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ヒツジさんの執事さん  作者: 美琴
第二章
52/67

50・文化祭 後


 さて、改めてグイノス先輩の研究発表会場である講堂だが、別に先輩の為だけの場ではない。

 3年生の学者科生徒の為の発表会であり、卒業後の進路や雇い主を探す重要な場でもある。

 …まあ、その中でもグイノス先輩が異彩を放っているのは事実だけどね。

 新しい物を見たいという知的好奇心の一般人もいないではないが、それ以上に現役で学者街に務める技術者さんや学者さんが助手を求めて何人も来ている。

 それから、スポンサーとなって優秀な技術を先行して手に入れたいと画策する貴族さんもたくさんだ。…こう言うとなんか悪い事のようだが、勿論そんな事ない。

 とかく、研究ってのはお金がかかるのだ。新しい物を作ろうとすればするほど、コストがかかる。実を結ぶのに年月もかかる。

 アニマリアはそういう事に多く予算を割いているようだけど、研究費なんて天井知らずなのは当たり前。むしろ、天井なんてないだろう。

 そこで、国費の他に貴族からの援助も重要な訳なのだ。その見返りとして、技術や先行試作品の優先権が手に入る。

 ……時には、ポシャる研究もあるだろうけどね。そこは、お互いに見極めなければならない。株みたいなもんだ。


「ご来場の皆様、御機嫌よう。学者科3年生のグイノスだ、以後お見知りおきを」


 発表は、先ずは一人10分間の檀上でのプレゼンテーション。

 その後に各自のブースで、興味を持ってくれた方々への更なる質問や解説なんかを行う形式だ。

 グイノス先輩も、メルルの熱血指導が実を結んだらしい。

 ぴしりと背を伸ばし、堂々と胸を張って挨拶、そして一礼まで……美しいとまではいかないが、無難なレベルに到達している。

 というか、ペンギンという存在上、お辞儀するのも一苦労だろうしね……

 どうでもいいのだが、胸を張るペンギン超可愛い。ホント、このヒトの見た目は反則だ、あたし個人としては。


「さて、今回の僕の研究テーマは、『雷魔法の有効活用、それにおける新型駆動器について』だ」


 去年の秋ごろ始まって、1年かかってとうとう発表にたどり着いた訳だ。

 感慨深いね。

 ……っていうか、発案して試作してほぼ実用化目前まで、1年でやったんですよこの先輩。感慨深いっていうか、個人的には怖いわ。

 内心でこっそりと思いつつ、もう一人のアシスタントであるムササビさんと一緒に、会場の皆様に見えやすいように大きなモーター分解図を張り出す。

 このヒトはあたしと同級生、つまり現2年生。何があったのか知らないが、グイノス先輩の研究に魅せられ、おしかけ助手をしているらしい。ちなみに女性。

 おしかけと言っても、先輩は研究の邪魔さえされなきゃ他人に興味ないようなヒトなので、別に問題は起こってないそうだけど。

 ……というより、ムササビさんがより研究に集中できるように、とグイノス先輩の身の回りの世話まで始めたようで、それがとてつもなく心配である。いけない、先輩の生活能力が低下する。元々相当低いのに。


「―――以上が、僕の開発した雷力を動力源とする新型駆動器の理論である。最後に、残りの時間を使って、実際に試作してみた作品をお目見えしよう」


 グイノス先輩には、緊張でドモるとか、頭が真っ白になるとか、論文をド忘れするとか、そういう可愛げのあるドジ技能は実装されていない。

 故に、持ち時間に若干の余裕を持って発表を終え、予定通りにあたしとムササビさんはステージ袖からとある機械を持ってくる。

 先輩発案の駆動器、その……確か第8号辺りが組み込まれたそれは、簡単に姿を表現するならば、ハンドルのついたスケートボード。つまり、現代で言うキックボードの形に酷似したもの。

 まだ駆動器が大きいので、前輪の真上、ハンドルの根本の手前くらいに、存在感ある四角いでっぱりがあるが、それはご愛嬌。これでも相当小型化してるぞ、やだこの先輩怖い。


「この国には……否、この世界には、僕の一族以外にも、極端に手足が短いというハンデを背負った者が存在している。その悩みの一つに、大多数のヒトよりも移動速度が低いと言った物があるが、それを解消する乗り物だ」


 あたしからキックボードを受取った先輩は、ひらりとそれに乗る。グイノス先輩サイズなので、ハンドル位置はあたしにはちょっと低い。

 まだ乗っただけだ。無論、車輪があるのだから、足で漕げば動き出すが。


「では、ご覧あれ。『雷力、発動』」


 案の定、グイノス先輩の魔法発動語は至極簡潔だ。…いやあたしのもだけど。

 先輩がハンドルに取り付けられている伝導部へ雷魔法を流すと、先輩が足で動かすでもなく、ゆっくりと走り出す。

 途端に、会場がどよめいた。

 あたし的には『そりゃそうだ』という現象だが、風による帆を使わない、自動で動く乗り物など、彼らにとっては完全な未知。

 しかも、風と違って風向きを気にする必要もない、……まあ、その点は元々風魔法あるからどうでもいいかもしれないが、風だと周囲に風圧という影響を与えてしまうという欠点がある。速度を求めれば風速もあがる。

 だが、雷魔法による駆動器は、周辺への影響を及ぼさないのだ。あ、当たり前の話だけど、伝導機関以外はちゃんと雷を通さない金属や木材で作っている。

 鉄や銅みたいなあたしの世界にあった金属もあるけど、この世界にはそれ以外にもあたしも知らなかった金属が色々あるのでね……


「尚、これは僕が思いついた中では最も単純な乗り物としての使い方だ。それ以外にも、数多の使い道があると僕は考えている。ご興味がおありならば、後程僕のブースへ来てくれたまえ」


 電動キックボードを止め、グイノス先輩はドヤ顔でそう締めくくり、発表時間を綺麗に使い切って終えた。

 何も、グイノス先輩のように歩行速度が遅い方々の為だけではない。重い荷物を運ぶのにも使えるし、例えば歩行が出来なくなったヒトの車いすに取り付ければ、それを押すヒトがいなくても外出できるようになる。

 ……ほんの少しだけ、今後の事故とかが心配だが。

 多分だけど、車やバスと言ったレベルの大きなものを動かすには、一人ではちょっと難しいだろう。極めた状態でどれだけの威力が使えるか知らないけど。

 あと、自転車ってまだ無いしね。というか、この国では発明されたとしても、大して普及しないんじゃないかって思う。

 何故かって? ……ひらひらが沢山ついたロングスカートで、自転車乗ろうと思えるだろうか? つまり、そういうことである。女性はスカートが一般的なのだ。

 男性に限ったとしても、国内におけるロングヘアの人口が結構多いのだ。毛が絡まるのだって危ない。

 足の毛がズボンに収納できても、更に尻尾というリスクが彼らに付きまとう。

 …レプティリアとかでなら、ワンチャンあるかもね。






――――――






 プレゼンの後の個別ブースでの質問回も、当然のように大盛況だった。

 押し掛ける学者・技術者・貴族…の使いの皆様。

 流石にグイノス先輩一人では頭も口も足りず、それで同等くらいに構造や技術の理解をしているあたしが助手に駆り出された、という訳だ。

 ちなみに、おしかけ弟子のムササビさんもなかなかのものです。彼女も、優秀な学者科生徒、というか2年生ではトップタイくらいだったんじゃないかな。

 グイノス先輩に惚れ込んでるから(男女的な意味を含むかは知らないし、興味も無い)、卒業後は先輩のトコに二度目のおしかけを決行するであろう。

 尚、ムササビですが両手足についている筈の膜部分はだいぶ小さめであり、伸縮性も良いようで普通に制服を着れてます。かなりゆったりサイズ着てるけど。


「うむ、実に有意義な時間だった。マスト君、ペット君、ご苦労さまだ」

「お役にたてて光栄です先輩! …あと、私の名前はペタです」

「お疲れ様でした。あと私はマリヤです。っていうかもう、一文字目しか覚えられないのでしたら、いっそマー君とでも呼んでください」


 毎回訂正するのも阿呆らしくなってきたよ、先輩。

 正直、グイノス先輩がきっちり覚えている名前は、家族と幼馴染であるハール先輩だけなのだと思う。10年以上付き合わないと覚えないのか。

 最早会話中のテンプレとなったボケ突っ込みはおいといて。


「それにしても、流石グイノス先輩です! 今日は学術院の総責任者の方が来られる事は聞いてましたが、直々に直属の研究者にと乞われるだなんて!」

「それに関しては、僕も驚いたな。まだ卒業後の行先は決めかねてはいるが、大いに検討するに値する事だ」


 学術院の総責任者、ちなみにゴリラさんだったんですが、彼もまた優秀な学者さんである。

 そんなヒトの、直属の研究者ともなれば、もう出世街道間違いなしだろう。

 毎年、学院のこの学者科発表会には顔を出しているのだそうだが、彼のお眼鏡に叶う生徒はそうは居ない。だが、声をかけられるほどの生徒は、ほぼ確実に大成し著名な学者、研究者、技術者へと成長を遂げるのだそうだ。

 その事実は発表会出席者は皆知るところ。例え先輩が彼の誘いを断ったとしてもその引く手は数多だろう。

 …こうなると、それ以外の生徒達のやっかみだけが心配だ。盗作問題なんかも、この世界でもある事だし。

 正直、これだけのヒト達に周知させて、後から騒いでも無意味だとは思うけど。俺が先に発見したんだーと言ったとして、その発想に至った経緯や、道筋を、きちんと説明できるだろうか。

 無理だと思うよ、あたしは。


「マリヤ君」

「はい、……ジョウイさん?」


 発表会も終わり、後は片付けだ。ここが終わったら、調理授業の方の片付けも手伝いに行きたい。

 なので、迅速に進めていたのだが、声をかけられ。振り返れば、久方ぶりに見る従兄のジョウイさんが笑顔で手を振っていた。

 去年の新年パーティにジョウイさんは居なかったから、会うのは……王都に来た後挨拶した、あの時以来か。


「お久しぶりです、ジョウイさん。…どうしてこちらに?」

「うん、久しぶりだね。今日は、父の名代でね。将来有望な人材探しに」


 ああ、そういうのやっぱりジョウイさん…ていうか、バランさんもするんだ。

 それはそうか。


「ああ見えても、……って言うのはちょっとおかしいけれど、父もあれで目利きは利くし、必要な投資は躊躇わない方だ。僕も、そろそろ目を養って来いと、ね」

「…そうでしたか」


 そりゃあ、王都でもなかなかの権力を持つ貴族みたいだし。単に金稼ぎが上手いだけでは、そんな事も不可能か。

 自分の利になる事を見極め、必要な部分には惜しまず金をかけられる。言うは易し、行うは難しだ。

 ……印象よりも、無能ではないんだろうな。大変失礼ながら。

 意外と、カルネイロ領も任せたらきちんと収めるのかもしれない……、…譲る気は毛頭ありませんがね!! いや、あたしじゃなくてメルルがね!!


「という事は、グイノス先輩にお話ですか?」

「それもあるね、ちょっとヒトが減るのを待っていたんだ。…あとは、君にも挨拶したかったから」

「有難うございます」

「父も、宜しくと言っていたよ」

「……私にですか?」

「ははは…。…言っただろう。必要と判断した存在へは、惜しまない方なんだ」


 ……ああ。

 要するに、敵視してこっそり排除を目論むよりも、好意的に接して抱え込んだ方が利になると判断されたのね。嬉しくない。

 つまり、金の卵を産む鶏は貴族間でも最早有名な話であり、『その縁者である』という事実は益になると。まあ、正しい判断だと思う。

 ただ、こうなるとメルルだけじゃなく、あたしにまで王都に来ないか攻撃が来る可能性が発生したな。執事じゃなくて、爵位もやって世話してやろう的な話が持ちかけられる気がしてならない。

 いらんわ!! あたしはメルルの執事になるんだ!!

 好意は別に、嫌われてあたしに損にならないのなら、受け取るけど。嫌だけど。


「ふむ。マー君の知り合いかね」

「…言っておいて何ですが本当に呼ぶんですね」


 いや、良いけどさ。毎回訂正するよりは。

 つーかもう覚える事放棄したんだね? そういうことだね?? いいけど!


「グイノス先輩、こちらはメルルお嬢様の従兄のジョウイさんです」

「いや、君も僕の従弟だろう? 遠慮なんてしないで欲しいな、マリヤ君」

「……ありがとうございます」


 ジョウイさんなら、普通に従兄弟のお兄ちゃんて呼んでも良い。普通に良いヒトだしね。…ただ、バランさんを叔父様とは呼びたくない。

 どうもその繋がりを思うと、必要以上に懇意にするのが怖くてなあ…。

 申し訳ないけど。でも、ジョウイさんもその辺りを察せられるヒトだ。必要以上に気をもませる事はないだろう。


「もう終わりも近いという時間に押し掛けて申し訳ない。少しで構わないので、雷力式駆動器の話、聞かせて貰えないだろうか」

「良いとも。僕にとって、僕の研究の価値を理解し、正しく使ってくれる存在は喜ばしい事だ。それを得る為ならば、時間など少しも惜しくは無い」


 …いや、文化祭の閉会時間あるからね?

 と言ったところで、グイノス先輩が止まる事は無いだろうけど。


「ペタさん、ここはお願いします。私は先ほど貸し出したボードの回収をして来ますので」

「ええ、了解。もうまとめるだけだから、よろしくね」


 熱く語りだしたグイノス先輩と、興味深げに聞いているジョウイさんは置いといてだ、片付けはしてしまわねば。

 殆ど資料は纏め終わったし、使った椅子や机は片付けた。必然的に立ち話になってるのだが、二人は気にしてないみたいだし。終了間際に来るくらいだ、ジョウイさんもその辺は承知の上だろう。

 で、最後の細々したまとめはペタさんに任せ、あたしは希望者に貸し出した例のボードを回収しに行く。

 雷魔法を持っているヒトならば誰でも使える(無論会場内で乗る事を考えて、スピードは出ない仕様になっている)ボードを、実体験して貰う事も大事だと考えて希望者に貸し出していたのだ。

 勿論、出入り口には警備の兵士さんが出張してきてくれているし、先生方も目を光らせてるので持ち逃げされる心配はない。したところで目立つにも程がある。


「先生。お預けしていたボードの回収に来ました」

「ああ、マリヤか。先ほど最後の使用者から受け取って、そっちの倉庫にしまった筈だ。持って行ってくれ」


 受付兼警備を担当していた剣術授業の豹先生に声をかけて、講堂から扉で繋がっている倉庫に入る。

 あれだね、体育館とかにある、椅子とかそういうのをしまってあるような場所。

 独特な埃臭さがあるよね。何故か、子供の頃はこの普段ない匂いと空気感が嫌いじゃなかった。弟なんて、きゃっきゃと冒険しようと忍び込んだものだ。

 そんな久方ぶりの前世の思い出プレイバックはさておいて。

 普段から置いてある椅子はまだ大半が講堂内にあって、いつもより広々しているが、発表の時に使った生徒達の試作品とか、ブース内には持ち込まなかった大き目資料なんかが一時的に収められている。

 グイノス先輩のボード2号機(1号機はブースで説明用に置いてある)は確かにそこにあった。


「……?」


 扉を開いて倉庫に入ると、そこには先客がいた。

 黒い毛並みの後ろ姿。制服の色を素直に判断するなら、3年生であたしの一つ上の先輩になる。

 ピンと立った耳が特徴的。

 見覚えのある姿だった。名前は、…聞いたような気がするけど、残念ながら覚えていないな。

 以前、怒涛のように押し寄せた学者科生徒のうちの一人だった気がする。ちなみにコウモリさんだ。

 どうも彼は先輩のボードをじっと凝視しているようだ。扉を開けて入ってきたあたしの気配にも気付いていない様子。

 そっと近づいてみると、どうもぼそぼそと何かを呟いていた。


「―――何が雷力式駆動機関だ、何が革新的新技術だ。雷魔法は大人しか、その上に限られた一部しか使えない魔法だぞ、汎用性は大きく欠ける。まかり間違えば大事故にも成り得るというのに、低能共は目新しい欠陥品に食いつくばかりで、その真実に目もくれようとせん、嘆かわしい、腹立たしい、どうしてあいつばかり……!」


 ……おいでなすったよ。

 どこの世界にもいるよね。妬みだか嫉みだか知らないが、注目される新技術にとにかくなんでもいいから難癖つけて、引きずり落としたがるヒトって。

 それが欠点を指摘し、更なる前進を与える『批判』ならいいのだが、文句を言いこき下ろすだけの『批難』は何の糧にもならないので困る。

 最後の一言で、明らかに正当な感情から来る言動じゃないし。そもそも、そういうのは本人に面と向かって言いなさい。グイノス先輩、そういうのから逃げませんから。立ち向かって論破しちゃうから。


「ふん、何が新駆動ボードだ。こんなもの、こうして……!」


 尚もぶつぶつぐちぐち言い続けていたと思ったら、制服の内ポケットから金槌を取り出し、振り上げた。

 それが目的なら、さっさとやればいいのに。何をぶつぶつぐちぐちとしてたんだろう、このヒトは。

 いや、やって良いとは言ってないけど。グイノス先輩が寝食を比喩じゃなく忘れて完成させた試作2号機ですよ?


「一応ご忠告申し上げますと、それを破壊した所でグイノス先輩の研究が頓挫あるいは中止される訳でもなければ、2号機ですので損失による開発遅延がある訳でもありません」

「な…っ?!」

「更に付け加えますが、当然ながら実行された場合は私が現行犯として先輩を取り押さえさせて頂きます。ご自分の進退と卒業を思うのであれば、短慮な行いは慎むべきではないでしょうか」


 心底呆れつつ忠告したら、本気で気付いてなかったらしく、黒い先輩は驚いた様子で振り返った。

 やっぱり、コウモリ先輩だな。…コウモリも、一応哺乳類だよね。

 なんとなく袖回りがもこってしてるので、羽はあたしが知っているコウモリよりも小さくて、たたんで収納できているのだろう。人型に近くなるように進化した結果なのだろうね。

 まあ、何にせよ未遂ならば見逃しますよ? と言外に含めてみた訳だが。


「お前…、…そうだ、お前だ! 僕らの先を行く英知を持ったニンゲンの末裔、どうしてお前はグイノスにばかり肩入れをする! あいつに知識を与えるんだ!!」


 がし、っと両腕をつかまれ、喰い気味に問われる。

 どうしてって、…ただの縁だよ、としか……

 っていうか、なんだその認識。いや間違ってはいないか。この世界において、現代知識は先を行ってる事になるよね。


「特に、グイノス先輩を贔屓にしているつもりはありませんが…。いえ、確かに友人として親しくさせて頂いている以上、そう思われてしまうかもしれません。ですが、それとは別に貴方を含めてお話にお付き合いさせて頂いた筈ですが?」


 確かに、ちょっとグイノス先輩の事は、他の学者科生徒よりは気にしている。

 が、だからと言っておしかけてきた彼らを蔑にしたつもりは無い。一人一人にゆっくり話す機会はなかなか作れなかったが、あんだけ大挙されたらそれは仕方ないとしか言えない。あたしの頭も体も一つしかないし。

 というかぶっちゃけ、協力というか誘導した内容としては、グイノス先輩と他の皆様と、大した差は無いと思う。


「そんな事はないだろう! 一度は進級に失敗した落伍者が、突如脚光を浴びる成果を上げる等と、そんな奇跡が現実にあるか!」

「……いえ、あのヒトの場合は…」

「あいつが落ちてくるまで、僕が学年のトップを走っていたんだ! 誰もが僕を認めた、尊敬の眼差しを向けた! …なのに、あいつが突然新技術なんか作り上げた途端に皆があいつの研究に興味を示し、僕に見向きもしなくなった!!」


 あ、そういう弊害があったのか。

 それまで学年トップで鼻高々で居たのが、単位が足りず留年した落伍者が突然出してきた新技術のおかげで評価がひっくり返った。

 そりゃあ面白くないだろう。納得は出来る。

 …ただ、グイノス先輩が留年したのは、主に礼儀作法とかそういう研究に直接的に係わらない授業が苦手あるいは嫌いで、成績が悪かったせいだ。

 研究者、学者としての彼は元々恐ろしい程に有能である。

 主席を奪われた悔しさか、見下していた? 相手に立場を奪われた怒りからなのか、コウモリ先輩はその辺りを知らないか見ないふりをしているようだが。


「お前が入れ知恵をしたんだろう! …いや、運も才能の内という、その言葉を否定はするまい。あいつは運が良かった、そうだ、それだけなんだ!!」


 それも肯定しよう。

 たまたま、図書館であたしと出会い、あたしが彼の研究に興味を示さなければ、そして彼の意識を変えさせなければ、グイノス先輩は去年も留年していた。

 運や偶然、運命と言った物があるのならば、確かにそれを彼は物にしたのだ。


「だが、運も機会も、自ら掴み取って然るべきものだ! あいつだけが恵まれる等と、お前の知識を独占するなど、あってはならん事だ!!」

「はあ……」

「故に、僕にも! 僕にも、お前の英知を分けてくれ!! 僕ならば、あいつ以上にその技術を皆の為に使える形にしてみせる!! いずれは、グイノスなど足元にも及ばない学術院にそのヒトありと呼ばれる最高峰に到達する、そうなって当然の男なんだ、学院の次席と鼻で笑われる位置で終わるなどあってたまるか!!」


 研究者が、学者が、技術者が、何の為にいるのか。国を豊かに、便利に、そこに住む人々の笑顔の為だ。世界の秘密を解き明かすのも、最終的にそれを人々の豊かな暮らしに貢献する為。それが、この国の考え方。

 グイノス先輩はそれが根底に存在している。同じくらい、自らの探究心もあるけれど、彼は自分の研究がどう他者の為になるか、までいつも考えている。

 対してこのヒトは、口では皆の為などと言っているが、そこにあるのは強い自己顕示欲と出世欲。

 要するに、グイノス先輩は『自分の研究で、皆が笑ってくれれば嬉しい』で、コウモリ先輩は『自分の研究を他者に施し、結果自分が褒め称えられ崇められたい』のだ。

 ……まあ、やらない善より、やる偽善だ。動機がどうあれ、それが国と人の為になるのなら、そういうつまらんプライドもご勝手に、と言いたい所ではある。

 ただ、彼は大きな思い違いをしている。


「貴方は、勘違いをなさっています」

「勘違い、だと?」

「私は何も万能の英知を持った者ではありません。知っている事は知っているし、知らない事は知りません。貴方が、私がグイノス先輩に雷力式駆動器について教えたとお思いのようですが、それは全くの誤解です」


 確かに、あたしが前世から持ち越した知識は、この世界ではオーバーテクノロジーに等しいところがあるだろう。

 それを1から10まで教えれば、この世界が狂ってしまうかもしれない。

 あたしは、この世界を気に入っている。平和で、牧歌的ファンタジーなこの世界が好きだ。

 だからこそ、必要のない知識をひけらかすつもりは無い。

 だが、この世界のヒトが、この世界の中で、自身の力で発見し、研究開発していく事を止めはしない。それは、自然の流れだ。


「私が彼に口添えした事は、グイノス先輩自身が発見した電磁石が、人口の磁石を作る手段となりえるかもしれない、という提案のみです。それを実験し、事実だと発見したのは先輩自身。更にはその二つを組み合わせ、駆動器を作り出すなどと、私は到底想像も及びませんでした。あの発明は、先輩の努力の成果です」


 正直、一か月でモーター開発とか言われて、ドン引きしたわ。

 その直前に、ちょうどそんな事を考えていたのも関係するかもしれないが。

 彼の発想力と、それに向かう努力は本物だ。誰が否定し批難したとしても、あたしは彼を認めている。

 グイノス先輩は、間違いなく天才だ。あたしよりも、よほど。


「確かに私の言葉は、そのきっかけとなったでしょう。ですが、彼は自らの道を自分の力で切り開き、新たな一歩を踏み出したのです。…対して、貴方は何ですか」

「な、なんだ」

「新たな技術を、その全てを、他者に求めるなどと。それでも、栄誉ある国立学院学者科のかつての首席ですか? 他人から得た借り物の技術で大成し、脚光を浴びたとして、それを貴方は心から喜べるのですか?」


 個人のプライドを護りたいが為に、学者としてのプライドを捨てる行為だ。

 正直、好ましくない。むしろ、軽蔑すると言って良い。


「貴方が優秀な研究者である事は認めます。でなければ、主席である事も、次席を保持する事も難しいのですから。…であれば、貴方も貴方が今追っている研究を、自らの力でもって昇華させるべきではありませんか?」

「…………」

「無論、一人で出来る事などたかが知れています。ですが、その為に語り合う仲間が存在し、相談する先駆者が居るのです。それを忘れず、自らが選んだ道に誇りを持って生きて頂きたく思います」


 ちょっと説教臭くなったな。仕方ないね、中身は30過ぎだからね。はあ。

 納得してくれたのかどうか。コウモリ先輩があたしの両腕を掴んでいた手を放してくれた。

 先輩相手に、差し出がましい口を利きました、とそれだけは謝罪し、彼に一礼を向ける。それに対して、リアクションは無かった。

 決して悪人ではない。ちょっとプライドが高いだけだ。3年間、主席あるいは次席をキープしてるんだ、間違いなく優秀なヒトの筈。

 これで、マトモにあるべき形に戻ってくれると良いんだけどなあ。

 コウモリ先輩の後方にあった、試作2号機のハンドルを握る。…と言ってもあたしは雷魔法は使えないので、普通に押して持ってく事になるけど。

 そういえば、なんで先輩は雷魔法持ってるんだろ。あれ、成人してから手に入れる魔法……、…あ、そうか一年留年してるから、先輩もう成人過ぎてるのか!

 …いや、その前から持ってた気がするけど。


「……それの、何が悪い」

「は?」


 車輪止めを外し、方向転換してころころと押してコウモリ先輩の横を通った時、何かを押し殺したような低い声がして、足を止めた。

 3輪だから手を離しても倒れはしないんだけど、ハンドルを持ったままコウモリ先輩の方へ目を向ける。

 うつむきがちだった顔を上げると、彼の黒くて丸い瞳は、何処か狂気的な物を滲ませていた。


「借り物の技術で何が悪い!! 所詮一般の者共など僕に比べるべくもない低能共だ、発表者しか見ない!! つまり、僕が作ったと公言し広めてしまえば、それは僕の発明になるのだ!! 僕の名誉だ!!」


 あ、だめだこいつ。

 よほどグイノス先輩が落ちてきてからの鬱屈が激しかったんだろうか。かつての脚光を取り戻せるなら、もう自分の研究がどうとか、どうでもいいみたいだ。

 そのまま、先ほど試作2号機に振り下ろそうとしていた金槌を、もう一度振り上げる。勿論、あたしに向かって。


「お前を僕の子飼いにしてしまえば、その知識も技術も全部僕のものだ!! 有難く思え、お前は僕の栄光の人生の礎になれるのだからな!!」


 阿呆か。

 なんていうか、突っ込む気力も失せる阿呆だ。まあ、知能指数と馬鹿あるいは阿呆である事は、比例しないけどね。

 目の前のコウモリ先輩だが、金槌という凶器を持ってはいるが、全く以て恐るるに足らない。動きも鈍いし、戦闘技術としては素人レベル。

 てゆーか、頭狙うなよ金槌で。手に入るところか、殺しちゃうだろ、当たり所が悪かったら。本末転倒もいいところだ、短絡的にも程がある。

 はあっとため息を吐いて、あたしも短刀持ってはいるけどこんな事で使うのも本当に阿呆らしくて、とりあえず振り下ろされた金槌を蹴りで弾き飛ばそうかと。

 思った矢先、バタンと乱暴に扉が開かれる音がした。…そして。


「ぎゃあっ?!」


 あたしが蹴り上げるよりも早く、コウモリ先輩が悲鳴を上げて、手にしていた金槌が床にゴトンと音を立てて転がる。

 右手を抑える手を見ると、矢……のようなものが刺さっていた。普通の矢にしては棒が短いけど。


「全く。この学院内で暴漢とは、嘆かわしい事だ。ましてや、僕の大切な友であるマー君を狙うとは、不届き極まりない」


 ぺたし、ぺたしとゆっくりした足取りで、ペンギンさんが歩いてくる。

 謎の貫録を漂わせ、眉を……というか黄色い飾り羽を顰めるような表情をしたグイノス先輩が、そこには居た。

 そして、その横をすり抜けて、ジョウイさんもやってくる。続いて、豹先生も。


「マリヤ君、大丈夫かい?! 怪我は?!」

「大丈夫です。…それより、どうして」

「いや、ボード回収に行っただけにしては、遅いものだからね。先生も倉庫に入ったきり、出てこないと言うし」


 ぺたし、と最後に足音を立てて、右手……右羽を振る先輩。

 コウモリ先輩は、駆け寄ってきた豹先生ことレオパルド先生に取り押さえられ、暴れては…いない。取り乱してはいるが。手の怪我が痛くて泣きそうになってる。


「咄嗟に助けに入ったが、君ならば不要だったかね」

「いえ、有難うございます。…という事は、今の矢はグイノス先輩が?」

「ああ。こう見えて、弓術の成績は良いんだ」

「…………弓」

「と言っても、通常の弓は僕の体格では使えなくてね。試行錯誤の結果、このように手で投げる矢を独自に開発してみた。なかなかの命中精度を誇るぞ」


 今明かされる、グイノス先輩の選択体育……

 いやでも、あの、弓術というには、致命的な存在が足りてない…、……というよりは、それはダーツじゃないかなあ!!

 それでいいのか、弓術の担当先生。誰か知らないけど。


「また…、またお前か! お前が!! お前は!! 俺から主席の座も、英知の泉も奪っていくのか!! お前は、そんなに僕が目障りか!! お前の栄光の座を脅かす僕が、そんなにも憎いか!!!」


 痛みのショックから正気に、……いやある意味戻っては居ないが、気を取り直したコウモリ先輩がレオパルド先生に抑えられながら、暴れて喚く。

 その瞳は、すっかり狂気に染まっている。これは、だめかもしれない。

 そして、そんな怒鳴り声を向けられた、グイノス先輩は。


「…………、…すまないが、君は誰だ? 恐らく同じ学者科の生徒と思われるが、申し訳ない事に僕は他者の顔と名前を覚えるのが苦手なんだ。先ず自己紹介から初めて貰っても構わないだろうか」


 かくり、と無闇に可愛らしく首を傾げ、とんでもない爆弾を投下した。

 あー、これは折れたわ。確実にへし折れた。

 散々目の敵にし、ライバルのように思っていた相手が、実は自分を全く認識していなかった。…これは、流石に同情してもいい状況である。

 事実、コウモリ先輩はプライドがずたずたになったのであろう。絶望的な表情をして途端に静まり返り、がくりと首を項垂れた。

 ……ちょっと可哀想だけど、グイノス先輩にそういう対人関係の機微を求めても多分無駄です。

 静かになったコウモリ先輩は豹先生に連行されていかれる。

 うーん、現行犯だしなあ。終わったかもしれない。


「しかし、こういう事が起こるとなると、心配だね」

「大丈夫です、言ってしまえば二度目ですし…。何か起こっても、なんとかしますから」

「君ならば出来てしまいそうだがね、油断や過信はするものではない。本当に危険だと思った時は、立ち向かわずに逃げたり助けを呼ぶのも勇気だぞ、マー君」


 解ってるけど、その『マー君』がシリアスを根こそぎ奪ってくな……






 後に聞いた所、やっぱりコウモリ先輩は退学となったようだ。

 ただでさえ、グイノス先輩関係で最近問題行動も多かったのだとか。

 元々、優秀であるのは間違いなかっただろうに。というか、今後のグイノス先輩の周辺の安全が心配だ。

 そのうち、護衛がつくかもしれない、とは言ってたけど。





 お久しぶりです!! 失踪も挫折もしてません!!!(二回目の土下座)


 色々考えた末、酷いタイトル詐欺が起こりました。すいません。

 前回で文化祭終わる筈だったのに、あんれー……

 相変わらず思いつきでやってます。あかん。


 グイノス先輩は現在、レオン・マリヤに次ぐ重要人物として一目置かれてます。

 優秀な人材は保護するのが当然。

 先輩の場合、特にどっかいくつもりもないし、卒業後は学術院にこもっちゃうと思うから警備は楽な物でしょう。笑。

 コウモリさんの行く末は、知らない(←


 ていうか気づけば50話目でしたね(外伝除く)

 こんな二重の意味のスロウリィなお話ですが、いつもありがとうございます。宜しければ、今後もスロウリィにお楽しみ下さい。



(2015/6/2 誤字訂正)

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