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人型潜行機動兵器〈伊號〉  作者: 樫野そりあき
一章 『傭兵と海賊と』
20/34

 日が落ちかけていた。ダグは海賊を逮捕していく傭兵統合局保安部のボートが離れていくのを見て、一安心したように表情を緩めていた。大事な戦利品が奪われるのを免れたからであろう。戦利品とは、甲板に引き揚げられた二機のスクラップ潜行機のことではない。


 潜行機の近くで作業をしていたダイバースーツ姿の男が手を止めてダグに近付く。その男は、白いものが混じった長髪を後ろで束ねている。決して若くはないが、ダグよりも背は高く、背筋も延びいた。彼はダグに問いかける。


「何故助けたのか」

「使えるものは何でも拾う、それが回収屋なのさ。クーロンさんよ」


 単純な答えだった。クーロンにとっても迷惑な事ではなかったが、その行為が不気味に思えていた。だが、蓋を開ければ簡単なことであった。クーロンと言う潜行機ダイバーに利用価値があっただけなのだ。


「どうだった? ブルー2は」

「ブルー2? あぁ伊號の傭兵か。名前はなんと?」

「カイト、三島海斗だ」

「ミシマ……」

「知ってんのか?」

「いや……だが、どこかで聞いたかもしれぬ」

「まぁいい。本題に入ろうじゃねえか」


 ダグは煙草の箱を取り出しながら言う。


「丁度、稼ぎ頭の手駒を貸し出してるところで困ってたんだ」煙草をクーロンに突きつけるダグ「俺と組んで、公式傭兵になるなら面倒見てやる。嫌なら傭兵統合局のボートを呼び戻す。好きな方を選びな」

「……選択の余地があるとは思えぬな」


 クーロンは、かすかに笑いながらダグの手にある煙草を貰い受けて口にくわえる。満足そうな顔でそれに火をつけるダグ。


「……これも口に合わぬ」

「はは、慣れてもらうぜ」


 水平線に消えた太陽を見送って丁度一本が灰になった頃、一人の水夫が防水で頑丈そうなタブレット端末をダグのもとに持ってきた。最初は大義そうに画面を眺めていた彼の顔は徐々に明るくなる。最後には満足そうに笑いながら水夫にタブレットを返した。


「カイトの野郎も少しは商売を分かってきたらしいぜ、こりゃー拠点をポートウェストに動かす必要があるな」

「ポートウェスト……」

「どうしたよ」


 考え込むクーロンを横目で見るダグ。

 クーロンは知っている情報を淡々と話した。


「その浮揚軍港は雲行きが怪しい」

「そりゃあ知ってる。代表の御家騒動があったところだからな」

「それだけに非ず。次期代表選が近い由、きな臭い連中の出入りが絶えぬ。更に言えば、その〈きりしお〉にも代表選の候補が乗り込んでいるという噂も耳にした」

「ほう……」


 クーロンの話を聞きながらダグが自分の煙草を箱から取り出したとき後が騒がしくなった。どうやら、もう一機の潜行機のハッチがやっと開いたらしい。その激しい戦闘でかなりのダメージを受けて開閉機構が固着してしまい、簡単には開かなかったのだ。


「よーし。強引に開けちまえ!」


 僅かに開いた隙間にバールを入れて、金属の歪む音と共に、やっとのことでハッチが完全に口を開く。その中から、ダイバースーツを着た小柄な男が転げ落ちるように出てきた。


「しッ、死ぬところだったっす! つーか死んでるっす! もうダメっす!!」

「しっかりしろ、生きてんだろう。ゆっくり呼吸しろ。ほら!」


 技術屋の一人に背中をさすられながら、肩で息をしている。周りは思いの外にダイバーが若かったためか無事に助けられて安堵する空気が拡がっていた。


「C4……。彼奴はどうするのか」

「……。あれは、スクラップの付属品だな」

「潜行機なんて、もうこりごりっす!!」


 スクラップ潜行機の付属品となったC4は、甲板にごろりと寝転がる。作業の邪魔になるので一人が彼を抱えて引きずり、甲板の隅に寝かせた。C4はそこからしばらく動けなかった。クーロンやダグが近付いて様子を伺ったが、彼はいびきをかいて爆睡を始める。それを見て、そのまま放っておいても大丈夫であろうということで二人の意見は一致した。


「でっ、さっきの話だが」


 すべての作業が終わって船の機関が回転数を上げたとき、ダグがクーロンに話を促す。


「その〈きりしお〉に乗ってる代表候補ってのは?」

「……ポートウェスト初代代表のイバラキは分かるであろう。乗っているのはその孫らしいが」

「なんだと?」

「知っておるようだな」

「……ああ、今イバラキの婆さんは解体屋をしているからな。何度も世話になってるさ」

「であるか」

「婆さんの孫といえば一人しかいねぇ。なるほどカイトに届いたあの伊號。そういう事か」


 そう言いながらダグは日が沈んだ海を望んだ。

 自然と視線は西の水平線に移っていった。


「ノエルの嬢ちゃんだ」

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