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人型潜行機動兵器〈伊號〉  作者: 樫野そりあき
序章 『ロンボク・サウンドの悲劇』
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 深度十メートル。透明度は良好。機体の振動は少ない。四機の人型兵器が、ウォータージェット推進器から気泡を()いて水中を走っている。従来型のようなスクリュー()き出しの推進装置に比べれば格段に静かな航行音だ。


 コクピットのモニターに写し出されているのは、降り注ぐ太陽の光条、深い青や濃い緑がどこまでも続く海中の背景色、腹を輝かせて泳ぎ回る魚介類の群れ。浅い深度では、モニターを暗視モードにする必要がなく、水中の景色は遊泳中にゴーグルで覗いたときと変わりない。


 そんな美しい海ですら、あるダイバーの憂鬱を晴らすことはできなかった。リリィ(ツー)、というコードネームの彼女はため息をつく。おおかた予想はついている。自分がこの先へ、強行偵察に行かされることを。


 貨物船団が海峡に進入する際の偵察任務は、事前に海上強盗団を発見するための重要な役割であることは承知している。だが、危険極まりない任務を毎回のように指名されていては、彼女の身が持つ筈もなかった。


 二回目のため息を吐き出すリリィ2。両手を操縦桿から放して左右の手を交互に揉む。一定の速度で航行するように操作していると手も疲れるのは当然である。ヘルメット内側が汗で蒸れることも、ダイバーならば誰でも抱えている苦悩であった。


 リリィ2は、はみ出した前髪が気になっている。女隊長のリリィ1が、まるで男のように髪を短くしている理由がリリィ2には良くわかる。だが、リリィ2は女性として二十代前半という年齢を謳歌したいがため、意地でも長い頭髪のまま職務に従事しているのだった。


「リリィ2。応答を」


 通信が入る。

 前方を航行している隊長だった。


「お断りします」

「……まだ、何も言ってない」


 ただせさえ怖い隊長は脅すような声で会話を繋ぐ。

 リリィ2も負けじと一語々々を強調して応答する。


「先行して偵察ですよね? あたしが、また」

「適任者なんだから、行ってちょうだい。臨機応変に対応できる貴女が」


 隊長のため息が雑音混じりにレシーバーから漏れた。リリィ2にしてみれば、能力を買ってくれているのは素直に嬉しいかもしれない。だが、本当に危険な役割なのである。冗談抜きで死にかけたことは一度や二度ではなかった。


 しかし、あの恐ろしい隊長のこと。これ以上駄々をこねると後で痛い目をみるだろう。結局は素直に命令を受け入れるしか選択肢はない。リリィ2は、こっちの言い分を主張するだけはしたので良しとしよう、ということで諦めることにした。


「リリィ3を連れて行って、リリィ4は私と来なさい」


 隊長の無線にリリィ4は、短く小さな声で了解の言葉を返す。それを聞いた後でリリィ3との回線を開き、先ほどとはまったく違う明るい調子で話しかけた。


「リリィ3、ちょっとそこまでデートしましょ?」

「了解です」


 リリィ3、と呼ばれた男の声が返信されてくる。ダイバーは二人一組で行動するのが基本だ。リリィ1隊長のチームは四人。それが2つに別れて二個分隊になる。


 どの機体も、基本的に防探色である無光沢の黒に塗装されている。平面さえあれば吸音パネルが貼り付けられ、機体のみてくれには地味な印象を受けるであろう。偵察任務では機動性が重視させるため、重量が大きい魚雷キャニスタは背中に背負っていない。装備されている武器は、機体の手に握られたハイ・スピアライフルのみである。


 機体のスピードを上げる。リリィ1機を追い抜きながら、その機体を横目に見る。隊長機が降り注ぐ陽光に照らされ、メインカメラのシールドがきらりと光った。機体背面、イルカの背ビレのような縦舵にペイントされたエンブレム。それは、白い花の上に赤い蜘蛛が塗り重ねられたような絵柄だ。


 このような機体に搭乗しているリリィ1隊長は、リリィ2を後方からゆっくりとついてくる。先行するリリィ2分隊に釣られた敵を離れたところから探索するためである。隊長から離れていくリリィ2の分隊。耳もとのレシーバーから隊長の鋭い声が飛ぶ。


「貴様ら、仲良くするのは構わないが無駄話は慎むこと」

「……りょーかい」

「遠くまで行く必要はない。海峡の真ん中くらいで引き返してきて」

「はいはーい」


 各種デジタル計器を確認するリリィ2。特に異常なし。バッテリーの消費電力も序の口のようだ。面倒なので、機体操作の六割を人工知能に任せる。いわゆる「六割操舵」と呼ばれるセミオート操縦のことである。


 タンクに注排水をかけ、トリムが水平に修正される。機体の腰部分にある潜横舵の効きを確めるべく、小刻みにバンクを振ってみる。問題なく機体が機敏にローリングする。高機動モードに移行したことをAIの無機質な声が伝えていた。操縦桿を握り直し、アクセルペダルを踏み込むと、機体の両脇に装備されているメイン・ウォータージェット推進器が海水を吹き出してスピードを上げた。


挿絵(By みてみん)


 これが〈伊號〉である。水中戦用人型兵器の世界規格で開発された日本製のAFM-Dだ。リリィ2の伊號は、さらに速度をあげて海中を走る。ここは、東南アジア海域。ジャワ島とロンボク島の狭間の海。インド洋とフロレス海を結ぶ海上交通の要衝だ。

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