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CU CHULAINN#4

 発声装置で喋るユニオン高官レッドナックスと激闘を繰り広げるキュー・クレイン。地球で負った傷が痛み、彼女の部下に包囲され、状況は悪化する一方だった。

登場人物

―キュー・クレイン…〈質実剛健の妖姫〉(ドウタヌキ)と呼ばれる尋常ならざる妖刀群を追う永遠の騎士。

―ロイグ…キュー・クレインに度々手を貸す馭者。

―レッドナックス・ゼ=オリヒン…ユニオン高官、〈根本の(フォー・ファン)四つ角〉(ダメンタルズ)のメンバー。



PGG高危険宙域、境界付近、アブナン星系第六惑星近縁、ブラウン・ステーション、第三四ディストリクト


 強い相互作用に関する干渉能力を持つセントーアじみた千手海鼠(なまこ)のごときこの女は、ユニオン高官を名乗りキュー・クレインを死なせると宣言した。

 短く黒い髪と壮健な体躯を持つ美しい騎士は、裏社会の人間とはかくも狂気じみているものであった事を今更ながら再確認した。

 彼が地球の外へと旅立つようになってからかなりの年月が過ぎたが、銀河に渦巻く尋常ならざる悪意を何度も見てきた。

 だが地球へと久方ぶりに帰って来た事で、束の間そうした汚濁から無意識に目を逸らしていたらしかった。

 キュー・クレインは抜け目無く女を観察した。

 レッドナックスなるこの悪魔じみた女は、汚らしい第三四ディストリクトに似合わぬ優美な服で身を包んでいた。

 そして恐らくは彼女の種族にとっての『にやにや笑い』を浮かべてキュー・クレインをじっと眺めていた――腹の槍を取り出す猶予があった。

 騎士はゆっくりと右手に恐るべき腹の槍を出現させ、その間にも油断せずユニオンの〈根本の(フォー・ファン)四つ角〉(ダメンタルズ)に属する優雅な女を睨め付けた。

 だがやはり明らかに女は待っているように見えた。

「仕掛けて来ないのですか?」

 キュー・クレインは隙を見せぬよう相手の出方を窺い続けたが、レッドナックスはそれを見透かしたがごとくせせら笑った。

「最上の死を与えるにあたって、戦う支度のできていない者に攻撃する事がいい結果を生みましょうか。そういう事ですよ」

 狂人は狂人なりの美学で動いているらしかった。

「確実性に欠けますね」

 少し警戒を解いた様子でキュー・クレインは第二の人生の途上でギリシャにおいて手に入れた鎧を念じて出現させ、全身を包んだ。

 かつては己と異なる地を出自に持つその装備に慣れぬところもあったが、永い年月の果てにそれらはよき相棒となったのであった。

 ギリシャの鍛冶神はかつて彼が仕えていた王が与えてくれた槍と剣と盾とを、その朽ちた残骸から作り直してくれたのである。

 一方で、ユニオンに君臨する者の下で組織を纏める四人の高官に列する優雅な出で立ちの女は、騎士が戦闘態勢をとれるようになった事でそれを満足に思い嬉しがったらしかった。

 この珍しい種族の仕草や表情に慣れぬキュー・クレインにも女の感情が伝わった。

「もう一度言いますが、確実性があるとは思えませんね。あなたがそうした美学に拘る事自体は別段私からとやかく言う事でもありませんが」

「ああ、その事ですか。(わたくし)はユニオンという万軍において最高に近い程の権力を持ち得ているのですから、その程度の自由や権利があるという事ですよ。事実(わたくし)はあなたを始末する場合に備えて周囲には手勢を配置しております。既に彼らは攻撃態勢に入っているでしょう」

「ですが」とキュー・クレイン。彼は面白そうに笑った。「ここは室内ですから援護させるなら全員が壁越しに攻撃できる装備で身を固めていなければなりませんよ」

 だがレッドナックスはそれを蔑むように嗤笑した。

「簡単な事ですよ。こうすればいい」

 女の人工的な音声がそう告げると、彼女はぶかぶかの袖に収まっている右腕を振るった。

 ただそれだけで、その手から発射されたブラストが放射状に幾条も壁に突き刺さり、建物の上半分が凄まじいい轟音と共に吹き飛んだ。

 このユニオン高官のいる階を堺にして建物の上部が崩壊して消え去り、残り滓程度の残骸が降り注いだ。

 キュー・クレインは恐るべき腹の槍でそれを防いだが、粗雑な床には嫌な音を立ててブーツが擦れる音が響いた。

 見ればブーツがつけた擦り跡が薄汚れた床に刻まれていた。傷が徐々に痛み始めた。

「あなたがある種のコズミック・エンティティである事をすっかり忘れておりましたよ」

 騎士はガー・ボルグを構え直しつつ、周囲に視線を向けた。敵が潜んでいる場所の検討はつくが、粉塵が晴れたら攻撃される。

 敵は当然の事ながら、強い力操作以外の能力も所持している。

 それが宇宙の頂点捕食者たるコズミック・エンティティというものであるからだ。


 粉塵が晴れる寸前から既に(まば)らな攻撃が開始され、攻撃部隊に知覚の鋭い種族がいると推測ができた。

 幸い濃い粉塵や壁越しにこちらの位置を手に取るようなレベルで正確に把握できるような部隊ではないらしかったが、いずれにしても背にする壁が無いのは不味かった。

 四方八方から攻撃を受けるのはいい気分ではない。

 さしものユニオン高官も、まさかこの銀河の裏社会でも重要なステーションごと崩壊させてしまう程の攻撃はしないと思われたが、それでも不利には変わりがなかった。

「では非業に死んで頂きましょうかねぇ」

 ユニオン高官は大層楽しそうにブラストで攻撃を仕掛けた。遠距離ではブラストが厄介だ。

 回避する毎に息苦しくなる。だが距離を詰めても障害はまだある、むしろより厄介で性質の悪い障害が。

 だがそれでも傷の痛みを思えば接近して決着をつける他無かった。

「死がお好きなようですね」

 キュー・クレインは左後方からの狙撃をぎりぎりで躱して壁を蹴った。

 そしてそのまま今いるスラムの建物から、先程上半分が吹き飛んだ通りの向かいの建物の一番上で居座っているあの女目掛けて突進した。

 だが女はそれを予測しており、風が吹くように両腕の袖が揺れた。

 キュー・クレインは空中で〈致死の槍〉(ゲイ・ボーグ)を振るって予測される相手の一手を防ごうとした。

 恐るべき腹の槍が持つ並外れた魔術的な硬度と、万物を分解する女の攻撃がかち合い、その衝撃で空中にいた彼は後方へと吹き飛ばされた。

 やはりあのきらりと一瞬だけ光るものが見えたから、粘液を触腕のように伸ばして強い力を応用した攻撃を放ったのだ。

 恐らくは力の射程も触れた対象のみであろうから、その制約を破るべく鍛練を積んだのであろう。

 すなわちさすがにユニオンの高官ともなれば、歴戦の戦士であるかも知れなかった。

 そして核力に関わる能力とは別途に、コズミック・エンティティらしく物質やエネルギーへの干渉や操作が可能のはずであった。

 周囲では喧噪が巻起こっている。主要な音声言語でざわざわと野次馬が騒いだ。

 しかしこの事実上の無法地帯にそれなりの秩序を(もたら)さんとしている宙族やらが何も行動を移さぬなれば、ユニオン系の組織かあるいはユニオン直々に手出し無用だと圧力を掛けているのかも知れなかった。

 あるいは元々この一帯がユニオンのシマである可能性もあった。このステーションは非常に広いため、未だにキュー・クレインもよく知らないエリアが広がっていた。

 上半分が吹き飛んだ建物から向かいの建物の壁へと激突した騎士が落下してゆくところ目掛けて重イオン砲が秒速十マイル程で発射され、狙いは逸れたが壁に大きな穴が開いた。

 一般的な極小の金属弾が雨霰のごとく飛来したが、動く物体――騎士は落下していた――にはなかなか当たらないものだ。

 やがて射角の関係で狙えないところまで落ち、地上にいる部隊が追撃を掛けにやって来た。

 キュー・クレインがいると思わしき場所には何もおらず、塵芥(ごみ)や降ってきた残骸のみが転がっていた。

 部隊は六人で、先頭にいたワンダラーズの女はケイレンの影響が強いと思われる少し値の張るライフルを持っていた。

 裏社会でそこそこ人気のある、黒く細長い金属へと有機体じみた腸のようなパーツがパイプのように絡み付いたライフルであり、光学スコープや弾道修正装置などのアクセサリーを装備している。

 捕捉され続けると弾が追尾して来るはずであり、その点が厄介であった。

 その女は周囲を怪訝そうに窺ったが、次の瞬間ローブと灰色のアーマーを投げ槍が貫通して躰ごと後方へ吹っ飛ばした。

 その次の瞬間には荒れ放題な建物の中に隠れていたキュー・クレインが割れた窓の向こうから飛び出して、恐るべき腹の槍で二人目の爬虫類じみた緑色の種族の男を串刺しにした。

 その男が装備していたレーザーライフルを奪うと他の敵をレーザーで掃討した。

 その殺傷の正確無比さ故に敵は一瞬で死に絶え、呻き声の類は一瞬で掻き消えた。

 騎士は肩で息をしつつ、募る苛立ちを抑えようと努めた。地球で負ったあの傷は非常に厄介だ。皮の剥がれた手の甲の痛みなどは実に矮小であった。

 先程壁に激突したせいで激痛が感じられ、地球でマガツ二神の使徒から穢れの乗った銃撃を受けていた事を再確認させられたのだ。

 強引に痛みに耐えながら、騎士はレーザーライフルで別の建物の屋上からこちらを狙おうとしてきた敵を排除し、その骸が落下を始める前にライフルを捨てて風のごとく走り始めた。

 息が上がりそうになったのは久方ぶりであった。ライフルが落ちた辺りへと銃弾が殺到している間に彼は本命たるあの女の元へと急いだ。

 だがその瞬間嫌な気配を感じて、廃棄されている建物の封鎖されたドアをブーツで蹴り破ってその中に入った。

 次の瞬間通りには緑のプラズマが三発落ち、凄まじい熱が発生して焼き尽くされていた。

 熱風が建物の内部にまで飛んで来たため、騎士は大急ぎで建物を通り抜けた――〈致死の槍〉(ゲイ・ボーグ)で壁を粉砕し、向こう側の通りに出るとそのまま地面を蹴って建物の壁に貼り付いた。

 下では熱波があらゆるものを吹き飛ばしていた。腹部がずきずきと熱を持って痛み、嫌な汗が流れた。

 更なるプラズマが彼の張り付いている建物目掛けて飛来したが、プラズマがどこから飛来したのかをはっきりと視認できた。

 敵はプラズマの軌道を操作できる迫撃砲を使用しており、センサーか何かでこちらの位置を把握している。

 通常の投げ槍では建物が邪魔で狙えない。ここは師に習った技を応用する他あるまい。

「そこです!」

 騎士は力を振り絞って鮭のごとく壁から飛び上がると、空中で見を捻って斜め下方目掛けて腹の槍を投げた。

 それはまるでずっしりとした重金属弾を発射する壁抜き射撃用の加速兵器のごとき勢いで障害となる全てを貫通し、騎士は目視せずとも手応えを感じたものであった。

 抜刀して落下しながら、飛来する金属弾や非実弾を打ち払ったが、何発かは失敗して鎧に当たった。

 そこへ天駆けるチャリオットが通り掛かり、騎士は背中で受け身を取ってその座席に降り立った。

「派手にやってるな!」

 ロイグは片手で馬を制御し、有機的な素材にて作られた回転銃身式のグレネードランチャーを片手で撃ち下ろしていた。

「ええ、最初から君と一緒にいた方がよかったですね!」

 騒がしいため自然と声が大きくなった。ついでに痛みのせいもあろう。内心焦っていた。

「離れて初めてわかる、離別による心の痛みってな! 顔色悪いが大丈夫か!?」

「恐らくは!」

 ロイグのユーモアを鼻で笑いながら、キュー・クレインは上半分が吹き飛んだ建物に居座っているあの女と目を合わせた。

 騎士は女の方を見たまま投げ槍をいずこかへと思い切り投げ、それは携行対空兵器を展開しようとしていた敵を射抜いた。

「彼女に接近し過ぎると危険です! 原子そのものをばらばらに引き裂かれてしまうでしょう! 神の血を引く私でもそう何発は拮抗できそうにない!」

 段々と喋るだけでも痛みが増し始めた。

「じゃあお前だけ行って来てくれ。その攻撃の射程は!?」

「上空を通り過ぎる程度は問題ありません!」

 輸送機から飛び降りた兵士のように、キュー・クレインは呼び戻した腹の槍を構えてあの建物へと降り立った。

 がつんと音を立ててあの女の前に降り立つと、騎士は再び近距離で睨め付けた。

 落下の衝撃で鈍い痛みが傷とその周囲に広がり、思わず歯を食い縛った。

「随分辛そうですねぇ。もう終わりですか?」

 女の情報網とて彼が未開の星で受けた傷までは把握できまい。

 彼女は彼の傷など知る由も無いから、今回の戦闘で受けたダメージだろうと特に疑問も抱かずに考えたらしかった。

「言っておきますが、無法者相手に容赦する程の優しさは持っておりません」

 威圧のつもりで騎士はそう言った。

「はて、我々は元々血腥(ちなまぐさ)い業界にいるのですが」

 その言葉を聴いて騎士は非常に苛立った。

 彼にとってこの女は、いつも戦いの際には一方的な『安全圏』に身を置いているか、あるいは戦いの悍ましさを知らぬように思われた。

「強力な能力を使ってゲーム感覚に敵対者を殺すか、あるいはその血腥さに気が付いていないのですか? 見なさい、私を殺すためにあなたがけしかけ、そして無惨に散っていった者達の骸を」

 しかし尋常ならざるレッドナックス・ゼ=オリヒンはだからどうしたと言わんばかりに嘲笑った。

 セントーアじみた肉体は、元来発声できぬためあれだけ笑っても躰は揺れなかった。

「あなたは誰を諭しているのか理解できていませんね。(わたくし)はあなたが生まれるよりも前からギャラクティック・ガードやその他の脅威と殺し合って来たのですよ」女は昔を懐かしむように笑った。

「言ったでしょう、よき死を、と。あれは(わたくし)なりの殺しへの答えです。敵や己の臓物が地面や壁にばら撒かれ、千切れた手足をぼんやりと見つめた事は何度もありましたからねぇ」

 なるほど確かに、かくも医療技術が進化した今の銀河社会であれば、死にさえしなければ傷も残らぬであろう。

 なればこの女とて数多の死線を潜り抜けてきたというのか。

 そういえばこの女は狂人であった――それ故吐き気を催す血や内臓のコントラストにも何の感慨も抱かぬやも知れなかった。

 いずれにしても今回もキュー・クレインは『綺麗』に敵を殺したのだが。

「言ってわからぬなら、ここで終わりにしましょう。これ以上あなたが誰かに迷惑をかける前に」

「はい、それが可能ならばどうぞ」

 それが合図となった。七ヤード程度の距離を空けていた両者は手の届く距離まで接近した。

 一瞬煌めく何かが見え、キュー・クレインは身を屈めてそれを躱すと、下から斜め上向けて腹の槍を突き出した。

 槍は箱河豚じみた女の顔を捉えたが、しかし爆裂音が響いて弾かれた。やはり自身を構成する原子に手を加えているらしかった。

 これまで練り続けてきた必殺の技によりフォース・フィールドは貫通できたが、そこからが問題だ。

 原子そのものを物理法則からある程度逸脱した核力干渉によって堅牢化。

 更には通常の物質操作によって分子や原子同士の結合をより強固なものとしている。

 これによって原子そのものへの崩壊、及び原子間や分子間の力への崩壊にも抵抗できるのだ。

 ただの物理現象で〈致死の槍〉(ゲイ・ボーグ)の与える死に耐えるとは、やはり宇宙の根本的な原理の一つを操作できるこの女は只者ではない。

 再び煌めくものが一瞬見え、彼はその場でジャンプして躱した。床が抵抗も無く削られ、その削られた部分がどうなったのか想像する気にはなれなかった。

 空中へ飛び上がらせるのが女の目的であったらしく、再び袖から光るものが見えた。

 だが騎士もそれは予測しており、〈致死の槍〉(ゲイ・ボーグ)を打ち付ける際に角度と威力を調整し、反動で跳ね飛ばされる方向を斜め前方、女の背後に向けて降り立てるようにした。

 キュー・クレインは空中で身を捻って女の背の方へと振り向き、着地と同時に再び〈致死の槍〉(ゲイ・ボーグ)の技を放った。

 もしかすれば何度か放つ事で何か付け入る隙を見付けられるやも知れぬと、淡い期待を(いだ)いていた。

 しかし苛立ちや痛みで手元が狂い、振り向いた女の胴ではなく首に槍が迫った。

「フィールドを貫けるとは大したものですね! ですが――」

 慄然たる一撃は、背後へと振り向いた女の喉元へと偶然命中した。

 凄まじい轟音が喧噪をも飲み込む勢いで鳴り響き、攻撃は防がれたらしかった。

 騎士は槍を引いて後退り、様子を窺った。思わぬ手応えがあった。


 女は初め己の聴覚の異常かと考えたが、〇.〇一秒間考え込んでそれは思い違いだと結論付け、そしてその心に暗澹たるものが広がった。

 相変わらず周囲の声は聴こえていたし、耳を澄ませば己の肉体が血液を循環させたり筋繊維が軋む音が聴こえた。

 空を飛び回っている魔術的チャリオットで騎士の仲間が怒号を飛ばすのが聴こえ、隣の比較的安全なディストリクトで哀れな渡航者が拉致されている悲鳴や物音が聴こえた。

 しかし次の言葉を続けるはずの己の発声装置は何も音を発しなかった。

 大慌てで両手を喉に持っていくと、袖越しに発声装置が跡形も無くなっているのを確認した。

 普通はまず破壊されない程の強度を持たせていたというのに、騎士の激烈な技はいとも容易く装置を砕いた。

 状況を受け止めると、血の気が引くのを感じた――大昔遠い彼方の小さな銀河で己に降り掛かった悪夢じみた体験が、その場の匂いも含めて鮮明に思い出された。


「狙いが逸れてあなたの発声装置を壊してしまったようですね」とキュー・クレイン。彼は腹の槍を構え直した。

 上空高くにはステーションの経年劣化した屋根が広がっていた。

「ですがあなたであれば、適当な手段で声を模倣した音を発生させられるでしょうね。あなたの防御力には驚きました、まさかガー・ボルグの技が通用しないなど――どうかしましたか?」

 騎士は女の様子を訝しんだ。恐らくはこの女の種族にとってのぎょっとした表情なのであろう。

 焦燥が見て取れ、おろおろと喉元を押さえ、ふらふらと斜め右後方へとよたついた。

 千手海鼠のごとき多脚は絡まり、瓦礫だらけの床に下半身を倒れ込ませた。

 声無き悲鳴を発して喉を強く握り締め、上等な服を粉塵(まみ)れの床に触れさせる事さえも躊躇していなかった。

 あの狂気じみた女がかくも取り乱すそれ自体が、何とも異様な事に思えてならなかった――騎士はどうすべきかを迷った。

 このあらゆる悪事に手を染めてきたであろう女に、このまま猛攻を仕掛けて滅するべきではないかと考えた。

 しかしこの女は先程彼が戦闘準備を済ませるまで待ってくれた。銀河の平和と己のつまらぬプライドを天秤に掛けるか?

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