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ヒツジさんの執事さん  作者: 美琴
第一章
7/67

7・プルミエ村


 暑い夏も正に真っ盛り。

 毎日、太陽がカンカンに照っている。

 そういえば、日本みたいな梅雨とか台風的な物に遭遇していないような気がする。だからカラっとしてるのかもしれない。

 …と言う事は、作物の水の確保って大変なんじゃ、と思いかけて水魔法の存在を思い出した。

 万能じゃないだろうけれど。水魔法で出した水って、貯めておけるのかなあ?

 さておいて、特にそういう事でゴーティスさんが深刻そうな顔をしているのは見ていないので、きっと大丈夫なのだろう。ただ、やっぱりご夫婦も暑そうだ。

 あたしだって暑い。皆ほどじゃないにせよ。

 そういう訳ではないのだが、只今あたしは鏡に映った自分を見つめつつ、慎重に伸びてしまった自分の前髪を切り整えている。

 最初はざんばらでパサパサだったあたしの髪も、この数ヶ月の健康的な生活のお陰で随分艶が良くなったし、長さも結構伸びた。

 男とか女とか関係なく身だしなみとして整えたいのだが、散髪という文化の無いと思しき、獣人の世界だ。少なくとも、頭だけ毛を切るという事は普通してないだろう。

 1人でショートヘアを維持することは不可能と判断し、とりあえずは伸ばす方向でちょっと鬱陶しくなった前髪だけ自分で切る事にした。

 将来的には適当な長さで保持して、編んで纏めよう。男のロングヘアは実はあまり好きじゃないけれど、鏡の中のあたしはきっとイケメンになるだろうから、許せる。

 何故か解らないが、二次元以外の男の長髪って、なんでかだらしない印象を感じるのだ。

 だらしなくならないようにきちんと出来るかは、あたしの女子力次第か。男だけど。

 最悪、あたしがあたし自身を許せるくらいに出来れば良い。


「もったいないわねー…。そんなにキレイなロングなのに」


 …幸い、この世界の住人は、野郎の毛が長くても、気にしないようだし。

 そりゃそうだ。ゴーティスさんもそこそこの長さがある。全体的に。


「だって、目に入ってイタイんだもの」

「せっかくそんなにキレイなんだから、もっと伸ばせばいいのに」

「やーよ、ジャマだし。視界の」

「ラビアンのダンナさん、すっごい目の前あたりもっさりだけど、平気そうよ?」


 ……ラビアンさんの旦那さんて、アンゴラウサギ系なのかしら。確かにあれは前見えてるのかなあといつも思うけど。

 今日は2人であたしの部屋に居る。相変わらず、メルルはベッドでダレている。

 それでも、あたしが作った氷を満載したボウルの上を、メルルが呼んだ風魔法を吹かせて簡単な冷風扇みたいにしてるので、前よりは楽そうだ。


「でも確かに、ショートにした方がすずしそうよねえ…」

「それはまあ、そうでしょうね」

「うーん、ロングなのってジマンなんだけど…。うーん……」


 察するに、要するに長毛種をロング、短毛種をショート、って呼ぶのかしら。

 それは、もう生まれた時に決まるストレートとか天然パーマ的感覚なのかしらね。もう種族でほぼ決まったようなものだし。

 というか自慢なんだ。何、生まれつきの二重まぶたで勝ち組みたいな? それともロングヘアは譲れない乙女の拘りみたいな、そういうのがあるの?

 明らか日本猫ぽい毛足の短い、えーとなんていうのワン割れ柄? 茶白柄のカッツェさんに謝るべき事になるわよそれ。彼女可愛いです、あたしは猫が好き。


「よし、決めた! わたしも切るわ!」

「えっ」

「どうせ冬までにはのびるもの! カッツェ、クーニャ! ちょっと来てー!」


 え、切るの? 刈るの? 毛刈りをするの? 羊だけに?

 いやそりゃ羊はほっといたら延々伸び続けて凄い事になったような、…なるわよねきっと、そんな気がするけど、どこまで刈るの? サマーカットなの?

 溢れ出る好奇心のままに、メイドさん達を呼びながら自分のお部屋に帰るメルルを追っていったら、クーニャさんに『マリヤ君はお部屋のお外で待っててね』と追い出された。

 ……追い出されたって事は、やっぱり全身なの? 服を脱ぐの? ハサミなの? バリカンなの? というか脱いだ所で全身毛むくじゃらじゃないの?

 そもそもにおいて夏に入る前に切っておけば良かったんじゃないの?

 この世界にもすっかり慣れ、大抵の事……例えば、蹄でどうやってティーカップを持っているのかとか……、には気づかない振りをして疑問を持つ事を放棄してたのだけれど、ひっさしぶりに溢れる疑問と好奇心で頭が一杯になった。


「…でも、のぞいたらけられるわよね」


 諦めろ、あたしは男なんだ…。姉にして親友とは言え、お嬢様の全裸(?)を見る訳にはいかない。見たとしても満たされる欲求は知的好奇心だけだが。

 という訳で大人しく待っていたのだけれど、待てど暮らせど出て来ない。

 流石に待つのにも飽きて、魔法の練習も兼ねてちょっと多めにオレンジシャーベット作っていたら、すっかり夕方になった頃に出てきた。毛の量は、全体的に半分くらいに減っていた。

 ……そ、そうか。全身でしかも電動のバリカンなんて無いんだから、すっごい時間かかるのか。それは気軽に『切る』なんて言えないな…

 疲労困憊状態のメイドさんと、長時間じっとしていて疲れたメルルに出来立てのオレンジシャーベットを振舞って、お部屋の掃除はあたしが引き受けた。

 全刈りした訳じゃないとはいえ、結構なボリューム。

 絨毯の上に敷いた布の上に大部分は落ちている。…ああ、風で飛ぶから冷風扇もなしか。それは…辛いなあ…

 夏のたびにコレがあるのかと思うと、ロングの皆は大変だ。自分で全部は出来ないだろうし。

 布から外れて落ちていた分を箒で回収。元々掃除は行き届いているので、塵なんかは殆ど入っていない。

 そして、山積みになる、メルルの羊毛。

 あたしが知っている牧場の羊の刈りたての羊毛は、放牧されてるだけあって薄汚れていてなんかごわごわしてそうな感じだった。多分あれから洗ったり漂白したりほぐしたりするのだろう。

 でも、普段から手入れをされているメルルの羊毛は、この時点でふわふわもふもふで、とても綺麗だ。

 ……かなりの量が確保された、極上の羊毛……


「……メルル。ニードルフェルトって知ってる?」

「? フェルトは知ってるけど」


 無いか。無いわよね。

 思わず疼いた手芸への欲求。結構好きなの、実は。小物とかビーズアクセとか作るの。

 別にフェルティングニードルがなくても、お湯とか石けん水でも出来るんだけど、あれはフェルトの板作るのだし。いや誰もが一度は作って誰も使わないフェルト財布とかでもいいけれど。

 ぬいぐるみとか可愛いの作るなら、針で刺したい。

 あれも特殊だからなあ。

 あ、でもプルミエ村に鍛冶屋さんが居たわよね。ムッカのお父さん。

 釣り針だって作ってたし、おねがいしたらギザギザついた針とか作れないかしら。


「ねえメルル、この毛、もらってもいい?」

「いいけど? ぬいぐるみの中にでも入れるの?」


 自分の毛をそういう用途に使うのはOKなんだ…

 聞いてみたら、ロングの子の間には手作りのぬいぐるみを作って中に自分の毛を入れて、好きな人にプレゼントすると恋がかなうみたいなおまじないもあるらしい。

 ……それは、『お呪い』というか、もう『呪い』じゃないだろうか…

 あたしならヤだけどな。自分の毛を植毛した日本人形とか、もう呪われてるようにしか感じない。毛を入れ込んだ人形となったら、最早丑の刻参りしか思いつかない。完全に呪いのアイテムだ。

 ああ、でも外国では恋人の髪を編みこんだミサンガとかお護りにされてたような。

 久しぶりに、獣人の皆様との感性の違いを味わったが、まあ気持ち悪がられないのならいいか。




――――――




 羊毛のコストダウンをしたけれど、相変わらず日中のメルルは部屋で溶けている。

 というわけで、おでかけは一人でする事にした。

 お屋敷のお掃除手伝いを一通り終えて、お昼ご飯を食べてから。あたしは庭師のおじさんが作ってくれた麦わら帽子を被り、水筒に水を汲んで凍らせておく。

 あたしの世界みたいな保温性のある魔法瓶じゃないからね。水分が欲しくなった頃には氷が溶けていい感じになってるだろう。氷魔法、覚えて正解だった。

 準備は万端、と玄関に手をかけた所で。


「マリヤ、おでかけ?」


 おしとやかな声が、あたしを呼び止めた。

 振り返ったら、シフィルさんがそこに居る。

 そういえば、いつの間にかシフィルさんも夏の前に比べてコストダウンしているような気がする。メルルと違って暑そうな素振りを見せない辺り、完璧な淑女だ。


「プルミエ村に行ってきます」

「…歩いて?」

「うん。運動がてら」


 馬車で村から屋敷まで10分ほど。時速は15kmも出てないと思う、何せアスファルト舗装されている訳じゃない。

 石畳で整地されてはいるが、あんまりスピードは出せないのだ。スピード出すと超揺れる。

 で、子供の足が大体時速3kmとして、1時間も歩かず村には辿り着ける筈だ。

 一本道だし。そもそも、村にある高台の風車、ここから見えるし。

 暑いけど疲れたら、道からちょっと離れた林の木陰に入って休めば良い。


「ダメよ、マリヤ。ちゃんと馬車を使って行きなさい」

「え、でも、あたし1人だし。ちょっと運動もしたいし」

「運動は良いけれど、誰も居ない道を子供が1人じゃ危ないわ。途中で暑くて倒れたりしたらどうするの」


 一緒に来る、とは言わない辺り、やっぱり忙しいんだろう。シフィルさんは、ゴーティスさんの仕事の補佐役もこなしている。

 村3つ、全ての領地経営をこなすんだから、大変なのは想像に易い。

 あるいは子供1人で出歩く自体は問題無いほど平和なのか。

 …心配も、道中の熱中症みたいだし。


「ちゃんと気をつけるわ。ぼうしもかぶったし、お水ももってるもの」

「だーめ。歩くなら、帰りに日が傾いてからにしなさいね」


 …あ、やっぱり心配は熱中症だけみたいだな。

 それを気にして対策もしてるんだけどなあ。…まあ、中身が大人だなんて、皆知らないし。あたしの事は年齢よりもしっかりした子、くらいの認識だろう。

 なら仕方ないか。


「わかったわ、シフィルさ…」

「マリヤ?」

「……お、お母さん」


 言いかけた言葉に、有無を言わせぬ笑顔の突っ込みをされて、言いなおす事にした。

 最近は、名前じゃなくて『お父さん』『お母さん』と呼びなさいと言われている。

 なんか、こう、物凄く気恥ずかしいのだけれど……。そう呼んで何かが減るもんじゃないし、シフィルさん達も嬉しそうにするので、慣れないながらも努力している。

 どんな世界の養子も、こういう手順を踏んで家族になるのだろうなあ。

 …メルルをお姉ちゃん扱いするのは、割とすぐ慣れたんだけど。お姉ちゃん、より親友の方が感覚は強いからかな。


「それじゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい。暗くなる前に、帰ってくるんですよ」


 優しい笑顔に見送られて、お屋敷を後にする。

 庭師のおじいちゃん、兼御者もしてくれるキーロさんにおねがいして、プルミエ村まで馬車を出してもらった。


「1人で歩いて帰って来れるのになー…。1人でこの馬車、ぜいたくすぎる」

「はっはっは、マリヤ坊ちゃんは庶民派じゃなぁ」


 坊ちゃん……。

 うんまあ、確かに領主様の養子だけど、立ち位置的にはメイドさん側に居たい気がしてしまうのは、庶民派というか一般人のサガだろうか。

 前世でだって、派手なパーティに殆ど出席せず、さっさと家出て就職しちゃったしね。

 ……。父さん達、元気かなあ。

 久しぶりに遠い異世界の母国を思い出し、パっと頭を振って追い出す。

 懐かしい思いはあるけど、今あたしの現実はここだからね。引きずってうじうじと後悔したり悩んだりは、人生を落ち込ませる毒だ。

 ドライと言いたきゃ言えば良い。

 今ある全てを全力で楽しまなきゃ、時間が勿体無いじゃないか。あたしはそう思う。





 プルミエ村の入り口で降ろして貰い、馬車にはそのまま帰ってもらう。

 帰りは歩きます。運動しないと。ただでさえ、夏になってから溶けてるメルルを眺めながらの室内勉強が多くなってしまっている。

 運動は大事だ。子供はよく食べ・よく眠り・よく遊ぶ物です。

 学校があれば、クルウ達と虫取りでも出来るんだけどねー…

 ちょっとだけ筋トレでもしようかとも思ったけど、なんか小さいころに筋肉つけ過ぎると身長伸びないって聞いた事あった気がしたので、今はやめた。

 身長欲しい。折角男になってイケメンなんだ。長身イケメンになりたい。だが口調がオネエだ。それは個人的には嫌いな属性じゃないが。


「こんにちわー?」

「はーい! …あ、マリヤー!!」


 日差しを避けるように建物の影や木陰を渡り歩き、ムッカのおうち…即ちプルミエ村唯一の鍛冶屋さんに到着する。

 入り口を開くと金属製のベルがからんからんと鳴り、その音とあたしの声に気付いたムッカが奥のカウンターから飛び出てきた。

 あら、おうちのお手伝いしてるのね。いい子いい子。


「ひさしぶり! マリヤ、おかいもの?」

「うん、ちょっとたのみたい物があったの。お父さん、仕事中?」

「ん、ちょっときいてみる! 父さーん!」


 ムッカは嬉しそうにあたしの問いかけに頷いて、奥の工房…かしら? に、居るお父さんを呼びに行く。

 …今更だけど、考えちゃいけないけど。最初にここ見た時、外で看板直してたみたいだけど。牛の蹄で、どうやってハンマー使ってるのかしら。

 それこそ、なんかこう、魔法的な物で器用な事が出来るようになってるのかしら。


「やあ、久しぶりだな。いらっしゃい」

「こんにちは。おひさしぶりです」


 ぬ、っと奥から大きな牛さんが出てくる。

 ゴーティスさんよりも大きい。人間サイズだとしても、結構な巨漢。毛足が短いから筋肉ムッキムキなのが見ただけで解る。

 …ムッカも大きくなったら、こうなるのか。今こんなに可愛いちみっこなのに。時の流れって残酷だ。いやこれはこれで嫌いじゃないが。


「何か作って欲しい物があるそうだが、聞こうじゃないか。君は、凄いアイデアをくれると、息子が自慢していたからね」

「す、すごいって事は…」

「すごいよ! マリヤはすっごいよ! だって、あのハリでね、またおっきいおさかなつれたんだもん!!」


 あら、あの後にも釣りに行ったのね。

 でも大物を釣るのはムッカの運と実力と辛抱強さのおかげで、針はそれを逃がす確率を下げてるだけだと思うんだけどね…

 親方さんも、技術者の好奇心が疼くんだろうか。今回はどんなアイデアをくれるのかと、ちょっと期待した瞳だ。

 …あ、えーと。なんか、ただの趣味の品とか言い辛い。


「えと、あの、今日たのみたいのは、たいしたものじゃなくて。ハリ、なんですけど」

「ん、また釣り針かい?」

「いえ、今回はまっすぐの。長さはこれくらいで、先の方に小さなギザギザをつけてほしいんです」


 何が困るって、この世界の長さの単位はセンチやメートルじゃない事だよ…。当然、重さの単位もグラムじゃない。

 まだその辺りを覚え切ってないので、その辺りは身振り手振り、かつメモ用紙代わりの黒板に描いて伝えようと試みる。

 余談だが、紙は貴重品です。羊皮紙も高価です。学校に教科書はあるけど、オウリア先生が持ってるのだけ。ノートは携帯出来る大きさの黒板。

 家に帰って見直すという事が出来るのが、凄い事だと言う事をここに来て知った。いや、お屋敷はお屋敷だけあって、紙の本もあるし、絵本もあるから文字の勉強しやすいですが。


「ふむ。これは何の用途で使うんだい?」

「しゅ、手芸です…。こう、羊毛のかたまりを、ちくちくってさして、立体的にフェルトにするための…」

「ああ、この先のギザギザで羊毛を絡ませて固めるんだね」


 あ、解ってくれた。

 理解の早い人で助かります。


「なんか、すいません。ものすごく、シュミの物をおねがいしにきて…」

「いや、良いんだよ。ここは村の鍛冶屋だからね、大鍋から針までご希望頂ければ、なんだって作るのさ」


 …いつか、中華鍋をお願いしよう、そうしよう。

 もうちょっと大きくなって、鍋を振れるくらいの身長と腕力を手に入れたら。

 野菜炒めが食べたいです。


「それに、これもはじめての挑戦だ。そういうのは職人として、とても楽しいんだよ。君の希望に添えられるように、頑張らせて貰うよ」

「ありがとうございます。…あ、でもおいくら位になりますか? 一応、おこづかいためて来たんですけど、足りないようならもっとためて来ます」

「…君は、本当にしっかりした子だなあ」


 ごそごそと、肩掛け鞄からお財布、…と言っても布で作った巾着…を取り出す。

 お屋敷のお手伝いをしているお駄賃だかお小遣いとして、毎月貰っているのだ。

 滅多に使う機会も無いので溜まる一方であり、この世界の相場は解らない。

 金貨・銀貨・銅貨の3種類に大まかに分かれており、貨幣価値はいまいち解らない。

 今あたしの手持ちは、銅貨で30枚ほど。月に銅貨6枚ずつ。

 とりあえず全部出して見せた。子供だからと甘く見られてボったくられる心配は、ムッカのお父さんならば無いだろう。


「うーん、そうだな。ちょっと加工が難しそうだが、材料はあまり使わんし。息子も世話になってるからな、ちょっとオマケして銅貨11枚ってトコだね」

「じゃあ、おねがいします」


 思ったより安かった。いや、今無い物を作れって言う技術料を含めると、ちょっとは割高なのだろうけれど、あたしが払える金額なのだから大丈夫だ。

 …イメージ的に、銅貨1枚で100円くらいだろうか。

 てことはあたしは月に600円貰ってるのか? …この世界の一般人の月収は解らないが、もしかして相当貰ってるのかしら。や、でも親方さんも子供が持ってて驚くような金額って感じじゃなかったしなあ。

 今度、貨幣価値とか価格相場について、ラビアンさんに聞いて見よう。彼女が一番そういうの詳しそうだ。

 暫く試作なんかをして、納得出来るものが出来たら届けてくれるそうだ。

 それから店の中の金物を暫く見せてもらったり、ふと前世のどっかで見た回転式スコップの話をしたらそれは売れそうだ、と詳しい構造を聞かれたり、時間を過ごしてからムッカに手を振ってお店を出た。

 …もしかして、中華鍋の話もしたら、あたしが大きくなる頃には普及してたかしら。

 あまり農具については詳しくないので、今度の機会には料理道具系を出来る限り思い出して話をしてみよう。


「お、今日は買い物か、坊主」


 まだ日が傾き始めるには早くて、残り時間をどうしようかと考えながら歩いていたら、後ろから頭をぽむぽむっとされた。

 この肉球の感覚、そしてこの声は。


「こんにちは、ウルガさん」

「よっす」


 黒い毛並みのオオカミさん。名前はウルガさん。

 あたしの第一発見者にして、この村につれてきてくれた、恩人だ。

 学校に通うようになってから、気にしてくれているのかよく覗きに来たりする。日に何度もあると、ちょっとオウリア先生に怒られて、尻尾をしょんぼりさせて帰っていく。

 初めて見た時はいかつい顔とオオカミという種族に腰を抜かしたが。なかなかどうして、明るく気さくで話しやすい、とても良いお兄さんだ。


「1人は珍しいな。メルメルはどうした?」

「メルルは、おやしきでとけてます」

「あー…。そっか、暑い日続いてんもんなあ。気の毒に。坊主は今から帰りか? まさか、歩いて帰るのか?」

「歩いて帰ります。でも、あついうちはダメってお母さんに言われたので、ちょっと日がかたむいてすずしくなったら、帰ります」

「そうかそうか。んじゃ、それまでちょっとうちで茶でも飲んでくか? 冷たい麦茶があるぜ」


 この村の人の他に漏れず、ウルガさんも良い人だ。

 最初に、あたしを引き取っても良いとか言ってたし。彼に引き取られたら、それはそれで楽しい生活だったに違いない。


「ありがとうございます」

「…お前、そうやって喋ると子供っぽくねぇなあ。クー坊達相手みたいに、もっと砕けて打ち解けて話してくれよ」

「いいの? あたし、こんなんよ?」

「あー、全然良いって。それも個性の一つだろ」


 カラカラと彼は大きな口を開けて笑う。

 きらりと光る牙は、やっぱり怖い物に見えるが、流石にもう慣れた。

 ウルガさんは、村で雑貨屋を営んでいる。金物はムッカのおうちの鍛冶屋さんで売っているので、それ以外だ。藁で編まれた籠とか、布生地とか。

 王都から持ってきた(と言う触れ込みの)可愛い装飾品を子供でも手の届く値段で売ってくれると、学校の女の子達からは評判だったりする。

 平和なファンタジー世界でも、女の子にとってオシャレは大事よね。

 今はどうやらお客も殆ど来ない時間帯らしい。というか、学校もないし、真夏だしね。

 という訳で、影になっている店の軒先で、冷たい麦茶を頂く。

 うん、美味しい。


「どうよ、ゴーティスさんちには慣れたか?」

「うん。みんなとっても良いヒトだわ。メルルもかわいいし」

「仲良くやってるみたいだな。いや、あの時あんな事言ったが、うちに来なくて良かったなあ。食うのには困んねぇけど、子供なんて育てた事ねーから」


 あっはっは、とウルガさんが笑う。

 独り身なのね。確かに、こう、お嫁さんがいるような落ち着きは無い。


「…ウルガさんて、なんかこう、このへんのヒトじゃないようなカンジだけど。どうしてプルミエ村に来たの?」

「おう。そうだな、俺みたいなのはここらじゃ珍しいな。…うん、まあ、なんつーかな」


 腕を組んで、難しい顔をする。

 あれ、何か複雑な事情があるのかしら。

 まずいこと聞いたかなあ、と思ってみていたら。難しい顔のまま、彼は言った。


「俺、肉ダメなんよ」

「……はい?」

「珍しいって思うだろ? でも、確かに食えば美味いと思うんだがよ。後からこう、胸がムカムカしてくるっつーか。身体にあってねぇんだよな」


 …べ、ベジタリアンさんだったのか…! それは予想外だった。

 やっぱり、肉食獣で野菜ばっか食べてると、変って言われるのか? 羊さん達だって、肉食べるのに。いや、野菜に比べると2:8くらいで超少ないけど。


「それをバカにされんのは構わねーんだが、都会の食事がどーしても口に合わなくてさ。そんな時にプルミエの野菜に出会って、これだ! …ってな訳で移住してきちまった訳だ」

「そーなんだ…」


 カッツェさんと、似てるけどちょっと違う動機だなあ…

 食って大事だね。これだ! って移住しちゃうほど、都会生活は彼の体質に合ってなかったんだろうな。

 今は快適なんだろうか。なんだろうな。


「ところでさあ。頼みがあんだけどよ」

「なぁに?」

「今度、学校が始まったら。出来たらで良いから、こう、それとなーくさ! オウリア先生に野菜好きな男って好きか、とか聞いてみてくんね?」


 ………………ああ、うん。

 そうか。もしかしてあの時、先生が忙しいだろうから自分が引き取るって言い出したの、あたしがどうこうじゃなくて、先生との接点欲しいとか点数稼ぎ系だったのね…?

 いや、別にいいけども。

 自分に素直なのは。…その後の責任取れるなら。


「あと、小物作るの好きな男ってどう思うかとか、出来れば先生がどんな野菜が好きかとか、好きな色とか花とかも是非……」

「…うん、機会があったら」


 でかい図体をもじもじさせて、鋭い爪を持った指をちょんちょん触れさせる、草食系オオカミさんに、あたしはなまぬるい笑顔でもって頷いた。

 いや別にいいけどね。

 邪魔する理由ないし。何にしても、彼が恩人である事に変わりないし。

 そういうオトメンなヒトも嫌いじゃないし。むしろ可愛いわ。応援しちゃる。

 ただ、オウリア先生もやっぱり猛禽類だし、野菜より肉が好きなのでは、…とは口には出さなかったけど。真実は知らないし。

 その後、延々続くオウリア先生の『知的で優しくて美しい』エピソードを肴に麦茶を飲みながら、日が傾き始めてちょっとだけ涼しくなるのを待って、ついでにウルガさんのお店で小さなコルクボードを買った。ニードルフェルトやるなら、これがないとね。

 さて、ニードルが出来たら何作ろうかなあ。

 白一色だしね。先ずは小さくて簡単に出来そうなのから。

 …花とか草とか集めて煮たら、染められるかしら。…あ、煮たらフェルト板になっちゃうか。あれってどうやって色つけるんだろう。煮て乾かしてほぐすのか?

 とりあえず目鼻くらいはインクでつけられるので。

 目標は、ミニメルルかな。

 …完成品を見せたらどんな顔するだろう。ちょっと楽しみにしながら、お日様が傾いた道をてくてくと歩いてお屋敷への帰路に着いた。




 ニードルフェルトは、こう、凄く無心になれます。

 でも筆者はビーズアクセ作り派です。


 今日も平和で幸せな世界です。

 色んな人を出したいです。管理大変になりますが。

 というか、自分でつけておいて何ですが、R-15って必要だったかこの話…?

 出だしがちょっとグロかったので。あと、第二章はちょっといぢめ描写が軽くあったりなかったりするかもなので。そこまで書けるか解らんですが。頑張るです。



(2014/7/6 誤字脱字、他一部表現を修正。一部加筆)

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