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ヒツジさんの執事さん  作者: 美琴
第二章
59/67

57・任意同行




 リンク君が、あたしとエルミン君に、一緒に夏休みに向けての制作の取材をしないか、と言った翌日。

 彼と、あたし達が断ったことで別に誘ったらしい男子生徒二人、朝から姿が見えないという。無論登校もしてこないし、寮に帰っても姿が見えない。

 基本、寮の生徒は長期休暇の時でもなければ、外泊は許されない。

 無断外泊など以ての外。一発退学もあり得る問題行動だ。

 ただ、どうも昨晩、取材の為という目的で、先生や騎士達の許可も得ているという書類も見せた上で、夜の外出は確認されているらしい。

 つまり、その後帰っていていない。寮の中から誘拐された訳ではない。


「何処へ行ってしまったんでしょう、3人とも」

「フィズィ先生が、騎士団に問い合わせをしているらしいわよ」

「リンク君に限って、悪い事をするはずないわ。きっと何かに巻き込まれたのよ」

「お、お化けに食べられちゃったんじゃ……?!」

「やめてよ!」


 寮に戻ってきても尚、談話室では生徒たちの不安そうな噂話が絶えない。

 特に、クラスメートである使用人科の子達は、とても心配そうだ。

 リンク君は、とても朗らかでリーダーシップのある子で、素行もいい。彼が何か悪事を企んで、姿をくらましたなどとは誰も、あたしも思っていない。

 いつだったかの熊っ子とは、信用が違う。


「本当に、何処へ行ってしまったんだろうな……」

「解りません。例の死人が彷徨う墓場の調査に同行する事は聞きましたが、今まで被害自体は無いと聞いていましたし、そもそも騎士の方が一緒だった筈なのに」


 夜に何かが徘徊するという噂、中心点が墓場だからか死人だという説が強いけれど、常識的に考えて死人が歩き回るはずがない。

 この世界に、獣人や鳥人はいても、魔物やアンデッドなんて存在はいない。

 だって、そういうのが居ない世界を、あたしは選んだんだ。世界単位で、そんなのは自然発生しないはずだ。

 まあ、妖精とか魔法とか、そういう不思議現象は存在してるけど……


「や、やっぱり僕らが一緒に行っていれば……」

「それは思い上がりです、エルミン君。私や君が一緒でも、被害がなかったなんて保障はありません」

「……はい」


 彼らより、あたし達の方がしっかりしてる、なんて考えは思い上がりだ。

 同じ年頃の子供が多少入れ替わったところで、何か起こる時は起こる。

 強いて言えばあたしは妖精魔法を持ってはいるが、有事に確実に、全てを護れる力がある訳ではない。

 極論、突然眠り薬なんてバラまかれたら、あたしだって簡単に誘拐される。


「もしかしたら、生徒たちには知らされていないだけかも知れませんわ。大事にしても小事にしても、真実を伝えることで不安を増長される事もあるでしょう」

「……そうだな。逆に、知らされていないという事は、まだ最悪の事態が起こった訳ではない、という事かもしれん」


 もしも、何かの事故や事件で死亡している、そしてそれがもう解決している、ならば……訃報はあたし達にまで届くだろう。

 なのに、何も知らされない。つまり、何かが起こっているとして、それは解決していない、終わっていない。

 であれば、彼らはまだ『行方不明』、あるいは『保護』されているだけで、無事でいる可能性もまだある。

 何かの事件に巻き込まれ、危険であるが故に騎士達に保護され、存在を秘匿している。希望的観測かもしれないが、そんな可能性もあるだろう。


「わたし達に、出来る事なんて、そう無いでしょうけれど……。でも、やっぱり思ってしまうわね。何かできる事はないかしら、って」


 ポーラ様もレオンも、そしてメルルも、リンク君達と直接面識が無いにも関わらず、心配してくれているようだった。

 サンセさんも、クラスメートが行方不明、しかも彼が出向いた先に自分の苦手のせいで同行できなかったなんて罪悪感にかられるエルミン君に、そっと寄り添って心配そうに見守っていた。

 ……こんな時になんだけど、君ら絶対付き合ってるだろ。距離の近さよ。


「残念ですが、お嬢様。私たちに出来る事は、今は大人達を信じて、下手な行動を起こさない事です。こういう時に一番怖いのは、二次被害ですから」

「……そうね」


 ミイラ取りがミイラになる、というのはちょっと違うかもしれないけど。

 心配だからと、未熟な者達が見に行って更に被害が広がるとなれば、調査や解決に尽力してくれている人たちの足を引っ張る事になる。

 あたしとメルルとレオンは、揃って妖精魔法という珍しい力を持っているけど、まだまだ未熟だし、それが何の役に立つかも事件の全貌が分らない以上、なんとも言えない。

 故に、下手な行動はとらない。それが最善と、あたしは考える。

 ……未来の王である、レオンにとっては歯がゆいにも程があるだろうけど。彼もまだまだ、経験不足、未熟。陣頭指揮を持ってまた被害に合う、なんて目も当てられないからね。

 レオンも、それは解っているんだろう。とても苦い表情で何度か歯噛みしているのを見た。

 そういう時ほんの少し牙が剥き出しになるのだけど、うんやっぱり怖いなライオンさんは。威圧感すっごいわ、まだ若いのに。


「……? なんだ?」


 ふと、レオンが顔を上げ、視線を動かした。

 生徒達の噂話とは違う、どよめき。話し声。

 それは寮の入り口の方からだった。開きっぱなしの談話室の入り口、その向こうからの気配に、一瞬部屋の中は今までとは違うざわめきで覆われた。

 しばしして、複数の誰かの足音が近づいてくる。

 何やら重く感じる靴の音と、わずかに重なる、金属が擦れ合うような音。

 そして、談話室の入り口から現れたのは、3人の知らないヒトだった。


「え、誰?」

「先生じゃないよね?」

「先生が鎧なんて着るかよ」

「じゃあ……え、まさか騎士のヒト?」


 動揺を隠せず、どよめく生徒たち。

 確かに、姿を現した3人の大人は、全身鎧の完全武装とまでは言わないが、胸部や腰部、足や腕など要所要所に、硬い革や金属部品などを組み合わせた、鎧を身にまとっている。

 腰に剣も下げているし、マントを止めているブローチに刻印された獅子の横顔のシルエットは、アニマリア王国騎士団の身分証明である。

 前に、レオンと一緒に騎士団に行って、間近で見たから間違いない。

 まあ、そうでなくても彼やポーラ様、エルミン君は知ってるだろうけど。

 あたしやメルル、サンセさんは故郷には兵士は居るけど騎士はいないし、こんなしっかり武装する程の有事は起こらなかったから、こっち来てから初めて見た。

 兵士さんも、平時は農作業の手伝いしてラフな格好してるのよ。

 騎士さん達はぐるりと談話室を見回すと、……どうやら目的の人物を見つけたらしく、真っ直ぐ歩み寄った。


「君が、この学院に通う、ニンゲンの子。マリヤ君、ですね?」

「……はい」


 方向からいってあたし達、もしやレオンの安全確保に来たのかと思ったが、どうやら違ったらしい。

 勿論、騎士さん達は現在王都に、絶滅寸前の人間であるあたしが居る事など把握済みだろう。

 明らかに、あたしは獣人さん達とは姿が違うから。特定されることも、存在が知られている事も、別に不思議には思わない。


「申し訳ありませんが、君に話を聞かせて貰いたいのです。騎士団の本部まで、ご同行願えますか?」


 ただ、この展開は予想外だ。

 あたしに、任意同行かつ事情聴取されるような覚えはない。

 しかも、このタイミング。騎士さん達に同行して行方不明になった学院生徒、その噂でもちきりのこの状況での流れとなったら。

 どう考えても、誘拐事件の容疑者として疑われてるとしか、思えない。


「待て! わざわざ騎士達が出向いてくるとは、いったい何の用件だ。それを先に告げるのが礼というものだろう!」


 即座に声をあげたのは、レオンだった。

 今はこの学院の一生徒ではあるが、やはりレオンは王族で、騎士達は王家に仕える組織である。

 あくまで国と王に仕えているから、レオン本人の部下という訳ではないが、騎士達が彼をないがしろにする事は無い。

 あたしに声をかけた、どうやら3人の中ではリーダーに当たるらしいドーベルマンの姿をした騎士さんは、いかつい容姿とは裏腹に優しく丁寧な態度で、一旦レオンの方へ向き直る。


「恐れながら、王太子殿下。この件につきましては、例え殿下であろうとも、事情をこの場で明かす事はならないと、厳命されております」

「なに……?」

「どうか、お許しを。殿下をお守りする為でもあります」


 待って。それじゃあまるで、あたしがレオンをどうにかしようとしてるみたいに聞こえるんですけど?

 益々以て心外だ。あたしに探られた痛い腹は、無い。…無いと思う。

 右腕を胸の前に上げ、敬礼をしながらも、彼らはあたしを連れて行こうとする、その正確な用件について、明かすつもりはないと言い切った。


「ちょっと待って下さい! まさか、マリヤが生徒達が行方不明になった事件の犯人だとお思いなんですか?!」

「……失礼ですが、お応え致しかねます、お嬢さん」

「それは肯定してるも同じだと思います! ハッキリ言うわ、マリヤは事件とは無関係です! 昨日も今日も一昨日も、私達は一緒に居たし、外出もしていません! 寮の管理人さんに確認すれば、解る事でしょう?!」


 バっとメルルがあたしの腕を抱きしめるように掴み、騎士さんに真っ向から反論する。

 ……ただ、その理論には穴がある。

 確かに外出には許可が必要だ。夜間はもちろん、休日でも。生徒たちの出入りは寮の記録に残されている。

 授業の一環で外に出る時だって、先生が一緒だし。学院と寮の周囲には、不法侵入出来ないように大きな塀がある。身一つで出られるものではない。

 ……妖精魔法で、身体強化が出来る、あたしでなければ。だけれど。

 そもそもそういうアリバイは、身内からの主張では成り立たないのがセオリー。庇おうとするのは、当たり前だからね。


「事情の説明は致しかねますが、…わたくし共の任務も、とても重要な物です。手荒な真似はしたくありません、どうかご理解下さい」

「お断りします!」

「騎士様、皆様の日々の平和を守る為のお仕事、とても尊敬しておりますわ。ですが、何の説明もなしに同行を、……は、あまりにも道理に反します」


 噛みつかんばかりのメルルに、ポーラ様もそっとあたし達に寄り添うように、冷静かつ丁寧に説明を求める。

 ほんと、同行して話をって、別に犯人じゃないからしてもいいんだけど、するにしたって説明責任は果たしてもらえないだろうか。

 騎士達が日々真面目に頑張ってくれてるのは知ってるんだ。

 しかも、暗に無理やりでも連れてくと言われたらね。そりゃあ、ご家族大好きっ子のメルルも、男前公女のポーラ様も、反発しますわ。

 そして、皆がこうだから、あたしが反発するスキがないのですが。


「……仕方が、ありませんね」


 騎士さん達は、困った顔で一度顔を見合わせる。

 そして、本当に仕方ない、とばかりに頷き合うと、またこちらに向き直った。

 あ、やばい。

 あれは完全に、実力行使、任意どころか強制連行も辞さない顔だ。

 別にあたし一人で逃げる事は可能だろうけど、逃げる理由がない。ここで逃げたら、犯人です疑ってくださいと言っているも同然である。

 それ以上に、あたしを庇ってくれているメルルやポーラ様が手荒く扱われる可能性がある。それは絶対阻止しなければ。

 そう思って、制止の声を上げようとした、その瞬間。

 ガンっ!!!

 と、すぐ近くもないがさして遠くもない。少し離れた場所で、突如鳴らされた音に、部屋中がシンと静まり返った。


「おいおい、誇り高き騎士様が、女子供に実力行使か? 随分と質が落ちたモンじゃねえか、洟垂れ小僧がイキがってんじゃねーぞ」


 なんかもうガラの悪い、ごろつき紛いの声色で、そんな事を言い放ったのは、談話室のソファーに座っていたリシッツァ先生だった。

 ……そういえば、居たなこの人。

 毎晩のように談話室に入ってきては、先輩方と賭け双六とかしてたから、もうすっかり部屋の一部だと思って意識から離れてたわ。

 ちなみに、鳴らしたのは手にした一升瓶…にほど近いサイズの瓶。その底を、机に叩きつけた音のようだった。


「り、リシッツァさん……?!」

「おうよ」


 明らかに不良のごろつきの頭、みたいな雰囲気の先生に、ひるむ騎士の皆様。

 なんだこれと思いたくもなるが、うん、リシッツァ先生は元騎士団所属の薬師、かの有名な英雄ウルガさんの親友、彼もまた英雄の一人。

 そりゃあ、それがこんなトコで遭遇したら、虚も突かれるよね。しかも学生寮で、本来何かがなければ先生いないんだから。本来なら。


「で? 王子様も公女様もスルーで、無理やりでも連れてこいってことは、何だ。グアルダ直々の命令か」

「そ、それは……」

「何言われたか知らねーが、俺の目の前で、うちの生徒を無理やり連れてけると、思ってもらっちゃあ困るな?」


 立ち上がり、両腕を組んで騎士様を凄むリシッツァ先生。

 構図だけ見れば、完全に先生が悪役なんですが、どうなのか。

 ところで、グアルダさんってだあれ? 少なくとも国王様では無いけれど。


「……リシッツァさんの、お怒りもご尤もです。ですが、どうしてもこの場で詳細を言う事は出来ません」

「そうかよ、じゃあせめてこれだけは聞かせな。……マリヤを、例の事件の犯人扱いしてる訳じゃあ、ねえな?」

「……、…はい」


 本来は、それもハッキリ言いたくなかったのだろう。

 けれど、彼が居る以上、最低でもそれは保証しなければ、あたしを連れていくことは出来ない。それが達成できない事が、一番困るようだ。

 渋々ながらと言った様子だったけど、騎士さんは一つ、しっかり頷いた。


「マリヤ、お前にも一応、無いと思うが聞いとくぞ。……この件、お前は何も関わっちゃいねえな?」

「はい」


 一旦こちらを見て聞いたのは、疑われているのではなく、信じるための再確認。

 それに、あたしは迷いなく肯定し、頷く。

 リシッツァ先生はあたしの答えに満足そうに笑うと、もう一度騎士さん達を見返した。


「解った、コイツを連れてくことを認めてやる。だが、俺も着いてくぞ」

「……ええ、承知しました」

「先生?!」

「安心しなメルメル。俺の目が黒いうちは、マリヤが濡れ衣を着せられる、なんてさせやしねーよ」

「……本当に飲んでません?」

「さっきのは、ただの果汁の瓶だ」


 このヒト、酒飲むと途端にポンコツになるからな……

 とてもかっこよく言ってくれるのはいいんだけど、さっきの瓶(音から察するに空き瓶)がちょっと心配だったらしく、メルルにまでそこの心配された。

 まあ、元々寮にはお酒持ち込み、先生であっても禁止だけどね。


「では、同行して下さいますか?」

「はい」

「マリヤ……」

「大丈夫です。すぐ戻りますから、心配しないで下さい、お嬢様」


 あたしに何を聞きたいのか知らないが、リシッツァ先生も一緒だというのなら、行方不明事件の濡れ衣を聞かされて犯人に仕立て上げられる、なんてことはないだろう。

 そもそも、わざわざそれにあたしを選ぶ、というのも不自然だ。

 騎士団がそういう悪に手を染めるような団体だというのはついぞ聞かないし、王様にも存在を承認して貰っている、リシッツァさんの言葉を借りれば金の卵を産む鶏、そんなものをこんな事で排除しようと思うか?

 それはないだろう。たぶん。

 だから、あたしには想像できないけど、何か聞きたい事がある、それだけ。

 ……だと信じて、素直に着いていくことにしよう。

 結果としてリンク君達が無事に見つかるかもしれないとしたら、協力するのは嫌ではないしね。

 心配そうな顔をするメルルに、大丈夫と言って掴んでいた腕を離して貰って。

 色々解せないが、騎士さん達の任意同行に、保護者同伴で応じる事となった。







 騎士団の本部は、そういえば初めて見る。

 前に事情聴取された時は、大通り近場の詰め所だったからね。

 王都は広いから、メインストリートや、要所の近くにそんな騎士達が24時間交代で詰める場所がある。いわば交番?

 で、学院寮から馬車で連れてこられたのは、警察署に当たる。いや、国単位の防衛機能を取り仕切る場所だから、警察庁かな?

 思ってた通り、立派なたたずまいで、厳格な雰囲気すら漂わせる、石造りの廊下を、あたしを連れに来たドーベルマンの騎士さんに案内されて歩く。

 リシッツァさんも一緒で、彼は特に緊張するでもなく、自然体でそこに居る。

 ……ま、昔はここに務めてたんだもんね。


「団長、お連れしました」

「ああ。入ってもらってくれ」


 やがて辿り着いた扉を、ノックして声をかけると、帰ってきたのは壮年の男性の声だった。

 そして扉を開けると、うーん、応接室というよりは、団長の執務室かな?

 大きな机に向かっていたのは、きりりと精悍な顔つき、少し長めの茶色い毛並みのヒトだった。んーと、なんていうんだ。コリー犬?

 全部じゃないんだけど、どうして騎士のヒトって犬系が多いんだろ。


「! リシッツァ殿……」

「よう。久しぶりだな騎士団長殿。元気か?」


 あたしだけじゃなく、リシッツァ先生も同行している事に、団長さんは驚きを見せた。

 先生として学院に務めている事は知っているだろうけど、こうして保護者役を買って出たのは意外だったみたいだ。

 案内してくれた騎士さんは一礼をして退室し、団長さんは部屋の応接ようのソファーの向こう側に、あたしと先生はこちら側に向かい合うように座った。

 間を置かず、やってきた別の騎士さん…、…騎士さん? ちょっと小さめの、チワワみたいな愛らしい容姿のヒトがお茶を出してくれた。そのヒトも、すぐに部屋からは退室していく。


「さて、突然お呼び立てをして、申し訳なかったね。初めまして、マリヤ君。私はアニマリア国騎士団団長を務めている、グアルダだ」

「……はい。初めまして」


 なるほど、貴方がグアルダさん。

 先生は、団長さんも呼び捨てで気安く呼んじゃうようなヒトなのか。


「それで、何故私は同行を求められたのでしょうか。詳細を、事前に説明出来ないような、深刻な嫌疑がかけられているのですか?」

「いやいや、そうじゃないんだよ。…すまないね、疑問に思うのも尤もだ。けれど他の人が居る前で、詳しく事情を話せなかったんだ」

「……と、言いますと」

「話が聞きたいのはね、君というよりは……君が契約している、妖精殿なんだ」


 はい?

 思わず首を傾げた。

 あたしが契約している妖精って、それはアルメリアの事になる。

 それをあそこで言えないってことは、……ああ、そうか。


「団長さんは、主契約者が私だと、ご存じなのですね」

「ああ。だが、殆どの生徒も騎士達も、古の妖精殿に気に入られたのは、殿下であるという認識が一般的だ。殿下の評判をお守りするためにも、あの場でそれを明かすわけにはいかなかったんだよ」


 一応、表向きにはアルメリアとの主契約者はレオンってことになっている。

 それもこれも、人間と妖精の結びつきというのは、ちょっと歴史的にアレな組み合わせだからと、やっぱり王族の威信というか、見栄みたいなものもある。

 あたしへの疑惑の目を減らす為と、レオンがいずれ王となった際の威光を増す為の口裏合わせなのだが、団長さんはその真実を知っているみたいだ。

 勿論王様も知っているはずだし、学院の主だった先生も知っている。

 何か起こった時に間違った対応をしないよう、口が堅く、そして指揮系統の上の方に居るヒトには知らされているみたいだね。

 そして、あの場で言えないし、レオンを護るためってのも納得した。

 レオンとメルルもアルメリアとの契約者だけど、彼女を気軽に呼び出す許可を持っているのは、あたしだけなのも。


「理解しました。…と言っても、彼女に何をお聞きになりたいのですか?」

「……うん。聞いたところによれば、その妖精殿はニンゲンの形を模す程に、ニンゲンを好んでいるらしいね。となれば、かつての大戦の折には、彼らに加護を与えていた妖精殿のうちの一つなのだろう」

「はい……多分、そうだと思います」


 古くから存在しているが故に通常の妖精よりも強い力を持っており、特別人間を好んでいる。

 アニマリアのヒト達を筆頭にアンスロスが滅ぼされたことも知っているし、その為なのか、やたらとレオンにはツンケンしている。

 当然、かつての戦争の時、アルメリアは人間側に居ただろう。


「君は、アンスロスの地に今も徘徊する怪物の話を、知っているかい?」

「学院の授業で教わった程度でしたら」

「そうか。……アンスロスの末裔である君ならばもしやと思ったけれど、聞いた通りに、この国に来る前の事は、何も知らないのかな」

「はい」


 王様にも一度話したことで、それは周囲のヒトも聞いている。

 あたしが何処から来たのか、どうやって来たのか、家族はいるのか、正直なんにもあたしは知らない。

 当然、かつての故国で今も徘徊するという、不死身の怪物の事も。


「……この事は、他言無用でお願いするよ」

「……はい」

「去年の冬から、街で流れている夜に歩き回る死人の噂だがね。あれは事実で、どうもアンスロス国内に徘徊するそれと、酷似しているようなんだ」

「酷似、ってことは、全く同じではねえな?」

「そうですね。そもそも、彼らはアンロスであった地からは離れませんが、この街に現れたものは墓場の周辺、しかも深夜しか徘徊しない」


 てことは、アンスロス跡地のやつは、昼間も歩き回ってるのか……

 それもゾっとするな。


「何より違うのは、アンスロス国内の怪物は、明らかにアンスロスの民の姿をしている。この街で、少なくとも昨晩騎士達が目撃したそれは、アニマリアの民の姿をしていた」


 ……、……あっ、もしかしてと思ってたけど、やっぱりゾンビなの?!

 切っても突いても死なない不死身の怪物、それを戦争中に大量に作るとなったらそうじゃないかなーとは思ってたけど、やっぱりか!

 どんなものでも、原材料は要るはずだもんね……


「今までの目撃証言からも、やはりそうであるらしい。見つかったと気付くと、すぐにその場を離れて見失っていたそうなのだけれど」

「昨晩、何があった」

「……。一度、その歩く死人の目撃をしたそうです。その後、同行していた生徒を後方に置き、追ったそうですが……」

「後ろから、誘拐されたか」

「……お恥ずかしい限りです」


 リンク君達は、やっぱり騎士達との夜の巡回に参加した。

 そして、首尾よく噂の死人を見つけ、後を追った。当然のように、学生であるリンク君達は騎士さん達の後ろへと、安全を考慮して下げられた。

 ……そこを、後方からの別の何か、死人かどうかは解らないけれど。さっと誘拐されて、見失った訳だ。


「今も墓場周辺の立ち入りを制限し、必死に捜索しています」

「そもそも、明かりはリンク達も持っていただろ。追えなかったのか?」

「それが、とてもヒトとは思えない身体能力で、建物を飛び越えて逃走したとの事なのです。…それも、アンスロスの怪物が持っている異常な力と通じる物があるかと思うのですが」


 ……たぶんだけど、ゾンビで死んでるから、体が壊れるような力もリミッターがかからずに、出す事が出来るんだろうな。

 生物は、無意識に自損自壊をしないよう、出せる力には限度があるって、なんか聞いたことがある。


「成程な。それで、例の怪物と同じものなら、それを知っているはずの妖精に聞けば弱点や排除方法、潜伏先も割り出せるんじゃないか、って事か」

「仰る通りです」

「ふうん。……マリヤ、どうだ? 聞いてやるか?」

「そう、ですね。彼女が何を知っているか、私も存じませんが。それで、リンク君達を見つけ出す手がかりになるのでしたら」


 なんにせよ、彼らがヤバいものに誘拐されたのは確かだ。

 騎士さん達の失態を責めるのは簡単だけど、それで彼らが助かる訳じゃない。時間は、もっと建設的かつ友好的に使わなければ、助かる者も助からない。

 騎士さん達も、手をこまねいている訳じゃないだろう。必死に探してくれているし、救助の可能性を高めるためにあたしを訪ねて来た訳だ。

 ならば、出来る事があるなら協力するのはやぶさかではない。


「……アルメリア。来て下さい」


 彼女を呼ぶ。お茶の時間以外で呼ぶことは、最近では滅多にない。

 熊っ子事件の時を除けば、平和だったからねえ。学園祭の時の一件は、呼ぶまでも無かったことだし。

 あたしが彼女の名を呼ぶと、即座にあたし達の前……位置的には団長さんとあたし達が座っているちょうど真ん中、長机の中心辺りにふわっと光が現れ、それが弾けると。


「おうおう、なんじゃマリヤ? こんな時間に呼ぶとは、珍しいのう」


 ご機嫌な様子のアルメリアが、あたしにむかって微笑みかける。

 ただ、この場所が学生寮ではない事。メルル達の誰も居らず、リシッツァ先生はともかく、しらない人物が一緒に居る事。

 それを素早く察知し、今度は訝し気な表情になった。


「……なんじゃ、貴様ら。どういう用件でわらわを呼んだ、説明せよ」


 ふわっと飛んであたしの肩に乗ると、団長さんへと説明を求めた。

 あまり良い状況でないと解るのか、途端にご機嫌が麗しくなくなった様子。

 そして、騎士団長さんが1から改めて事情を語っていくにつれ、益々アルメリアのご機嫌が降下していく。

 妖精であり、自然現象であるアルメリアが肩に乗っても普段は重みを感じないのだけど、なんだか気のせいか、徐々に重くなってきた、ような。


「ほおう……貴様ら、またもわらわの愛し子に、謂れ無き嫌疑をかけようと言うのかえ。良い度胸じゃの」

「アルメリア、落ち着いてください。そうじゃないですから!」


 絶対零度の声と、ひゅうっと耳元でわずかに吹いた風の音に、慌ててあたしは彼女を止める。

 本当、前の戦いの時にアルメリアが出てこなかったのが、不思議に思う。

 妖精たちが手を下してたら、戦争の結果はひっくり返ってたのじゃないか。

 何か、そうはならない理由はあったんだろうけど。


「妖精殿におきましては、かつての我らの過ちを繰り返すものかと、怒りを感じられるのは無理もありません。ですが、我々はマリヤ君をこの件の犯人と疑っている訳では御座いません」

「……ふむ。では、何をわらわに求めるのじゃ」

「かつて、アンスロスの民が、自らを護る為に作り上げたあの存在。いったい、どのようにして作り上げたものか、お教え願いたいのです」


 団長さんも、アルメリアに対しては平伏しそうなくらい下手に出る。

 まあ、機嫌を損ねたらヤバい存在なのは確かだもんね。

 恭しい態度に、少しは機嫌を直してくれたのだろうか。また、彼女の重みは羽のように感じなくなったし、ふむ、と考える声色はそこまで怒っていないようだ。


「貴様に教えてやる知恵なぞない……と、言いたいところじゃが。うつけどもが、マリヤに疑いを目を向ける可能性もなくはないからの。仕方ない、わらわとて全てを知る訳ではないが、成り立ちくらいなら教えてやろうぞ」

「有難う御座います」


 あくまでも、あたしへの嫌疑を晴らす為ね。

 深々と頭を下げる団長さんに、アルメリアも全ては知らないと前置きしつつも答えてくれるようだった。良かった……


「先ず、わらわ自身はあれの創生に携わっておらぬ。故にどのような術式を、魔法使いや他の妖精たちが編み上げたのかまでは知らぬが……おおよそ想像しておる通り、あれはヒトの死体を加工した怪物じゃ」

「……生き物の体は、妖精の魔法でも操れないのではないのですか?」

「そうさな。じゃが、わらわ達の支配が及ばぬのは、自意識を持った生命じゃ。死んでおれば、その支配を弾く精神は無いからの」


 成程。死んで魂が抜けてしまえば、情の無い言い方をすれば、ただの肉塊。

 精霊魔法ならいざしらず、妖精魔法であれば、支配し操る余地はあるのか。


「どうやら、命令を受信する装置……おそらく加工した魔石じゃな。これを死体に埋め込み、腐敗を止め命令に従う人形を作り上げたようじゃ。あまりにも醜悪すぎる所業故、わらわはやめろと止めたのじゃがの」

「では、命令を発信する側は……?」

「当然存在するじゃろう。装置として作り上げたか、術者が命令し続けているのかは解らぬが。倒す手段としては、体内の魔石を砕くか、命令の発信を止めるかという所じゃろうな」

「……どちらも、探すにしても難しい事ですね」

「ああ、埋め込まれた魔石の位置については解るぞ、頭じゃな。本来命令を発する器官がそこにあるからの、それを利用しておるはずじゃ」


 つまり、頭を切り落とせばもう動かなくはなるのか。

 ゾンビものではセオリーだけど、怪力で襲ってくる相手の頭を切り落とすのも、難しいだろうな。矢で貫いただけじゃ、その魔石の大きさは解らないけど、ピンポイントで砕くのは難しいだろうし。


「受信装置があれば、まあわらわであれば、発信地を割り出す事は可能じゃが」

「……ご協力を、仰ぐことは」

「何故そこまでしてやらねばならぬ」


 ツン、とアルメリアはそっぽを向く。

 まあそうだよね、アルメリアにとっては何の得もないからね、その協力に。

 本来、妖精に魔法を授かったり、力を貸してもらうには、対価が必要なのだし、何より彼女はアニマリアのヒトが嫌いだし。

 とはいえ、彼女の協力なくして、事件の早期解決は難しそうだ。

 リンク君達の安否も一刻を争うし。……さて、何を提示すれば手を貸してくれるかな。


「……アルメリア」

「なんじゃ?」

「この間、ケラスの実の初物がありました。カスタードたっぷりのタルトなど、いかがでしょう?」

「! わ、わらわにだけか?」

「ええ、貴女にだけ」

「そういう事であれば、仕方ないのう! ただし3つは用意するのじゃぞ!」


 解ってたけど、チョロかった。

 さすがに妖精様の威厳というのがあるので、こっそり団長さんには聞こえないよう、小声で交渉したのだが、あっさりであった。

 とたんにコロっと協力を快諾したアルメリアに、団長さんが目を丸くしている。

 ……リシッツァ先生には聞こえたのかもしれない。口元に妙に力が入っている所を見るに、笑いをこらえているようだった。

 さて、次は団長さんに、あたしがこの件に協力させて貰える許可を貰わねば。

 アルメリアだけを置いてく訳にはいかないからね。彼女の為にも、機嫌を損ねた時にフォローしなければならない、という時の為にも。







 勿論小さいサイズのタルト前提ですよ?





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