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CU CHULAINN#1

 永遠を生きるアルスターの英雄は日本を訪れ、悍ましい妖刀の行方を探っていた。そんな彼を付け狙う謎の気配が現れ、大阪の地で両者は相見える。そして秋晴れの下で騎士と侍は激突するのであった。

登場人物

―キュー・クレイン…永遠を生きる騎士。

―チャンピオン…キュー・クレインを付け狙う侍。



 死とはしかし何であるのか、久遠を横切り宇宙の大海を渡る事になるのだろうか?

――ロバート・E・ハワード



数年前:日本、岡山県、新幹線車内、岡山駅を出て数分の地点


 景色は次々と移り変わり、過ぎ去ってゆく。ヨーロッパでもかようにして高速の列車に何度も乗ったものであった。

 本来は美しいであろうキュー・クレインは目立たぬよう黒縁の度が入っていない眼鏡をかけ、食い入るように本を読んでいた――半分ぐらいは目立たないためのカモフラージュだ。

 それだけでもかなり地味なイメージが作られ、周囲からは地味な眼鏡の外国人観光客としか思われない。

 だが先程から何やら異様なものを感じる――恐らくは岡山駅から新しい客が乗ったせいであろうが、それにしても気になった。

 トイレへと向かうふりをして、がたんがたんと時折鳴り響く車内を目だけ動かして確認してみたが、特定には至らなかった。

 彼が立ち上がった瞬間に、その気配はまるで換気扇に吸い取られる煙草の煙のように掻き消えたのだ。

 リュックからクロレッツのボトルを取り出してガムを一つ口に含んで噛みながら、思考を落ち着かせてみた。

 もしかしたら気のせいかも知れないと思ったが、彼が着席してからは再びあの異様な感じが漂って来た。



兵庫県内通過中:日本、兵庫県、新幹線車内


 もう新大阪まではそれ程は掛からないはずである。黒髪の青年はそこで降りる予定であったが、あの気配は更に強まっていた。

 少なくとも、彼より後方からそれが感じられる事は特定していたが、正確な位置は未だわからない。

 快適なはずの山陽新幹線の旅は岡山駅以降、何とも言えない不安を感じざるを得なかったが、どうしようもないので我慢する他なかった。

 窓に映る自分の向こう側に広がる秋晴れの空を眺めつつ、更なる究明に務めたが、あまり期待はできそうにない。



新大阪駅到着後:日本、大阪府、新大阪駅、構内


 膨らんだリュックを背負って駅の構内を歩き、キュー・クレインはひとまず駅の構内図の前で立ち止まって構造を把握しつつ、例の気配がしないかどうか確かめた――やはりまだ途絶えていない。

 駅の構造を確かめるふりをして周囲を窺ったものの、結局はつけられている事以外は何もわからない。

 多くの人が行き交う構内はざわざわと騒がしく、なかなか気配察知に集中できない。

 禿頭の紺スーツのサラリーマン――香水の匂いと加齢臭がした――は、新幹線内でも見かけたものの、彼の隣を通り過ぎてそのまま躊躇いもせず歩いて行った。

 カジュアルな服装の大学生らしき女子が三人、これも関係は無かろう。

 老夫妻が壮健そうに歩きながら昼食をどうするか話しているが、見かけ通りであるようだ。

 かようにして、全く特定に至らない。相手は忍術の心得があると考えれば納得がいく――一九五九年にインドネシアの奥地で戦った正体不明の忍者も高度な隠密技術を持っていたが、今回は更に高度であるように思う。

 キュー・クレインは機械の血肉を持つ邪悪な魔道士との戦いを経て、名状しがたい二神が作らせたほとんど破壊不能の妖刀が複数存在すると知った。

 そしてそれらが(もたら)すであろう災厄を防ぐため、ひとまず情報を求めて日本を旅してみたものの、手掛かりはなかなか見付からなかった。

 永遠に若いままの姿をした騎士は(とど)まっても仕方無いので地下鉄エリアから御堂筋線に乗るため歩き始めた。

 ホームの電光掲示板を見上げるとあと三分で車両が到着するとかで、観光客のふりをした(いにしえ)の騎士はイヤホンを取り出して音楽を聴きながら柱に(もた)れ掛かった。

 (しばら)くすると電車が到着し、アナウンスと共に客がどっと降りて来た。

 車内が少し空いたので、これから乗車すれば先程新幹線車内で見かけた顔と照合すればよいと楽観視していた。

 しかしどうやら彼が乗った車両に相手は乗らず、連結されている別の車両に抜け目無く乗ったらしかった。

 キュー・クレインは都会の基準ではそれ程は混んでいない車両の中で他の乗客と共に、カーブに差し掛かった時特有の体の傾きを体感しつつ、真っ暗な窓の外を眺めていた。



数十分後:日本、大阪府、なんば駅、構内


 撒けるのかどうかを実験するため、複雑な構造のこの駅で降り、暫く歩いた。

 しかし気配は前から、あるいは後ろから漂い、逆に混乱させられたものだった。

 とりあえずOCAT(大阪シティエアターミナル)の方へと足早に歩くと、それにつられてあの気配も迫って来た。そろそろ何か変化が起きそうだ。

 地上の広場では今日も若者達がダンスに明け暮れ、それを尻目にキュー・クレインはマクドナルドに立ち寄ってセットを店内で食べ、そこから適当に大阪の街へと歩き始めた。

 巨大なビル群が繁茂する鉄とコンクリートの森林をゆっくりと歩き始める事数分、焦らされたかのようにあの気配は凄い勢いで接近して来た。

 彼は歩道の地面を蹴って高架道路の柱上部へと張り付くと、風のようにあちこち飛び移りつつ駆けた。

 あまりにも速かったのでその場の誰にも見えず、彼はそのままジャンクションまで疾走し、そこからビルの側面に飛び移るとそこに張り付いた状態で停止した。

 強烈な風を浴びながら眼下を行き交う車を眺めていると案の定、彼の目の前十ヤードの所に不可解な実体が飛び移って出現した。

 よく見ればあの髪が後退しているサラリーマンか――不覚を取った事は悔しかったが、彼の隠密技術に対してキュー・クレインは内心称賛していた。

 サラリーマンは全身から蒼い瘴気を放ち、腰の左には鞘が括られ、右手には妖しい魅力を放つ刀が握られていた。

 まず間違いなく、あの機械の魔道士のものと同じシリーズの刀であろう。まさか妖刀の方からこうしてやって来るとは、実に以外だと思えた。


「私はキュー・クレイン。単刀直入に言いましょう、私はちょうどあなたが持っているような危険な業物を探していたのです」

 相手はまだ口を開かない。

「あなたが手にしている刀、それこそは恐るべきマガツ二神が作らせた〈質実剛健の妖姫〉(ドウタヌキ)の一振りである事はわかっています。そのような危険な代物を、大都会で持ち歩くべきではありませんね。ですからそれを渡して欲しいのですが」

 悠久の時を経て暴かれた墳墓のごとき、冷え冷えとした声が答えた。

「危険な代物? それはお前とて同じはず。さぞや強力な武具を秘めているな」

「屁理屈はやめて下さい」

 騎士は冷ややかに言い放ったが、特に効果は無かった。

「もしもこれが欲しければ、力づくで奪って見せよ! さあ、勝負致せ!」

 この手の相手は梃子でも動かぬというものだ。なれば力づくもやむなし。

 キュー・クレインが念じると、かつてとある縁でギリシャの鍛冶神から賜った立派な甲冑が現れた。

 空いている左手には遥か昔の戦いで折れた思い出が懐かしい、愛用の剣が握られていた。

 両利きで戦えるよう訓練していたから、この程度は問題無い。

「名前を伺っていませんでしたね」

「前世では名を捨てた身、今世の名もまた無意味」

「ふむ、前世をお持ちでしたか。ではただ『チャンピオン』と呼ばさせて頂きます」

 暫くビルの側面にぶら下がったまま、お互いじっと対峙していた。

 ふと気が付くとキュー・クレインの眼前からあの禿げたサラリーマンは消えていた――即座に反応して剣を振ると、金属同士がぶつかった音と共に衝撃が彼の腕を襲った。

 今の攻撃は見切れたが、それでも相手はかなりのスピードであるらしかった。

 突風のように通り過ぎて行った無名のチャンピオンにとって今のは恐らく挨拶代わりであろう。

 見れば殺し切れなかった余波がビルのガラスに(ひび)を入れており、今のところはこのフロアには誰もいない。

 しかしこうした攻防に巻き込んではならぬと思い、キュー・クレインは再び一迅の風となってビルの屋上まで駆け登り、空中で剣を右手に持ち替えた――やはり右手はしっくりくる。

「やはり追って来ましたね」

 すうっとフェンスを越えて屋上の真ん中辺りに着地した騎士の背後に、瘴気を纏った侍が降り立った。

 騎士は己がまだリュックを背負ったままである事に気が付き、それを前方のフェンスの方へと放り投げた。

「何故逃げる?」

「ここは街中です。無関係な人々を巻き込むべきではありませんよ。もしも、あなたが誇りを持っているのなら、我々のみに開かれた戦いを尊守すべきです」

「いいだろう」

 再びあの姿が消える感覚がしたため、黒髪の騎士は振り向く事なく妖刀の衝突コースへと己の剣を担ぐような恰好で滑り込ませた。

「余裕のつもりか?」

 高速道路の騒音にも負けぬ轟音が再び鳴り響くと、騎士の背後にスーツを着た侍の姿が現れていた。

「余裕が無かったからこそ、こうして振り向かないまま防ぐしかなかったのです」

 禿頭の侍が放つ消える斬撃はまるで戦斧を振り下ろされたかのような衝撃を放ち、キュー・クレインはガードに使用した右腕が痺れるのを(こら)えていた。

 足下に注意が向かっていないのではないかと思い、アルスターの英雄は神造のブーツで強烈な蹴りを左踵で放った。

 防げてもかなり痛いはずだと思っていたが、しかし侍はわざと左前脛で誇示するかのように防ぎ、かの英雄は気を削がれた。

 どちらからともなく両者は離れ、十八ヤード近い距離を空けて対峙した。

「面白い、どこで習った?」

 亡霊じみた声で侍は尋ねた。

「通信教育…というのは冗談ですが、あらゆる場所にて、あらゆる人から、あらゆる神から」

 会話に応じつつ油断を誘い、彼は左手に出現させた魔法の投げ槍を侍目掛けて投げた。

 あえて急所は外したが、もし当たれば無力化できるかも知れなかった。

 しかしするりと槍は通り過ぎて、そのままフェンスへと激突しそうだった――まるで滑るように躱した侍は、お返しとばかりに左手で懐から銀色のリボルバーを取り出した。


 油断していた――日本なのでまさか相手が銃を持ち出すとはそうそう考えないものだし、侍は両手で斬撃を放っていたものだから、別の手段があるという可能性を完全に失念していた。

 じっと睨み付ける銃口が煌き、その瞬間キュー・クレインはぎりぎりで剣を割り込ませて飛来する弾丸を打ち払ったものの、錐揉みしながら背後へどさりと転倒した。

 その隙を逃さず次々と次弾を撃ち込まれ、彼がその対処を迫られている間に侍本体は空中を舞って接近、右手で逆手に持った〈質実剛健の妖姫〉(ドウタヌキ)を振り下ろさんとした。

 右斜め上から振り下ろされたそれを回避し、騎士はひとっ飛びに飛び退いてフェンスに背をぶつけた。

 リロードの隙を突こうかと思ったが、侍はがちゃっと弾倉をずらして排莢するとそのまま給弾する事なく元に戻した――わざとやっているのなら、あれでもうリロードが終わったのだ。

 なるほど確かに、かような尋常ならざる侍が使用する銃が、普通の代物である保証は無い。

「案ずるな」

「はい?」

「約束通りに、流れ弾が出ないよう戦うつもりだ」

「案ずるな、ですか。つまり私もまた、あなたに協力しないといけないわけですね。斬り払った銃弾がどこかの誰かに当たってしまわぬよう。もちろんその点に関して言えば、私はあなたと同意見なのですが」

 最初にぎりぎり防いだ弾丸が騎士の計算通りビルの屋上に落下した。それを合図にキュー・クレインは四方八方を飛び交うように高速で動き始め、亡霊じみた侍に躍りかかった。

 背後に回り込もうとするも、手慣れた侍は軽々と旋回してそれを阻止した。

 放たれた銃弾は全て叩き落とされたから、一見彼らは拮抗しているようにも見えた。

 しかし騎士は相手が現状では決め手に欠けている事を見抜き、防御に掛かりきりにさせて追い込もうとした。

 というのも右手のみで振るわれる斬撃は両手の時よりも軽いため、相手が悪手だったと気付く前に勝負を決してしまえばよかったのだ。

 斜め上空から襲い来るキュー・クレイン向けて振るわれる妖刀から縦横斜めと放たれる衝撃波の連撃を彼は斬り裂いた。

 それらが一段落付いた瞬間――連撃が空振りに終わった一瞬の落胆――を狙って重い連撃を繰り出した。

 両手で振るわれる重々しい斬撃を侍は片手で何とか防ぎ、至近距離で左手から銃撃を加えたものの、騎士はそれを見切って躱し続けた。

 そして右手が疲れたであろうタイミングを狙って強烈な斬り上げを放ち、〈質実剛健の妖姫〉(ドウタヌキ)は回転しながら天へと放り出された。

 その隙に騎士は強烈なショルダータックルを食らわせ、それを食らったスーツ姿のチャンピオンは大きく吹き飛んで仰向けに倒れた。

 侍が苦しそうに呻いているところへ、剣の切っ先が喉元目掛けて差し出され、触れないぎりぎりのところで静止した。

「私の勝ちですね」

 騎士の背後の地面でざくっと妖刀が刺さり、それが戦いの終わりを告げていた。


「チャンピオンよ、何故このような?」

 精根尽き果てたかのように、既に瘴気を失なった侍は元のサラリーマンの姿で倒れていた。

「妻と別れて、幾ら出るのかわからぬ年金を目指してドロップアウトまで走るのに疲れた。金もある。地位もある。なのに帰ったら誰もいない。俺みたいな奴にこそ寝たきりの親の世話という重荷が課せられるべきなんだろう。俺の両親はどっちもぽっくりと逝ったがな」

「それで?」

 轟々と鳴り響く高速道路の騒音と飛行機の騒音、そして濃い排気ガス混じりの秋風がとても心地よかった。

「そんな時、家の神棚から恐ろしい声がした。まるで地獄みたいな声で、聴いただけで死に掛けた。その声が何かを言うと、俺は前世では戦場を流離う剣士だった事が思い出された。俺は記憶を失なっていたが、まるで転生するみたいに何百年も何千年も生かされていたのだ…俺は――」

 その瞬間声は隔てられた。

 先程とは比べ物にならない勢いで、倒れた侍から瘴気が吹き出したものだから、思わずキュー・クレインはその場を離れた。

 見れば蒼い瘴気に包まれた侍はゆらりと立ち上がり、いつの間にか妖刀をその手に納め、理性無き(まなこ)で睨め付けつつ、スーツの下の筋肉を肥大化させていた。

 それでもキュー・クレインの方が体格では勝っていたというのに、そうした優位性も今からはどこまで保証されるか未知数だ。

 これこそが妖刀〈質実剛健の妖姫〉(ドウタヌキ)の呪いという事なのか。

 なればあの機械の血肉を持つブレイドマンなる魔道士も、余程の鍛錬を積んで狂気に飲まれぬよう己を律していたのであろうか。

 永遠の生を歩むアルスターの騎士はかようにして、名状しがたいヤソマガツヒとオオマガツヒの恐ろしさを知ったのである。

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