10 【警察署での悲劇】
10 【警察署での悲劇】
この村の過去をアルは知った。
人竜たちが侵入者を恐れ、嫌う理由も分かった。
彼ら人竜は手に入れた自分の住居を死守しなくてはいけないのだ。
親が命を張って手に入れた住居に住む子もいれば、数々の犠牲を失って今ここに生きている人もいるのであろう。
先程鳴った警察の笛の音によって倒れた侵入者、“群青色の竜”についてアイラは警察署に向かうらしい。
この竜は宝石を奪うべくアイラを襲った犯罪者である。
「じゃぁ・・・警察署に行きましょ!」
「あぁ・・・うんっ!」
どうやらアルが同行する理由は、侵入者からアイラを守るためであろう。
早速任務開始、といった感じでアルは意気込んだ。
すっかり夜となり、少し肌寒く感じた。
雲はまだ空を漂っており、眩しいくらいに輝く月を半分ほど隠していた。
星も雲と雲の隙間に散在し、アルの目は空に釘付けとなった。
「今日は雲があって星があまり見えないね。」
そうアイラはため息を吐いていたが、アルの目は上を向くことを辞めなかった。
ゆっくり歩くと、他の家とは比べ物にならないくらい大きい建設物が建っていた。
形は真四角で色気がない。
窓がぽつぽつとあるが一つも開いていない。
アイラの家やこの村とは対照的に、この建設物の敷地には草木が見当たらない。
目に留まるのは、恐らくその建物の入口であろう扉の隣にある広大な荒野である。
その荒野は鉄の柵で囲まれており、鉄の策の頂点は槍のように鋭く尖っていた。
「ここが警察署よ」
アイラはそういうと扉に向かって真っすぐと歩いていった。
後ろについていくようにしてアルも歩いた。
扉はガラスでできていて、近くに寄ると中の様子が見えた。
鍵が掛かっていない扉を開くと、ひろがるのは殺風景な一室であった。
その一室には先程会ったばかりのビッフィーが冷たそうなイスに座っていた。
「先程のアイラです」
「悪い、記憶力に欠けるもので・・・」
「群青色をした侵入者について話をしに来ました」
アイラがそういうと、ビッフィーは手元にあった書類の一番最初のページを見てやっと頷いた。
「あぁ、さっき侵入者なんていたな。そうだ。話を聞かせてくれ」
「えぇ 」
ビッフィーは部屋の奥にある扉の前に来ると、アルたちを招くような手振りを見せた。
その通りにアルたちは着いて扉を開くと、目の前には大きな鉄の檻が置いてあった。
檻の中には未だにぐったりと倒れている青年であった。
彼は群青色の竜になる青年、つまり侵入者だ。
「今から彼を起こすとしよう」
そう言うとビッフィーは鍵を開けて檻の中に入り、青年の前に立ち寄った。
ガッッ・・・ガッ・・・ガッッッ・・・
ビッフィーは青年の顔面を思うままに殴りつけた。
手加減など微塵も感じさせない腕の振り方にアルは絶句した。
見る見るうちに青年の顔は赤く腫れていき、血も流れ始めた。
アルはその光景を観るに堪え無くなったのでふと横を見ると、同様の色を見せないアイラの顔が目に映った。
青年への“暴行”は数分間続き、ようやく青年は目を覚ました。
激しい痛さ故に声もまともに出せない様子であった。
「うぅ、うぅ・・・」としか発することはできずに悶え苦しむ様に、やはりアルは目を背けた。
「えぇ・・・と・・・そこの女の子よ。この青年は一体何があったんだ?」
ビッフィーは青年の髪の毛を掴み、持ち上げながらアイラに聞いた。
「私を襲ったわ。狙いは間違いなくこの宝石よ。ずっとずっと私を追い続けたの」
「そうか。罪は確定だな」
ビッフィーは青年を掴んだまま鉄の檻から出てきた。
そして今までの道を戻るように足を進め、署の外にまで出ていった。
当然アルとアイラもついていった。
アルは足が重くのを感じ、ついアイラの肩を借りてしまった。
アイラは何も言わずにアルの歩調に合わせていた。
外に出るとビッフィーは鉄の柵に囲まれた荒野の中に入っていった。
どうやら荒野は立入禁止のようでアイラは足を止めた。
そしてビッフィーは荒野の真ん中にある鉄の棒などを立て、黙々となにかの準備をしていた。
青年は顔面を殴られ続けたのが効いているらしく、反抗をしようとしなかった。
そうして―――気付けば死刑台と思われる十字架と槍が立てられていた。
そこに括り付けられようとする青年。
だがその時だった。
「殺されてたまるか・・・!」
青年はそう叫ぶと竜の姿に変化した。
「シュアァッアアッァァ!」
闇夜で色がはっきりと見えないが、間違いなく群青色の竜なのであろう。
群青色の竜はその鋭い爪でビッフィーを切り裂き、ビッフィーの肩からは血が飛び散った。
アイラに軽く寄りかかっていたアルは体勢を整えると、ビッフィーの名を叫んだ。
だがビッフィーもすぐさま竜の姿に身を変えた。
やはり体のできが違かった。
ビッフィーはしっぽを振り、青年の体を吹っ飛ばした。
アルはこの広い荒野の理由がなんとなくわかった気がした。
この場で死に際の死刑囚の悪あがきを止めるべく、戦闘場が用意されているのだろう。
ビッフィーは爪で群青色の竜の腕を勢いよく切り裂き、彼の体と腕は分かれた。
群青色の竜は体を人間の体に戻し、あまりの激痛にその場でゴロゴロと転がり続けた。
「終わりだ 」
そう言うとビッフィーは彼の身体を十字架に縛りつけた。
そして、青年の体をさらに切りつけていった。
「侵入者め。お前は犯罪を犯した!苦しむがよい!」
ザグッ・・・ギッ・・・キッ・・・シャシャッ・・・グジャッ・・・
―――青年が縛り付けられてから、アルは目を開けることができなかった。
音で判断できたが、今の青年の身体は原型をとどめていないだろう。
人が人を切りつける音は闇夜に響き続け、それは途端に止まった。
そしてその後、何かが燃える音も聞こえた。
「アル、もう終わったから安心して」
「・・・でも・・・・・でもぉ・・・・・・」
―――――
後片付けも終わったのか、ビッフィーは人間の体に戻るとアルの前に立った。
「これからも宝石を大切にするようにな。では失礼する」
何事もなかったかのようにビッフィーは警察署に戻っていった。
「アイラぁ・・・何もここまでしなくても・・・いいんじゃないのかなぁ・・・」
「ダメよ、仕方ないの。犯罪は止めなくてはいけないの。・・・アルは初めてだからちょっと怖かったかもしれないけど、いずれ慣れてくるわ。何度も侵入者から襲われると次第に分かってくるから・・・」
「うん・・・」
何故ここまで侵入者を酷く殺さなくてはいけないのであろうか?
侵入者に人権はないのだろうか?
アルは宝石をギュッと握りしめた。
・・・宝石を握りしめた瞬間、ある一つの疑問がアルの頭に浮かんだ。
だが、目の前で起きた悲惨な出来事が頭から離れなかったために、アルはこの極めて重要な疑問が浮かんだことも忘れてしまった。
アルはアイラの肩を再び借り、ゆっくりと家に向かって歩き出した。
―――ストーリーはまだ始まったばかりである。