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人型潜行機動兵器〈伊號〉  作者: 樫野そりあき
一章 『傭兵と海賊と』
19/34

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 サブローは扉の外で待機するように言われ、カイトだけが社長室に通された。その中は想像以上に狭い。机を前に腰かけるユーミは相変わらずスーツの上にジャケットという暑苦しい格好。彼女は足許に置いてあった鍵つきのアルミケースを開き、その中から取り出したUSBメモリーのようなものを机上のノートパソコンに繋いだ。


「では傭兵。もう一つ、仕事を聞いてほしい」


 ユーミの口調と対応は事務的なものだった。胡散臭い態度をとられるよりも、カイトにとってはむしろ安心して対応する事ができた。これがボスの表の顔なのだろう。


「もう知っているとは思うが私には目的がある。それは、ある潜水艦を見つけること。その艦を君も知っているのではないかと思ってね。確認しておきたかったのよ」

「何を?」

「ここにその潜水艦の音源がある。これは我が〈きりしお〉が一瞬だけそいつを捉えたときのものよ。これを聴いてほしい。特にAIのヨナ君にね」

『うん? ヨナにですか?』


 ユーミがパソコンを操作すると、スピーカーから雑音のような音が流れ出した。細かく水を刻むような音が確認できる。これは回転するスクリューから発せれらる特有の水切り音であった。ユーミの真剣な眼差しがカイトとヨナの携帯端末を見ていた。


「何か聞こえる? 判別してほしい」

『…………通常動力潜水艦の推進音。これは〈きりしお〉の音紋と一致します。どうやら、この艦のパッシブ・ソナーから録音されたものだと判断します』

「正解だ。ヨナ君」

『当然です!』

「だがそれでは五十点ね」

『え?』


 ユーミの採点に戸惑うヨナ。カイトは“あの音”を聞き取ろうとしている。それを見て、ユーミが初めて怪しく微笑む。目を瞑って集中するカイトは質問をくり出す。


「ソナーの方向は?」

「艦首方向よ」

「……じゃあ二時の方向だな」

『何の音ですか? 確認できませんよ?』

「音はない」


 方向からのノイズ減った。カイトは、そこに黒い塊を想像する。それは大きな無音の空間。なにか巨大なものが自然界の雑音を遮っているのだ。


『何ですか、それ』

「もういい黙ってろ」

『ぶぅー、説明が欲しいものです』


 無音が正面に移る。

 自艦が転舵したらしい。

 艦首の魚雷発射口を向けて臨戦体勢をとったのだ。


「……コイツだ」


 全身の毛が逆立つのを感じるカイト。微かな推進音。それは、間違いなくロンボク海峡でカイトの足下を素通りしていった潜水艦の推進音である。彼の青い顔を覗き込むユーミは無表情で訊く。


「確かか?」

「言っただろ。忘れるもんかよっ……!」

「ではヨナ。君は?」


 ユーミは音を少し大きくして携帯端末のヨナを見た。彼女は右手をキーボードにかけ、反対の手の指で机上を叩きながらヨナの答えを待つ。足を組み直したようで、関節モーターの駆動音が鳴った。


『……はい、ヨナにもわかります!』


 驚きを隠せないカイトは、視線をユーミに向けて理由を求めた。彼女はキーを押してその忌々しい音を消す。少しだけ頭を縦に振りながら確信したようにカイトを見つめ返す。


「AFM-DのAIだけに作用する一種の電子対抗手段(ECM)らしいわ。ノエルが分析してくれたよ」

「ECMだと?」

「厳密に言えば少し違うらしいけど大筋は同じものと言うことよ。もちろん音だけで判断する人間には通用しない。だから人間には聞こえるの」

『これはどうして検出できるので?』

「簡単なこと。今この場にECMは展開されていない」

『なるほど。その潜水艦がいない限り無効ってことですね』


 トリックは理解できた。だがカイトには飲み込めていないこともある。彼はユーミに目を合わさないように壁側を向き、散らかった小さい本棚に目をやる。カイトは、そこにあった古い文庫本を手に取った。それは、ハーマン・メルヴィルの『白鯨』である。


「ボス、自分が何者か分かっているんじゃないか?」


 神の創造した鯨に挑み、片足を失った船長。カイトには、その物語に登場するキャラクターがどうしてもユーミと重なって見えていた。


「どうして、そこまで過去にこだわる? 拾った命だろ。俺も傭兵として腕に覚えはあるし、あんたも軍社のボスとしてやっていける。メシを食っていければそれでいいんじゃないか。ロンボク海峡の事故に真相があるとしても、それを求めてなんになるんだ」


 どんな理由にしろ、真相に近付いた事が原因でユーミのバディであるサブローは片目を失った。


「バディを危険なめに合わせてまで、これ以上に首突っ込んで死に急ぐ必要があるか? もったいないぜ」

「……記憶が抜け落ちて、過去を消せれば生きるのが楽か。三島海斗?」

「海戦はのことは忘れちゃいない」

「そのことではないよ」

「じゃあなんのことだっつーんだ!」


 煮え切らないようなユーミの態度に腹を立てたカイトは、拳を彼女の机に叩きつける。だが、ふざけた態度をとっていると思っていたカイトの予想は外れた。ユーミの黒い目は笑みの欠片もなく、ただ冷たく光っていたのだ。


「自分の命を弄ばれて悔しくはないの?」

「悔しくないわけじゃないさ。だが――」


 どんな事をしても死人は戻らない。

 ニシナ隊長は帰っては来ないのだ。


「――これ以上どうしろってんだ」

「そうか……ちょっと期待はずれだったなぁ」


 研ぎ澄まされたような双眼を閉じたユーミはため息こそつかなかったものの、落胆を隠すことはしなかった。そして彼女はゆっくりと立ち上がる。義足に負担がかかり、機械の関節からは硬い音が転がり落ちた。ユーミは壁に張られた東南アジア海域の海図を眺める。そこは壁が直接見える部分が少ないほどの資料が貼り付けられていた。海図にも多くの印がある。カイトからは彼女の顔は見てとれず、フード付きジャケットの背中を睨んでいるしかなかった。


「私が追っているものはなんだ」


 ユーミの突然な問にカイトは答えない。その真意を探る為に静かに聞いていたが、無難な答えをヨナが示した。


『正体不明の潜水艦でしょう?』

「そうだ。そいつが私の仲間を殺した。私はそう思うようにしている」

「どうして……」

「では、お前が殺したか?」


 その一言がカイトを貫いた。目を背け続けていた真実を突き付けられたようで、彼は窒息するように黙る。そうだ、確かに勢力的な関係ではブルー小隊とリリィ小隊は敵対していたのだ。カイトは言い訳を探した。


「そりゃあ……」

「私達も、君達の仲間を殺した。私が沈めたダイバーの一人は君の知っている人間だったかも知れない。一時期は君達を……わかば電機のダイバーを恨んだこともあったわ」


 それはカイトも同じだった。

 自分の体、隊長の死。

 様々なものに憎しみ覚えた事もないわけではない。


「あおば電機とカエデ重工はお互いに相手の先制攻撃を主張した。あの海戦が事故だと分かったとき、私は相手のダイバーも犠牲者である事を知った。私達と君達は運が悪かっただけ。最初はそう思うしかなかったわ」


 ユーミは椅子に座り直すとカイトから顔を背けた。そして静かな動きでスーツの内ポケットから四枚の写真を取り出す。カイトはそのすべてを確認することはできなかったが上の一枚は見てとる事ができた。


 百合の花をモチーフにした小隊旗を持つ四人。カイトよりも少し若い男女が二人、あとはユーミとサブローが伊號を背にして写っている。その伊號には小隊旗にある白い百合の花とは異なるエンブレムがペイントされていた。赤い蜘蛛である。


「私だけ……私だけが部下を多く失っていた」


 ユーミは消えそうなほど細い声で言う。


「海戦の前、リリィ小隊結成よりも前よ。若くても企業軍の新人教育係だった私は、訓練生を事故で殺していた。二年連続でね」

「二人……か」


 カイトの言葉に小さく頷くユーミ。彼女は写真をめくる。大勢の訓練生らしき若者が写っていたが、一ヶ所にペンで印を付けられている人がある。その人物が事故死したダイバーの訓練生と思われた。彼女は今度は天上を見上げ、少しだけ明るい声で話を続ける。


「教育係から船舶護衛に異動させられた私のことを、縁起が悪いからと『彼岸花レッドスパイダーリリィ』って呼んで毛嫌いしていた連中がいたが、構わなかった。戒めとして……自分が背負っていく十字架として、『赤蜘蛛』を自機の伊號に刻み付けた。私は誓ったわ。もう部下を失わないと」


 しかし、残酷にもその誓いは果たせられなかった。それが分かるカイトは何も言わなかった。一人のダイバーの半生を覗いた彼は、決して無感動に黙っていたわけではない。言葉が見当たらなかったのだ。沈黙の中、吐き出されたユーミのため息は、ロンボクサウンドでの悲惨な結末を暗に示していた。


「私は……また部下を殺してしまった。その痛みは、失ったはずの左足と一緒になって夜な夜な私を苦しめたわ。そんな夜を繰り返しながら落ち延びた浮揚軍港ポートウェストで腐っていた」


 リリィ小隊生き残りの二人は、ポートウェストの解体屋で世話になっていたことをサブローから聞いていた。カイトもポートノースの海上病院でダグに助けられていた。同じ時期の話であろう。


「腑に落ちない事が、ずっと胸の中にあった」

「腑に落ちない事?」

「そう、魚雷の先制攻撃とあの潜水艦よ」


 そう言った直後、ユーミは俯いて顔の影を濃くした。そして苦しそうに、眉間にしわを寄せる。

 


「そいつは……夢の中でも私を追い詰めた……。海中を逃げ回る私は追い回され、やっと逃げられたと思っても現れるて魚雷を撃ってくる……洋介を沈め、茜を引き裂き、さらには左武郎(サブロー)まで……。私は何も出来ずに、そんな光景を指をくわえて見ているだけ。毎晩々々と夢の中に現れては、そんな悪夢を繰り返し見せられて……私はっ――!!」


 迸るように怒りを露にしたユーミにカイトは驚く。両手で彼女の肩を掴む。痛くなるほど強く握って揺さぶり、ショック療法で正気を取り戻そうとした。もっとも、冷静にそう決断したのではない。焦っての行動である。それにヨナも加勢する。


『ユーミさん、落ち着いて!』

「悪夢の話はいい! 聞こえてるかおい!」


 ユーミは自分の手元を一点に見ていた。その手を見てカイトは青ざめる。理由は二つあった。一つは、先程まで大事そうに持っていた写真を握り潰していたこと。二つは、彼女の袖口から覗いていた手首の内側に残る無数の注射針の痕跡である。


「私は正気だよ。そう――」


 ユーミは、言葉をなくしているカイトを何事もなかったかのように見上げる。彼女の表情は通常通りの冷静なボスの顔に戻っていた。不気味を通り越して恐ろしくなったカイトは、無言で彼女の肩をから手を離した。


「サブローが持ってきてくれた情報で、すべてが動き出したのよ」

 

 ――彼女はイカれている。ウッズ副長の言葉を思い出すカイト。彼の分析に間違いはないのかもしれない。


「ポートウェストの金と物資の動き。この中に謎の部分があることをサブローが掴んだ。さらに彼は、それが日本製の実験潜水艦だという情報も手に入れたわ。片目と引き換えにね」

「金と物の動きが、どう潜水艦と関係する?」

『潜水艦に対する補給では?』

「……合ってるのか? ボス」

「正解だよ」


 ユーミの説明をカイトは理解しようと努力するが、やはりよくわからず片手で頭を抱えた。嵐のなかの荒波に揉まれるような気分なり、彼はすっかり彼女のペースに呑まれていた。


「あの海で、そいつは私達と君達の間にいた。そして戦いの火を着けた。行為的にね。その艦は今でも海を回遊し、似たような事を続けているらしい」


 義足を軋ませてもう一度立ち上がるユーミは、振り向いて後ろの壁を見る。一等に面積を占めている海図に書き込まれた複数の赤いバツ印は、いまになって思えばそれらすべてが謎の潜水艦に関する物と思われた。彼女はその硬い握り拳をロンボク海峡の所に叩き込んだ。


「私は許さない……。かわいい部下をっ、わざとっ! 殺していった奴を絶対に許しはしない……!」


 迫力に押されて後退るカイト。この狭い部屋である。すぐに背中に物がぶつかる。それは、先程まで眺めていた本棚だった。ぶつかった衝撃で数冊の本が落ちた。そのなかには『白鯨』も含まれていた。


「私の追っているものは、大自然が造り出した白い鯨のような『魁偉なる海獣』などではなく、潜水艦であって人間の操る兵器よ。こいつは我々ダイバーを死に追いやった人間達の悪意でしかない」


 ユーミの訴えるように強い視線を受けるカイト。肯定も否定も出来ずにいる彼を見たユーミは、諦めるようにため息を溢して静かに席に戻った。


「……真相を求めて何になる、と言ったな」

「……」

「これで分かったでしょう? 私は死者に生かされている。リリィ小隊の隊長として斉賀茜と四日市洋介の無念を果すことを思うだけ。今はそれがすべてなの」

「すまん、今の俺にはわからん」

「傭兵……。君には理解してもらえると思っていた。残念だよ。どうやら同じロンボクサウンドの亡霊でも、私は怨霊で、君は浮幽霊だったらしい。だが心配はしないで。無理はさせない。私は確実に目標を達成させるつもりよ。傭兵にも美味しい思いをさせてあげる」

『無理難題はウェルカムですが、決死だけはノーサンキューですよ』

「分かってるよヨナ。……疲れたろう。休んでくれ」


 ユーミは突き放すように言う。部屋を出ようとしたが、扉の前で止まるカイト。気になることがまだあった。顔を前に向けたままユーミに問う。


「二つ、訊きたいことがある」

「なに?」

「記憶がないと生きるの楽か、と言ったな。ボス、あんたは俺の何を知ってるんだ?」

「逆に質問しておくよ。あなたは、なんのためにダイバーになった?」

「何のため……」


 答えられる筈もない。カイトは、何か大事な事を忘れている気がしていた。その答えがユーミの問いの中にあるのだろうか。そんな途方もない考えてを振り払い、次の質問を彼女に投げかける。


「二つ目だ。伊號にはもう乗らないのか? 片足なくしたとはいえ、ダイバーとしてやっていけるだろう」


 ユーミは一瞬だけ黙った。

 気になって彼女の方を見るカイト。

 ボスの表情は固い。


「今は、乗れない」

「……そうかい」

「いずれ、私もダイバーとして協力する。できるだけ早いうちにね」

「あぁ……是非、そうして――」


 ノブに手をかけて部屋から出ようとしたカイト。

 しかし、自分が言おうとした言葉を飲み込んでいた。


「――やっぱりいい。俺一人で結構だ」


 こう言うと逃げるように社長室を出る。ユーミの返答は待たなかった。通路に戻るとサブローが無言で立っていた。他の社員の姿は見えない。潜水艦の電動機関独特の駆動音だけが二人を取り巻いた。サブローは、片手で行く方向だけを示す。カイトも何を言わずにそれに従い歩き出した。


『なんか喋ってくださいよ』


 ヨナに促されたことはカイトにとって癪だったが、前を歩くサブローは足を止める。彼が少し振り返ると眼帯の方の目だけでカイトを見た。


「……ボスはいまAFM-Dに乗れません。閉所恐怖症なんです」

「それでよく潜水艦に乗れたな。しかも、あんな狭い部屋に」

『閉所恐怖症は、特定の場所でのみ発症する事があります。それこそ例えば――』

「そう、伊號の中。ボスはコクピットにはいれないんですよ」


 理由を深く問い詰める必要はない。伊號のコクピット内でユーミがどんな体験をしたことか。侵入する海水、歪む耐圧殻(たいあつこく)、そして潰された左足。伊號のコクピットが彼女にとって、どれだけ恐怖を与える存在なのか想像できないカイトではない。カイトもヨナという存在がなければ再び潜行機に乗ることが出来たか怪しいものだったのだ。


 再び、二人は歩き出す。カイトはあらためてユーミのバディである男を眺めてみた。海戦を生き残り、片目まで失ってもユーミを支え続けている。なぜかそんな彼の後ろ姿にはどこか感慨深いものが見えた。


「立派もんだよ」

「えっ?」

「お前のことさ」


 口を突いて出たカイトの言葉にサブローは虚を付かれたような声をあげる。しかし、すぐに顔を曇らせた。


「……何が立派ですか。海戦では守られて生き残っただけです。僕のせいでボスは……ユーミ隊長は足を失った。隊長の足を奪ったのは僕なんですよ。そんな人間のどこが立派ですか?」


 溜め込んでいたものが溢れ出るように言うサブローは、硬い握り拳を作って鋭い目でカイトを睨む。しかしカイトは動じない。そして、どこか哀しみを含んだ真顔でサブローを見返していた。


「でも、隊長は助かったんだろ?」

「それは、チョーソカベ艦長が来てくれたからです。これは運が良くて……」


 力なく笑い飛ばすカイト。

 彼は近付いてサブローの肩を叩いた。


「最後まで諦めなかった。ボスも、お前も」

「それは……そうですが」

「優秀な隊長と有能なバディ。ボスとお前は最高の分隊だ。やっぱり、お前は立派なダイバーだよ」

「……行きましょう。部屋に案内します」


 サブローは釈然としない顔だったが、生きている方の目を見せないように歩いていく。会話は途切れた。カイトは世辞で言ったわけではない。口にしたことすべては彼の正直な気持ちであった。


「……ありがとうございます」


 その気持ちだけは伝わったのか、サブローは小さな声で礼を口にする。少しだけ笑うカイト。 


 ――それに引き換え俺は。


 カイトの脳内に、二機の伊號の碗部がぶつかる音がフラッシュバックする。あのとき、トリガーを引いて隊長機との連結を解除したのは他ならぬカイトだった。


 ――バディを殺して、何がエースだ。


 ブルー1のニシナ隊長は死んだ。分隊で生き残ったのはカイトだけだった。がりっと音がなるほど奥歯を噛み締める。察したようにヨナが小さくカイトを呼ぶ。


『……カイトさん』

「大丈夫だ、だから何も言うな」


 ユーミの話を思い出してカイトは思う。少なくとも、ユーミには目標がある。比べて自分はどうだ。ダグに対して恩をを返すことだけに生きてきた。だが借金を返した後、自分は何をすればよいのかわからなかった。


 ――死に場所か。


 あの潜水艦を相手に勝てるとは思えない。ユーミが用意した戦場は自分の最後の仕事になるかもしれない。漠然とそう思ったカイトだったが、特に悪い気はしなかった。自分の未来を一ミリも描けないカイトに比べて、理由はどうあれ会社を興したユーミとそれを支えるサブローは違うように思えた。


 狂人にも見えたユーミだったが、本当に亡霊のような存在だったカイトに、金儲け以外の存在意義を与えたことは大きい。それに、復讐という不健全な感情には、なぜか懐かしいものを感じた。


――この鯨狩り、乗ってやる。


 どういう形でユーミが潜水艦と戦いの仕事を持って来るか分からない。だが、それまでは死ぬわけにはいかない。カイトの金儲けだけの仕事は終わりを告げようとしていた。

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