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CU CHULAINN#5

 ユニオンの高官レッドナックスはキュー・クレインの攻撃でたまたま発声装置を破壊され、それによって人が変わったように取り乱した。しかし騎士は狂乱した女幹部の攻撃で深刻なダメージを受けてしまう。

登場人物

―キュー・クレイン…ドウタヌキと呼ばれる尋常ならざる妖刀群を追う永遠の騎士。

―ロイグ…キュー・クレインに度々手を貸す馭者。


巨大犯罪組織ユニオン

―レッドナックス・ゼ=オリヒン…ユニオン高官、強い力を操る〈根本の(フォー・ファン)四つ角〉(ダメンタル)

―オートセニア・ノーケン・ミリウ・フテルレッド…ユニオンに君臨する心底退屈そうな女。

―グラヴ・シェヴァリア…オートセニアへの忠誠心に篤いユニオン高官、重力を操る〈根本の(フォー・ファン)四つ角〉(ダメンタル)

―マラス・ユニス…オートセニアに絶対的な忠誠を誓うユニオン高官、電磁気力を操る〈根本の(フォー・ファン)四つ角〉(ダメンタル)



現在:PGG高危険宙域、境界付近、アブナン星系第六惑星近縁、ブラウン・ステーション、第三四ディストリクト


 ユニオン高官の女は異質な見慣れぬ種族であったとは言えども、キュー・クレインにさえそうとわかる恐慌の有り様を見せ続けていた。

 気が付けば周囲の戦闘音も聴こえなくなっており、騎士は嫌な予感がした。

 ロイグはゆっくりとスプーキーのように空中を旋回しており、対空砲火も止まっていた。

 レッドナックスは喉元を服の上から出血する程の力で先程までは押さえていた。

 しかし今は服に穴を空けて喉から出血したまま頭を庇うようにして(うずくま)り、声にならぬ悲鳴をあげていた。

 地獄めいた取り乱しようを見せ、幼子が恐怖に駆られて縮こまるがごとき様相であった。

「聞こえますか」

 キュー・クレインの呼び掛けは狂人には聞こえているかどうかもわからなかった。

 騎士自身も段々と痛みが増しており、今や死に瀕しているかのように腹の槍を地面と垂直に立ててそれに(もた)れ掛かっていた。

 今の己は理論上息をしなくてもいいが、荒い呼吸を続けて不要な空気を取り入れていた。

「レッドナックス・ゼ=オリヒン、聞こえていますか――」

 慄然たる轟音が成り響いた。鎧が砕ける音と共に騎士は数ヤード後ろへと薙ぎ倒された。

 衝撃波がまだ生き残っていた窓を叩き割り、付近の汚らしい廃棄された建物が折れるように捻じ曲がった。

 騎士は苦痛の呻き声をあげ、彼らしからぬ苦悶の様相であった。

 マガツ二神の使徒に撃たれた傷のあった辺りが露出し、鍛えられた鋼の肉体に黒々とした傷とその周辺が見えた。

 醜い弾痕による傷が再び開いて漆黒に染まった異常な血を流し、この上なく悍ましい光景に思えた。

 仰向けのまま苦しみ続けていると、やがて騎士はぼんやりとした頭で己があの狂った女の部下に包囲されている事に気が付いた。

 反撃をしようとしたが、数名に踏み付けられ、それが更なる苦痛を与えた。

 せめてもと思い女の方を睨むと、彼女は腕で頭を庇いながら恐怖に染まった眼球で『来るな』と言っているように思われた。

 顔色を変え続けて他の種族にはわからない言語で轟々と叫んでいるらしかった。己はユニオンに連行されて拷問を受けるのか。

 なればせめてロイグには逃げて欲しかったが、彼は逃げてくれているだろうか?


 キュー・クレインが倒れて踏み付けられたままで数分が経ち、気が付けば己の傍らにあのレッドナックスなる怪物じみた女が立っていた。

 女は先程の取り乱しようが束の間の幻であったかのごとく落ち着き払っており、どこまでも冷たく見えた。

 美しい三本足のナイアーラトテップの側面がこのステーションにいれば、あるいは助かるやも知れぬなれど、今となってはその望みも霧散した。

「まあ、そう緊張なさらず」

 女の機械的な声がまた聞ける事が妙に安心感を与えた。

 騎士にとっては二度と聞きたくない声の一つであったはずだが、この極限の状況ではそれも慰めに思えた。

 見れば破壊されたはずの発声装置が首に再び掛かっていた。

「先程は取り乱してしまって申し訳ありません。先程あなたは(わたくし)が恐慌していた隙を突くでもなく、待っていてくれましたね」

 人――他にこのような種族は見た事さえないが――の姿をしたこのコズミック・エンティティは、冷ややかな嗤笑を再び浮かべられるように冷静さを取り戻した。

 対して騎士は躰を苛む負傷とこれから己に訪れる運命とを思い、嫌な汗がだらだらと流れた。

「その傷は(わたくし)の与えたものではありませんねぇ」と女は言い、袖から出たぬらぬらとした粘液塗れの手にはキュー・クレインの砕けた鎧片が握られていた。

「その地球とかいう田舎で受けた傷ですか?」

 騎士は答える余裕も無くなっていた――苦痛はどこまでも強まり、歯を食い縛って必死に耐え忍んでいた。

「おや、返事がありませんか」女は挑発でもするかのようにそう言った。

 騎士は全身が高熱に侵されているような苦しみを味わい続けた。

 女の肩越しにロイグが連れて来られているのが見え、逃げてくれなかった友を哀れに思った。

(わたくし)はあなたに貸しを返された形です。故にお互いその時点では貸し借り無し。そのままあなたを殺す事もできた」女は楽しむように喋っていた。今や生死はあの狂人に握られていたのだ。「ですがそうはしません」


「あなたは(わたくし)と戦う前に負傷されていた。病み上がりですらなく、未だ治療中の段階だった。その様子では暫く苦しみは続くでしょう。そのような相手を殺すのは、素晴らしい死に様とは言えません。あなたが万全の状態で抹殺したい、というのが(わたくし)の正直な気持ちです。それに、あるいはあなたなら永劫を生きるこの(わたくし)を殺せる、対等の宿敵足り得るかも知れません」

 女は芝居がかった様子で両手を広げた後、セントーアじみた千手海鼠の脚で優雅に騎士の周囲を歩いた。

「という事で、あなた方を今回は見逃してあげましょう。次会う時は全力で(わたくし)を殺しに来なさい。(わたくし)も次はあのような醜態を見せないで済むよう、修練し直しておきます」

 千手海鼠のごとき女が手で指示すると、騎士を踏み付けていたユニオンの兵士達が多種多様な脚を下ろした。

 見ればロイグを押さえていた連中も彼を解放した。

「しかし(わたくし)の権限では他の〈根本の(フォー・ファン)四つ角〉(ダメンタルズ)があなたを消そうとする事までは止められません。まあ、単純な力比べならば理論上は(わたくし)の能力こそが四人の中でも最強なのですが、政治的なあれこれもあってそういう単純な問題でもありませんから」

 やれやれと言いたそうにレッドナックスは笑った。

「多分暗殺者などがやって来るでしょうが、(わたくし)との再開を糧にして頑張って生き抜いて下さい。今度(わたくし)が直々に殺しに行く時は、お互いがお互いに敬意を払って全力で殺し合いましょう。まあ、都合よく無人の惑星かステーション跡でもあればいいですね。では今日はお帰りになるとよろしい。追撃はしません。そうそう、ここまであなたに気を遣っているのは、(ひとえ)にあなたが優れた存在であるからであって、そうでなければ適当に暗殺していますよ」



レッドナックスとの対決から標準日で翌日:PGG宙域、境界付近


「ロイグ、早く出ましょう。もっと手出しされないような遠方まで逃げなければ…」

 追跡を恐れて既にPDAはブラウン・ステーションに捨てて来た。

「冗談だろ? お前死にそうだぞ。もうちょっと診てもらった方が…」

「そんな事をしていてはこの星にまでユニオンの魔の手が届くかも知れません。ひとまずいい場所を知っていますからそこまで逃げましょう!」

 茶色い曠野が広がる惑星で彼らは慌しく病院を出た。

 今いる小さな街の数マイル向こうには自然が作り上げた六百フィートの隆起が小さな山脈のように連なり、浸食で不思議な形状へと整形され続けていた。この長閑(のどか)な惑星をユニオンが襲撃するとしたら、それはあまりにも酷であった。

「わかったって! っておいおい、走るから言わんこっちゃない!」

 ロイグの言う通り騎士は傷の痛みで蹲った。ロイグは彼に肩を貸した。この街は人通りも少なく、少々寂しく思えた。

 彼らは街の外れで小さな宇宙港に係留しているチャリオットへと歩いて行った。

 乾いた風は出立に別れを告げているかのようにも見えたが、実際には数百万年も続いてきたこの星の営みに過ぎぬのであった。



レッドナックスとの対決から標準日で数日後:ユニオン銀河、不明星系第三惑星スローン・ワールド、巨大犯罪組織ユニオン本部、首領区画


 ユニオン高官であるレッドナックス・ゼ=オリヒンは、己と対等の立場にいる他の三人や、その他の閣僚達を交えた〈冥闇評議会〉(グルーム・カウンシル)の会議で発言した。

 彼女がキュー・クレインを見逃した件で議論が紛糾したが、最も上座に座っているユニオンのトップたるオートセニア・ノーケン・ミリウ・フテルレッドは、健全たる組織の有り方を満足そうに眺めるのみであった。

 閉会後、レッドナックスはユニオンの首領に呼び出されたらしかった。

 暗い玉座の間に入ると擦れ違うように〈根本の(フォー・ファン)四つ角〉(ダメンタルズ)の重力を支配する騎士が闇へと消えて行った。

 玉座には美しいミストレスが少しだけ退屈を紛らわせたような表情で笑みを浮かべてだらしなく腰掛けていた。

 脚部に当たる触腕を肘掛けに乗せ、惜しみなく露出したそれらは名状しがたい扇情的魅力を持っていた。

 一応生物学上の性別自体は同じであるレッドナックスでさえ、その美しさに煮え滾った欲望の一端を(いだ)いたものだ。

 玉座の傍らには風の神格ではなく異種族の女総帥を主君に戴く事を選んだ屈強な猿人が、腕を組んで微動だにせず彫像のごとく立っていた。

 緑のメタリックカラーに輝くアーマーは細部が直線で構成されていた。

 肩の斜め上方に浮かぶ二重のリングが一見不規則に回転し続けている構造の内側で、紫がかったスパークを纏った慄然たるエネルギー球がリングと同様に回転し続けて莫大なエネルギーをアーマーに蓄積させ続けていた。

 彼の周囲では十挺のガード・デバイスが伝承魔獣の閉じられた翼のごとく取り囲んで空中で静止していた。

「ご用ですか、オートセニア?」

 レッドナックスは優雅に千手海鼠じみた多脚を動かして玉座に歩み寄った。

「ああ、君と話がしたかったのでね」

「なればなんという光栄でしょうか、私の小さな心ではその重みに耐える事が――」

 言いながら彼女が玉座の前で恭しく立ち止まると、そのタイミングで猿人の男がそれを遮った。

「その辺にしろ、ゼ=オリヒン」

 冷酷で抜け目無い猿人は張りのある青年の声で口を挟み、レッドナックスはその力強い声のせいで先を続けられなかった。

「そう言ってやるな、マラス。彼女も私の大事な部下ではないか」

 ユニオンの首領は疲れ切った様子でせせら笑い、レッドナックスと同格のユニオン高官マラス・ユニスを手で(だる)そうに制した。

「あなた様がそう仰るならば」

 猿人は右手を左胸に当てるような仕草で(こうべ)を垂れ、主に恭しく敬意を評した。

 ミストレスはその恭順的な態度を見て微かに残念そうな色を浮かべ、しかしそれを包み隠しながら話を進めた。

「愛する友よ、先程も議題になっていたが君はあの地球人を殺さなかったようだね?」

 レッドナックスは話題の雲色の些細な変化を読み取った。

「はい」

「何故殺さなかったのだ?」

「個人的な信条や、プライドに関わるものです」

 強い力を支配する〈根本の(フォー・ファン)四つ角〉(ダメンタルズ)の一員は包み隠さず人工的な声で釈明した。

「結構結構…その間の業務は…スケジュールの合間を縫って現場に行って部下に視察や商談を任せていたようだが?」

「ええ、先程評議会で申し上げた通りです」

「ふうん、そうかね。そしてそこまでしておきながら、殺さなかった。殺すつもりで出向き、キルチームに少なくない犠牲者を出し、無意味にブラウン・ステーションで騒動を起こした。しかし殺さなかった」

 オートセニアはレッドナックスの行為を皮肉るような声で口にした。

 レッドナックスは言葉が詰まり、見動きせぬままマラスは観察し続けた。

 ややあって、ユニオンの狂人じみた女幹部は釈明を再開した。

「マガツ二神との約束事は私の私的なものです。業務に支障は出しません」

「損害は支障ではないと」

「彼らは私のためなら命をも指し示す忠臣達でした」

 ゴリラじみた屈強な猿人は徐々に苛立ち始めた。

「その忠臣達を君の個人的な楽しみで消費した。もったいないな」

「お言葉ですが私が計画し、私用中に部下に代理で行かせていた商談では旧式のプラズマ兵器百四〇万挺を二.四倍の値段で売却でき、小惑星帯の探査では手付かずの豊富な資源を発見しました。他にもいいニュースはあります」

「だがねぇ、せめて君が心的トラウマでみっともなく泣き喚いて弱点を晒した以上は、せめて次は必ず殺すためにも相手の記憶を消すべきだったろうに」

「あなた様が我々でお暇を潰されているのと同様、私も暇を潰しただけです」

 それを聞いて遂にマラスの苛立ちが上限に達した。彼の周囲のデバイスが慌しくパーツを複雑怪奇に変形し、それぞれが全く別々の形状となり、猛烈な敵意をレッドナックスに向けた。

「口が過ぎるぞ!」

 だが当のオートセニアはそれすら暇潰しとして楽しんでいた。

「そうか、君も人生に退屈し、楽しみを探していたわけだ。ところで今頃マラスの部隊が騎士と馭者を消そうと追跡しているだろう。ユニオンと事を構えた対価を払わせるために。それを覚えておきたまえ、慇懃無礼なる愛しき者よ」

 一本取られた事を楽しみながら女総帥は言い、それから彼女は傍らの忠臣の怒りを鎮め始めた。



数分後:ユニオン銀河、不明星系第三惑星スローン・ワールド、巨大犯罪組織ユニオン本部、首領区画


 薄暗い廊下を歩いていると、先程退出していたグラヴ・シェヴァリアが壁に寄り掛かっていた。

 この辺りで大量に精製され続けている材質で作られた壁には、赤色のホログラムが壁表面から浮かんで表示され、異界的な模様を規則正しく変化させ続けていた。

「まだいたのですか?」

 レッドナックスはいつもの調子で喋った。

「少し休憩しているに過ぎぬ」

「そうですか、では」

 女幹部は彼の前を急ぐように通り過ぎて行った。

「レッドナックス」

 甲殻を持つ屈強な騎士は半透明のアーマーを己の触腕で撫でながら呼び止めた。

「どうしました?」

「いつもと比べて声の高さが四パーセント高い。いつもと比べて声の出力スピードが二パーセントだけ早口になっている」

 すると同格の大幹部に背を向けたまま足早に再び歩き始め、レッドナックス・ゼ=オリヒンは指摘された箇所を急いで修正し始めた。

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