お弁当には愛が詰まっている
「すまん、お前より好きな奴が出来たわ。別れてくれ」
なんて一言で彼氏に振られた私。どうすればいいと思う?
はぁ、とため息をついて机に伏せる。
振られたのは今朝、登校中のことだ。
いつものように少し寄り道をして彼氏の通学路へと赴いたとき、言われた。
正直その後、どうやって学校へ来たのか全く覚えていない。そして、午前の授業も全く頭に入ってない。
「はぁ~。いつか来るかも、とは思ってたけどなぁ」
上田 嘉穂、十六歳。一つ年上の彼に恋をしていた私は、平凡そのものだ。
流石に三つ編みできっちりスカート、とまでは言わないけどさ。オシャレとは無縁だし、顔だって美人ってわけじゃない。身長だって低いし、胸も、そんな大きくない。勿論運動だって苦手で、勉強はまぁそこそこ。
唯一の長所は料理ができるってことくらい、かな。
まぁそれくらい自分でも分かっているつもりだったから、なるべく彼と話すようにして、一緒にいて、毎日お弁当を作ってきた。
今日だって勿論、彼氏用のお弁当――大きなお弁当にご飯一杯と中くらいのお弁当におかず一杯――を持ってきてたし。
お弁当、毎日毎日頑張ってたのよ? 勿論、彼の好みとかも調査したし、運動部だから栄養も気にしなきゃいけない。だから、味付けから何から何まで気を使って、丁寧に作ってた。
全部、全部無駄になったけどね。
「……こうなったら」
こうなったら、やけ食いしてやるわっ!!
と、は言ったものの、流石にお弁当三つは多いのよねぇ。
何せ親子亀ならぬ三段弁当。大中小と綺麗に大きさを揃えた三つのお弁当は、私の食べられる量をはるかに超えている。
仕方ないじゃない、作るのは好きだけど小食なんだから。
でも出来る限りは挑戦しようかと、私はひっそり食べるために屋上へと向かった。屋上ってあんまり人気ないのよね、移動が面倒なのかな。
どっちにしても、今日ばっかりは都合がいい。やけ食いしてお弁当を残すところなんて見られたくないし。
屋上の重い扉を開け、外へ出る。
爽やかな風が心地よく、なかなかにいい天気だ。私の鬱屈とした気持ちとは正反対に。
はぁ、とため息をつきながら屋上に出る。
「あれ?」
そこには珍しく、人がいた。
百八十センチを超える身長。細身だががっちりと筋肉のついた体。少しつりあがった目つき。
間違いなく同じクラスの男子、竹中 裕生くんだ。
私と比べると三十センチ以上も身長差がある、非常に目立つ男の子。
なんで彼がここにいるんだろう。
竹中君、いつも購買でパンを買い込んで教室で食べてるのに。今日はそのパンすら持たず、金網に体を預けてボーっとスマホを弄っている。
お昼休み、まだ始まったばかりだから食べ終えたとは思えないんだけどなぁ。
「あの……竹中君?」
なんか気になったので、声をかけてみることにする。みんなは怖いって言うけど、私はあんまり怖くないんだよね。兄の身長が同じくらいだからかな。
「ん? あ、えーっと、上田、だったか」
「うん。こんなところでどうしたのかなって、思ったんだけど」
「あ、あー、いや、ちょっとな……」
竹中君はすっと目線を反らす。
うーん……。
「もしかして、ご飯ないの?」
思い当たったことを口にすると、竹中君は眉をひそめて皺を作った。
どうやら、正解らしい。
「……財布、忘れてきてな」
なるほど。パンもお金がなきゃ変えないもんね。
借りるとかは……でも、竹中君いっぱい食べてるから、一つ二つ食べるだけならなくても変わらない、のかな。
そんなにいっぱい食べるなら、お昼ぬかすのは大変だと思うんだけどなぁ。
「あの、よかったら、お弁当食べる? その、余ってるから」
「えっ? いいの?」
「うん。余分に作ってきたんだけど、必要なくなっちゃったから……」
「ん、それって……」
「お願い、言わないで」
ま、ここまで言っちゃえば分かるよね、振られたって。
「……あー、その、あれだ。貰えるなら、貰う。腹減ってるし」
「う、うん。食べて。私じゃ食べきれないから」
自分のお弁当だけ取り出し、他二つのお弁当が入ったランチバックを渡す。
竹中君は少し気まずそうにしつつも、お腹の虫には逆らえないのだろう。受け取ると、そそくさとお弁当を広げた。
「うわ、すげぇ。何コレ、力入ってるなぁ」
今日のおかずは生姜焼きにベーコンとほうれん草の炒め物、だし巻、きんぴらごぼう、プチトマトが二つ。それからご飯の上に鳥そぼろ。
まぁそれなりに頑張っている方だと思う。冷凍食品とか使ってないし。
「でも、マジで食べていいの?」
「うん。私、食べきれないし。これで十分だもの」
「そっか。じゃ、いただきます!」
竹中君は早速箸を取り出すと、勢いよく食べ始めた。
ガツガツ、って効果音がついてもおかしくないくらい勢いよく。そして、美味しそうに。
思わず、頬が緩む。美味しそうに食べてもらえるのは、嬉しい。
でも、なんていうか、すごいよね。口いっぱいに頬張って食べるんだから。私、その勢いを見るだけでお腹いっぱいになっちゃうよ。
まぁ、食べないと午後の授業でお腹なっちゃったりして恥ずかしい思いをするかもしれないから、食べるけどね。
私のお弁当、勿論中身はほとんど同じなんだけど、サイズは彼に渡した大きなお弁当の半分ほど。私にとっては、これで十分お腹いっぱいになれる量だ。
「うまっ……何コレ、美味すぎ。こんな美味しい弁当食べたの、初めてかも」
「そんな、そんなことないよ。ちょっとほめ過ぎ」
流石に既製品と比べれば美味しいかもしれないけど、みんなスーパーに売っている物から作ってるんだよ。
ちょっと手間をかければ誰だって作れるって。
「いやいや、美味しいよ、一番。この弁当、スゲェ手間かかってんだろ。作り方も手馴れてるし……何より、愛情がこもってるのが分かる。俺には分かる。ま、俺に向けたものじゃないけどな」
……。
いや、そんなことを急に言われても困るんですけど! なんかベタベタに褒めてるし!
あ、あ、愛情とか……そりゃまぁ食べてもらえると嬉しいなぁって思って作りましたけど、愛情がこもってるかどうかなんて分かりませんし。
そもそも手間さえかければ料理はおいしくなるものであって、愛情で美味しくなるものではないと思うのですよ、うん。
まぁ、竹中君みたいに笑顔でいっぱい食べてもらえると、手間をかけた甲斐があるなぁ、って思えるんだけどね。
「あはは、上田、真っ赤。恥ずかしいの? 誇りを持ってもいいと思うけどなぁ」
「……愛情とか、そんなこと、いえないもん」
「初心だね。可愛い」
むぅ。私は褒められ慣れてないから、そういうのに弱いんだよ。
ただ、それだけだよ。
そうは思ってみるものの、そう言われて悪い気はしない。
「でも、そんな可愛くておいしいお弁当も作れる上田を振る奴がいるなんてな」
なんて、言葉が出るまでは、だが。
流石に直球で言われると、へこむよ。
「……それとも、上田が振ったの?」
「う、ううん。振られた……。今朝、好きな人が出来たって、急に」
「うわ、問答無用か。ひでぇやつ」
「いいの。どうせ一カ月も持たなかった関係だし」
正確には二週間ほど、かな。結構、短い付き合いだった。
「ふぅん。どっちから告白したの?」
「彼からしてきた」
「それで別の奴が好きになったとか言って別れ話切り出すとか、随分と我儘な奴だ。っていうか最低。でもまぁ、今日だったのは俺にとって幸いだな。こんなうまい弁当食べられたから」
「……それは、私も同意しようかな」
彼のことは、好きだったと思う。それなりに。
少なくとも別れ話をされて、放心するくらいには好きだった。
でも、なんだろ。竹中君と話してて、そんなにショックじゃなくなった、かな。
「私も、美味しくお弁当を食べてもらえる方がいいもん。竹中君、本当に美味しそうに食べてくれるから、そっちの方がいい」
「何、その彼氏って弁当ダメだったのか?」
「ダメ、ってわけじゃないけど、竹中君みたいにすごく美味しそうに食べるわけじゃないし、美味しいとも言ってくれなかったかな。何を作っても、同じように食べるし」
かろうじてきんぴらごぼうはかなり好きそうだ、ということに気付いたから毎日入れるようにしていたけど、それだけだった。
彼にとって食事は単なる栄養補給、って感じ。どんなに味が良くてもそれ以上でもそれ以下でもないよ、って食べ方だった。
まぁ、運動部だから量だけは多かったけどねぇ。
「よくそんな彼氏と付き合ってたな。っていうか、分かれて正解だよ。上田、料理作るの好きだろ?」
「え、うん。よく分かったね」
「分かるさ。弁当、美味いもん。手間もかかってるし、これを毎日作るなんて、好きじゃなきゃできねぇよ。そんなお前と、飯が美味しいって言わない彼氏じゃ、相性悪いって」
確かに、そんな気もする。彼にお弁当を作っていく気力が、段々と薄れていたのは事実だし。
でもそれってさ、竹中君。
「それ、口説いてるみたい」
「えっ?」
「だって竹中君、すごい美味しそうに食べるじゃない。だから……」
それは、口説いてるみたいに聞こえたわ。
多分、私のお弁当を食べた中で、竹中君が一番美味しそうに食べてくれたし。
だから、ものすごく口説いているように聞こえる。
でもその言葉は彼にとって意外だったようで、ご飯を食べるのも忘れて私を見ていた。
「あ、ごめんね。ちょっと自意識過剰だったかな」
「いや……いいな、それ。上田、付き合おうよ。それで、弁当作ってくれ」
あれ、半分冗談だったんだけど。というか、失恋したばかりの私にそれを言いますか、普通。
――でも、竹中君の彼女、ねぇ。
毎日色々なお弁当作って、竹中君に美味しいって食べてもらって、またレシピを考える。
……いいかも、しれない。
「って、それってカレカノって言えるの? 私、結構わがままだし、色々なところに遊びに行きたいって思うし」
「いいよいいよ、いこ。上田と色んな所に行くの楽しそうだ」
「美人じゃないし」
「いや、可愛いじゃん。っていうか美人とか彼女にしたくないし。色々な意味で苦労しそう」
「背も低いし、胸も大きくないよ?」
「そんなの個性じゃん。そんなこと言ったら俺なんて無駄に背が高いし、目つき悪いし」
「……そっかぁ」
私、竹中君は可愛いと思うけどね。
ご飯を口いっぱいに頬張る姿とかリスみたいだし、ニコニコとしながら生姜焼きに食いつく姿は子供っぽいし、今は――キリッとした目つきでカッコいい、かな。目つきが悪いって言うけど、ちょっと吊り上ってるだけで怖くはないと思うんだ。
……あー、私、結構竹中君のこと、気に入ってるのかもなぁ。
「でも、本当に私でいいの?」
「上田がいい。それより、上田は俺じゃ、嫌? 顔は、まぁ悪いかもしれないけど、前の彼氏みたいに無碍に扱ったりはしないよ」
「嫌……じゃないよ。全然、嫌じゃない」
竹中君はほっと一息ついたようだ。
そんな彼の持つお弁当は、もう空っぽになっている。あんなに喋りながら、全部食べちゃったんだ。お米も、一粒も残ってないよ。
「じゃあ、上田。俺を彼氏にしてよ。ね?」
「う、ん……。私こそ、よろしくお願いします」
「やった! じゃあさ、さっそく明日、遊びに行こうよ。ほら、山の上の緑地公園、いっぱいにポピーが咲いてて見ごろらしいからさ」
明日は土曜日。確かに、道端にもところどころにポピーが咲いていたと思う。あそこはポピーで有名なところだから、きっとすごい綺麗に咲いてることだろう。
「うん。行こう。楽しみにしてる。……お弁当、作るね。何がいいかな?」
「愛情たっぷりなら、なんでもいいかな」
それはまた、難しいことを言ってくれる。
でも、頑張ってみようかな。
「じゃあ、色々作ってみるね。竹中君が喜ぶように、美味しいって言ってもらえるように、色々、手間をかけて」
そうやって作ったお弁当にはきっと、愛が詰まっているはずだから。
お弁当をテーマに書いてみました。
本当はもっと純愛で熱がこもるようなものを、と思ってたけど自分の書き方じゃそういうのは無理だった。
でも実際、そんな熱い出会いとかってなかなかないですよね。少なくとも自分の経験には、ありませんでした。
そもそも、燃えるような恋とか、したことないし! はい、経験不足なのですよね~……。人生経験不足って、なんか悲しい。