61・救出開始
10分ほどして、先生とアルメリアはキッチンから出てきた。
作業的に確実に触れたであろう血の臭いなどは一切しない。されても嫌なんだけど、消臭技術も持ってるんだ。
さて、リシッツァ先生の頭の上に座っているアルメリアの手には、大きめのビー玉サイズの紫色の結晶があった。
彼女としてはバレーボールくらいのそれを抱えて、静かに瞳を閉じている。只今解析中と言ったところかな。
「無事に確保できたんだな」
「お陰さまでな。……心配すんな、きちんと塞いで綺麗にしてある。遺族に余計なショックを与えたりはしないだろ」
「ありがとうございます、リシッツァ殿」
結局、魔石があったのは頭なのかな?
どうやってそれを探り当てたのか、聞くつもりはないけど。ユトゥスさんの視線に、先生はそう応え、彼女も深く頭を下げる。
そうでなくても、親族がこんな事件に巻き込まれて命を落としたなんて、気の弱いひとなら卒倒案件だろう。そこに更に上乗せはしたくない。
あとは、その悲劇をこれ以上拡大しない事を願い、行動したい所なのだが……
「……、あの大うつけが!!」
突然、瞳を開いたアルメリアが激昂し、先生の頭の上で立ち上がった。
耳のすぐ傍の大声に、先生は一瞬本気で耳が痛そうな顔をしたけど、そこから羽を広げ飛び立ったアルメリアを見上げる。
「どうした妖精サマ、……知り合いの所業だったか?」
「うむ、……末端の妖精のどれかと思うておったが、この魔石に込められた魔法の出所は、わらわと同じ古き時代の妖精のひとつじゃ。更に言えば、この怪物の魔法の主だる開発者のひとつでもある」
すとんと再びあたしの肩に座るアルメリアは苦々しい顔をしていて、その言葉にあたし達にも改めて緊張が走る。
末端とは言うけど、妖精と言うだけで本来あたし達には手に負えない力の持ち主のはずで、アルメリアと同等の妖精が絡んでいるとなると、なかなか相当に危険な話だ。
妖精のランクづけはよく解らないけど、彼女が妖精達の中でも高ランクの存在なのは間違いないようなのだから。
「わらわに次いで、人間に入れ込んでおった奴じゃ。あの後、どこぞへ消えたと思うておったが、かような愚行を犯すとは……」
「かつてのニンゲン好きの妖精による、誰かを唆した復讐と取っても宜しいか?」
「であろうな。と言っても、最早妖魔に堕ちておろう。わらわ達は意思や感情を持つが、あくまでも自然の一部にしてそのものじゃ。強い風雨や雷がひとの命を気まぐれに奪うことはあろう。危険地帯に踏み行った愚か者が土砂に潰されることもあろう。しかし、復讐心が為に命を害すのは、自然足り得ぬ」
自然というものは、生命を育み、時に奪うもの。
その一部にしてそのものである妖精達は、それを体現するように気まぐれな性格だ。意思や感情を持っているから、誰かを嫌ったり、贔屓にしたりする事はあるけれど、だからと言って過度に肩入れしたり、逆に相手の種そのものを憎み害を成すようなことは、どうやらタブーであるらしい。
確かに、わざわざ危険な地域に足を踏み入れ、結果怪我をしたりする事は、妖精の機嫌を損ねて怪我をするのと同義だろう。
けれど、かつて好いていた相手を害した相手だからと復讐するのは、自然の造りに反している。
だからこそ、アルメリアもアニマリア人達を好いてはいないが、復讐に手を染める事はないのだろう。たぶん、他の妖精も。もしそんなことがあれば、とっくの昔にこの国は更地になっている。
……そう思うと、なかなか恐ろしいバランスの上で成り立ってる世界だなあ。
そして改めて、アルメリアと同等の強い妖精、……タブーを侵して妖魔になっていそうだが、そんな存在がこの事件の黒幕ならば、改めて更地案件勃発である。
現在、自ら手を下さずに誰かを唆している、というのが生易しくさえ感じる。何か、思うところがあるのだろうか。あるんだろうな。
「妖魔堕ちしてるとはいえ、元古の妖精クラスが相手となると、国クラスの対応が必要になってくるな……」
「末端の妖精か妖魔の戯れであろうと思うておったが、こうなればわらわにとっても同胞の恥じゃ。それに関しては、わらわが責任を持って処理をしようぞ」
「それは有難い。……で、根城は割れたのかい、妖精サマ」
ところで、リシッツァ先生は敬称こそつけてるが、割とアルメリアにざっくばらんに話しかけてるんだけど、結構気にしないでいるよね……
やっぱりアルメリア、レオンだけが突出して嫌ってるような気がする。なんでだろう。王族だからか。
「うむ、近いぞ。ほれ、そこから見える明かりの、ふたつめ。その真下の地面の中じゃな」
「地下、という事ですか」
墓守さんの家の窓から見える明かり。
墓場に点在しているそれは、数あるとはいえ、光量は足りず一帯を照らすには遠く及ばない。2つめとなると、ここから300mは軽くある。
距離はともかく、地下。地下?
「ユトゥス、心当たり、ある?」
「……いえ。この家の地下収納も、あんな所までは届きませんし、他に地下施設があるとは聞いたことがありません」
お墓につき物の地下施設。あたしの常識で考えれば納骨堂というか……安置所というか、そんなものが思い浮かぶけれど。
この国は土葬だ。お葬式が終われば、棺に納めて埋められる。当然、火葬の為の順番待ちっていったらアレだけど、安置所が必要とはならない。強いて言えば埋葬の順番待ちはあるだろうけれど、わざわざ地下施設を作るとも思えない。
だって、遺体の腐敗を遅らせるためと涼しい地下に収めずとも、魔法で涼しい部屋が作れるんだから。
あとは、死者に事件性があれば、死因を調べるようなこともあるだろうけど、それは墓場で場所とってやらないだろう。
はて、墓守さんだけが知る、秘密の地下通路でもあるんだろうか?
元々この王都で育ってないあたし達には見当もつかない。メルルもクルウも首をかしげるばかり。
物知りリシッツァ先生も、心当たりがないものかと、珍しく眉間に皺を寄せ、目を閉じて記憶を探っている様子。
「……もしかしたら、なんだが」
しばしして、声を上げたのはレオンだった。
といっても、確信があるわけではなく、少し歯切れは悪かったけれど。
「三国戦役の時代、地下に捕虜や間者を幽閉し、尋問や拷問を行った施設があった、という話は聞いたことがある。どこの事かは知らなかったというか、現存しているとは思ってなかったんだが……」
「ああ、それなら俺も耳にしたことはあるな。どうしても曰くつきの場所になるし、その後墓場になっても不思議じゃあねえ」
三国戦役って、アンスロス戦役よりも更に前だよね。
うん、まあそんな時代の戦時中なら、あってもおかしくない。むしろあってしかるべきだ、地下牢とか。
しかも、それが埋め立てたりせずに、そのまま残っているかもしれない、と。
……まあ、地下施設壊すのは大変だよね。上の施設が一緒に崩れるかもしれないし、強度に問題がないなら、入り口を封じてしまった方が楽か。
「となれば、次は入り口か。ユトゥス嬢ちゃん、ここのどっかに鎖で繋がれた鷲とか、竜とかのレリーフなんかないか?」
「鎖……。……んん…」
「あ、それなら僕、知ってるかも」
一言で墓地といっても、相変わらず土地スケールの大きなこの国の墓地は、とんでもなく広い。
いくらここに知人が居て詳しいといっても、まさかここを遊び場に育ったわけでは、…たぶんない。彼女も、軍人貴族とはいえお嬢様の筈だし。
思い当たらないらしく唸るユトゥスさんだったけど、隣のオルミガさんが挙手をした。
「この墓地、生垣に囲われてるんだけど、その足元は低い石塀なんだ。そこに、色んなモチーフの彫刻が彫られてるんだけど、その中に二つ、そういうのあるよ」
「……よっくンなもん覚えてんな、聞いといてなんだが」
「ここ、いい広さしてるから。昔、よくランニングしてて」
皇居ランナーみたいなノリでいいんだろうか。
というか、だからって、まさかこの広い墓地を囲う石塀の、彫刻全部覚えてるんじゃないだろうな……。覚えてそうで怖いな、オルミガさんの場合。
というか外周をランニングするだけで、フルマラソンくらいにならないですか。まあいいかそれは。
「確実とは言わんが、その辺りに入り口が隠れてる可能性が高いな……。さて、どうするか」
モチーフから言って、確かに鎖に繋がれた鷲や竜なんて、かつて三国間で戦争していた頃の名残としてはありそうな感じだ。
もしかしたら他にもそういった過去の遺物があって、リシッツァ先生の知識の中に、そういうのが施設の目印である、というのがあるのかもしれないな。
敵の本丸の大体の位置と、おそらくだけど入り口の目処がついた。
となると、次はいつ踏み込むか、だ。
「正直、グアルダ達の増援を待ちたい所だが……」
「あまり悠長にしていると、生徒達の安全が脅かされる可能性が高い。俺としては、今すぐにでも踏み込み救出してやりたいんだが」
「だとしても、連れてかんぞ王子サマ」
「でも、いくらなんでもリシッツァ先生だけで行かせる訳にもいかないわよね?」
言ってる事はもっともなんだが、だからって君を連れて本拠地に踏み込まないぞ。
先生に目線で反省しろや、と促され、むうと口をつむぐレオンである。
さてそうなってしまうと、まずレオンとメルル、クルウはここから先は連れて行けない。レオンは立場的にアウトだし、メルルやクルウは非戦闘員だ。
この3人を護るための人員だって必要で、戦えるからとユトゥスさんやオルミガさんを突入要員にするのもいかがなものか。
さりとて、まさか先生一人でどれだけ戦力が溜め込まれているかも解らない本拠地に特攻なんて、ありえない。
どうしたものかと考え込む先生の視線が、ふっとあたしの肩に座るアルメリアに向く。
あたしも彼女の表情を見ようと視線を向けると、眉間に皺を寄せ、足を組み腕も組んで、とんとんと指で腕を叩いていた。
明らかに『さっさと決めろ、早くあの馬鹿をとっちめたい』とでも言いたげだった。
「……先生と私とで行くのが、一番最善ですかね」
「そう……だなあ……」
先生は多対一が得意そうであり、この中では一番の戦闘能力がある。
あたしは、アルメリアの魔法のおかげで力負けとかは無いし、何よりアルメリアが怒っている状態で、街の地下に行かせて野放しとか避けたい。
それこそさっきの話の通り、激昂した彼女が地上ごと相手を吹っ飛ばす、なんて事が起こったら大惨事だ。それを起こさせないためにも、ストッパーとして同行しないと。
先生的には生徒を危険地帯へ連れて行きたくないみたいなんだけど、アルメリアとの兼ね合いがあるから仕方ない、と渋々と言った感じであたしの言葉に頷いた。
「やっぱりマリヤも行くことになる…? 大丈夫……?」
心配そうなメルルに、くいと服の袖を引かれた。
さっきの今で、一緒に行くとは言い出さないみたいだ。自分があんな状態に置かれた場合、足手まといにしかならないのだと、理解してくれたんだろう。あたしのお嬢様は聡い。
そして、行くなとも言えない。アルメリアの好きにさせたら危ないのが解っているし、止められるとしたらあたしだけなのも。
だからって能天気に行っておいで、とも言い難い。相手は強い力を持った妖魔であろうし、誰がそれと契約しこんなゾンビ事件を引き起こしているのかの方はまったく未知数のままで、見当もついてない。
本来なら、それこそ騎士団の皆様としっかり連携を取って、万全の状態で解決に臨みたいんだけどね……
それを言ったら、自分達が先走ったからと物凄く気に病むだろう、いやもう既にしてるかもしれないから、あえて言わない。
「大丈夫、アルメリアも先生も居るんだから。だから、今度こそ、ちゃんと待っててね?」
「……うん」
へにょっと耳を垂れさせたまま、あたしの言葉に子供のように頷くメルル。
心配してくれたのも、してくれてるのも、嬉しいよ。
だからこそ、また不安にさせちゃうのは申し訳ないけど。
この状況を放置はできないし、一刻も早い解決を試みないと、リンク君達が本当に心配だ。
出来ることがある人が、なんとかしないとね。
そっと手を離してくれたメルルに微笑みかけてから、こちらも同じく心配そうに耳をへにょりと垂れさせているクルウに近づく。
「というわけで、メルルを宜しくね、クルウ?」
「!」
「こういう時は、気心しれた相手が居てくれるだけで心強いものよ。喋れなくても、一緒に居てあげて」
むしろ、君の場合は喋れないほうがいいかもしれない。余計なこと言わないという意味で。
こそっとクルウに耳打ちすると、パっと顔を上げ、それから大きく頷いた。
戦えるから頼もしい、ってのはあるけど、頼もしさってのはそれだけじゃない。
傍に居てくれるだけで支えられる事もある。たぶん、この中ではメルルにとって、クルウが一番気心知れていて、近くに居て警戒せず落ち着いていられる相手だろう。口喧嘩出来ない状況下なら、なおさら。
別にクルウを応援してるわけではない。メルルの精神安定を考えてである。
応援してないわけでもないけど。
「さて、んじゃあ早いとこ片を付けるか」
相手が自分を何とかできると気づいて、逃げたり対策を練られる前に、と。
肩をぐるりとまわした先生は、改めて窓の外を伺う。
どうも、ゾンビのお代わりが来た様子はない。外に居るのは首を落とされた者達だけで、相変わらずふらふらと歩き回ったり、体に触れた相手に掴み掛かったりとを繰り返している。
ふらふら歩き回っているから、徐々にここへ近づいてきてるし、一種包囲されてると言ってもいいけど……
「気をつけてね、マリヤ、先生!」
「うん、メルルもここに居るからって安全じゃないからね、気を抜いちゃだめよ。気をつけて。レオン、オルミガさん、ユトゥスさん、二人をお願い」
「ああ。…すまないな、気をつけてくれ」
「こっちは心配しないで。もう走って行かないと思うし」
「オルミガ! …もう。マリヤさん、リシッツァ殿、どうかお気をつけて」
手短に言葉を交わすと、あたしと先生は裏口から家を出る。
まだ、こっちにはゾンビ達は来ていない。どうせ、来ていた所で彼らに視覚であたし達に気づくことはもうムリだと思うし、気配とかそういうのを……察するかなあ?
「先生、抱えます?」
「こっからなら大丈夫だろ、ちと休んだし。あと今更敬語使わんでもいいぞ?」
「それは、あくまで先生ですし」
ウルガさん相手ならともかく、先生だしなあ。そもそも、保護者役として、夜だってのにあたしに付いてきてくれたわけだし。
散々目の前で素でぶっちゃけておいてなんだけどね。精神に余裕がある時くらいは、きちんとした態度でいたい。
余裕がないときは保証しない。あたしの素はあっちなもので。
軽口を叩いた所で、先に走り出した先生を追って、なるべく音を立てないよう注意してやや加減をしつつ、地面を蹴って駆け出す。
ぐんぐんスピードを上げていく走りに、少なくとも中年くらいの年齢の筈なんだけど、そんなのを感じさせない、どころかどれだけの達人なのクラスの何かを感じる。
たぶん、強化かかってなかったら追いつけないな。今なら特に難しいことじゃないけれど。
しばしして墓地を囲う生垣にたどり着くと、右手から何かを投げるような仕草をして、それからぐっと引き一気に飛び上がる。そのまま、高い高い生垣を飛び越していった。
……何のギミック使ってるんだろう、と思いながら、あたしは普通に跳躍だけでそれを飛び越え、先生の隣に着地する。
相変わらず墓地周辺は暗い。今は避難命令も出ているから、家から漏れる明かりすらない。
ランタンや何かを持って手がふさがるのが怖かったので、アルメリアにレオンが作るものと良く似た光の玉を、あたし達の周囲に1つずつ近くに作り出して貰った。
お礼追加でタルトの他に、ジャムも作って渡そう。
「ふむ……」
オルミガさんが教えてくれた辺りの石塀、というか、生垣を植えている足元の……花壇、いや花じゃないけど。その表面には、随分と年季の入った彫刻がずらりと並んでいた。
先生が光を当てて改めていく中、目当ての鎖に繋がれた鷲と竜を見つける。
繋がれた、と言っても片足に軽く絡まっている程度だ。何気なしに見たら、単にそういうデザインとしか思われないだろう。
でも、いくつかのパターンが繰り返されている彫刻の中、その二つだけが例外として混ざりこんでいる、というのは、指摘されれば確かに少し違和感がある。
先生は周辺をぐるりと見渡し、その彫刻の付近をこんこんと叩き、それからその近くの石畳を靴でかつかつと音を立てる。
すると何かを感じ取ったのか、彫刻から1つ空けた石畳にはいつくばって耳を当て、こんこんと叩く。
「ここだな」
「んー……、ああ、ここに手がかけられそうですね」
たぶん、空洞の音とかを聞いてたんだろう。先生が当たりをつけた石畳の上の砂や埃を払ってよく見ると、わずかに手をかけられそうな取っ掛かりを見つけられた。
四方にある事から、本当ならこれは4人がかりか、あるいは他の手段でもって開けるようなものなのかも、だけど。
あたしがそれに手をかけ、一度先生を見上げて頷くのを確認してから、力ずくでこじ開ける。
思ったよりは簡単に、老朽化によって引っかかるなんてこともなく、一枚岩の塊が引き抜かれた。そのまま、壊さないように横に置く。
……流石にこれを使って出入りは難しいだろうし、他に入り口がありそうだなあ。
「……改めて間近で見ると、こっわいなァお前さん…」
「そうですか?」
「そりゃな。でこぴんひとつで頭吹っ飛ばせそうじゃねェか」
「単純に力が強いだけの相手を、先生が今更怖がると思えないんですけど」
むしろ、そういうのほど手玉に取りそうなイメージある。
あと、流石にでこぴんひとつはムリだと思う、…ムリかな。どうだろうか。
人の頭蓋骨の強さなんて検証したことないし、しようとも思わないし、しないから解らない。
さて、こじ開けた石畳の下は、狭い急階段になっていた。
先生を先頭に、慎重にそれを降りていく。
経年劣化で少し欠けや崩れがあるが、案外丈夫そうで崩落の危険はなさそうだ。
長い階段を下りきると、今度はなんとか二人並ぶのが精一杯、程度の狭い廊下。
本来明かりを灯す、松明か何かを置く用の台座は見えるが、空っぽでありやっぱり真っ暗。そしてカビと埃臭い。
うーん、ダンジョン探索系RPGの気分だ。
トラップや不意打ちを警戒しているのか、先生の耳は忙しなくあちこちの方向を向いている。
あたしも慎重に歩いてはいるが、そういう感覚的なものはアニマリア人の方が優れているし、ただでさえ先生は鋭そうなのはお任せである。
本当に、酒さえ飲んでなければすごい人なんだな、と思う。
「アルメリア、方向はあってる?」
「うむ。真っ直ぐに近付いておるな、もう少しじゃ」
よかった。
ここまで来て、実は別施設でした、もあり得たからなあ。
相当昔の、もはや遺跡だし。可能性は高かったと思うけど、外してなくて本当に良かった。
しばらく歩くと、突き当たりに行き着いた。扉ですらなく、普通に壁だ。
やっはり、こっちは正規ルートじゃないんだろうな。だがまあ、たどり着けるならそれでいい。
リシッツァ先生は壁の強度を確かめるように慎重に触れて、それから再び耳を壁にぺたりとつけた。
耳の良さは彼の方がずっといいけど、あたしも気になる。
近づいて聞き耳を立ててもいいかと一応ジェスチャーで聞いたが、集中しているのか反応してくれなかった。
だがまあ見てはいるし、特に止められなかったのであたしも少しかがんで耳を壁に当ててみる。
微かに、あたしの耳でも音がするのが解った。
音がする、としか判別できず、それが物音なのか人の声なのかもよく解らない。ただ、この先に空間があるのは間違いないし、音を発する何かが、……誰かがいるのも間違いなさそうだ。
ややあって、今までより大きめの音が聞こえた。なんとなく、ヒトの声な気がする。かなりの大声をあげたんじゃないだろうか?
それから、次に更に大きな声が上がった。
そちらに関しては、あたしにさえ正体が察せられた。
……悲鳴、だ。
「マリヤ、ぶち破れ!!」
「了解!!」
当然、それは先生にも聞こえた様子。即座に数歩下がって場所を作ってくれた先生の指示に応じて、あたしも姿勢を直し、迷わず渾身の力を込めて壁を蹴り破った。
ずがん、と派手な音をたて、レンガ作りの壁が吹き飛ぶ。崩れた瓦礫の向こうから、思ったよりも明るい光が差し込んだ。
開けた視界の先、部屋にいるすべてのヒトはこちらを見た。
床に倒れているのが一人、座り込んでいるのが二人。立っているのが一人。立っているやつは、何かを振り上げたポーズをしている。
明るさに目がくらんで瞬間で判別できたのはそれだけだったけど、充分だ。
一足飛びに立っている誰かに肉薄し、右手でそいつの首を掴んで床に引き倒した。勿論、手加減はしている。頭じゃなくて、背中から倒れるように。
からん、という何かが落ちる音と、ぐえ、と言う声がしたのを聞きながら、眩しさに早く慣れるように、ぱちぱちと瞬きをする。
そして、なんとか視覚がまともに働き始め、あたしが首を掴んで引き倒した黒いヒトをきちんと見た瞬間、再びぱちりと瞬きして、思わず二度見した。
「……先輩?」




