03 【アイラという少女】
03【アイラという少女】
〜●どらごんすとーりー●〜
歩いているアルの目の前に現れたのは少女だった。
何かに叩きつけられたのかその子は吹き飛ばされて、アルの周辺付近は一瞬のうちに大きな砂ぼこりをたてた。
そして苦しみを露わにしたその表情で一言告げた。
「助けて下さい・・・」
アルは砂ぼこりを手で払い、その子が飛んできた方を見上げた。
太陽の光が目をくらました。
それでも必死に眼をあけていると視界には“ついさっき見た姿”が入ってきた。
ついさっき見たのとは異なるが、間違いなくドラゴンである。
群青色に輝く光沢の皮膚をまとって、翼を大きく広げアルの方に向かってきている。
いや、その子の方に向かっているのだろう。
そのドラゴンはまだ遠くを飛んでいるようだ。
ならば、その遠くの距離からこの子は飛ばされてきたとでもいうのか?
アルはその子に目を落とした。
「どうしたの?何があったぁ・・・?」
「命を狙われていて・・・お願いっ!助けて・・・!」
その子はまだアルを見ようとしない。
両目を強くつぶっていることもあって、一回もアルを直視していない様子だ。
その行動からも、そのダメージの大きさを物語っている。
「命・・・って・・・・・!」
「詳しいことはあとで・・・今は・・・すみません・・・体が思うように・・・動かなくて・・・」
「分かった。あとで僕の方も少し聞きたいことがあるからその話も聞いてもらうね。名前はぁ?」
「アイラ・・・早く・・・早くしないと・・・もうアイツが来ちゃう・・・・!」
「――――アイラ・・・か!大丈夫だよ。ちゃんと掴んでてねっ」
アルは頼りなさそうな口調でそう言うとアイラと名乗った少女を抱きかかえた。
そして――――
サッッッ・・・・・
アルの足は高速回転し始めた。
動きが見えないほど速いその足は大きく土を蹴り出した。
アイラが飛ばされてきた時にできた砂埃が再度現れた。
その直後アルは風を切り、広大な荒野を走り抜けてた。
少し長めの髪が揺らぎ、アイラは片手でアルを掴み、片手で髪を直すような仕草を取った。
「掴まってて…!そんなことしてると飛ばされちゃうよ・・・?」
「・・・ぅん・・・・・・あなたはいったい・・・」
「アル。僕の名前はアルっていうんだ」
「・・・アル・・・・・・・・・・・」
砂埃がたってから数秒後にやっと追手のドラゴンはその場に到着していた。
ドラゴンが羽を震わせ、大きな風が吹き、視界が晴れた頃にはアルとアイラの姿はもう無くなっていた。
アイラの命を狙っているというドラゴンは辺りをキョロキョロと見まわした。
都会で見られるような建設物がないこの場所で、その二人の姿がどこにもない。
その竜は地面を蹴って豪快な溜息を吐き、大空へと羽ばたいていった。
竜がいたその地面には真新しい亀裂が入っていた。
その頃アルはアイラを抱えて走り続けていた。
アイラはアルの服をぎゅっと掴んでいるものの、今にも吹き飛ばされそうな勢いであった。
「もう・・・もう追っ手は来てないっ!良かった・・・!」
アイラがようやく落ち着いた声で発したその一言を聞いたアルは足を止めた。
もちろん足を止めた瞬間、砂ぼこりが立ち上っている。
そしてアイラを抱きかかえている両腕をそっと放した。
改めて、自分は男性に抱きかかえられていたと気付いたアイラは急に顔を赤くしてあたふたし始めた。
ここで改めてアルはアイラを凝視した。
顔は整っていて目はうるうるとしている。
細めの身体で15歳ほどの子であろう。
白くてレース生地の短めのスカートに上はジャケットといった服装をしている。
身長は低めで黒い靴下を履いているその足も細い。
首元には水晶玉のような水色で透明で大きな玉が1つ付いているネックレスが目立つ。
髪は若干長めで、ネックレスと同じ玉がついているヘアゴムで髪を縛っており、髪はいわゆるツインテールである。
―――ぶっちゃけた話、可愛い。
だがアルは目の前に美少女がいる、ということを気にしてもいなかったし、むしろ容姿の良さに気付いていないようだ。
「名前は、アイラだっけぇ?大丈夫ぅ・・・?」
「うん・・・!もう大丈夫だから!・・・ありがとぉ・・・!足・・・速いんだね!」
「足だけが取り柄みたいなもんだからさ・・・」
照れながらほっぺたを赤くするアルはなんとも弱々しそうに見えた。
そんな様子をアイラは「ふふっ」とほほ笑んだ。
「いやぁ、でもこの村は空気がきれいだからいつもより速く走れた気がするよ。この村っていいねぇ!住みたいなぁ・・・」
その一言がアイラの瞳を硬直させた。
向いている方向は一点。アルの首元である。
アルは優しく微笑み、「ん?どした?」など言っていて余裕の表情である。
それに対してアイラの表情はやはり凍りついている。
そしてアルの首の方を見ると両手で口を押さえて一歩二歩と下がっていった。
もう、その眼は“見ている”ではなく“睨みつけている”眼になっていた。
「・・・どうしたの・・・・・・?」
「あなたも・・・私の命を狙っているの・・・・・・?」
「・・・・・・・・・・え・・・?」
「さっきの竜と同じように・・・あなたも・・・・・・・・・・・・」
「僕がアイラを襲うわけないって!ていうか僕はあの竜とか初めて見たからねぇ」
アイラが体を完全に震わせアル本人に恐怖を抱いているのに、アルは空気が読めないらしく明るく話しかけている。
アルは「大丈夫かな?」とアイラを心配しているほどだ。
だがこの状況下で、このアルの行動は幸と出た。
「え・・・・?竜について知らないの?」
「あぁ、うん。この地に来るのは初めてでさ。アイラに出会う前に男の人に出会ったんだよねぇ。でも彼の身体がドラゴンに変化していってさぁ・・・。『来るなー』って避けられたんだよ。意味が分からないけど、あのドラゴン?竜?ってのは一体何なの?知ってるぅ・・・?」
アイラは一呼吸落ち着かせてからこう言った。
「・・・知るも知らないもこの地は、“ドラゴンの村”よ。ここに住んでいる人は全て“人竜”なの。そう・・・私も・・・・・・・アル?驚かないでね」
するとアイラの骨が激しく動き始めた。
そして最初に出会った“人竜”のように骨が突き出し、羽が生え・・・アイラは正真正銘のドラゴンとなっていた。
白く輝く鱗ある細長い体に、羽が豪快に生えている。
それに引き替え手と足は若干小さめである。しかしその足と手の爪は鋭く尖っていた。
そしてその胸元にはネックレスについていた玉がついていて、それは同時に羽の関節部分にもついている。
だがその竜の姿にさっきまでの可愛らしさはなく、威厳に満ちた表情で頼もしく空に浮かんでいる。
アルが絶句していると、アイラは一瞬のうちに元の姿に戻った。
「ごめん・・・!怖かった・・?」
「怖くはなかったけど・・・驚いたよ・・・すごい・・・格好良かった・・・!」
「良かった・・・。アルは、本当に竜のことしらないんだねっ」
「あぁ・・・うん。というかさ、なんで最初にあった竜も今さっきのアイラも、僕の存在を怖がるかが分からなくてさ・・・僕、何か悪いことしたかな・・・?それともこの村に何かあるのかなぁ・・・?この村に入っちゃいけない理由でもあったりするのかなぁ・・・って。それとも僕が受け入れられないだけだったり・・・」
アイラは眼を閉じて小さく笑った。
「別にあなたが嫌われているわけじゃないよ・・・」と一言囁いた。
その眼がゆっくりと開き、青々とした空を見上げた。
「少しだけ、この村のことを話すね。この村に居たいでしょ、アル?この村・・・・綺麗でしょ。水も、空気も、緑も、何もかも・・・・」
「・・・うん。綺麗だ」
アイラはこの村について話しだした。