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ヒツジさんの執事さん  作者: 美琴
第二章
40/67

39・先輩と後輩



 秋休みも終わると、そろそろ冬の気配が押し迫ってきた。

 皆は毛皮を着てるからまだいいが、あたしは普通に寒いので最近はお外のお弁当の日は無い。

 素直に食堂でお昼をしている。


「正直平和になりましたよね」

「そうだな。食事が何者にも脅かされる事が無い、というのは実に良い」


 春に比べれば、とメルルとレオンは頷きあう。

 食堂なのでメルルは敬語で、食堂だからポーラ様は居ない。いや、お弁当の日がなくなったので、その代わりに3日に一度は一緒に居るが。

 流石にそろそろ、お馬鹿さん達の篩いも終わったのだろうか。ここの所、無意味に絡んでくる女子も、嫌味を言ってくる男子も、あまり居ない。

 0ではないが、春ごろに比べれば格段に減った。おかげさまで平和だ。

 やっと、あたし達に絡んでもメリットはなくデメリットのみ(しかも場合によっては終了レベルの)だと解ってくれたようです。

 少なくとも、女子は殆どポーラ様の取り巻きさん達には勝てないようで、メルルに対する睨みは0と言っても良いくらいだ。

 そしてポーラ様を睨める女子など、この学院には居なかろう。


「マリヤの弁当が食べられなくなった事だけは残念だが」

「2年の春になったら再開しましょう。それまで我慢して下さい」

「でも、考えてみればメルル様やサンセ様達は、お休みの度にマリヤ君のお菓子を食べてらっしゃるんですよね…」


 休日のお茶会は続いてるからね。

 重ねるたびに、女子3人が仲良くなっていく様は、なんというかとても和む。

 サンセさんも、エルミン君が絡まないならポーラ様とそれなりにお喋りするくらいは出来るようになったみたいだし。間にメルルを挟まないと、多分無理だが。


「そうか。そういえばそうだな」

「ずるい、ですか?」

「……いや。…メルル殿は、マリヤの義姉上だしな。優先権を持っていて然るべきだし、その友であるサンセ殿やポーラ殿がもてなされるのも当然だろう」


 流石に、女性を差し置いて俺にも、とは言わんらしい。よしよし、レディファーストは大事だぞ。

 それでも、若干納得しきってる感じではないけどね。まあまだ子供なのだ、仕方ないと思ってもいいだろう。

 ちょっと微妙な表情をしていたレオンは、パっとあたしへ視線を向ける。


「そうだ、前にエルミンの誕生日にケーキを作っていたな? ああいう特別な日に優先を望むのは、当然の権利だよな?」

「ええ、お祝い事に際しての優先権は認めますが、レオン。貴方の誕生日は国を挙げてのお祝いでしょう。貴方もお城に戻るのでしょうし、そうなると少し早めてか後日を日を改めて…」

「いや! 今年…というか来年の誕生日は、是非お前のケーキが食べたい! 城の者には話を通す、持ってきてくれ!」

「……構いませんけどね」


 それ、遠まわしに城の誕生パーティに来いって言ってるよね?

 いや本当に構わないんだけどさ。恐らくだが、少なくとも同級生の貴族の子供達は皆呼ばれる事になるんだろう。

 前にメルルから聞いた薔薇園がちょっと見たいとは思うが、流石に冬には咲いてないかなあ。


「お待ちくださいレオン殿下。殿下のお誕生日は勿論お祝いさせて頂きますが、先ずはサンセさんの誕生日が目前に迫ってきております」

「え、あ、…メルルさん、私の誕生日、覚えていて、くれてるんですか…!」

「当たり前です。サンセさんはわたしの大切なお友達ですもの」


 メルルの言葉にぱああっと輝くサンセさん。サンセさんのメルル好きは、なんというか相変わらず良い感じにこじらせている感半端無い。

 …百合にさえ走らなきゃいいや。女子の友情って、こういうのもある。

 多分、あたしとエルミン君の友情とあまり変わらない。自分で言うのも何だが、たまにエルミン君のあたしへの懐きっぷりは、微笑ましい通り越して少し引く。


「う、うむ、そうだな。日付が先の者が先なのは当然の事だ。サンセ殿の誕生日は寮のサロンを借りて行うのはどうだ? 外ではもう寒いからな」

「あら、ヒトが多いとサンセさんが緊張してしまいますし、わたしの部屋で3人で静かにお祝いしようかと思ってましたのに」

「む! そ、それは彼女が引っ込み思案なのはわかっているが、俺だって彼女を友だと思っているぞ! 祝いの席は共に居させてくれ!」


 要するにケーキ食べる機会を逃したくないんですね、解ります。

 レオンに友扱いを初めてされたサンセさんは、飛び上がらんばかりに驚いて、メルルの影に隠れるように縮こまってしまったが。でも、嫌がってはいないようだ、多分恥ずかしいだけだろう。

 そしてイジワルを言ったメルルはくすくす笑っている。おお、一国の王太子を手玉に取るとは、メルルさんもやりますね。そんな貴女が大好きだ。

 続けてあたしも笑うと、からかわれたのが解ったのか、レオンも『お前達姉弟は時々ヒトが悪いな』などと言って鼻の頭を掻いた。

 なんだかんだと、こういう気安いやりとりが彼にとってはまんざらでもないようだ。楽しそうにしている。


「あ、あのー。…僕はそれ、参加させて頂いても良いんでしょうか…」

「も、勿論、ですっ。エルミンさんも、来て、お祝いして、下さったら…、私、とっても嬉しい、ですっ」


 若干蚊帳の外になりかけたエルミン君の挙手には、サンセさん自らがこくこくと何度も頷いて許可を出す。

 良かったーとエルミン君は胸を撫で下ろすが、……でも多分、サンセさんの行動の意図は察して無さそうだ。君らは甘味の誘惑に目を眩ませすぎだ。

 ん? それはつまり、あたしのせいなのか?


「では、先ずサンセさんのお祝いからですね。何かお好みの…」

「―――おお! 見つけた! 君だ! そうだ君だ、間違いないぞ!」


 は?

 サンセさんのお誕生日パーティのケーキを何にするか聞こうとしたあたしの言葉が、途中で嬉しそうな叫びに掻き消される。同時に、机をぺんっと軽く平たい羽が叩いた。

 何事かと思って声のした方へ視線を向けると、座っているあたし達と同じくらいの目線に居る、白と黒のコントラスト、そして黄色の飾り羽。


「……グイノス先輩」

「ああ、覚えていてくれたかね、これは嬉しい! いやあ、君は毎日図書館に居る訳ではないようだな、お陰で探し出すのに三日もかかってしまった!」


 決して全く行かないではないのだが、そうそう頻繁に通ってる訳ではないのは事実だ。

 あの一回以降、追い出すのも申し訳ないってことで、結局お茶会の席にあたしも一緒に居る事になったし。…ガールズトーク参加は控えてるよ!

 なので、あの後彼に再び会う事はなかったし、まあ会えなくても彼は延々と研究に没頭し、遠からずあたしの事も忘れるかなと思ってたので気にしてなかった。

 が、どうやら彼の方があたしを探してくれていたらしい。

 ペンギン先輩は嬉しそうに、あたしに向かってぱたぱたと羽を振る。…くっそ、ホントこのヒトの仕草いちいち可愛いな。


「…お前の知り合いか? 先輩に友人がいたのか」

「ええ、この間ちょっと…」

「む? 彼等は…君の友達なのかな。そうか、君は実に知的かつ社交的な性格であるからな、僕と違って語らう友が多いのも頷ける」


 …………って、想像してたけどこのヒトってばレオンの事認識してないね?!

 一瞬、レオンが面食らった顔をした。そりゃそうだ、前にあたしと会った時とは違う。あたしはド田舎の世間知らずの子供だった。だから王子様が目の前に居てもそれがそうだと解らなかった。究極、王子様が居るって事実すら知らなかった。

 が、グイノス先輩は少なくとも3年は王都の学院に所属していて、レオンが入学した時は上級生の間でも噂になった筈だ。

 …このヒト、……本っっっ気で他人に興味ないんだ…


「そんな事より、君にもう一度会えて嬉しいよ! いやはや恥ずかしいことだが、どうも僕はヒトの顔を覚えるのが苦手でね。だが、君との語らいは僕の心に深く刻まれたが故に見つけ出せたよ、マルタ君!」

「……マリヤです」

「うむ? …そうか、それは失礼した」


 名前は覚えられなかったか…。微妙に近いっちゃ近い。惜しいかはさておいて。

 なんというか、相変わらず色んな意味で一直線かつ自分に素直なヒトだ。


「それで、すまないが少しだけ良いかね? 是非君に報告したいんだ」

「先輩が、マリヤに報告…?」

「ああ、彼はとても素晴らしい理解力と発想力の持ち主だ。それにおいては僕もそれなりに自負していたのだが、彼との語らいで新しい発見をさせて貰った」

「成る程。確かにマリヤはこれまでもいくつか新しい技術の発案をしているな」

「…ええと。先輩、何か発見があったのですか?」


 図書館での一件から1ヶ月。

 何をどこまで発見し、どんな着地をしただろう。

 よくよく見れば、ペンギン先輩の毛並み……いや羽はちょっとボサっとなっている。身だしなみをあまり気にしない性質ではありそうだが、前回あった時はここまでじゃあなかった。

 よほどあれから寝食忘れて研究に没頭していた、のだろうと想像させられる。

 あたしが尋ねると、先輩は胸を張る。…くそ、ペンギンの胸張りポーズとかこれもまた可愛いな。性格は可愛い系じゃないのに、見た目補正が強すぎる。


「君に示された通りに実験を重ねたところ、人工的な磁石の生成法を確立する事に成功した。これにより、本来は稀少な存在である磁力を持つ物質の研究が容易となった、これは素晴らしい成果だ」

「はい」

「その後、磁石は引き寄せる金属と引き寄せない金属があり、一概に金属を引き寄せる訳ではないと解った。同時に、磁石同士も引き合うが、ここにはどうやら磁力の発生原と吸収箇所とも言うべき二点が存在する事も解ったぞ。それらは別々の点であれば引き寄せあうが、同じ点だと反発しあうのだ」

「……はい」


 1ヶ月でそこまで理解したか…ホント凄いなこのヒト。

 あたしはそれらを知っている為に理解出来るが、普段磁石という物と触れ合わないレオンやメルル達は首を傾げている。

 それがどういう事なのか、何の意味があるのか、よく解らないのだ。

 ただ、あたしが聞いて理解した事を彼も理解しているのだろう。あたしが静かに相槌を打つと、先輩は嬉しそうに平たい羽でまたも机をぺたしと叩く。


「ここからが本題だ。以前、僕がした昇降機についての理論構築を覚えているだろうか?」

「ええ。頑丈な足場と、紐を巻き取る装置の開発、その装置を使用者の魔法等で任意で動かし高低差を失くす為の物ですね」

「そうだ。僕はその時は小さな風車の設置や、場合によっては歯車と滑車を組み合わせる事により負荷を下げたハンドルで行う事を想定していた」


 うんまあ、それくらいが妥当じゃないかな。

 小さな風車だが室内あるいは何かの装置内に作る事で、自然の風での上下を防ぐ事はできるだろうし。上手く装置を組めば、手動で上げ下げも可能だろう。


「だが、思いついたのだ。僕達が発見した電磁石と人工の磁石。この二つを組み合わせる事によって、より効率が良く力のある駆動装置が出来るのではないかと!」

「…えっ」

「いいかね、磁石とは常に磁力を帯びたままで居られる。対して電磁石は雷を通さねばただの鋼線の塊だ。この二つの性質の違いを利用し、二つの点それぞれを表にした磁石を固定した箱の中央に軸を通し回転が出来るようにした電磁石を設置する。外から流した雷で中央の電磁石を発動させる事で回転力を生み出すのだ」


 ………………1ヶ月でモーターまで辿り着きやがったーーー?!

 え、何このヒト怖い。そんなに早くにそこまで辿り着けるもの?

 直前に駆動装置について考えてたからだろうか?

 思わず口元引き攣らすあたしに、誰かが気付いたかは解らない。

 ただ、レオンはかしげていた首の位置を元に戻して、少し考えてグイノス先輩に挙手をする。


「横入りするようですまん。だが、それでは両側に設置された磁石と、中央で発動させた電磁石…? とやらが互いに引き寄せあい、そこで動きが止まるのではないのか?」

「良い質問だ。磁石には互いに引き寄せあい反発し合う2点が存在すると先ほど言ったが、これは電磁石でも同じだ。一つ違うこととして、磁石はその2点が移動する事はなく、電磁石は雷を流す方向でその点が正反対になるようなのだ」

「…となると?」

「先ず鋼線は雷を流す箇所から直接伸びている訳ではない。回転力を生み出していればじきにねじりきれてしまうからな。雷は、伝導体が接触している2つの間でも伝わる事は証明済みだ。つまり、一番最初の雷で磁石に引き寄せられた電磁石は回転し、その時に逆に鋼線が繋がるように配置する。すると電磁石の点は反対になるから、反発し合い回転するのだ」

「逆回転はしないのか?」

「一度一方向に回転すれば、その運動エネルギーにしたがって回転を続ける筈だ。無論、逆回転を抑える機構もこれから考えるつもりなのだが」


 もうやだこの先輩、教えるまでもなくほぼ正確に電気式モーターの理論完成させちゃってる…

 それに関する知識は持っていたのだが、それ以上に正確な事は知らない。もっと精度を上げるというのなら、技術者の皆様に頑張ってもらう他ない。

 レオンは先輩の研究に興味を持ったのか、彼の言葉に真剣に耳を傾けている。

 メルルとサンセさんとエルミン君は、いまいちついていけないようだ。


「成る程。…実に面白いな! これは我が国に新たな技術が生まれる第一歩となるかもしれん。特に、風や水と違い小型化出来る可能性があるというのが良い!」

「おお、解ってくれるかね、タテガミ君」

「レオンだ」

「そうか、レオン君。マリモ君に続いてまたも僕の研究を理解してくれるヒトとめぐり合えた事は、神に感謝を捧げるべきだな」

「…マリヤです、先輩」

「む。そうか、すまない」


 どうしてこんな短時間で忘れられるんですか先輩。さっきよりは近いけど。

 そして、レオンの名前を聞いて尚、多分彼は王子様だと気付いていない…

 そういうヒトだとレオンも解ったのか、特に突っ込まないようだ。

 …ま、王子様だと知ったとして、態度を変えられるほど器用なヒトではないと思うけどね。


「それにしても、グイノス先輩。先輩はどうして、この学院に居るのですか?」

「うん? …その質問の意図するところは、何だろうか」

「いえ、その、見たところバーダムの方なのかと」


 あたしが尋ねれば、黒くてくりっとした目を更にまんまるにする先輩。

 続いて、メルル達も、『そうなの?』とばかりにきょとんとしてグイノス先輩を見る。


「……よく解ったな、僕がバーダムの者だと。彼等の特徴はあの羽だ、僕の羽はアニマリアの民の毛によく似ている。故に見ただけで気付かれたのは初めてだ」


 え、あ、…うん、そうなんだろうか。

 確かに密になっていて一見毛のようだけれど、だってペンギンだし…

 てか、判別方法ってそれなんだ。クチバシとかじゃないんだ。じゃあ爬虫類系と魚系はどうやって判別するの、鱗のあるなしじゃ語りきれないじゃないか。


「そうなのか。バーダムの方が、より高等な学校があるのではないのか? 先輩の頭脳ならばそこに入る事も可能だったろうに」


 鳥人の国、バーダムは学者の国だ。勉学を美徳とし、多くの学者や教職を輩出している。

 アニマリアにも、バーダム出身のヒトは結構居る。オウリア先生もそうだし。先生の中に、バーダムのヒトは多い。


「まあ、簡潔に言うと僕はバーダムの血を引いてはいるが、生まれも育ちもアニマリアだ。母があちらから嫁いで来た学者でね、たまたま僕は母に似ただけの事。兄弟達は父似でね、ふわふわの毛並みと長い角を持っている」


 あ、そこも混血するし、やっぱり見た目はどっちかにきっぱり分かれるのか…

 てことは、鳥さんやトカゲさん達に見えても、アニマリアのヒトって言う事はザラにあるんだね。そこでの判別は、しない方が良いのかもしれない。

 世代を重ねて血が薄まれば、そちらの姿になる可能性は減るんだろうけど。それでも隔世遺伝ってあるからなあ。


「無論、母の親戚のツテを頼ってあちらへ留学する道もあったがね。こう見えてもヒト並程度の愛国心は持っているのだよ。僕の研究が将来この国の役に立てば、僕はとても嬉しいね」

「…そうでしたか。失礼を申し上げました、すみません」

「いやいや。母似のこの姿も、僕には誇りだ。少々使い勝手は悪いがね」


 手足短いしねえ…

 そういえば、この先輩って体育何してるんだろう…。走れるのかなあ。


「嬉しい事だ、我が国にはこんなにも有望で国を想ってくれる学者の卵が居る。これは俺も一層国の為に励まねばな」

「…うーん、なんとなく凄いのは解るのですけれど。何を仰ってるのか、わたし達にはよく解りませんでした。ね、サンセさん」

「はい…。まだまだ、お勉強が足りないみたいです」


 女子2人に、理系の話は難しかったか。というか、完全に今無い技術の話だったから、いきなり理解しろって方が無理な話だ。

 即座に理解し有用だと判断出来たレオンは、良い王様になれると思う。


「そうか。…もっと誰にでも理解しやすい理論として、噛み砕く必要もあるのかもしれないな」

「興味が無いと、更に理解し難い事もありますから…」

「先輩は、いつもそういう駆動装置ですとか、難しい研究ばかりしておられるのですか?」

「いや、僕は目の前の不思議を解き明かすのも好きだね。例えば…そうだな。女性が興味ありそうな部類で言うと、どんな物質が最も毛並みの手入れに適しているのか、という事を追求した事がある」

「相変わらず、多岐に渡りますね、先輩の研究」


 そして無節操である。筋肉量の算出と実証はどうなったんだろ?

 グイノス先輩の発言に、頭がくるくるしていたらしい女性二人の目の色が明らかに変わった。おお、効果覿面。

 ついでに、周囲に居た女子の視線がこっちを見て、お耳を象さんみたいにしている女子もいくらか。一部男子も足を止めた。お前らの目的なんだ。

 だが、残念ながらその辺の研究がお披露目される事はなかった。


「グイノス、珍しいな。後輩達と一緒だなんて」


 声をかけてきたのは、さらさらロング毛並みのわんこさん。

 朝錬でよく一緒になる、あの先輩だ。


「おお、久しぶりだなハール。元気そうで何よりだ」

「それはこちらのセリフだ。この1ヶ月、全く姿を見なかったが、何をしていたんだ? …それと、先生がカンカンになってお前を探していたようだったが」

「ああ、それについては問題無い。一つレポートを落としたからな、既にお叱りは受けたし、これから磁石と電磁石を組み合わせた駆動装置についてのレポートを改めて提出する」


 ……えっ、まさかこないだの鉱物と植物の関係についての研究レポート、結局完成しなかったのか?

 っていうか1ヶ月姿見せなかったって、まさかあれからずっと……


「…あの、ハール先輩。グイノス先輩って…」

「いや、話したなら解ったかもしれないんだが、こいつはこの通りの研究一筋で。一筋すぎる上、興味のある事象に突っ走るからね。決められたレポートの提出をすっぽかして別の研究に没頭したり、興味の無い授業を放り出したりで…。優秀ではあるんだが、あろう事か去年は留年までして」

「……先輩、2年生なんですか」

「2年生だ。全く、礼儀作法の授業などを受けるより、新しい水車の設計の方が遥かに重要だと言うのに、心の狭い事だ」

「いや…そういう問題ではないかと…」


 3年生の制服を着ているから3年だと思ってたが、一度留年していたらしい。

 こんだけ才能あるヒトなのに、単位を…多分礼儀作法の、を落としたのか。

 体育じゃないのが逆に不思議だわ。


「…その礼儀作法の先生も探していたけれどね。グイノス、君はここの所、真面目に授業に出てたのか…?」

「いや、この1ヶ月は電磁石の性能研究に夢中で、そもそも部屋から殆ど出ていなかったな」

「秋休み全部引篭もってたんですか?!」


 グイノス先輩に会って無い間に、秋休みはさくっと通り過ぎていった。

 そもそも、夏の休みは1ヶ月丸々あるが、秋の休みは10日ほどだ。

 それ以外の10日ちょい、このヒトは授業全部すっぽかしたのか…?!


「…グイノス。そんな事ばかりしていると、また留年する。3回目は退学だ。解っているんだろう?」

「解ってはいる。いるんだが、どうしてもあの授業の有用性を見出せない。無駄な時間を過ごす事が、僕にとっては耐え難い苦痛だ。…それに、最悪研究員になれずとも研究は何処ででも出来る」

「いや、待ってくれ。貴方ほどの逸材を野に放つのは国の損失だ。先輩には是非卒業し、然るべき機関にそれなりの役職で所属し、存分に研究をして欲しい」


 ハール先輩は、レオンがそこまでグイノス先輩を買っている事に少し驚いたような顔をしたが、彼を理解し価値を認める存在が嬉しかったのか。少し表情を和らげた。

 うん、流石にイケメンわんこ先輩はレオンが誰なのか理解しているようだ。

 つーかその発言が出来る存在だと、何故ペンギン先輩気付かないのか。


「…グイノス先輩。例えば、研究の時でも実験の時でも、順番や手順をきちんと守らなければ、失敗の可能性が上がるでしょう。些細な事だと飛ばした事が、後で重要な役割だったと気づく事も、ありますよね?」

「ああ。事前の準備も大事だし、関係無いと放り出した事こそが問題の本質である事も多々ある。思考も同じだ、1を飛ばして突然5を考え出しても、結局理解は遅れ間違いに辿り着く事もある」

「礼儀作法、即ち他のヒトとの係わり合いも、同じです。どれほど面倒で、無駄に見えても一つ一つに意味があるんです。そもそも、研究成果は他人に認められてこそです。他人に受け入れて貰い易くする為に、学者科にも礼儀作法の授業があるんですよ」


 偏屈で頑固な学者も多い。そういうヒトほど有能だったりするんだが、周囲に遠巻きにされ扱いに困られると、折角の研究が日の目を見ずに忘れ去られてしまう危険性がある。

 それを阻止する為に、学者科にも、貴族科や使用人科程ではないが礼儀作法の授業がある。まあ、一般に必要とされているレベルくらいだが。

 他人との社交性もある程度ないと、残念ながらやっていけないのだ。

 研究街があり、そこで研究に没頭するヒト達は居る。彼らもその成果を発表、報告するに当たってやはり礼儀知らずでは居られない。

 発表担当の者が居れば良いとなるかもしれないが、全てそのヒトに任せれば負担が上がるし、例えば質問をされた時に全ての研究街の成果に精通していなければそれに答えきれない。結果、効率が悪くなる。

 研究者当人に、投資者である貴族や王家へのプレゼンが出来なければ、どんな素晴らしい発明も意味が無くなる可能性があるのだ。

 それは、いつか自分の研究が国の役に立てば良いと言うグイノス先輩の本意でもないだろう。研究さえしてればそれでいいって事は、言ってないのだから。

 あたしの言葉に、先輩はちょっと視線を伏せ気味にして考えていた。

 しばらくして。顔を上げ、こくんと頷く。


「理解した。将来的には、僕も僕の研究を理解出来るヒトだけではなく、出来ないヒトにも出来るように説明をせねば、僕の研究が無為となる可能性もある。それを阻止する為に、受け入れられやすくする為に、他人に好感を持たれやすくする手段として礼儀作法が必要なのだな」

「そう言う事です。それなら、無駄とは言えないでしょう?」

「君の言う通りだ。わかった、これからはそちらの授業も真面目に受けよう」


 良かった。

 解ってくれたようなので、来年はちゃんと…留年せずに居られるかな?

 この1ヶ月(秋休み含む)の暴走が、留年レベルにいってないと良いんだけど。





 …尚その後、グイノス先輩は本当に作法という物に疎く、ついでに研究に直接関係がないと物覚えが悪いというダブルパンチにより、補習に次ぐ補習を重ねる結果となっていた。

 あまつさえ、あたし達も放課後に補習を手伝うレベル。


「違うっ! 頭を上げるのが早いの! それに角度も足りてない!」

「む、だが、先ほどは深すぎると言われたぞ?」

「極端なのよ先輩は!」

「…そこまで怒る事は無いと思うのだが。メール君、出来ればもう少し優しく」

「優しくしてたら覚えないからでしょ! あとわたしはメルルです!」


 ……そのうちに、何故かグイノス先輩に主に指導をしているメルルが、先輩であるにも関わらずタメ語で話すようになった辺り、どうしたらいいものか。

 あ、無論他の人が見て無い所ですよ?

 どうもあたしのやり方ではなかなか先輩は覚えてくれないようなので、彼女の熱血指導の方があっているのかもしれない。

 特に先輩風を吹かす気のないグイノス先輩だから許されてるんだけどね。






 メルルも最初は普通に補習に付き合ってました。

 というかメルルが付き合ってるのは、その1ヶ月すっぽかしの原因がマリヤにあるようなものだから、彼が付き合ってるのでメルルも居た。


 先輩は天才ですが、興味がない事へのもの覚えはすこぶる悪いです。

 ヒトの名前を覚えるのは苦手です。ハール先輩は幼馴染なので、流石に覚えていますが、マリヤさんの名前を覚えるのは何時の事か…




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