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ヒツジさんの執事さん  作者: 美琴
第二章
48/67

47・所業の結末




 熊っ子達のあたしを亡き者とする計画を返り討ちにした件なのだが。

 当たり前っちゃ当たり前だが、寮に戻ってきてから事情聴取された。

 熊っ子達三人は先に治療しないといけない。エルミン君も少々汚れてたりすりむいてたりしたが、軽く洗ってリシッツァ先生製のお薬を塗ったらもう痛みが無いとか言っていた。

 …即効性だなあ。逆に体に悪そうと思うのはあたしだけなのだろうか。

 さておいて、まずはあたしとメルル、エルミン君の三人が先生に話を聞かれる事となった。

 お話を聞いてくれたのは、やっぱりこれもリシッツァ先生だった。薬は既に医療要員の鹿の先生に渡してきたんだとか。

 で、この件に関してなのだが。

 予め、エルミン君は居なかったがあたしとメルル、熊っ子チームで簡単に口裏を合わせておいた。


『最近つけあがってるマリヤに注意を促す為に呼び出したところ、エルミンとメルルもついてきた。話の途中で大雨によって地盤の緩みがあったらしく崖崩れに遭遇し、マリヤ達は逃げ切ったが残り3人は巻き込まれた』


 ……とても無理があるが、ギリギリ誰も立場を終了させない為には、これを言い張るしかないと思った訳だ。

 サンセさんの鉢をエルミン君が見に行ったことを知っているのはあたし達だけ。

 管理人さんはあたしの前にエルミン君が出て行ったことを知っているが、まあほらその帰りに後で呼び出されたあたし達についてったとか言えるし。

 サンセさんとレオンが事実を言っても、寮を出てから呼び出されたと言えば、しらばっくれられる。

 あたしと突き落とした事は、言ったら彼らを終了させてしまうので言わない。

 もう反省は充分に促せた筈だ。しいて言うなら、貴族の子息3人をあたしが見捨てた形になっているが、あたしだって腕は二本しかない。その状況になったら、近場に居る友人と主を優先したという行動に正当性は持たせられるだろう。

 なんとか、反省文を書かされる程度で済ませられる。




 ―――と、思ったんだけどねえ。


「いや、あーりゃダメだわ。久々に見たね、あんな馬鹿は」


 へらりと笑い、椅子に逆向きに座ったリシッツァ先生は、右手をお手上げとばかりに上げてひらひらと揺らす。

 あたしとメルルの部屋……というかあたしの方の寝室である。

 メルルも持ち込んだ椅子に、こちらはきちんと座って。

 紅茶を飲みながら、はあっとため息をついた。


「本当、呆れたわ…。全然理解してなかったのね、マリヤの気遣いを」

「世の中こんだけヒトが居るからなあ。中には救い様のないのも居る、将来なんかの重責を負う前に馬鹿を排除出来て、国としちゃ良かった事かもだわ」


 呆れるメルルと、こともなげに笑うリシッツァ先生が紅茶を口に含むのを眺めてあたしもため息が出そうになった。

 ちなみに一応貴族のお嬢様のお部屋に男性が入ってるのどうなのって話だが、リシッツァさん一応先生なのと、この件がどうなったかを話しに来てくれたからなので今日は特に気にしない。

 今はもうあの事件の翌日の昼を回ったくらいだ。本日は学校お休みの日。

 昨日の今日なので、流石に本日のお茶会は中止である。サンセさんとエルミン君のデートも、また次のお休みだね。ちっ。




――――――




 で、例の熊っ子、…ベアードだっけ。名前覚えてなかったけど。

 確かに、崖の崩落現場で応急処置をしながら、あたし達は彼らと口裏を合わせたのだ。

 彼達のした事は許しがたいが、言ってもまだ数えで14歳の子供である。

 ここで将来をつぶすのは気の毒だし、自分の短絡的で利己的な行いを反省してくれるのなら、それでいいと思っていた。

 取り巻き二人はよく知らないが、あの熊少年はレオン目当てでポーラ様に惚れ込む貴族の皆様と同じではあれど跡取り息子である長子だった筈だ。

 だからちゃんと勉強はしてて、きちんと進級もしていた。

 これで心を入れ替え、祖国のために働く貴族の一人として爵位を継ぐ、というのが理想だった訳なんだけどね。

 あろう事か、どうも彼はあたしが口裏を合わせようとした内容に、真向からはむかってしまったようなのだ。


「あのニンゲンは、恐ろしい化け物だ! あいつは、自らの魔法を俺達を害する為に使用した、あの崖を崩したのはあいつだ! 俺達を殺そうとしたんだ!!」


 と、治療を終えた後、事情聴取に来たリシッツァ先生に叫んだのだそうだ。

 取り巻き二人は、特に何も言わなかったらしい。ただ、否定も肯定もせず、怯えたように縮こまっていた。

 二人がベアードの権力に怯えて意を唱えられなかったのか、それとも崖崩れに巻き込まれたことでちょっと心に傷を負ったのかはわからないが。

 …後者だと、流石に申し訳ないが、まあ彼らが加担した事を思えば謝罪をするつもりは毛頭ない。あたしの落下時、一緒に笑ってたしな。

 で、ベアードの主張を聞いたリシッツァ先生は。


「ほうほう。じゃ、なーんでマリヤはお前らを殺そうとしたんだ?」

「それは……っ、…その、俺達が邪魔だったからだろう」

「邪魔。何をどう邪魔にされるんだお前。成績を脅かすでもなく、立場を脅かすでもないだろ。むしろ引き立て役になってたじゃないのよお前ら」


 あたしと彼らはそもそもクラスが違う。成績順は発表されるのだが、クラス別なので彼らの成績の良し悪しはあたしの成績順位に全く関与しない。

 立場に関しては、春の剣術授業の件は先生に一目置かれたり周囲の生徒達の評判が少し上がったりで、面倒だったが結果的にあたしのプラスになった。つい先日の歴史授業の件は、少なくともあたしのクラスでは恥をかいたのは彼らである。

 正直、あたしが彼らを害する理由など、少なくとも第三者から見て無い。

 むしろ、あるとすれば逆だろう。


「だ、だが! あいつが妖精の力を使い、あんな凶行に走る可能性がある、というのは事実だ!! 野放しにしておいて良い存在じゃない、即刻処分すべきだ!!」

「あー、うん、確かにお前の主張が真実ならば、放置は出来んなあ」


 経緯はともかく、あたしが崖崩れを身一つで起こせるような力を持ち、それを行動に移す可能性があるというのは、とても危険な事だ。

 武器も何も持たずとも、建物を物理的に破壊したり、当然ヒトを片手間に殺害する事だって可能だろう。

 街を手綱も付けず怪物を歩き回らせるのは大問題だ、と言われてしまえば。確かに同意せざるを得ない。

 リシッツァ先生もそれに関しては、頷いた。

 それを見てベアードは一矢は報いたとばかりに笑いを浮かべたという。


「…なーに笑ってんだお前。下手すりゃ処刑されんのお前だぞ?」


 次の瞬間そんな言葉を投げかけられ、彼は思い切り引きつった。

 本当に事もなげに、さらりと恐ろしい発言をするリシッツァ先生に、ベアードは言葉もなく口をぱくぱくさせる。


「お前、ちょっとは考えろ? マリヤがどんだけ希少で有用で価値のある存在だと思ってんだ。アンスロスの生き残りだとか、まあそれも大事だけどむしろそれはちっちゃーい事だぞ?」


 呆れたような様子で、リシッツァ先生は続けた。

 滅びた国の、ニンゲンという種族の末裔である事。それだけでアニマリアとしては保護すべき存在だが、あたしに限ってはそれだけではない。

 カルネイロ領では、アイスやお菓子という新たな味覚を生み出した。食というのは決して軽く見て良い物ではない。美食に大枚をはたく金持ちなどいくらでもいるのだから。

 また、特定の場所以外での量産が難しいとされていた砂糖の原料、サッチャを栽培する為の温室を考案したのもあたしだ。あれから栽培法の考案が続けられてる。農業に関してはプロが携わっているのだから、実用化は目前。

 これが成功すれば砂糖を輸入しなくて済むようになる。どころか、新しい輸出物にもなるだろうし、技術を他国に売るのも良い外交手段になるだろう。

 ちっちゃい事だが、そろばんもカルネイロ領を訪れた商人たちの目に留まり、徐々に広まりつつある。

 そして、印刷機の考案。これもだいぶ開発が進んでいるようだ。

 グイノス先輩が作り上げた電磁石を使ったモーターも試作まで行っているし、本や印刷物を大量生産出来る日はそう遠くない未来だろう。

 それに際した経済波及効果がどれだけのものかは……もうあたしじゃ計算出来ないレベルだというのは解る。


「こんだけの物を一人で生み出す天才はそうそういねーよ? 異常といや異常なんだが、金の卵を産んでくれる鶏を、異常だからって絞め殺すバカが何処に居る」


 前の世界では、腹の中に金の卵の元があるかもって絞め殺しちゃってたが、そんな事をすればそれ以上の利益は出なくなるというお話だった。

 欲張っても、台無しになるって言う教訓かな。


「あいつはまだまだ何かすげぇモン生み出してくれるだろ。危険な魔法持ってるのも確かだが、鎖に繋いで大暴れされてもたまらんし。当人は愛着のある場所で平和に暮らしたいだけみたいだし、だったら当人の望むようにして、気が向いた時にでも金の卵を貰った方がかしこいだろ。解るか?」


 どうでもいいが、あたしは完全に金の卵を産む鶏扱いか。

 比喩ではあろうが、…うんまあ皆まで言わないよ。

 この国を気に入って居るというのは確かだし、国王陛下からもお墨付きは貰ったんだし、好きにやらせてくれるなら偶に力になるくらいお安い御用である。

 世の中持ちつ持たれつ、ギブアンドテイクってヤツだよね。


「ちなみにこの件、既に陛下も承認なされた事だ。アンスロスの金の子供に、過度の干渉は不要、ってな」


 …陛下、いつのまにそんな事。

 まあでも、理解したうえで好きにしてて良いよって言うのなら、有難い。

 これはそのうちあたしの価値が知れ渡った時、下手に誰も手を出せないってことになるんだから。


「ぶっちゃけ、この学院じゃあ王子様の次か、同じ程度には重要人物になってんだぜ? 知られたくないだろうから、生徒達にゃあ言ってないが、今まであいつがやった事わかってりゃ、察しはつくだろ」

「そ、それは……」

「さーて、そんな大事な金の鶏を陥れようとした馬鹿共は、どうすっかなあ?」

「?! べ、別に陥れようなどと!!」

「いやいや、そうなるのさ。考えろよ、莫大な利益を生み出す金の卵と、頭と察しの悪い貴族のお坊ちゃま。…どっちがより大切だと思う?」


 たとえ、ベアードの主張が本当でも。

 国はみすみす、あたしを手放さない。

 今までの新技術が革命的であるのもあるし、それを当然とばかりに出したからかまだ何かを持っていると思っている。

 ならば、当然守ろうとするだろう。


「しかも、お前の主張はある程度事実だろうけどさあ。実際のトコ、お前マリヤを殺そうとしただろ。崖に呼び出したの、そのためだな?」

「な、何を根拠に! 無礼な、この俺を誰だと…!」

「ん? 頭は良いが想像力の無い、性格の悪いと評判のベアード坊ちゃんだな。そういや、4つ下の弟は随分と穏やかで聡明な有望株らしいな?」


 ははは、と全く嫌みのない声と笑顔で、リシッツァ先生は笑った。

 今でこそ王立学院の教師という身ではあるが、彼は元々国で一番の薬師であり、英雄と呼ばれた男の一番の親友でもある。

 腕の良い薬師に頼る貴族は多い。王家ですら、彼に厚い信望を抱いている。又、平民や貧しい人々にも分け隔てなく治療をする事でも有名。

 そういった事から、彼の情報パイプは途方もない量である。

 薬以上に、その情報収集能力でもって、かつて黒風と呼ばれた英雄を幾度となく陰謀から守り、助けたのはアニマリアでは有名な話。

 …当然、貴族のお家事情など、知ろうと思えばいくらでも知れても不思議ではないわけだった。

 例えばもともと問題児で、今回こんな殺人未遂なんてやらかした日には親から見放され優秀な弟が後釜に据えられてもおかしくない、なんて事情とかも。


「全く、お前ホントに馬鹿だなあ。マリヤの言う通りに口裏合わせりゃ、反省文の2・3枚で済んだってのに」

「な、に…」

「裏は取れてんよ。少なくとも、マリヤ達にお前を害する意志も理由もない。エルミンが学院裏で鉢の片付けしてるのを、フィズィ先生が見かけてる。マリヤとメルルがエルミンの様子を見に行く、と管理人にも話してるし、3人を見てる。……それよりずっと前にお前らが出て行ったのも、な」


 あたしの方から能動的に熊っ子チームを呼び出した証拠は何もない。

 だからこそ、口裏合わせの方で呼び出したのはベアード達だと言ったのだが。


「俺は何も…!!」

「あー、そういやァマリヤの外套の背中辺りに泥の足跡がついてたな。…サイズを測るか? 今回の6人で一番足のでっかいベアード坊ちゃん?」


 …雨上がりだったから、当然のように足跡がついていた。

 あれそれあって、あたし自身その可能性を忘れていたのだが……ホントに目ざとい狐さんである。


「ま、お前の主張は確かに聞き届けた。それが真実であっても嘘であっても、お前をこの学院で野放しには出来んなあ」

「ちょ、ちょっと待て…」

「とりあえず明日は自室謹慎だ。先生方で会議の後、処遇を言い渡す。待ってろ」


 あたしが熊っ子を能動的に殺そうとしたとして、これだけの利益を生む存在を今更切り捨てられないし、替えが利く存在なら切り捨てることもありうる。

 こんな時代の貴族社会なんて、結構非情なもんである。

 熊っ子の主張が嘘だった場合、あたしを陥れようとしたと言う事になる。

 レオンの次か同じくらいの重要人物扱いされてたとか、知らなかったし別に知りたくもなかったが、まあ……

 ……かくして、熊のお馬鹿さんは学院を追われる事になりそうである。




――――――




「…大人しく反省したかと思えば、これだものねえ…」

「まあ、普通に怖かったのもあるかもなあ。どっちにしても、これからも顔合わせると思うと、気まずいだろ」

「わたし達は気にしないけれどね。ねえ、マリヤ」

「んー……」


 生返事のようになったが、一応肯定のつもりだ。

 ちょっとやりすぎたかなーって思ってたのだが、どうやら、むしろ手ぬるかったようだ。

 世の中どうしようもないのはいるよね。知ってた。


「で、ベアードこれからどうなるの?」

「さあなぁ。事の次第を親に通達はするさ。息子は馬鹿だが両親はマトモだから、良くて叱責、悪けりゃ放逐ってコトかねえ。後継ぐ事は無くなっただろ」

「…放っておかないでほしいわ。そこまでいくと、後々またつっかかってきそうだもの。次はもっと容赦させないし、そんなつまらない相手でマリヤを汚さないで欲しいわよ」


 次は殺すと思っているようですが、あたしにそんな度胸無いよ。

 いや、今回は未遂だったからいいとして、本当にメルルに怪我…、どころか殺されるようなことになったら、切れてしまうかもしれないが。

 なんというかな。時代的にはそぐわないんだろうけど。

 その一線は越えたくないし、越えなくても生きていける世界だと思ってるから、そんなつもりはないんだよ……

 あの時、例え謝らずに突っ張り続けたとして、勿論見捨てたりしなかったし。その場合は、どんな手やコネを使ってでも、社会的に抹殺したが。結局そうなりそうだけど。


「ともあれ、なんつーか、前に学院内は安全とか言ったが、ちょっと目が届かんかったな。それに関しては、すまん」


 突然、リシッツァさんがあたしとメルルに頭を下げた。

 そういえば、去年そんな事言われたような気もするが……

 結構生徒達の数は多いのだ。リシッツァ先生は確かにそう言ったし、ウルガさんに頼むみたいに手紙貰ったんだろうけれど、他の生徒をないがしろにする訳にもいかないだろう。

 たぶん、先生方との会議だっていろいろ便宜を図ってくれるんだろうし…


「やだ、先生のせいじゃないもの。あの馬鹿が心底馬鹿だっただけよ。普通思わないでしょ、いくら気に食わないからって崖から蹴り落とすなんて」

「……やっぱやったんだな、崖から蹴り落とし」

「あっ」


 …メルルさん。

 言質取られたじゃないか。いや、あたし達には痛くないけど、熊っ子の進退をこれ以上窮めさせてどうする。


「……マリヤ、お前ホントに優しいな。殺されかけたってのに、ベアードの心配してるだろ」

「まあ……」

「未来ある若者なのに、って事か? …別に俺らだって鬼じゃねーし、公になりゃ国に多大な損害を与えかねないって処罰されるかもしれんが、親には伝えるがそこまでしねえよ。だから一番悪くて放逐だ、人生おわったりゃしないって」


 あたしに手ェ出すのは処罰対象なのかい…?

 そこまで言ってるとは思わなかったし思いたくないのだが。一般人で居たい。

 まあ、一応殺人未遂なので、それなりの罰を与えられることには反対しないんだけどね。そして罰は与えたつもりだったんだがなあ…

 …自分で墓穴堀ったんだから、もう知らん。


「そんな訳で、お前らに関しては反省文提出だけな。忘れんなよ」


 危険行為したのは確かなので、結局それはあるらしい。ま、仕方ない。

 話は終わったのか、椅子から立ち上がったリシッツァ先生は、何気ないしぐさでぽんっとあたしの肩を極軽く叩いた。

 瞬間。


「っっづあ…!!」

「あ。…悪い」


 普通に励まし的な行動だったのだろう。痛みを訴える声を上げたあたしに、すぐに先生は手を引いた。

 なんで事件の報告がメルルの部屋、というかあたしの寝室なのかと言えば、何のことはない。

 一番の当事者であるあたしが、現在全く動けないからである。

 二人は椅子持ってきてベッドの横に座ってた訳だが、あたしは冒頭から現在もベッドでぐったりしたままだったりする。

 自分で動くのはほぼ無理。今みたいに衝撃を与えられようもんなら、マジで悲鳴あげるレベルで、全身が痛い。


「先生……」

「いや、悪かった。ホントに悪かった。ついな、つい」

「マリヤ、大丈夫?」

「んー……」


 メルルがリシッツァ先生を睨んだ後にあたしに気遣わしげな視線を向けるが、相変わらず生返事のような声しか返せない。

 正直、息をするのも辛いのだ。声を出すと、その振動ですら痛い。

 だが首を縦横に振るのはもっと辛いので、これが一番マシだった。


「しかし、お前の強化魔法にこんな代償があるとはなあ。魔力は尽きてなかったんだよな?」

「身体を限界無視して動かしたんだもの。…たぶん、全身筋肉痛の凄い版なんじゃないかしら」


 きっとそんなところだろう。

 落下の際に、多少の動揺による効果低下を見越して全力強化を全身に施していた訳なのだが。

 案の定、その反動が魔法を解いた瞬間に来た。

 そんな予感がしたので、騒動が終わって事情聴取を終えて、部屋に戻ってきてからの解除だったのだが、その場で一歩も動けなくなった。

 申し訳ない事に、部屋まで送ってくれたレオンにかついでもらってベッドまで連れてきてもらいました、昨晩は。

 ごめんよレオン。メルルの部屋に入ったという事実が出来てしまったよ。

 そんなあたしに、お大事に、とリシッツァ先生は病人に対して言うようなセリフを残して帰って行った。


「…明日、授業あるけれど。動けるようになるのかしら、マリヤ」

「……さあ…」

「馬鹿を言うでない。二日は安静にしておれ」


 先生がいなくなった途端、ぽんっとアルメリアが出てきた。

 非常にご機嫌斜めの表情。ベアードの件で口裏合わせてなあなあにしようとした辺りから、ずっとこうだ。

 そして先生が来たから姿を消していたのだが、帰った今、また機嫌が悪そう。


「全く。わらわに万事任せておれば、お主がこのような思いをする事も無かったというに。お人好しが過ぎるぞえ」


 銀の髪の妖精さんは、両腕を組んでご立腹と頬をふくらます。

 仕草は愛らしいのだが、発言と実際やらせてたらと思うと、まったくもって微笑ましいどころか恐ろしい。


「ねえ、アルメリア様。この魔法の反動は和らげてあげられないの?」

「言うたであろう、わらわ達の力は意志持つ生命は直接操作出来ぬ。マリヤの場合は、自分で自分の操作であるから可能なだけじゃ」

「結局、筋肉痛みたいなものよね? じゃあ、マリヤ自身で治そうとしたら」

「おそらく悪化するだけではないかの」


 ですよねー。

 無理させられて疲れたーって言ってんのに、さらに無理させて治そうとしても、悪い結果しか生まない気がする。

 から、大人しくこうやって転がってるんですけどね…

 今回は仕方なかったとはいえ。次回以降が無いとは限らないし。

 もうちょっと、こう、軽減出来る程に強化に慣れておいた方が良いんだろうな。いざって時に数日コレじゃあ使うに使えない。


「……ねえ、マリヤ」

「…ん?」

「貴方がわたしの事で怒ってくれたのは嬉しいの。…でもあの時マリヤ、自分の事では怒ってないでしょ」


 …まあ、実際怒る理由もそんなに無いし。

 あたしが心底邪魔で排除したい、と言う衝動は理解できるのだ。いや、理解できるだけで、やって良いとは言ってないけど。

 あたしが怒ったのは、エルミン君を巻き込んだ上にメルルを突き落としたから。


「わたしはマリヤのご主人様にあたるんだろうけど、わたしはわたしが無事ならマリヤがどうなっても良い、なんて全然思わないからね。貴方はわたしの執事である前に、わたしの大事な家族なんだから」

「………」

「怒る怒らないは別にしても。…わたしが無事なら自分はどうなっても、とかそういうのはナシだから。絶対よ」

「……ん」

「約束だからね。…マリヤが怪我したり危ない目にあったら、泣いちゃうから」


 流石に、そこまで自己犠牲精神は持ってないけど、そう見えちゃうかな。

 うーん、今回だってアルメリアの魔法がなかったら、もう少し警戒するというかわざとやらかさせるなんて事はしなかったんだが…

 でも、うん、メルルの前ではだめだったね。反省だ。

 あたしももうちょっと、後先考えて行動しなきゃなあ……。女の子は泣かしちゃだめです。うれし泣き以外はさせてはいけない。




 尚、翌日には酷い痛みはあるものの、動かせない程ではなかったので、根性で授業に出ました。根性で。

 …表情には出さないようにしてたが、やっぱりしかめっ面になりがちだったらしく、サンセさんがちょっとびくびくしていたが。ごめんなさい。







 熊っ子完全終了のお知らせ。

 尚、事情聴取の際に彼に賛同なんかは一切しなかったので、取り巻き二人については彼ほどきつい処分にはなってません。が、自主退学はしたと思われ。


 錬度の低い魔法は、上手く使えません。

 ちょっとずつ慣れて行って、強い威力が出せるようになるもの。

 メルルの風魔法は、精霊魔法とは言え一番最初に覚えた魔法でしょっちゅう使うので錬度が高かったのです。ので、岩を吹っ飛ばす程度ならば問題無いです。

 マリヤは魔力に関しては大丈夫なのですが(強化魔法は自分に関する魔法なので操作コストが安いと思っていただければ良いかと)、一気にMAXにしたせいで体に直接反動が来たのでした。

 やっぱり脳と内臓には使ってはいけなかった。




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