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「我々は、その機体を頂戴する。黙って引き渡せば攻撃しない。君も殺さずに、近くの浮揚軍港まで送ろう。日本製は高く値が付く、少々分け前を与えてもよい。無駄な抵抗をせずに浮上すべし」
クーロンは冷静だった。伊號追い込み漁を指揮していたのはこの男であろう。カイトは、何の反応も示さない。言動だけではなく、表情も同じことだ。
『どうします?』
「何を?」
『取引ですよ』
カイトは答えない。この取引に応じるか、応じないか。ヨナが提起している二つの選択肢は、カイトの中には存在しないのだ。たしかに、これはトラブルである。だがカイトに、予定の変更はありえない。この状況をどのように打開するかということだけを考えていた。
「クーロン。俺を忘れたか」
カイトは回線を開く。
そして質問した。
相手は、少し時間を置いてから言葉を返す。
「知らぬ」
「そうかい、気楽なもんだ」
カイトは相手に見えるはずもないのに、クーロンが搭乗している潜行機に向かって指を二本突き立てて見せた。
「あんたに言いたいことが二つある。ひとつ、俺はお前の罠に嵌まってここに来たんじゃない」
「ほう、そうかね」
「ふたつ、この辺で待ち合わせをしているんだが、潜水艦がどこにいるか知らないか?」
「……」
クーロンの吐く息が通信に漏れた。
その、ため息の端には笑いが含まれている。
「……聞く耳を持たぬか。つまり、当方の要求に応じる気はない、と言っているのだな」
彼は、カイトの意思を読み解いたようだ。嘲るような声の音色ではない。むしろカイトに敬意を表しているようで、賞賛する調子で話しを続けた。
「なるほど君の選択は、傭兵として間違いではない。そう、これは信用に関わることである。信用を失えば、生き残っても以前のように傭兵の仕事はできまい」
カイトは、クーロンの演説を静聴するふりをして攻撃の準備をする。火器管制に火を入れれば、敵機をロックするための電波が発せられる。そうなれば即座に相手に気付かれるだろう。そもそも武器がひとつも搭載されていない。とりあえず取り囲む敵の情報を集める事にした。
カイトを包囲しているのは、単座戦闘潜行機五機。どの機体も、かなりカスタムしてある。と言うより、有り合わせの部品を流用しているといった方が正しいかもしれない。
全機は、カイトにスピアガンを向けてはいる。だが、火器管制をオンにしているのはクーロン機のみだ。それ以外は、武器の電源が落ちているらしい。これでは即座に攻撃されることはない。訓練された部隊ならありえないことだが、相手はどこの馬の骨とも知れない海賊。どうやらクーロン以外の人間は素人のようだ。
クーロン機は臨戦態勢にあるため、仲間潜行機の火器管制の状態を受信することは難しい。戦闘モードの機体機能は、すべて戦闘機能に振り分けられる。僚機のシステムの状態などを確認できる状態ではないということだ。
「では、もうひとつ提案しよう。伊號の傭兵」
水力スラスターの鋭い音。にじり寄るようにクーロンの潜行機が進み出る。ヨナが『ロックオンされました』と報告するとともに、警報ランプが点灯した。
「共に海賊をしよう。一攫千金。傭兵よりは格段に儲かる」
今度はカイトがため息を吹く番になった。半笑いになって指で頭を掻いたあと、通信を開いてクーロン機に向き合う。
「クーロン。まだ俺を口説いているのかい? そもそも、あんたが何言ってることの半分以上が理解できないんだが」
直後、何かが伊號の頭部をかすめる。
それを察知していたカイト。
機体をわずかにスライドさせた。
発砲である。クーロン機のマニピュレーターから、スピアガンの水中高速徹甲弾が打ち出され、気泡の直線を曳く。一発目は威嚇。つまり、次は当てるという意思表示だ。
「君は……うつけか? コクピットだけを貫くことは容易い。胴体部以外の部品を売ってもいい値段になるだろう。ダイバーの命など、こちらの本音としては、どうでもよいことなのだが?」
「……強行手段かい」
決まりだな、と呟くカイト。
瞬間、その瞳が燃える。
噛みつくように吼えた。
「やっぱり、海賊は嫌いだ!」
『敵』の戦闘潜行機に狙いを定めた。
そして、撃ち込む。
発射したのは武器ではない。
機体を固定するための装備である右腕部のアンカー。それが、マニピュレーターの手のひらから、圧搾空気によって投錨される。ワイヤー先端の分銅が敵機に殺到。だが、ちょうど潜行機にキャッチされた。
「綱引きで勝てると思ってるのか!」
混線した通信から、アンカーを握っている相手の声が聞こえる。腕部の馬力だけでは、伊號は戦闘潜行機にはかなわない。敵の潜行機は、アンカー・ワイヤーを手繰り寄せ、伊號を引き寄せようとする。
これがカイトの狙いだ。
スラスターペダルを吹かす。
ワイヤーで引き合うのではない。
むしろ急速に接近する。
「うわっ! どういうつもりだ!」
敵潜行機は動揺して逃げようとしたが、そうなる前に、伊號は相手にしがみ付く。
「こういうつもりさ」
ニヤリを笑うカイト。クーロン機のスピアガンに次弾が装填されたときには、すでに伊號が潜行機を組み伏すような体勢になっていた。同士討ちになる可能性から、クーロンはスピアガンを安易に発射するとこはできない。それでもクーロンは、銃口をカイトに向ける。
「往生際が悪いぞ、傭兵」
「そうかい? 撃ってもいいぜ?」
「ぬぅ……」
海賊の潜行機が暴れる。それにあわせて伊號も振り回された。まるでロデオだ。これを的確に、カイトだけを射抜くことは不可能に近い。ほか海賊の連中は、焦って火器管制を起動させたようだが、やはり撃つことができないでいる。
『ねえねえ、カイトさん。敵機のスラスター動力パイプ、ロックオンしちゃしました』
「よくやったヨナ。左手の操縦をやるから引っこ抜け!」
『りょーかい!』
嬉々としたヨナの声。右腕部がオート操舵になる。暴れ牛の後ろ側に手が伸びると、後部メイン水力スラスターにつながっているパイプを握り、それを引き千切った。
ついでにヨナは、スピアガンの空気パイプも同様に切断した。これで戦闘潜行機は浮き沈みするだけのカプセルになる。
「このやろうッ!」
続けて、敵機が後方から突進をしかける。それに向かい、空いている左手のアンカーを放つ。それを受け取った敵の潜行機は、力任せにアンカー・ワイヤーを引き、取っ組み合っている潜行機から引き離そうとする。
「仲間を放せ!」
「いいよ」
カイトはその言葉通り、伊號の両手を潜行機から放す。その潜行機は戦闘能力と航行能力も失い、浮上を開始しようとしていたが、アンカー・ワイヤーがマニピュレーターにつかまれたままであった。
伊號の両手のアンカーは、二機の潜行機とつながっている。そのことに気がついたクーロンは、彼としては珍しく慌てた様子で叫んだ。
「いかん! ワイヤーから手を放すのだ!」
口の端を歪ませるカイト。
高揚しているのか、笑っている。
機体のメインタンクに注水。
急速潜行をかける。
足のタンクに少量の浮力を残し、機体が逆立ちした瞬間、アクセルを一気に踏み込む。海底に向かっての全力航行だ。二つの実が付いたサクランボが、逆さまになったような構図。二つの実は潜行機。二機をつなぐ伊號が深く潜った場合、なにが起こるか。その答えを知るクーロンが部下に叫ぶ。
「ワイヤーを切断せよ!」
もう遅い。二条のワイヤーが深海に引き込まれ、潜行機と潜行機は、引き寄せられるように接近する。
一方はほとんど操舵不可能な状態で。
もう一方はワイヤーがアームに絡まって。
カイトの頭上で成す術のない潜行機たち。
「砕けろ」
カイトがぼそりと呟いた。
「ぎゃあ!」
「ぐおお! くそっ、沈む!」
衝突。潜行機は、鉄の外皮を鈍く響かせ、破損した部品を海中に散らした。




