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ヒツジさんの執事さん  作者: 美琴
第一章
8/67

8・収穫祭 前



 やっとの事で暑い夏が過ぎて秋の空気になり、メルルも溶けずに一日を過ごせるようになった。

 夏の間の勉強の成果として、なんとか絵本くらいは読めるようになってきた。

 予定よりちょっと遅くなったけれど、まあ地道にやるしかない。

 学校も再開されたが、隔日である。

 ……まあ、そりゃあ秋なんて収穫期だものね。忙しいでしょうね。ちなみに冬は普通に学校あるそうだ。雪も積もるらしいけれど、どれくらいなんだろう?

 学校は勉強する場だが、子供達にとっては半日仕事から解放される休日のような物になっている。だから皆、学校は好きだ。

 勉強が好きかは別。でも先生は好き。

 いやあたしは勉強好きだけど。じゃなきゃ大学まで行かないわ。


「もうすぐ収穫祭ですね。皆、それぞれおうちのお手伝いも忙しいでしょう。ですが、勉学を疎かにするのはいけませんよ」


 ある日、オウリア先生がそんな事を言った。皆、ハーイっと良いお返事を返す。

 ああ…収穫祭とかあるんだ。どんななんだろう?

 オクトーバーフェストみたいなのでいいのかしら。ブドウも麦も見たけれど、ワインかビールかどっちだろう…

 ……。あ、いや、あたしはまだ飲めないか。


「マリヤ、マリヤ!」

「あら、なあにクルウ?」

「おまえ、ぜったいオレんちのソーセージ食えよ! めっちゃ食え死ぬほど食え、大丈夫だぜったいうめーから!」

「何の話かからはじめて」


 いやなんとなく解るけど。

 曰く、収穫祭の会場となるのはプルミエ村ではなく、クルウのおうちの牧場があるスゴン村。プルミエ村は農業と、それの加工なんかを主に産業にしている村だけど、スゴン村は牧畜がメインだ。

 大きく分けて4つの牧場があり、その質を高める為、競争するように日々切磋琢磨している。

 完全なライバルではなく、何処かが家畜の病気などで危機に陥れば、他3つが助け合ったりするらしいけれど。

 勝者による完全独占でなく競合状態を保っているあたり、ゴーティスさんて凄いな。1社独占にすると、大抵企業努力を怠っちゃうからね。この辺が高品質を保つ秘訣かな。

 で、収穫祭最大の目玉はその4つの牧場から出品され、参加者に振舞われる製品の売り上げ数による決戦で。優勝した牧場の肉製品は1年間、王都にというか王族の口に入る品としての契約と名誉を賜るそうな。

 それは、勝ちたいでしょうね。その1年間の儲けも半端無いでしょう。

 …王族の口に入るんだから、スゴン村のお肉は国内でトップクラスなのね。ほんとゴーティスさんの領地って田舎だけど、凄い有名なんだろうな。

 ……何故に、お屋敷や暮らしぶりは控えめし? 性格かしら。


「話はわかったわ。…でも、ズルはナシよ。あたしはあたしで好きなの食べるから」

「ちぇ。まあいーや、今年はオレもちょー手伝ってっからな! かんどうで泣くなよ!」


 腰に手を当てふんぞり返るクルウの表情は自信に満ちている。

 元々売り上げ貢献の無心しようとした訳ではなく、期待してろよとの予告なのかもしれない。

 ここまで言うんだから、本当に美味しいのだろう。

 楽しみだ。うん、楽しみだ。

 日本人は、祭りが好きなのです。


「ねえメルル。あたし達も収穫祭ってさんか出来るの?」

「もちろんよ! お父様は領主だから、村長さん達と最初のあいさつとかお付き合いがあるけれど、コドモのわたし達は好きなだけあそべるし、その日だけはよふかしもオッケー!」

「あ、でも気をつけろよ。祭りには外のヤツらがいっぱい来るからな。マリヤ、さらわれないように、オレかメルルのそばをはなれんなよ!」

「そうね、クルウのクセにいいトコに気がつくじゃない! わかった、マリヤ?」

「オレのクセにって何だよ、メルルこそ姉ちゃんなら先に言っとけよな!」

「うっさいわね! 今言おうと思ってたの!!」


 ……ああ、お嬢様とガキ大将は、今日も仲良しです。

 というか、何? あたしはさらわれるような立ち位置、…あ、そういえば珍獣だった。

 領主の娘、お嬢様よりも危なっかしいのか、あたしは…

 まあ、そりゃあこの国全体がこの辺みたいに善良で平和でほのぼのしてる訳じゃない、か。都会には貴族も沢山居るんだろうし、よく物語にあるようなドロドロした権力争いもあるんだろう。

 関わりたくないが、領主の養子として、いつかは立ち向かう必要あるのかしら。

 ……今は、今を楽しむか。子供の内から無駄に未来の人間関係心配してどーする。


「だから、今日から収穫祭の終わりまでお休みね…。…あたし達は何かてつだうの?」

「わたし達がお父様のおしごとをお手伝いできるハズないじゃない」


 ですよねー。

 なんというか、肉体労働でもない、非常に難解な頭脳労働がゴーティスさんのお仕事なんだから、子供のあたし達に何が出来ようか。

 ああでも、こう。

 準備から携わるのが、真の祭りじゃあるまいか。


「なんだ、ヒマならうちの手伝いするか?」

「え、いいの? あたしにできそうなコトってある?」

「んー、母ちゃんがてんまくのホシュウしたいって言ってたから、それならイケんじゃね? マリヤ、器用だし」

「たしかに、それならできそう」


 普段農業や牧畜している村の子達に比べると、確かにあたしはナヨっち……いや、腕力に劣るところはある。

 それは地道に、かつ将来的に鍛えて行くとして。

 天幕の補修とかなら、あたしでも出来そうだ。ちょっとこの身体で相手にするのは大きいかもしれないが、そこは何事も経験である。


「じゃあ、おてつだいさせてもらうわ。よろしく」

「おう! 母ちゃんにはなししとくから、明日の朝から来いよ!」

「言っとくけど、ケガなんてさせたらタダじゃおかないからね!」

「うるせーよ、何もしないで食うだけのヤツはだまってろ!」


 …君達は喧嘩せずには居られんのかね。

 いや、仲が良いのは解ってるけどね。言ったら怒るだろうから、言わないけど。





 で、翌日の朝、牧場だし早かろうと思って日が昇るよりも前に馬車を出してもらって、スゴン村のクルウのおうちに来たのだが。


「おーい、こっち運ぶの手伝えー!」

「肉足んねぇぞ肉ー! ソーセージの分の追加早く持ってこーい!」

「ほれ、あんた達は牛達のエサを入れといで! 足元でちょろちょろ遊びまわるんじゃないよ!」

「はーい!!」

「兄ちゃん、おれも! おれもてつだうー! てっぱんもつー!」

「ばっかやめろ、おとしてこわす気かよ!」

「お前も網をぞんざいに扱うんじゃねぇ!」

「いってぇぇぇぇ!!!」


 ……そこは、既に戦場であった。

 きっと、一族経営なのだろう。あちこちを走り回っているのは、半分くらいクルウとよく似た鼠さんだ。

 残り半分の、さらに半分が象さんで、更にその残りは雑多に色々なヒトが混じっている。

 何せ、一年間の名誉と儲けが決まる祭りだ。本気になるのは当然で、建物の中では急ピッチでソーセージやらスペアリブやらの下ごしらえがされている。この後燻すのか。

 牛舎らしき方へは、クルウより更に小さな鼠さん達と1人だけ象さんが駆けて行き、外の井戸の傍では当日焼き立てを提供する為に使われるのだろう、巨大な網を洗っていたクルウが一際大きな象さんに頭をこづかれていた。

 ……なんて、…楽しそうな体育会系家族!! こういうの好き!!


「…えーと。クルウー? 来たわよー?」

「お! マリヤ、思ったより早かったじゃん!!」


 出来る限り早く来たけど、まさか日の昇らぬ早朝からコレとか予想外だったわ。

 ぼーっと見てても気付かれる事は無いだろうから、井戸の傍のクルウに声をかけた。

 あたしの姿を見つけたクルウは、パっと笑顔になり、先ほど小突いた後に牛舎の方に様子を見に行こうとしたらしい大きな象さんを呼び止める。


「父ちゃん! 昨日言ってた友だちが来たぞ!」


 ……父ちゃん…だと…?!

 象? 鼠の父親が象なの? つまり母親が鼠なの? 象と鼠の結婚式があったの?

 まさかの最も大きな地上哺乳類と小さな哺乳類のカップリングとは、恐れ入った。本気でその発想は無かった。

 というか遺伝ってどうなってんの。もう解らない。

 こうなると、隔世遺伝で犬と猫の夫婦から兎だって生まれそうだ。これはリアルに鳶が鷹を産む時代が来るかもしれない。

 さておいて、体格としてはプルミエ村の牛の親方さんに勝るとも劣らない巨漢の象さんは、クルウの言葉に振り返ってあたしを見て、顔の皺を深くするように、にっこりと笑った。


「おお、君が領主様の所のマリヤ君かい。いつもうちの馬鹿息子が世話になってるね」

「いえ。私こそ、いつもクルウにおせわになってます。この前も、おやしきまで馬で送っていただいて、すごく助かりました。今日はよろしくおねがいします」

「さすが、礼儀正しい良い子だなあ。お前、ちったぁ見習ってみろ」

「っふんだ、父ちゃんと母ちゃんからマリヤみたいな良い子が生まれるわけねーだろ、って、いってぇぇ?!」


 今度は無言のこぶしが、クルウの頭に入った。

 あー、この調子だと間違いなくお母さんは肝っ玉母さんだ。

 さっきのちっちゃいのはクルウの弟妹で、もうちょっと大きいのは、お兄さんお姉さんか、親戚か。…どれにせよ、大家族だなあ。


「じゃあ、母ちゃん達のトコにあんないすんよ。広いから、マイゴになるなよ」

「うん、気をつける」

「昼は休みがあるし、夕方にはオレらはおわりだから。したら、ちょっとあそぼうぜ」


 こそ、っとそんな事を持ちかけてくる。

 あーもう、友だちが遊びに来て嬉しいオーラを隠さない子だな、クルウ可愛い。

 そしてあたしも、牧場で遊ぶとか楽しそうなので、断る気もない。

 帰りはクルウに馬で屋敷まで送ってもらう予定だしね。ちょっと遅くなるかもとも言ってあるし、たまには少しくらい、ハメ外しても良いわよね。

 あと、是非あたしも1人で馬乗れるようになりたいので。この機会に教えてもらおう。




――――――




 まだまだある、と思っていた収穫祭までの準備期間は、あっという間に過ぎて行った。

 お屋敷のお手伝いと、牧場でのお手伝いを1対2くらいの割合でこなし、全然遊んでくれないと拗ねるメルルを定期的にもふもふして宥めつつ。

 結構過密スケジュールだったがそこは素晴らしき子供の体力、寝て起きれば大体元気になっている。…まあ、あたしは牧場で肉体労働してないお陰かもしれないが。

 そして、迎えた収穫祭の日。

 その前日の夜から、遠くに移動していく恐らく馬車だろう明かりが見えていたのだけれど。朝になってスゴン村に来てみたら、既に物凄いヒトの量になりつつあった。


「す、すごいヒトね…」

「でしょう? このお祭りは、アニマリアでも3本のゆびに入る大きなお祭りだもの。その分たくさんのヒトがくるから、マイゴにならないようにね、マリヤ」

「うん」


 3つの村の住人のほぼ全員がここに居るというのもあるが、外からのヒトがとても多い。

 普段は見ない、肉食系の動物のヒトが結構居る。

 虎とか。猫とか。狐とか。豹とか。

 それに鳩とかインコの鳥人達や、わずかだがトカゲ・ワニっぽい爬虫類系のヒト達も姿が見えた。国中どころか隣国からもヒトが来るとは、流石3大祭りの1つだけある。

 祭りの開始は、村の中央、一番大きな広場に作られた特設ステージでのゴーティスさんの挨拶から始まる。

 広場は、雨が降っても祭りが続けられるように、大きな大きな天幕が頭上に張られている。どんな風に設営したんだろう…。

 その巨大天幕の周囲にも、小さな天幕がいくつも連なっている。

 どれもがカラフルに色分けされていて、きっと上空から見たら綺麗なんだろうな。

 あたしはゴーティスさんとシフィルさんの後について、メルルと手を繋いで歩く。

 時折、周囲からギョっとしたような瞳を向けられている気がするが、気にしない。

 いちいち相手になんてしませんよ。珍獣自覚はあるけどめんどくさい。

 ゴーティスさんが舞台の上に上がると、広場に集まっていたヒト達が少しだけ静かになって開幕の合図を待っているようだった。


「プルミエ、スゴン、ドリットの皆さん、今年も一年お疲れ様でした。皆さんのお陰で今年も作物はたわわに実り、動物達も健康に育ちました」


 先ずは、3つの村の人々に感謝を。


「そして、各地からお集まりの皆様、遠路遥々ようこそおいで下さいました。どうぞ、私達が丹精込めて育て上げた品々を、心行くまで堪能して行って下さい」


 そして、この祭りの為に訪れた人々への感謝を。

 この地の領主である自分の功を全くひけらかす事なく。こんな国の片隅の田舎でありながら、国一番の作物を作り出す村人達の努力に敬意を表すゴーティスさんは相変わらず凄いなーと思う。

 多分、貴族みんながこんな謙虚じゃないだろうなあ…

 無論領主様がこういう人だからこそ、領民達も一生懸命仕事が出来るんだろうね。

 それからいくらかの話……主に今年もこうして収穫祭を迎えることが出来た事への、人々や神様への感謝…、をしてから、正式に収穫祭は開催を迎える。

 わっと人々は沸きあがり、我先にと目当ての天幕へと移動し始めた。あたし達はまだ舞台の近くにいるからまだいいが、あの人波に流されたら間違いなくはぐれるな…

 人々の半分は、あたしから見て広場の反対側にある一際おおきな天幕に向かっているようだった。

 他の四方にあるのは、それぞれの牧場の天幕だ。そこで、彼らの自慢の牛や豚から作った製品が売られている訳なんだけど。


「メルル、あの正面のトコで何売ってるの?」

「あそこ? おさけよ、おさけ。収穫祭ではね、今日だけのトクベツなおさけがのめるの。それ目当てのお客さん、すっごい多いのよ」


 ま、真昼間から皆飲むのか…!!

 少ししたらこの広場も少し開けて、そうしたら机や椅子が並べられる。さながら、巨大ビアガーデンだ。

 ここだけじゃ収まるはずもないから、大通りや小さめの広場もそれぞれにビアガーデン化する。4つの牧場の天幕も、そこかしこに点在しているから、好きな物を割りと簡単に選んで食べられるらしい。

 …尚、プルミエ村の農作物のテントもあります。焼きとうもろこしは美味しそう。あとお芋が美味しい季節です。

 なんとか人波に流されずに移動できそうになるまで、そんなごった返しを見物して待つ。それから、シフィルさんに一声かけてあたしとメルルは大海原へと旅に出た。

 ゴーティスさんは、既に各村の村長さん達に連れて行かれた。きっと、飲まされるんだろう。領主様も大変だ。

 それぞれにビールと思しき黄金色の液体を満たしたジョッキを手に笑顔だ。

 ……本当に、ドイツのオクトーバーフェストじゃないですか。ビールにソーセージて。

 クルウ達との待ち合わせ場所に着くまでに、もう既に出来上がり盛り上がりまくりの集団をすり抜けていく。


「っっかーーーっ、コレですよコレ! この一杯の為に、私はこの村に来たと言っても過言ではないんです!」

「よっ、先生良い飲みっぷり! さあさあもう一杯!」


 ……オウリア先生ー…!

 ふと見たら、先生が超飲んでた。大ジョッキを片手に一気飲み。やんやと盛り上がる一団、お代わりは止まらない。…普段の物静かで知的なあなたは、今何処に。

 楽しそうに、同じ鳥人の皆様と、おおいに酒を飲み、肉を喰らっている。

 ウルガさん…。…オウリア先生は、間違いなく肉食系です…。まあ、梟ですしね…。

 草食系の貴方に、幸あれ。


「いやー、お前が来るとはなあ。驚いたぜ」

「久しぶりだよなあウルガ。すっかり牙抜かれた顔しちゃってもう、もしかして何? いいヒトでも見つけちゃったってわけか~?」

「はっはっは、何言ってんだよ、俺達はまだそんなー…」


 そんな草食系のオオカミさんは、別の通りで狐さんと一緒に飲んでいた。

 ふさふさ尻尾の良い毛並みの狐さんは、声は明らかにオッサンだった。若干チャラい雰囲気がなきにしもあらず。

 オッサン狐はビールを、ウルガさんは…何だろう。多分お酒なんだろうけど、ビールにしては泡が少ない……、…なんかの果実酒だろうか。そんなのを飲んでいる。

 都会に居た頃のお友だちなんだろうな。オオカミと狐。見てるだけならかっこいい。

 こちらもやっぱり出来上がっていて、大声でお前らは女子かというぶっちゃけトークをして盛り上がっている。

 ま、周囲も出来上がってて他の人の話なんか聞いちゃいないだろうから、いいのか。

 ……あと、貴方本当にまだ何の関係でもないでしょうし、想い人は二つ前の通りで一気飲み大会をしていらっしゃいます。


「おさけって、そんなに飲んでて楽しいのかしらね?」

「あー…。うん、なんていうか、酔うといろいろとタガが外れる、ものなのよ…」

「ふぅん。わたしはおさけなんかにしちゃうより、ブドウはそのまま食べた方がおいしいと思うのに。へんなの」


 ワインにはワインの良さがあるのよ、メルル…! 葡萄ジュースも好きだけど。

 極普通の一般成人として、それなりにお酒が好きだった身としては、あと10年は飲めないのが辛い。…あれ、この世界の成人は15だから、あと6・7年? いやそもそも未成年は飲んじゃいけない決まりってあるのか?

 ただ飲めたとしても、真昼間っから延々飲み明かすのは、ないわぁ…

 お酒は、ほどほどに。


「おーい! メルル、マリヤー! こっちこっちー!」


 人の波を掻き分けて、やっと酔っ払いの集団を抜けた頃、手を振っているクルウと学校で一緒に勉強している子供達の殆どがもう待ち合わせ場所で待っていた。


「ごめんね、お待たせ」

「いいって、まんなかの広場が一番こんでんだもんな。それよか、早く行こうぜ!」

「っていうかクルウ、あんた手伝いしなくていいわけ? おじさんやおばさん達、すごいいそがしそうだったわよ?」

「手伝ってるって。チビ達のめんどう見るのが、今日のオレのお手伝い!」


 見れば、普段は学校に来ていないほんの小さい象さんがクルウと手を繋いでいて、他にもよく似た鼠ちゃん達も一緒に居る。…象が一番小さい…。

 なるほど、小さな弟妹を織り交ぜて、酔っ払い相手の接客なんかムリだものね。面倒を見るという名目で、遊んでおいでと言うのもあると思うけど。


「まずは、どこに行くの?」

「さっき、あっちにピエロあるいていったぞ!」

「そんじゃサーカスが来てんだな! 行こうぜー!」

「えー、わたし、あっちの楽団見にいきたいー!」

「じゅんばん、じゅんばん! ね!」


 きゃあきゃあと、子供達の一団が大騒ぎしながら歩いていく。それぞれの主張はあるが、結局先導しているのはクルウだ。

 メルルはクルウの言う事をあまり聞かない女子達を宥めて、一緒に行動しやすくしている様子。息合ってるじゃないか。

 大人達は殆どが飲めや食えやのドンチャン騒ぎだが、子供達が楽しめない訳ではない。

 王都の方から、サーカスや楽団員、大道芸人なんかも沢山来ている。果ては移動式の遊具まで持ち込まれているそうで、子供は子供でやっぱりこのお祭りが楽しみなのだ。

 村に住んでいる子供は格安で中に入れるので、もう見放題遊び放題である。

 下戸の大人達の多くもこっちで楽しんでいる。

 しかし、こういうのはこの世界でも同じなんだなあ。

 道化師のお兄さんに猫の尻尾が生えていたり、空中ブランコのお姉さんがウサミミというか兎である、という事を除けば、前に居た世界と変わらないサーカスの風景。

 ただ、シマウマのお姉さんがライオンの火の輪くぐりをさせてるのを見た時は驚くより、笑ってしまった。なんという下克上。


「にいちゃん、むこうでおしばいやってるって! おしばい、みたいー!」

「おー。…見に行っていいかー?」

「いいわよ。わたしも見たいわ、お芝居!」


 クルウに手を引かれていた小さな象の女の子のおねだりの応じて、サーカスから楽団・移動遊園地とハシゴした後、今度は劇団のお芝居を見に行くらしい。

 確かにちょっと立って歩いて走り回り遊びまわりで、疲れた。

 珍しくメルルも素直に同意し、他の子達もOKを出す。

 途中で葡萄のジュースを買って、辿り着く頃には何度目かの公演が始まる所だった。

 ただちょっと遅めの到着だったので、席が後ろの方しか空いてない。そればっかりは仕方ないので、我慢する事にした。

 声はきちんと、後方まで聞こえる。…不思議だ、舞台は屋外設置で、結構遠いのに。声量が違うのか、声を増幅する魔法でもあるんだろうか?

 出し物は、悪い竜にさらわれたお姫様を、勇者が助け出す…という、なかなかに正統派ヒロイックなお話のようだ。

 そういうのは、この世界でも人気あるんだ。

 …あれ、っていうか竜とか、居たの? それとも、居るの?

 モンスター的な物はいない世界を選んだはずなんだけど。…いや、モンスターではないのか。精霊や妖精が実在しているんだから、竜がいても不思議じゃ無いかしら。

 ヘタをすると、爬虫類系の国の王様だったりして。わあ格好良い。

 すっかり劇に釘付けになっている皆をちらちらっと見ながら、ジュースを一口飲む。

 うん、変なこと考えずに、あたしも純粋に楽しもう。

 木製のカップを膝に乗せ、皆と同じように視線を舞台の上の、妖精の加護を受けた聖剣を手にした勇者へと向けて。

 ……次の瞬間、突然背後から口を塞がれたと思ったら、そのまま後方に引っ張られて、持っていたカップの中の葡萄ジュースが地面にぶちまけられた。





 狐さんはオッサンです。

 神聖さのカケラもない、飲兵衛のオッサンです。だが酒には弱い。

 先生はオオトラ。


 そして、そのまま次回へと続く。

 マリヤさんの行く末やいかに。



(2014/7/6 誤字脱字、他一部表現を修正)

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