないなー。もうちょい素直になればカワイイのに」

「……もう少しで海峡の中間地点です、リリィ2」


 無感情を装う低い声のリリィ3。男性である彼には、カワイイという表現を素直に受け取ることができないのであろう。そんな強がりが、リリィ2の興味を惹き付ける要因にもなっている。


 そんな話が交わせるほど海は静かだった。今のところ怪しい反応はない。音も、映像も、AIも気になる音源を拾っていないようだ。


「異常なしかな。よーし、そろそろ折り返すよ。ねぇリリィ3。母艦に帰ったら、ちょっと付き合いなさいよ」

「……酒は嫌ですよ。海の上のでは免税だからって飲み過ぎでは? それに、どーせそれだけじゃ済まないでしょ?」

「当たり前よ。命令、今夜は体を空けとくこと、オーケー?」

「…………了解」


 リリィ2は、機体を後方に振り向かせて後ろを航行しているリリィ3の方を見ると、諦めるように了承した彼に微笑みかけた。もちろん、相手にその顔は見えていない。そうでなければ、彼に対する素直な感情を顔に表すことはできなかっただろう。


 リリィ3は押しに弱い男であったし、リリィ2は真逆タイプの女である。かといって彼は彼女のことを拒絶していなかった。拒絶しないということは「そういう仲だ」と隊内で噂される間柄であるし、二人もその関係を隠そうとはしていなかった。


「……待った」


 唐突にリリィ3が言う。彼の伊號が速度を落としてリリィ2から遅れだした。


「待ったなし。こういうことで男が二の足踏まないでよね」

「そうじゃないです……! 下ですよ、した……!」

「え?」


 操縦桿が鋭く手前に引かれる。ウォータージェットの噴出口が閉ざされ、行き場を失った水圧が自動で逆噴射口に導かれると、彼女の伊號が急減速する。


 素早い動きで、ソナー機器とレシーバーをワイヤレス通信で接続。右手で丸いタッチパネルを回すように操作すると、ソナーの方向を示す印が回転。その方角の増幅された音源を聴取する。パッシブ・ソナーの方向を真下に向けて出力を増幅させ、耳を澄ませた。


 なるほど聞こえる。スクリュープロペラが海水を切る音ではない。ウォータージェット推進によるポンプの駆動音が、海底から響いて聞こえる。その推進音は非常に小さい。普通の人間では、先ほどのように会話していると気が付かないだろう。リリィ2は、改めて彼の聴力に感心させられた。


「……数は?」

「……わからない」

「あんたでも無理か。……え、まって!? AIが音を認識してない……!」

「……こっちもです。でも、間違いなく聞こえる」

「確かに……ね」

 

 指示を仰ぐべく、隊長機との回線を開く。ジェットヘルメットに一体化されているマイクのスイッチを確認すると、すでにオンになってる。彼女は、しまったなぁ、と思わず顔をしかめた。


「隊長」

「聞こえている。……無駄話も、きっちりな」

「はは……」


 それには、リリィ2も笑うしかない。

 隊長のリリィ1は、そんなことに執着せずに話を続けた。


「こちらでも確認した。確かに聞こえる。私のAIも、この推進音を確認できない」

「どういうことでしょうか」

「それはわからない。だが得体の知れない何かがいる。……引こう。危険な臭いがする」


 リリィ2は、うなずいて同意する。そして即座に機体を反転させた。逃げ足を速めるためにアクセルを吹かす。それに追い付くように慌ててスピードを上げたリリィ3も通話に加わる。


「船団のルートも変更を提案した方が良さげですね、隊長」

「そうね。どちらにしろ、それは上が決める。リリィ2分隊、速やかに合流して」

「了解」


 隊長の言葉に声を揃えて応答した二人。隊長たちも母艦に進路をとっているだろう。急がなければ合流できない。三五ノットで時速六〇キロメートルそこそこ。速度は伊號の最高速度を叩き出していた。


「遅れないでリリィ3、あたしも、なんだか嫌な感じがする」

「まってください」

「なに?」

「下から何か――」


 そこまでリリィ3が言ったとき、超音波が機体を叩いて甲高い音を上げた。アクティブ・ソナーの探信音ピンガーだ。


「どこ!? 潜水艦から!?」


 突然のことだった。狼狽する二人。全速力を出していたため、自らの推進音ですぐに聴音索敵することは不可能な状態だ。次の瞬間に鼓膜を突き刺したのは、レシーバーの音が割れるほどのリリィ3の悲鳴。


「たっ、対潜魚雷っ!!」


 アラートが機内に響く。非常事態である。ソナーのサブモニターに、接近する中型魚雷の位置情報が表示された。中型魚雷のその大きさは伊號の全長に勝っている。潜水艦を撃沈するための兵器を伊號に対して使用されたのではひとたまりもない。直撃すれば、伊號など瞬く間に轟沈するレベルの威力だ。即刻、回避運動に入らなければならない。


「散開!!」

「はい!」


 速度のリミッター解除を実行。アクセルを全開に踏み込む。機体の耐久限界速度を超えるまでに目標スピードを上げ、全力で魚雷から逃げる。リリィ3も同様に、違う方角に回避した。


「隊長! 魚雷攻撃を受けました!」

「無理に応戦するな! 回避を最優先!」

「はいっ!」

「いま救援要請する、味方が集まるまで辛抱して!」

「了解っ!」


 メインタンク注水。機体重量と地球の引力を味方につけて急速潜行。使うには手遅れかもしれないが、超音波や聴音探知の危険を軽減するマスカーを展開。リリィ2の伊號は、各所の空気放出口から吐き出される細かい気泡で包み込まれて沈降していく。


 魚雷アラートが消える。リリィ2は難を逃れたかに思えた。問題はリリィ3。彼はタンクにブローをかけて浮上を図ったらしい。しかし現在の水深は一〇メートル。海面にぶつかると水平に走るしかなく、それ以上に逃げ場がない。


 おまけに、魚雷は彼の伊號に食い付く。推進モーターが焼き付くほどにスピードを上げたとしても、時速九〇キロの雷速五〇ノットには敵わない。


「早く迎撃を!」

「わかってます!」


 リリィ3はデコイを射出。だが魚雷は惑わされない。

 兵装情報をチェックするリリィ2。

 伊號の手にあるハイ・スピアライフルの残弾確認。

 このような場合、機雷かライフルで迎撃するのがセオリー。

 だが彼女の機体に機雷ポットは装備されていない。

 手段はライフルのみ。彼女は、急ぎ援護に向かう。


「逃げてリリィ3! いま助けるから!」

「来ないでください!」

「はぁ!?」


 リリィ3の言葉が意味していることを理解できないふりをする。魚雷が爆発したとき、リリィ2が巻き込まれないようにするための彼の配慮だった。また、爆発は迎撃に成功した時だけとは限らない。もうひとつの可能性。それはリリィ3に命中したとき。彼はそれも視野に入れて、来るな、と叫んだと思われる。


「あたしに命令すんな!」


 それでも、リリィ3を援護しなければならない。リリィ2も分隊長。簡単に部下を見捨てるわけにはいかないのだ。


 リリィ3に魚雷が迫る。彼は完全にロックされていた。ライフルを構える操作を実行するリリィ2。射程距離が足りない。みるみる内に魚雷から引き離されていく。その逆に、魚雷は確実にリリィ3との距離を縮めていた。


「機雷散布!」


 リリィ3が脚部ポットから機雷を散布したことを告げる。

 その通信に反応して操縦桿を素早く倒すリリィ2。

 機雷に巻き込まれぬように進行方向を逸らしたのだ。

 CGでモニターに機雷の位置が示される。

 その数が無数に増えた。そして……、


 閃光。炸裂。誘爆――。


 機雷の数だけの爆発。

 光を核とする空気の玉が弾ける。

 海中が泡で攪乱され、探知可能になるまでは水が落ち着くのを待たなければならなかったが、リリィ3は、


「失敗だ……!」


 と、悲痛な声を上げて逃走を再開する。

 魚雷をまだ健在らしい。

 リリィ2のライフルの射程は足りていないがやむを得ない。

 視界モニターの赤く着色されたマークが魚雷。

 高速でスライドしていく標的に狙いを定める。

 射程距離ではないためロックオンできないのだ。


「叩き落す!」


 トリガーを引く。圧縮空気が送り込まれ、シンプルな発射音とともに長槍のような弾丸が打ち出される。それは、いくつもの気泡の線を曳き、海の青に消えていく。


 手応えはない。

 そのことに焦りは増す。

 早くしないと手遅れになる。

 何度も引き金を引いた。黒い弾丸が飛んでいく。

 それでもピッチが高いスクリュー音は消えない。

 リリィ3も逃走を断念してライフルで迎撃を図る。

 二つの発射音が交互に(またた)いた。


 一直線でリリィ3に向かう魚雷は、彼にとって迎撃が容易いはずだった。しかし、そうならない理由がある。リリィ3は、射撃が下手くそだったのだ。彼は聴力には長けていたものの、射撃訓練では優秀な成績を収めたことが一度もない。さらに焦るとミスを繰り返すという悪い癖も悩みの種だった。


「だめだ……」


 リリィ3の震えた声が聞こえる。


「諦めんな!」


 そう怒鳴ったリリィ2も声が震えた。

 放たれる探信音の間隔が短い。

 魚雷はリリィ3を捕らえて放さない。


 リリィ2のライフルの残弾が尽きた。

 ライフルをパージ。最後の武装に賭ける。

 腕部固定兵装のスピアガンを発射。

 だがこれの射程はさらに短い。

 何度も撃ち込む。一発、二発。当たらない。

 針のような徹甲弾が海の色に溶けていくだけだった。


「アカネさん――!」


 リリィ2の名前を叫ぶリリィ3のかすれた声が、彼の最後の通信となる。次の瞬間、目の前で光が瞬いた刹那、重い轟音が海中に轟いた。

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