51・街へお出かけ
唐突かもしれないが、正直あたしは恋愛的な事柄には鈍い方だと思っている。
何せ、前世から数えても、彼氏居ない歴=年齢、という残念な人間だ。……当たり前だが、彼女居ない歴も=年齢である。
途中で性別変わったのでそこ微妙なトコだが、どっちにしても居なかったのは事実。
とはいえ、漫画にまま居るような、『お前わざとやってんのか』みたいな超ド級の鈍感さんという訳では無い。
恋人がいた事は無いが、恋をした事がない訳ではないし、前の世界では恋愛なんて娯楽の一環みたいな所があった。そのテのドラマも漫画もライトノベルも、溢れる程にあったのだ。
実際の経験値は無いが、そういうものかという理解は出来る。
……で、改めて見ていて、思うのだ。
例えば、こんな事がある。
「メルル殿、マリヤ。良かったら、これを貰ってくれないか」
「はい? ……紅茶の葉?」
「ああ、貰い物なのだが、ちょっと量がな……」
「大変ねえ、王子様も。…って、きゃあ! これ、これわたしの好きな葉だわ!」
「そ、そうなのか?」
「ええ、ありがとうレオン殿下! 大切に飲ませて頂くわね!」
お裾分けとか、そういう類でたまーに渡してくる品物が、確実にメルルの趣味ドンピシャである。
なんせ王子様だ。使い切れない程の贈り物が来る事は事実だろう。
それを無駄にしない為にも、友人であるあたしやエルミン君なんかにもくれるのは理解できる。実際、あたし達にだけ渡してくる訳ではないのだ。
最初はあたしも気にしちゃいなかったのだが、意識して見ていると、本当にほぼ100%の確率で、それらはメルル好みである。
そもそも、肉食系王子への贈り物が、草食系お嬢様のメルルの趣味と合致って、どうなんだろうか? …いや紅茶に限っては別にその辺関係なかろうが。
もしかして、最初から贈り物のお裾分けではなく、それなりに付き合ってきたのだからそろそろ趣味も解っている筈で、それに則って用意してるのでは? ……と想像するのは易い。
そして、こんな事もあった。
暖かい日のお弁当タイム。敷物の上に皆で座って、お弁当を開ける前にポットの中の飲み物を温めて、配る訳なのだが。
この中で火の魔法を持っているのはあたしだけなので、温めるのはあたしの役目。それをカップに注いで、配る時は他のヒトが手伝ってくれる事が多い。
大抵はエルミン君だ。あたしの隣で、レオンから順番に渡していってくれる。
たまーにポーラ様。同じくらい、たまにメルル。
そういう時はカップに注ぐ量を注視しているので、最近まで気付いてなかったのだが…
「っ!」
「あ、ごめんなさいレオン殿下! えっと、熱かった?」
「ああ、いや。手が滑っただけだ、すまない」
メルルがカップを渡す時だけ、高確率でレオンの手が滑る。
エルミン君や、ポーラ様の時はそれは無い。
あたしもあたしで、手元のポットとカップに意識を向けていたので本当に気付いてなかったのだが、もしかしてあの王子様、メルルが渡す時に手、というか蹄、にうっかり触れてしまい動揺してるんじゃないだろうか。
……肉球と蹄の間にも、うっかり手が触れちゃってドキ☆ シチュエーションが成立するのだと気付いた瞬間、何かを悟った気分になった。
とまあ、思い返してみれば、なんとなく好感度上がってるどころじゃなくて、間違いなく王子様はうちのお嬢様にフラグ立ててやがった。
気にしていたつもりなのだが、ご隠居様に言われるまでこんなあからさまなモンに気付かないとは、あたしも大概鈍い。
多分だが、自分が許したとは言え、極普通に友人として気安く接する、メルルを気に入ったのだろう。ポーラ様は通常状態がおしとやかで敬語だし、サンセさんは未だにレオンと二人で話すなんて事は不可能だろう。今でも話題を振られるとあわあわする。
そして、気付いた上で観察していると、益々持ってメルルの方はレオンに全くフラグを立てていない。
……不憫である。うちのグループは、友達以外にも恋愛難民が揃っている気がする。
あ、いや、サンセさんとエルミン君はほのぼの仲良くしてらっしゃるから、全員がそうという訳では無いけれど。
そして思うのだが、これあたしは止めるべきか、応援すべきか。
別に誰がメルルにフラグ立てても構わないのだ。それを無理やりぶつけてくる馬鹿じゃなければ。
そして、メルルが誰を選ぼうとも、あたしは構わない。むしろお嬢様が幸せに恋してくれるのならば、喜んで応援しよう。
…ただ、言うまでもないがレオンはこの国の王太子。現王の一人息子で、王位継承権第一位の王子様。二位以下は知らんし、多分陛下に兄弟が居て御子が居るのなら、存在はしているのだとは思うけど、あまり重要視はされていないだろう。
健康で優秀な王子が居て、しかもこの国において神聖……というか建国王の再来と謳われるような特別性を生まれながらに持った子が居るのだ。わざわざ他の候補を立てる理由がない。あったとしたら、それはクーデターだろう。
そんなレオンとくっついたら、メルルは夢であるゴーティスさんの領地を継げない。
……身分の差は、まあギリギリセーフくらいだろうから、置いておく。
別に、メルルがそれでも! って言うのなら否やは言わないが。その場合は、本当に心配で嫌だがバランさんがしゃしゃり出るだろう……あたしがお父さんの跡を継ぐ事は無い。成人したら爵位の継承権を放棄すると宣言している。
バランさんはともかく、うん、ジョウイさんなら……とは、思うしね。
気になるとしたら、幼馴染で喧嘩ップルなクルウがどうなるか、というトコだが。
……今もあたし宛の手紙がたまに来るし、その中にメルルがどうしてるかという一文が必ず入るので、彼も諦めては居るまい。一途だねえ、君も。
いや、彼らに表立って協力を頼まれている訳ではないから、あたしがどうこうする立場じゃないのだろうけれど。
結構おモテになる、メルルの将来が少し心配なだけで。
…メルルにそれを言ったら、あたしには言われたくないと言うかもしれないが。
文化祭が終わり、秋休みも終わって、冬の気配も感じ始めてきたこの頃。
まだお外でのお弁当はしているのだが、今日は朝から雨だったので中止して、食堂でのランチとなった。
いやまあお弁当は三日に一度だから、そもそも食堂利用の方が圧倒的に多いのだが。
ちょっと不満そうな皆の為に、デザートだけはこっそり用意してきた。で、こうなると逆に人前に出てこれなくてデザートにありつけなくなる、アルメリアの機嫌が急降下するので、夜にでも彼女用にババロアを振る舞う予定である。
「……メルル殿」
「はい? なんでしょう、レオン殿下」
ランチの後、クーラーボックスから出したオレンジババロアに皆で舌鼓を打ち、食後のお茶を飲んでいた所。
ふと、やたらと緊張感を持った表情で、レオンが切り出した。
その雰囲気に疑問を感じているのだろう。応じたメルルも、かくんと首を傾げる。
「その、なんだ。……えー…、…あ、明日は、学院は休みだろう?」
「ええ、そうですね」
「それに際して、…一つ、折り入って頼みがあるのだが……」
え?
あれ、もしかしてこれ、ちょっとトキメキ系のイベント発生してるの?
思わず、丁度向かい合う位置に座っている二人を、見つめてしまう。
同様に、吃驚した顔をしているエルミン君。えっ、えっ、と小さく声を上げ、おろおろしているというか、謎の期待というか、そんな顔をしているサンセさん。まあ、なんて言いたげに優しく微笑んでいるポーラ様。
ついでに周囲に座っている生徒がシン、と静まり返り、聞き耳を立てているのがバレバレである。
あー、これは久しぶりにメルルへのヘイトが上がるのかなー。
いや、でも真っ当に恋愛するって言うなら、当人達にその気があるのならば、あたしは止めないし、応援するけども。
でも何も、こんな人目があるトコで言いださなくてもなあ。王子様の感性って。
……まあいいや。大事なご主人様と友人なのだ。暖かく見守り必要ならば応援はする。
まさかの時は、ごめんよクルウ。
傾げていた首を戻して、続きを待つメルル。
やたら気恥ずかしそうに、しばし言葉を止めてしまったレオン。
少しして、やっと覚悟を決めたのか、彼は再び口を開いた。
「すまないが、明日一日、マリヤを貸して貰えないだろうか」
「あっ」
「?! ど、どうしたマリヤ」
「え、どうかしたの?」
「……、…いえ、申し訳御座いません。なんでもありませんから」
咄嗟に大声で突っ込みかけて、すんでの所で自分で口を押えたあたしである。当然、2人は吃驚してこちらを見たが、続きをどうぞと視線で促す。
……うん、今の『あ』は、『あたしかよ!!!』の一音目である。
危なかった。完全にそう来るとは思ってなかった。もうちょっとで、公衆の面前で通常モードで叫ぶところだった。本当に危なかった。
つうか、そりゃ相手の使用人を借りる許可は主人に求めるだろうが、それならどうしてそんな思わせぶりな態度で言い出したんだよ。普通に言えや。
そして、エルミン君達も周囲の生徒達も、『なーんだ』と言わんばかりに息を吐き、食堂は通常の空気に戻ったのであった。
「……とりあえず、わたしは問題ありません。マリヤに予定が無ければですけれど」
「朝にお嬢様のお食事の用意をしますのであまり早過ぎない事と、夜があまり遅くなるようで無いのであれば、お付き合い致しますよ、レオン」
「ああ、大丈夫だ。すまないが、頼む」
気を取り直して、そういえば休日にレオンと出かけるなんて初めてだ。エルミン君とはよく出かけるけど。
それは、レオンが忙しい…というか、ファンクラブの女性達に囲まれがちで大変だとか、最近は生徒会の仕事もあったりとか、そういう事なのだが。
誘われたなら、断る理由は無い。
「エルミンもどうだ?」
「えっ、あ……す、すみません。明日は少し、別件が……」
視線を向けるレオンから、エルミン君が妙な方向に視線を逸らす。
ふと見たら、サンセさんもまた別の方向に視線を向けていた。
あー。
「そうか。そちらも楽しんできてくれ」
「あ、は、はい…」
「では、明日はわたくしとメルルさんの二人でお茶会を致しましょうか」
「ええ、ポーラ様。喜んで」
「サンセさんの分のお茶菓子は、後日お届け致しますね」
「あっ、えっ、えと、…すみません……」
当然ながら全員察していて、全員が全員笑顔で応援するのであった。
察している事も察してるだろうから、何も隠さなくてもいいのにねえ。って、いやまあさっきの話じゃないけど、こんなトコで堂々とは言わないか。
ていうか、付き合ってるのかなー。二人、付き合ってるのかなー?
卒業するまでには、付き合ってます宣言があるといいな。出来れば、面と向かってお祝いを言いたいものです。
……あ、もしそうならエルミン君はきっとアイルリーデ領に来るだろうから、会おうと思えば割とさくっと会えるかな。
――――――
翌日。
朝のお嬢様のお世話と、お茶とお昼の準備を済ませてから、指定されていた待ち合わせ場所で待っていた。何故か寮の付近ではなく、街の只中の噴水広場。
何で外で待ち合わせるんだろう。デートか。お忍びデートか。
……いや、お忍びも何も、あたしはあたしで、レオンはレオンでめっちゃくちゃ目立つんだから、なんていうか今更である。
そういう意味では、よく街歩きなんてしようと思ったなあ。騒がれて大変なんじゃ?
「すまん、待たせた」
「いえ、大丈……」
慣れた声で呼ばれ、振り返る。
そこには、地味ではあるが一般人にしては仕立ての良い服を着た、黒いライオンさんが立っていた。
思わず硬直し、言葉も止まった。
……いや、声がそうだし、ほかにあたしを待たせている相手はいないし、誰なのかは解るんですけれども……
「驚いたか?」
「ええ、まあ……」
「凄いだろう、これならば俺の事を誰も解るまい。苦労したんだ、図書館から、かつて流行したという染色剤の作り方を見つけて、試すなら今だと思った」
何してんだよ王子様……
会心のドヤ顔の黒ライオンさんである。うん、まあ確かにこの国の王子様は真っ白なライオンさんで、その色を持ったライオンさんは他に居ない。故に、こないだのご隠居様のように身分を隠しても、すぐに身元がバレてしまう。
単なるライオンさん、なら決して多くは無いが、普通に居るからな……
だから、レオンはそう簡単にお忍びで出かけるなんて事も出来なかった。
だが、今でも普通というのに憧れている節はある。あたしやメルルに気安い関係性を求める辺りに顕著に表れている。エルミン君にさえ、一度は気安く話しても良いと言うくらい。
……ま、周囲のヒトが皆堅苦しかったら、そこへのあこがれが無くとも息が詰まるだろうけども。
「それ…、…落ちるんですよね?」
「勿論、一度は試したから問題ない。…まあ、1時間程かかるがな」
大変じゃねーですかよ。
部屋にも風呂あるから一生懸命洗えばいいんだろうけど、さあ…
「それよりも、問題は染色剤の原料が希少でな。願わくば、もっと気楽に出歩けるようになりたいものなのだが、金がかかるのもそうだし、手に入れる事自体が難しくて……」
「……レオン。今日、帰ったらお教えしたい事があります」
「む? 何だ?」
「貴方の為になる事だと、多分思うので、後程…」
だんだん痛くなってきた頭を押さえて、後でと重ねて言っておく。
うん、分かった。そのうちと思っていたが、レオンには光魔法の応用を教えておこう。
理解力は高いのだ。光には色が沢山含まれていて、反射した色によって物の色がついて見えるとか、そういう事くらい教えれば解ってくれる。
…つまりその辺を操作すれば、レオンの毛皮の色を変えるくらい、難しい事ではない。
いつかと思っていたが、早い所教えてしまおう。その染色剤に馬鹿みたいなコストをかけるよりずっといい。一応落ちるみたいだが、その綺麗な白い毛並みがまだらに染まって取れなくなんてなったら、本当目も当てられない。
「というか、レオンとそのまま呼んで宜しいのですか?」
「大丈夫だ。俺くらいの年ごろでレオンという名前は、そんなに珍しくない。王子が生まれた際にあやかってつけた親が、それなりに居るそうだからな」
「そうですか、では遠慮なく」
「それに、毛並みを染めようなんて思う輩は、大抵親に張り倒されるような馬鹿だからな。まさか見破る者も居ないだろう」
おい。
明るく笑って、とんでもない事言ってんぞこの王子。
その辺の感覚は解らんが、自然の毛並みが一番尊ばれる国民性だというのは知っている。確かに今まで、この都会でも不自然な毛色のヒトを見た事は無いな……
王様ー。貴方の息子さんが、不良になってらっしゃいますー。
「…で、本日のご予定は?」
「無論、心行くまで街を散策する!」
「でしょうね。お供致しますよ」
わくわくを隠さない様子のレオンに、あたしも笑みを浮かべて頷く。
この王都で生まれ育ったレオンだが、当然ながら自分の足で街を歩いた事なぞ無いだろう。身の上の問題で、お忍びだって出来た事が無い筈だ。
…一回だけ、大層な家出をなさっておいでだったが、あれは別として…
「では、僭越ながらご案内しましょうか。ご希望はありますか?」
「そうだな、服を買える場所を見たい。一応こっそり用意はしたが、やっぱりな…」
「ああ、そうですね」
一国の王子が用意できる、最低ラインの地味な服ではあるのだろうが、どうしても見て解るほど良い生地使ってるし、とても丁寧な仕立ての服である。
見るヒトが見れば、『お忍びしている貴族の子』感を簡単に悟られるだろう。
流石に王子だと見破るヒトはいないだろうが、念には念をと言った所か。
「では、以前エルミン君にご紹介頂いた服屋でも覗きに行きましょうか。ついでに、私も新しい私服が欲しかったですし」
「揃いにしてみるか?」
「やだよ」
街中なので丁寧に話してはいたが、周囲に他人がいない事は解っていたし、それ以上にレオンがアホな事を言うから、普通に拒否した。
多少期待していたところがあるのか、気安い口調にレオンが満足そうに笑う。
…これで、あたしの通常モードが普通の男性口調だったら普通に話すべきなんだろうけど、そればっかりはね。
いい加減、努力すべきなのか。…でも、今更だしなー。
レオンも流石にあの状態で会話するのは、後が面倒になると解っているのか、敬語について何も言わないし。
……例え色替えをしようと、人間である以上あたしの変装に全く意味は無いしなあ。というか下手に別の人だと思われた方が騒ぎになる。
しょっちゅう買い物に出てるから、結構顔覚えられてるしな。…人間だと認識しているヒトはあまり居ないかもしれないが。
改めて、レオンは極普通の平民レベルの服を購入し、元々着ていた服は処分してしまった。
あたしは見ていただけで、新しいのは買ってない。荷物になるから、最初に服買うのはナシだろう。
別に急いでないし。…ただちょっと、また背が伸びたのか去年の服がキツいので、冬用の服は近々買いに行く予定だけど。
ところで、平民服着てるけど、ライオンさんである以上、貴族クラスってバレんじゃないのかな。いや、そういう観点でこの国の人は見て無いのか…
その辺りの感覚は、未だによく解らない。が、少なくともまあ黒い毛並みのライオンさんに注視するヒトが居ないので、バレてはいないんだろう。
「む。ちょっと良いか?」
「ええ」
後は、ぶらぶらと街を歩きつつ、たまにレオンが興味を惹かれた店にふらりと立ち寄るような感じだ。
本屋だったり、食べ物の店だったり、装飾品の店だったりと統一性は無い。
こういった、庶民レベルの店をじっくり見るのも初めてだろう。
一つ一つの店を、とても興味深げに眺めている。入った場合は、何か一つ買う事も忘れない。決して冷やかしはしないあたり、なんとも。
よくある金銭感覚の狂った王族、ではないようだし。ちゃんと小銭用意してきてるよ。
さて、今回レオンが立ち止まったのは、木工細工の露店。
木彫りの動物の置物や、木の色をそのまま生かした、素朴な風合いのアクセサリー。まるで日本にあった寄木細工のような、模様を生かした小物入れ、などなど。
きっと、全て手作りなのだろう。並ぶ品々は、ひとつひとつ表情が違う。
「いらっしゃい! じっくり見てっておくれ」
「有難う。…これは、全て職人の手作りなのか?」
「そうとも、一個一個心を込めて、俺が彫ってるんだ!」
「凄いな……。これなど、模様がとても美しい」
「お、お目が高いね少年! それは昨日出来たばっかの新作だよ、綺麗だろ?」
レオンが手に取ったのは、木で出来た透かし彫りの髪飾り。
なるほど、素朴な色味だが、蝶と花をデザインしたそれは、品が良く綺麗だ。
「どうだい一つ! きっと君が想像してる彼女に、ぴったり似合うと思うぜ?」
「なっ、そ、そのような相手は、俺にはっ」
「いやいや、まあ聞いてくれよ。実はこの蝶と花、レプティリアで流行りのデザインでさ。この蝶、この花の蜜しか吸わないのさ。それにあやかって、相思相愛を願ってカップルが揃いで持つって訳で」
「そ、そうなのか……」
「こっちじゃ珍しいかもだけど、だからこそ気軽に贈れるだろう? どうだい、今なら同じ模様を彫り込んだこっちの小物入れ、二つ合わせて2割引き!」
「っ、…よし、買った」
「はいよ、毎度ありぃ! 君と彼女に幸あれ!」
~~~~……っ。
口の上手い店主のお兄さんに、綺麗に乗せられ買ってしまうレオンの後ろで、笑いを堪えるのが大変だった。
別に法外な値段じゃないし、見守ってたのだが。ほんっとにころっと丸め込まれたな。その蝶と花の逸話、本当なんだろうか?
ま、信じる者は救われる、でいいのか。思い込みも、悪いもんじゃない。こういうもんは、信じてた方が良い気分でいられるだろう。
あーもう、面白いな王子様!
「すまない、待たせたマリヤ……、…何を笑っているんだ?」
「い、いえいえ。…頑張って渡して下さいね、レオン」
「ああ……、って、いや待て誤解だ。これは、いずれそのような相手が出来た時に、記念に贈ろうと思ってだな」
「はいはい。早くその時が訪れるといいですね」
あー楽しい。青春だねえ。
若い恋愛模様って、やっぱ第三者(家族だけど)には娯楽に近いモンあるな。
極々普通に暖めて下さる分には、何も言うまい。請われなければ、別段手助けもしませんけれどね。そんな野暮はしないさ。
……しかし、上手く行った場合、益々ポーラ様が一人で不憫だな……
ふっと思ったら、笑いが止まった。他人を笑ってる場合じゃなかった。
誰か、彼女の王子様になってくれないものでしょうか。身分的な意味じゃなくて。
「そういえば、そろそろお昼ですね」
「そうだな。言われてみれば、腹も空いてきた」
「では、昼食にしましょうか。何か」
ご希望はありますか。と、聞きかけた言葉は、突然割と近場から聞こえた悲鳴に止められた。
女性の悲鳴である。咄嗟に、レオンと二人でそちらを振り返る。
次いで、退け、という野太く荒々しい声も聞こえる。悲鳴がした方に居た人々が慌てたように左右に避けると、小脇に似合わない可愛らしいバッグを持った、ガタイの良いサイがこちらに向かって走って来ていた。
その後方には、悲鳴の主だろうか。必死に追いかけようとする、トナカイの女性。
「誰かー! そのヒトを捕まえてー!!」
彼女の叫びに、周囲の人々は困惑と迷いを浮かべるばかり。
そして、サイの……おそらくひったくり、は。あたしとレオンの方へと走ってくる。
「怪我したくなかったら退け、ガキども!」
そんな事を言うので、あたしとレオンは顔を見合わせる。
そして、一端左右に分かれた。
「うおっ?!」
その間をすり抜けようとしたサイのオッサンが、間抜けな声を上げてすっころぶ。
レオンが足を引っかけたのだ。
ずしゃあ、と手に荷物を持っていたが故にきちんと受け身も取れなかった男の、背中に乗って可愛い鞄を持った方の手を後ろに引き。
ぐいっとな。
「いででででで!!! ちょ、やめ…!!」
「やめる理由が一個でもあると思いますか」
「あだだだだだ、お、折れ、折れる!! 腕がぁぁぁぁぁ!!!」
関節キメるあたしと、段々声に泣きが入ってくるオッサン。
その間に、痛みによって取り落とされたバッグをレオンが拾い。息を切らせて走ってきたトナカイさんに、それを返却する。
「あ、有難うございます…! なんとお礼を言ったら良いか…」
「いや、大事が無くて良かった。今後は、気を付けて歩いてくれ」
ぺこぺこと頭を下げてお礼を言う女性。幸い、バッグをひったくられた以外、怪我もなさそうだ。
しかし、居るんだなーこういうの。
いくら治安が良いって言っても、犯罪が0になることは無いか。
ただでさえ人通りが多いからなあ。仕方ないっちゃ、仕方ない。
「君達、なんて危険な事を…!! 子供が危ない事をするものではありません!!」
「…いいんじゃない? 素人の動きじゃなかったし。怪我もしてないんだし」
ん?
後方で聞こえた、知らない声。女性と、男性。…いや、少女と少年と言った方が正しいくらいの、若い声。
それから、足音が近づいてくる。片方は少し強い足取り、もう片方はどこかゆったりと。
ひったくりさんが逃げないようにキメた関節を維持する事を心がけつつ、そちらを振り返ってみる。
すると、思いの外至近距離に、その声の主であろう人物が居た。
視界いっぱいに広がった、黒い外骨格、二本の触覚、大きな複眼。
…………何の心構えもしていないその光景に、不本意ながらふっと意識が遠のいた。
マリヤさんは虫が苦手。
というわけで、生きてます! すいません! 失踪も挫折もしてません!!!
…と、毎回言うのもアレなので、もうほんとゆったりですが、生きてますので……ハイ…
そんな訳で、しばし王子様と新キャラのターン。
まだ増えるんだ! ちゃんと管理できるんですか、私!!
解りません!!!(←
せめて月1くらいは書きたい……




