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ヒツジさんの執事さん  作者: 美琴
第二章
58/67

56・卒業と進級




 春になると、あたし達もとうとう最上級生だ。

 やはり、子供の間の3年間というのは、長いようで短い。

 ……と、その前に卒業式がある訳なんだけど。


「ぜんばいいぃぃぃぃぃ、そつぎょう、おめでどうございばすぅぅぅ!!!」

「ああ、有難うペダル君」

「ペタでずううぅぅぅぅ!!!」


 涙だばだば、毛並みぐしょぐしょで、僕らのグイノス先輩へ卒業のお祝いをする押しかけアシスタントのペタさん。

 女子として、この崩れっぷりはいかがなものなのか……

 いやまあ、彼女も学者科であり、女性である前に研究者という部分は少なからずある、…あったとしても、いかがなものなのか。

 流石にコレを放置も、人として紳士としてしておく訳にもいかなかったので、そっとハンカチを渡しておいた。

 このままだと、感極まってグイノス先輩に抱き着いた上に制服をぐっしょりにしてしまう。それもいかがなものか。


「ず、ずびばぜん……」

「折角の先輩のハレの日ですから。ね、少し落ち着きましょうペタさん」


 なんなら鼻水かんでもいいから。というか、その為のもんだし。ちり紙なんて無いんだよ。

 まあ、本当に凄い過剰喜びをするペタさんの気持ちも分からないでもない。

 一時は学者科留年の常連、下手すりゃ退学の文字もチラついて見えていた彼が、今や学年代表としての言葉を読み上げるほどの秀才扱い、有名人。

 あたしだって、感慨深いものがある。いや別にあたしが彼を公正させた訳じゃないというか、元々別におちこぼれだった訳じゃなく、ちょっと面倒な意味で天才なヒトな訳だけど。


「先輩は、結局学術院へ入られるのですか?」

「ああ。なんでも、雷魔法の有効活用を研究する部署を新たに発足するそうだ。まだまだ、あれについては研究・解明が始まったばかりだからね、僕としても願ってもないお誘いだ」


 いつかは、グイノス先輩が雷力動力開発の先駆けとして、歴史書に載る日がやってくるかもしれない。

 いやあ、前の世界の発明王みたいな存在にでもなるのかしらね。

 去年の発表できっかけができ、スポンサーもつくようだから、思う存分めいっぱい、研究に没頭する事だろう。

 ……それはそれで、いろいろ心配だが。主に生活と健康面が。

 だが、彼にはぞっこんで世話焼きのお弟子さんがいる。


「わだっ、わだじ、ぜったいまた助手をしにいぎまずがら!!」

「そうだな、君が来てくれると、僕としてもとても頼もしい。待っているとも」

「うわあああああああん!!!!」


 憧れの先輩に、社交辞令ではない期待の言葉をかけられ、ペタさんはもうだめかもしれない。

 社交辞令じゃない証拠?

 グイノス先輩がそんなん言える訳ないでしょう。常識的に考えて。

 この一年を無事に乗り切ってくれれば、ペタさんがあとはなんとかしてくれるだろう。きっと。

 もういっそのこと、結婚しちゃえばいいと思う。


「一つ問題があるとすれば、君との交流が難しくなることだな、マー君」

「そうですねえ……。私は卒業後は、カルネイロ領へ戻りますから」


 もう突っ込まないぞ、呼称については。むしろ毎回突っ込む必要性がなくなったとさえ言える。

 さておき、もうグイノス先輩に関してあたしが口出しする必要なんてないとは思う。頭角を現した彼は、これからめきめき名を上げていくだろう。

 ただ、先輩があたしにとって、得難い友人であるのは変わりない。


「まあでも、君に直接手紙を出すことも出来るし、君の叔父上がスポンサーとして名乗りを上げてくれてもいる。関係性がなくなる事は、ないかもしれんな」

「……そうですね」


 バランさん越しの交流とか嫌なんだけどね。

 せめてジョウイさん名義なら……と言っても、まだまだお父さんが現役なんだから、跡を継ぐのも先だろうな。

 っていうか、そういえばバランさんはジョウイさんをうちのお父さんの後継ぎにどうかとか言ってたっけ。

 どうするつもりなんだろ、その辺。ジョウイさんて兄弟いるのかな。義理とはいえ従兄弟だってのに、そういえば知らないな。今度メルルに聞いておこう。


「とはいえ、たまには王都に来ることもあるだろう。是非ともその時には、報せてくれたまえ」

「ええ、そんな事もあるでしょうから、その時には必ず」


 グイノス先輩が差し出した右手、……右翼を、あたしも右手で握り返す。

 初めて触った気がする。すべすべでつやつやだ。

 うん、無事に卒業出来て、然るべき機関に所属する事が出来て、そのお手伝いが出来て良かった。

 今後も、是非とも頑張って、国をより良くしていただきたい。


「そういえば、例の印刷機なのだがな。もしよければ、君との合同名義で世に送り出したいと思っているのだが、どうだろう?」

「……せめて私の卒業まで待ってください」


 名目上はレオン達との連名での発案だけど、実質あたしが言い出したのは、最早周知の事実ではあるが……

 現在は学院内だけでとどまってるのが大々的に広まってしまうと、なんかもう更に面倒事が起きそうでイヤです。

 せめてカルネイロ領に戻ってからにして。面倒な上に、色んな所に迷惑かかりそうだから。







 さて改めて、とうとうあたし達も最上級生だ。

 上から落ちてきた先輩もいないので、使用人科の顔ぶれはあまり変わらない。脱落したヒトは、ちょこっといるけど……

 あたしもエルミン君も相変わらず高い成績をキープしている。

 うん、勿論油断とかしないけどね?

 まあなんせ、以前の世界の学校で言う、3年生になってからの就職活動とかは、ぶっちゃけ無いに等しいので、あの頃のようなどこかギスギスした感じはない。

 エルミン君の就職先だけは気になるが、まあ決まったようなモンだよね。


「感慨深いですよねえ」

「? 何がですか?」


 授業と授業の合間の時間、教室の移動もなかったのであたしとエルミン君は隣の席で座っているのだが、ふっと廊下の方を見てつぶやいた。

 主語がないから当たり前だけど、言葉の意味を理解しかねたエルミン君はかくんと首を傾げる。


「かつて、友達難民をしていたエルミン君が、今やファンクラブさえある人気者なんですよ……」

「ぶっ?!」

「すっかり立派になって……目頭が熱くなります」

「やめて下さい?!」


 その授業の合間の準備時間ごとにですね。教室の外から、こっそり覗いてる後輩女子がいたりするんですよ。

 人数的にまったくこっそりになってないけど。

 窓から外を眺めてたりすると、たまたまその姿を見たらしい女子が、きゃーなんて声をあげたりするんですよ。

 いやー、身分のせいか努力のし過ぎで居眠りしてぶっ倒れたり、友達いなくて難民こじらせてたり、街でいぢめっこに必死で対峙しようとしたり、そんな微笑ましいエルミン君が、今や校内のアイドルですよ。

 グイノス先輩に感じたのと、同じ感慨深さあるよね。


「は、半分くらいマリヤ君のファンの子じゃないですか…!」

「私は基本、お嬢様にべったりですからねえ……女子人気って、エルミン君の方が高い気がします」

「そんな事は……!」


 あるよ。あるからね。

 あたしはもう、公私共にメルルを最優先で行動するので、そういう執事姿に憧れるお嬢さんからの人気が大部分を占める。

 ただ、エルミン君は(表向きには)彼女はいないし、仕える主人もいないし、女子人気を集めやすいみたいだ。

 見た目可愛いし、丁寧だし親しみやすいし、成績もいいし、そりゃあ人気くらい出るだろうさ。


「最近のお嬢様方は、高嶺の薔薇より近くの野薔薇ですかねえ」

「そういえば、どうしてこっちに流れたんでしょうね……」


 レオンファンクラブは今でもあるけれど、どうも後輩達にはあっちより、あたし達の方が人気があるようだ。なんでだろう。

 いや、勿論貴族科女子は後輩でもレオンの方に行ってるけどね!

 ただし貴族科よりも、使用人科役人科学者科合わせた数の方が多いから、そう見えてしまうだけとは思う。


「して、ご感想はいかがでしょう、エルミン君」

「か、感想と言われても……」

「おや、これが初めてのモテ期ではないと」

「初めてですけどっ! そ、それ言ったらマリヤ君はどうなんですか!」

「残念ながら初めてではない上に、私はメルルお嬢様の執事になりますから」


 尚、前回のモテ期は前世(女性だったのに相手は女性)である。

 嫌ではないが、そこまで嬉しくもない期間だった。

 現在においては、うーんやっぱり意識が女性だからか、今も嫌ではないが、特筆して嬉しいわけでもない。


「そ、そんな事言ったら、僕だって……」

「んー? 僕だって? エルミン君て就職先決まってましたっけ?」

「その……、決まってはいませんけど、出来たらなれたらいいなとは……」


 両手の指を落ち着きなく触れ合わせながら、もじもじするエルミン君。女子か。

 まあ、ニヤニヤしながら意地悪く聞いてるあたしも大概ですが。

 YOU、ハッキリ言っちゃえよ。なんなの照れなの? それとも、執事じゃなくてやっぱり旦那前提で永久就職しちゃうの?

 その場合は、逆玉の輿になるんだろうか。

 自分の話題でこういうのを振られると、そもそも降る袖がないので困ってしまうが、他人の話題は割と好きなのだった。

 あたしもなかなかの手前勝手だ。

 いやー、あたしとかレオンとかメルルとかポーラ様とかユトゥスさんとかの、どうもかみ合うようでかみ合わない、あの感じを日常的に過ごしてるとね。

 極々健全かつストレートに段階踏んでるらしい、エルミン君とサンセさんとか、ものすごく心が和むのよ。

 いいぞー、もっとやれー。正しいリア充は保護すべき。爆発なんて以ての外。


「マリヤ君、エルミン君! ちょっといいかい?」

「はい?」


 照れ照れするエルミン君を堪能していたら、クラスメートの猫さん、……いや猫というのもちょっと違って、ヤマネコっぽいワイルドさを持った見た目の子なんだけど、その彼に声をかけられた。

 何やらいたずらな、でもわくわくしているような、ひげをぴんぴんにしてヤマネコ君……ちなみに名前はリンク君、はあたしとエルミン君の傍へ寄ってきて、元気に声をかけてきた割には声を潜める。


「あのさ、ちょっと気が早い話ではあるんだけど……。今年の夏休みの課題って、自由レポートだろう? 良かったら、今回は一緒にやらないかい?」

「……準備を早くする事は問題ないと思いますが…。何か、気になるテーマでもおありなのですか?」


 今年のレポートは、科ごとになるからレオン達とは合同できない。

 テーマも自由だ。強いて言うなら、今後の自らの在り方や道筋についての、展望が垣間見える内容になるんだと思う。

 というかそれをさっさと教えてくれるんだから、準備や制作は今からしとけってことなんだろうな。あたしもあんまり他人事じゃないや。

 同じ科の中ならば合同もOKだから、エルミン君と一緒だとは思うけど、その他のヒトと一緒だって別に構わない。

 あたしが興味を惹かれる内容であるならば……


「知ってるかい? 去年の冬ごろから、街で流れてる噂……」

「噂……」


 冬から、今でも流れてる噂?

 基本的に学院内で過ごしてるから、学生達は割と街の噂には疎い。

 ただ、あたしやエルミン君はよく街に買い出しに行くから、その時に色んな話を聞くことはある。

 リンク君が切り出したそれに、照れ照れが収まったらしいエルミン君は、今度は明らかに警戒をあらわにして、尻尾がピンと立つ。


「え、あ、あの、それって、まさか……」

「……、…夜な夜な、死人が歩き回る、墓場の噂ですか」


 確か、クルウからそんな話聞いたぞ?

 冬の頃にそんな噂が立って、それから現在に至るまで、細々とであるが続いている話だ。消えていない。

 実害はないようだが、目撃者は一向に減らないようだ。

 決まって月の無い夜。墓場の近くを通ると、ずるずると何かを引きずる音が聞こえてきて、振り返るとそこには……みたいな。

 季節外れの怪談は、適した季節にまで長く続きそうな様相である。


「そうそう。流石におかしいってことで、騎士のヒト達も調査を始めてるみたいらしくてね」

「まさか、それに首を突っ込もうと……?」

「確かに王都なら、優秀な騎士が沢山いるから、そのうち解決すると思うよ? でも、僕らは地方へと赴任する場合もある。そんな時、主人を悩ませる事件を調査するのは、僕らの指示になる。ならば、現場が求める統率とは何か、それを知っておくのは重要な事じゃないだろうか!」


 ……なるほど、まあ言わんとする事は解る。

 あたしもそうだが、リンク君も執事志望だ。執事というのは、単なる使用人にあらず、むしろ彼らを取りまとめ、主人の名代も務める事もある重要職。いわば管理職なのだ。

 流石に学院出だからといきなりそこに据えられることは無いし、ある程度の見習い期間はあって然るべきだが、1から始まるよりは早くそこに至れる。

 それに際して、問題解決能力というのは重要だ。主人の手を、必要以上に煩わせることがあってはならない。

 適材適所で人員を振り分け、原因を調査し、問題を取り除く為の指示を出さねばならない。

 そういう意味では、確かにそれに関する調査や、指示系統の学習などは、使用人科のあたし達にとっては実のあるレポートだろうし、平和なこの国で目に見えた問題? であるこの件は、願ってもない機会だろう。


「ですが、騎士の皆様の邪魔になりませんか?」

「現在までで、怪我や行方不明なんて被害などは出ていないからね。…実は、ちょっとしたコネがあって、あくまでも後ろから、ちゃんと迷惑にならないように気を付けるのなら、同行しても良いって許可も貰えたんだ」


 へえ、それは凄い。

 お仕事の邪魔さえしなければ、レポート作成の資料くらいは、集められそう。

 騎士の方々とは交流が、……見習いさんとはあるけど、どんな指揮系統なのかとかは知らないし。

 統率方法とか、まあ軍隊と執事や使用人とは違うとはいえ、参考にはなりそうだなあ。


「興味は、あります」

「そう言ってくれるかい?」

「ただ、ジャンルがジャンルなだけに、エルミン君が……」


 リンク君と二人、視線を隣に移すと、いったいいつからなのか、両手で両耳をふさいで、机に突っ伏してぷるぷるしていた。

 別に、お化けに関してあれそれ言ってる訳じゃないんだけど、そんな気配を察知してしまったのか、情報をシャットアウトしたようだ。


「あー……。幽霊とか、お化けとか、怖い系ダメなんだっけ」

「怖い系と痛い系は、割と苦手みたいですね」


 リシッツァ先生の斬首話とか、クルウの怪談とか、ものすごい過剰反応してたもんなあ……

 先生の話は授業の一環だったからともかく、クルウの時はあんまりにも良い反応するもんだから、話盛り盛りで余計に怖がらされてたし。

 ……こういうのは、一朝一夕で克服できるものではないし、無理をさせると悪化する。

 自分が平気だからって、他人に無理させちゃだめだよ。


「というわけで、私とエルミン君は、残念ながら遠慮させて頂きます」

「そうか……残念だけど、エルミン君に無理させる訳にはいかないもんね。仕方ない、他を当たってみるよ」

「リンク君も、夜に同行になるのでしょう? くれぐれもお気をつけて」

「ありがとう! 見ててくれ、絶対に良いレポートを仕上げて見せるから!」


 本当に申し訳ないし、残念だが、この件は辞退だ。

 ……いや、あたし一人なら参加してもいいんだけど、参加した上で大丈夫だったかとか、過剰な心配してくる気がしてなあ……

 察しているのか、リンク君もそれ以上食い下がる事はなかった。さわやかな笑顔を浮かべて、他のクラスメートに声をかけにいったようだ。

 今が旬の話題だし、もしかしたら今夜にも調査に同行するのかな?


「……エルミン君、そろそろ起きて下さい。話は終わりましたから」

「ふ、え、……ど、どうなりました? おばけを見に行くんですか?」

「もともと、そんな話じゃなかったですよ。…ただ、見る可能性はありますから、お断りました。安心してください」

「そ、そうですか……良かった…」


 肝試しのお誘いだとでも思っていたのか。レポートだっつったでしょう。

 あと、別に他人を怖がらせてその反応を楽しむ趣味は、あたしにはないから。わざわざやりませんよ。

 照れさせたり、喜ばせて楽しむ趣味は、ちょっとあるけど。

 興味はあったんだけどなー。今度ユトゥスさん、……か、オルミガさんに、騎士団の話とか、聞かせてもらおうかなー。

 ……いや、ちょっとした話くらいなら、エルミン君にも聞けそうかな。


「私達は何にしましょうねえ、夏休みのレポート…」

「あー……。早めに考えた方がいいですよね」


 なんか、夏休みになってからじゃ、遅い気がする。

 気が早いけど、卒業レポートだってあるし。

 ……学生がレポート地獄なのは、今も昔も、前世も異世界でも変わらないな。




 翌日。

 リンク君と、彼に誘われたという男子生徒二人の、合わせて三人。何故か、登校してこなかった。







 何か、あったようです。





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