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人型潜行機動兵器〈伊號〉  作者: 樫野そりあき
二章 『禍ツ鮫』
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 商談。

 そのテーブルの上で商売人たちは火花を散らす。

 それが彼らの戦場だ。それをアメリカンマフィアは座って行うことから“シットダウン”と呼ぶらしい。しかし、ノエルとダグは立っている。補給艦に横付けされたダグの船の甲板上でにらみ合っていた。潜行機やAFMの一部、故障した重機。あらゆる機械のスクラップが山積みにされている。どれも不能品だが、もちろんゴミではない。むしろ宝の山である。


 修理して再利用するというのも、スクラップを扱う商売として手段の一つだが、解体したことによって生まれる鉄屑の売買もまた、上等な利益をもたらす。屑の山から取り出される希少金属という立派な鉱物資源が生み出す莫大な収入は軍港経済を支える柱のひとつであった。二人の眼前に転がる高価なゴミは、世にいう“海上鉱山”の縮図なのだ。それが、解体屋の孫であるノエルと、回収屋のダグがしのぎを削る理由になる。


「お嬢。ここの桁の数字な」

「それがどうかしました?」


 査定明細に目を落として苦い顔をするダグ。

 ノエルは毅然として口をへの字にして仁王立ちする。


「もう少しこう……色付けてくれねえか?」

「つきませんよーだ」


 あらゆるマシンに精通している彼女だからこそ、査定は厳しい結果になる。当然のことだ。ダグは状態の良い潜行機を目玉として売り込んだが、これがとんでもない食わせ物。アームやマニピュレータに欠損箇所はなく、耐圧殻にもダメージはない。何よりもコクピット内に浸水がないということが最大の売り。最初はノエルもこれを聞いては目を輝かせていた。


 コクピットが健在ということは機内にある電子機器が海水による故障を免れる。修理が必要な箇所の少ない機体は安くオーバーホールすることができる上に潜行機として立派に売ることができる。解体屋にとってこれ以上うまい話はない。しかし。


「水浸きを売りつけようとした報いですよ。さ、サインを」

「ちぇ。世知辛いぜ」


 機内に海水が入った機体を“水浸き”とも呼ぶ。

 これを、いかにも機内に水をかぶっていないかのように見せる多くの方法をダグは知っている。安いものを高く売るためである。またこれを一般的に詐欺という。


 コクピットに浸水する理由は二つ。一つは、機体損傷による浸水。配管からか耐圧殻の亀裂でケースが別れるが最悪なのは後者である。常に水圧と戦わなければならない潜行機として致命的な問題になるため即刻処分となり、商品価値も下がる。いや、それ以前に海上に浮上してこれるかも危うい状態だ。


 二つ目が、緊急脱出による海水の流入。戦闘から離脱したダイバーがハッチを開けて海上に逃れたとき海水が機内に入る。この場合、潜行機を回収できたとしたら機体を再利用できる場合が多い。

 

 ダグが回収した商品はまさにこの後者だったのである。ただ彼にとって誤算だったのが、ノエルがその類いの嘘を見抜く多くの方法を熟知していたということであろう。


「やっぱりお嬢にはかなわないな。イバラキのばあさんはもうちょっと手加減してくれるぜ?」

「じゃ、ここからポートウェストまで走りますか?」

「バカ言え。燃料代で大赤字だ」


 観念したように肩を下げるダグだったが、結局は商談成立を意味する握手を交わす。するとノエルの顔にも笑顔が戻った。握られた手を離し、査定証明書にサインを書き入れた。


 ―――商売の駆け引きは、相手を欺くよりも信を得ることのほうが難しいく、また最も重要なことだ。


 ポートウェストの代表であるスレイマン・イバラキの言葉だ。ノエルの父でもある。この言葉を彼が口にするにはあまりにも皮肉であることをダグは知っている。正直な商売をするにスレイマンはあまりにも狡猾であり、むしろ梟雄に近い男である。愛娘を傷つけてまでも代表の座に居座り続けているようなおとこなのだ。ダグは気付かれないようにノエルの手袋がはめられた左手をみる。


「感謝していますよ。ダグさんのおかげでいい訓練になってますから」

「あ、ああ。これからもお手柔らかに頼むぜ」


 はっとしてそっぽを向きくダグ。

 少々困ったようにガリガリと頭をかいた。


「次の仕事の話は聞いたか?」

「いえ? まだなにも」


 そうか、とダグ怪しく笑う。


「聞いて驚くな。グランパスカップだ」

「まさか———」


 ノエルの目は輝いていた。


「AFM-Dの軍港周回耐久レース……グランパスカップ‼」


 ひとつ咳払いをして得意げな顔で歩き出すダグ。彼の向かう甲板の端のほうにシートで何かが隠されていた。ノエルも後を追う。ダグがシートを掴みその正体をあらわにした。黄金色の弾頭と銀色の外皮が日光を鋭く反射するそれは、小型の魚雷三本であった。


「ブラッドハウンド!」

「正確にはMk46コブラだな」

「そっちの呼び名がカッコいいでしょ」

「二本は新品。一本は水浸きだ」

「十分です!」


 魚雷の水浸きは魚雷発射管で水に浸かったものをさす。ノエルは魚雷Mk46にまたがる。興奮気味に外皮を掌で叩いてダグを見上げて言った。


「バラクーダとかありますか⁉」

「Mk50か。そんな高価な魚雷あると思うか?」

「レースはスピードが命になりますでしょ!」

「あのなぁ。アルファ級原潜でも追撃しようってのか? それに競技は大半が海面直下だ。Mk50の深海性能の無排気機関は無用の長物になるぜ。そのうえ燃料が特殊すぎて手に入れるのが簡単じゃねぇ。従来の推進剤を使えるMk46で十分だ」

「そんな正論でたたまなくてもいいじゃないですか……」

「へっ。商売では現実主義のくせに技術屋仕事になると夢を見るのがおお嬢の悪いクセだ」


 ノエルは立ち上がり、しばらく考える。

 商人モードの顔だ。


「水浸き一本、タダになりませんか?」

「叩きやがる。まあ、いいだろうよ」

「査定証明を返してください」


 そういうとノエルは先ほどの潜行機の買取金額を横線で消して、新しい数字を書き入れて修正する。それを何も言わずにダグに見せる。彼は満足そうににやりと笑い、ノエルもダグの顔をマネして歯を見せて笑った。


「わるくねぇ」

「これでウィンウィンですかね」

「文句なし、だな」


 本当の交渉成立である。商談で大事なことは譲歩とすり合わせである。それを彼女は理解していた。ダグは証明書を懐にしまうと甲板員をひとり呼び、潜水艦〈きりしお〉へ魚雷積み込みを指示した。白いバンダナを頭につけて日焼けが目立つ若い甲板員は船のデリックの用意を進めながらノエルに質問をした。


「ちょっとききたいんスけど」

「なんですか?」

「なんでレースに魚雷が必要なんスか?」


 ふむ、とノエルを少々考える。もちろん理解していないわけではない。どのように説明したらよいか整理しているのだ。


「レースという競技において大事なものはなんですか?」

「スピードが命と言ってませんでしたっけ?」

「そうですね。あとひとつ大事なものが持久力です」

「持久力っすか。あ、なるほどバッテリーっすか」

「察しがいいですね」


 指を鳴らしてノエルは微笑んだ。


「レースとなればスラスタをふかしっぱなしになりますでしょ。電力不足の問題をまずは考慮しなければなりませんが、途中で電力供給するには充電で時間がかかり過ぎます」

「そこで魚雷を取り付けるわけっすか」

「そうなんですが、どのようにこの機構を組み込むかが技術屋の腕も見せどころってわけですよー」


 指を立てて得意げにノエルは話す。

 甲板員はまだ合点がいっていない様子だった。


「普通に魚雷二本を懸架するだけじゃダメなんすか」

「もちろんそれも手段の一つですけど、私に言わせれば下の下ね。それでは推進力のエネルギーがすべて懸架装置に集中する。競技中に懸架アームがクラッシュしてしまうだろうね」

「じゃあ、どうするっすか」

「……君、けっこう食い下がってくるね」


 甲板員はハッとして作業に戻る。

 ダグとノエルは顔を見合わせた。

 デリックの操作レバーに手をかけた彼にダグは言った。


「ちょうどいい、お嬢の下で働いでみろや」

「でえ⁉ 自分、もうこの船で用なしっすか⁉」

「勉強して来いっていてるんだよ」


 ダグはその甲板員の首根っこを掴んで引っ張り下した。

 泣きそうな顔で二人を見上げる甲板員。

 その男の顔を二人が対象的な表情で覗き込んだ。

 ノエルは興味深々。ダグは威圧的である。


「……やりますッス」

「よし決まりだ。こいつはⅭ4だ」

「プラスチック爆弾ですか?」

「……ほんとうは“チェイ”っていうッス。Ⅽ4でも大丈夫ですけど」

「お前そんな名前だったのか」

「クルーの名前知らなかったですか?」

「まあいいだろ。お嬢、こいつをよろしくな」


 可笑しそうに笑いながらノエルは手を伸ばした。


「ノエル・イバラキです。よろしくね」


 Ⅽ4でありチェイともいう甲板員は握手をしっかりと交わす。イバラキという名にチェイが反応するスキを与えず、ノエルは間髪入れず機体改造の構想を語り出した。


 チェイは、ノエルが話すことの三割も聞き取ることが出来なかった。以下は、その内容の一部にすぎないが、たとえ一部であっても全文すべて読み取ることを推奨しない。


「まあ聞きなよ。大会までは一週間とそこそこ。もうじっくりと機体を作りこむ時間がないんだ。フレームそのものに軽量化やバランス調整などやりたいことは山ほどあったんだけど今回は省くしかない。付け焼き刃で美しくないけどしかたありませんでしょ。魚雷を腰上と腰下に分割して下部の機関部を大型スラスタとして換装し最高速度を底上げするというのがプランA。これは非常に単純な構造で、魚雷から弾頭を取り外して燃料タンクを背中に取り付けるだけ。しかしこれでは、タンクからスラスタまで燃料パイプをリレーしなきゃいけない。だから常に燃料漏れの危険を伴うし、伊號本来のスラスタ取付位置である腰部横腹にマウントするには大型過ぎるメインスラスタになってしまう。運動性能の低下も問題だけれど、なによりもこれは不格好!そこで私が今考えたプランBなんだけどこれはとてもスマートな方式!オットー燃料を使用するのでガスエレクトリック方式ならぬオットーエレクトリック方式と呼ぶべきかな難しいようでとても簡単な方式なんだこれを採用することで斜盤エンジンを純粋な発電機としてモータと分離することが可能でひいてはスラスタの大型化を軽減することができるこれでレースでの伊號の機動性を確保しよう思うメインスラスタの出力強化とスラスタ自体の大型化は対の関係にあるから航行中の抵抗悪化を軽減することにはスピード向上を考える上でとても意義があることなんだよそうそうグランパスカップは傭兵レースだから兵装の装備がルールのなかに盛り込まれているんだ!ダイバーの戦闘傾向から鑑みてハイスピアライフルを廃して私が研究中だった近接武器を採用するいい機会かもしれないね二種類ほど採用するべきかと思うだけどこれもなかなか問題が多いんだよというのも伊號は水中の静粛性能の観点から武器に爆発性の発動システムを採用しない傾向にありますでしょところがすべての兵装を圧搾空気で作動させるのは水中兵器として危なっかしい一面があるのは想像に難くないね兵装を使いすぎて機内の圧搾空気に余裕がなくなることは潜行機動兵器として浮力を失うことに直結するそして私が考案した腕部の固定兵装はどうしても発動に大きなエネルギーが必要になるんだこれに圧搾空気を使う使用させることはできないから代用品を考えなければならないというわけだよあとひとつの兵装もこれまた実験的でねこっちのは電力を多く必要とする発動システムなんだけど電力供給は斜盤エンジンの発電機化によって問題が解決しているかに思えるけれどこれも実はそうでもなくて難有りな一面があるんだよねこれは兵装の消費電力が大きすぎて起動の瞬間に他の機器に影響を与える可能性が大きくなる武器としても水中で使用するには矛盾点あって———」

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