34・ご令嬢のお招き
先生方から色々活版印刷とか温室とかそろばんとかの構造やらについて聞かれるうちに案の定お昼ご飯を忘れられるという、とんだ夏休み明け初日となった。
その辺が広まる分には特に色々便利になるだけで問題ない、…と思うので、素直に答えたけどさ。
どうやらこれから学者街に持ち込んで研究が始まるようだ。
夏休みの自由研究、の範疇を軽く越えてしまった結果、有用だと認定され国の政策として始まる事になれば、王様から技術の買取料として報酬が支払われるんだそうですよ。そんな制度あったのか。
うん、まああたしが出来るのはそういう発想だけで、実物を作ったり運営するのはお任せなんで、そんなもんでいいです。
いくらもらえるか知らんが。それはちょっと先の話だ。後はお任せします。好きにして下さい。
他にも何か有用な考え無いですかとか言われたが、いきなり言われても思いつかないし、思いついたらまた言いますって事で勘弁して貰った。
ちなみにそんな優秀な人材だと危険があるかもしれないって事で、それらの件については基本『学院の生徒の数名がアイデアを出し合った結果』として学者の皆様に伝わるそうだ。世間一般にも同じように。
1年生はその発表を聞いてた訳だが、そちらにも緘口令が敷かれた。
…ヒトの口に戸は立てられないだろうし、ただでさえあたしは目立つから、漏れるのなんて時間の問題だと思うが。少なくとも学院内は安全だろう。
危ないのは買い物しに外に行った時か。
勿論ほいほい知らんヒトに声かけられても着いて行かないし、無理やり持ってこうとされた場合は正当防衛を発動するつもりである。
……あたしは結局持ってかれる可能性があり続けるのね。いや、人間である限りそれは多分当面ついて回る事だけど。
話は変わるが、現在王立学院の1年生の中には、おおまかに大きく分けて二つの派閥がある。
一つはレオンに気に入られようと頑張ってるヒト達。もう一つは、公爵家令嬢であるポーラ様に擦り寄ろうとしているヒト達。
どっちも多くは貴族科だが、中には使用人科・役人科にも擦り寄るとか取り入るとかではなく、あの2人に好意や尊敬、中には崇拝みたいな感情を抱く子も居ないでもない。
尚、学者科の生徒は全員真面目というか、一部偏屈というか、自分のやりたい事に全力一直線しているのであんまり他の科の子に興味ないようだ。
…研究機関も王家直下のがあるからなあ。貴族に取り入らなくても、良い成績残せれば研究費に苦心せずとも好きな研究できるんだろう。薬師だって、引く手数多だし。
ともあれ、一部レオンに気に入られる事を諦めた子やら、元からポーラ嬢目当ての子息も居て、現在では人気を二分しているような状態らしい。
その2人自身互いに仲が悪い訳ではないし、どっちが学院の覇者かーみたいな抗争は流石に起こっていない。男女の違いがあるし、そもそも地位としてはレオンの方が明らかに上だからね。
……それとは別に、なんかあたしを敵意でも悪意でもなく、妙な目で見てくる子が最近いなくもないが。強いて言うなら知的好奇心?
殆どが学者科の子なので、多分だが…自由研究の件だろう。緘口令敷かれてるから大っぴらに話をしていいのか悪いのか、伺ってる気がする。
今日も、授業の為に教室移動していると、ちょっとヒトが集まってる。
ああいう時は大体レオンかポーラ嬢がそこに居るのだ。
今回はポーラ嬢。男性と女性の比率は3:6と言った所か。彼女は、女の子にも人気がある。女性に憧れられるタイプの女性だとあたしも思う。
男性も多いんだけど、彼女には信望厚い取り巻きさんも5人くらい居るので、容易に近付けないし声もかけれないんだけどねえ…
トレードマークの扇子を手に、彼女も教室移動中らしく教科書も持って。取り巻きさん達を引き連れて階段を降りてくる姿があった。
その更に後ろに同じ授業を選んでるのか同じ教科書を持った男子諸君が憧れの表情で続いていたり。
廊下を歩いていたのを立ち止まり、彼女の姿に目を奪われる子も居る。
……あたしには、ちょっと線の細めで上品なシロクマにしか見えんが、多分彼らの感覚では彼女はとても美しいご令嬢なんだろう。
いや、可愛いとは思うよ。無論動物的な意味で。
本来は公爵家令嬢が通りがかれば足を止め一礼するのが礼儀だが、学院内においてはそういう義務は効果を発揮しない事になっている。
目が合えば会釈くらいするけれど。…彼女は周囲を取り巻く、誰の事も別に注視してはいない。
気のせいかもしれないが、少し物憂げに視線を伏せている。
…彼女の交友関係を知らないが、レオンのように気安く会話する友人とだけ過ごす時間とか、無かったりするんだろうか。
だとしたら、大変だなあ。
いくら公爵家令嬢としてそれが当然でも、やっぱりまだ子供な訳だから。
まあ特に交流も無いし、あたしに出来る事はないけどね。ヘタに声かけでもしたら、こっちが危ない。そういう身分のヒトだ。
だれかれ構わず、大変そうだからと声かけて心を砕くほどの余裕はあたしにだって無い訳だ。冷たいように思われるかもしれないが、優先順位はもう出来上がってしまっているのでね。
縁があれば別だけど、あのヒトだかりの中近付いて声かけるのは不可能だし。
階段をしずしずと降りてくるポーラ嬢から目を離し、あたしは目的の教室へと足を進める。
今日はメルル達もエルミン君も居ない。あたしだけが選択してる授業なので。
1人になるのはこの授業くらいだ。
面白いんだけどなあ、洋裁。普通の裁縫ならともかく、服を作るのメインなので興味無かった様だ。実際男はあまり居ないけど、結構和気藹々とやっている。
「きゃあ?!」
は?
突然聞こえた悲鳴と、次いで響いた激突音に、足を止めて振り返った。
悲鳴を上げたのはポーラ嬢で、振り返った視線の先には階段の下でうずくまる彼女が居た。
……踏み外して落ちたのか? 相当ぼんやりしてたのね、彼女。
数歩分後ろに居た取り巻きお嬢様達が大慌てで階段を駆け下りる。ポーラ嬢に手を貸して立たせようとするが、彼女は表情を顰めて立ち上がれないようだ。
ついでに足も捻ったみたいだ。気の毒に…
無言で足を抑えているポーラ嬢。取り巻きのうち2人はそんな彼女に心配そうに声をかけていて。残り3人は周囲に居た男子に手を貸せと声を上げる。
ほら、公爵家令嬢と縁を結ぶチャンスだぞ。
当然のように、何人かの男子が進み出る。進み出て、何人も出てきたから互いににらみ合う。おい、そんな場合じゃないでしょうが。
当たり前だがそれを取り巻きさんその1に怒られて、結局代表2人がポーラ嬢を両側から腕を取って支えた。
捻ったのが片方だったら良かったんだが、支えられて立ち上がろうとしたポーラ嬢はやっぱり顔を顰め、離してと痛そうに言った。
こうなるともう、取り巻きのお嬢様達にもポーラ様に痛い思いさせるなんてと怒鳴られて、2人は下がらざるを得ない。
足両方とも捻ったのか? 両手塞がってたしなあ。
それなら抱えて行くかおんぶ…は無理だな、スカートの相手だし、ご令嬢にそれは出来ん。ドロワーズ穿いてたって、うんさせられない。
つまりほぼ姫だっこ一択だが、ここから保健室はちょっと遠い。勿論女子にそんな事は出来ないだろう。
じゃあ男子抱えてけよと言いたいところだが、今度は進み出る者が居ない。
一回だけ抱えるのは可能でも、ある程度の距離をかかえるのは躊躇うのか。そりゃあ格好良いトコ見せたくても、落としでもしたら大問題どころじゃないけどさ。
おい、お前らなんの為にあのきっつい体育で鍛えられてんの。それとも休み中だらだらしてて鈍ったの?
顔を見合わせる男子達。不甲斐ない彼らに憤慨する取り巻きお嬢様達。そして、床に座り込み痛々しげに足を抑えるポーラ嬢。
……あー。
もう、仕方ないな。
あたしは傍に居た同じ洋裁を選択してる女子にあたしの教科書を預けて席取りをお願いし、ヒトだかりを適当に掻き分け擦り抜け、ポーラ嬢の前に跪く。
「ポーラ様、使用人の身分なれど、今のみ貴女と直接お言葉を交わす無礼をお許しください」
「……はい。どうぞ構わずに」
「階段からの転落の際に右足を痛められたようですが、左足も痛むのですか?」
「ええ…。その、お恥ずかしい話ですが、足を踏み外した際に、段差にぶつけてしまって…」
最初に体勢崩して階段の角にぶつけて、着地の際に足を捻ったのか。
そりゃ痛いな。毛並みでよく解らないけど、少なくともどっちも腫れてるんだろうな。
流石にご令嬢の足触って確かめる訳にいかないね。少なくとも骨は折れてないと思うし血は出てないから、そこまでの緊急性はないだろう。
「保健室まで、お連れしても宜しいでしょうか?」
「…お願い致します」
「では、失礼します」
同意を取ったところで、ポーラ嬢をプリンセスホールドの形で抱きかかえる。
む、思ったより軽いな。やっぱり、見た目の毛並みのせいで、実際の質量以上に大きく見えてたみたいだ。
…そういえばシロクマも長毛か? 本来寒い所の動物だから、毛足が長くても不思議じゃない気がする。
「わ、私は先に行って保険室の先生にお話を通して参ります!」
「有難う御座います」
取り巻きさんのうちの1人、ふわふわした毛並みの白猫さんが若干慌てた様子で廊下をかけていった。緊急時だけど、ぶつからないように気をつけてね。
ポーラ嬢を抱えてすたすた歩き出すと、やけに恨みがましい視線を周囲の男子どもから浴びせられたが、知った事かい。
いざって時に出来る力をもっとかない君達が悪い。あたしはスルーしたかった。
恥ずかしいのか俯き気味のポーラ様を抱っこして、取り巻きお嬢様の残り4人が着いて来るのを背後に感じつつ、保健室へと歩いて行く。
鹿の先生は優しかったし診察の腕も確かなようだし、見た感じそこまで酷い捻挫でもないようだから、少し休んで薬を貰えばすぐ良くなるだろう。
無論、塗り薬も高度な世界ですからねー…。小さい頃キーロさんに貰った傷薬にもとてもお世話になったし。
保健室に着いて、話を聞いた鹿先生の出迎えを受けてポーラ嬢を椅子に降ろした後、あたしは一礼して即座に退室する。
「私はこれで。お大事になさって下さい」
「あの、…マリヤさん、でしたわよね」
「はい」
退室しようとしたのだが、声をかけられてしまったので仕方なく立ち止まり、振り返る。
椅子に座ったまま、ポーラ嬢はあたしに小さく会釈した。
「本当に、有難う御座います。このお礼は、いずれ…」
「そのような必要は御座いません。こちらこそ、ポーラ様のおかげで私の主が日々心穏やかに過ごせております。本日は些細ながら、そのご恩をお返ししたとお思い下さい」
彼女が素晴らしい人格者であるおかげで、少なくともポーラ嬢の居る教室内ではメルルに目に見える攻撃は全くない。
そういう意味では助けられているのだし、恩返しをしたと思えば今回の事は別に不本意ではないのだ。
…出来ればあんまり関わりたくないと思うけど。恩知らずとは承知で。
だって間違いなく、今以上に敵が増えるもの。メルルの敵にならないのであれば良いんだけど、男の嫉妬は見苦しいから向けられたくない。レオンは同性だからまだ気にせずいられるんだ。
す、っと静かにお辞儀をし、今度こそ保健室から退室する。
用事のない生徒は基本立ち入れないので、お嬢様方は部屋の外で待っているようだ。
待機していた彼女達にも、ポーラ嬢を助けた事に対する礼だろう会釈をされたので、こちらも執事らしいお辞儀でもってお応えして、あたしはその場を後にする。
急がないとな、授業に遅れる。
……ポーラ嬢はともかく、取り巻きさん達はどうすんだろ、授業。
――――――
そんな事があってから、しばらく後の休日の事だ。
ポーラ嬢から、メルルに一通の手紙が届いた。勿論、直接ではなくポーラ嬢が連れていたメイドさんが持ってきたのだが。
桃色のカメリアの造花が添えられている。
カメリアの花はメドヴェージ家の家紋である。中でも桃色の花は、ポーラ嬢個人を示すもの。これは要するに、貴族として正式で丁寧なお手紙という事である。
「……先日のお礼に、お茶会にお招きしたく存じます、だって」
「あー……」
例のポーラ嬢を保健室に送り届けた件については、メルルにも話してある。
教室で簡単にお礼を言われたと聞いたので、それで終わったと思ったんだけど。
そう甘くは無いか…。
「是非、弟君もお連れ下さいとか書いてあるけど」
「そっちで来たかー…」
使用人見習いではなく、メルルの義弟として、だと貴族へのお誘いなので、目上からの茶会の誘いなど断れる筈が無い。
使用人としてでも、メルルが行くならあたしも着いて行くが、その場合は請われなければ発言しないで済むからその方が良かったんだけど。
いや、その場合はメルルに集中するから、こっちのが良いのか。
「一応、親しい方のみの気軽なお茶会ですので、気楽にいらして下さいって書いてはあるわよ」
「それ、要するにあの取り巻きお嬢様達も居るって事よね?」
「多分そうでしょうね…」
メルルと2人で、思わず考え込む。
ポーラ嬢自身は優しい穏やかなヒトだ。それだけではなく、曲がった事を良しとしないしそれをハッキリと指摘する、なんというか、淑女だけど女傑だ。
それは好ましいと思うんだが、周囲の取り巻きさんもそうって訳じゃない。
特に、あの中の2人は入学初日にあたしを珍獣扱いした子である。
メルルに反論されて、完全に見下して嘲笑したあの2人を、あたしは好きにはなれない。
ポーラ嬢に叱責されてから、彼女達があたし達に絡むことはないんだけど、多分いまでも好意的に思われてはいないんじゃないだろうか?
むしろ、なんであたしらにそんなに気を遣う必要がある、と憤ってる可能性すらある。取り巻きさんて、そんなもんだ。
「……正直行きたくないけど、そういう訳にもいかないわよねえ…」
「そうね。公爵家令嬢からの直々のお誘いなんて、よっぽどの重病でも患わない限りは蹴れないわ」
「なんかごめん、メルルー…」
「いいわよ。マリヤは悪い事した訳じゃないし、他の男子達がふがいないのがいけないんだもの」
そう言ってくれると助かるけど、なんかあたしのやる事なす事でメルルに迷惑かけまくってる気がする…
今回もだけど、レオンの事もだし、あたし自身本気で色んな意味で目立つし。
思わず謝ったけど、メルルはそこまで気にした風もなく平気だと答えてくれるのが本当にありがたい。
お姉ちゃん男前…。身分の差さえなければ、ポーラ嬢と気が合うんじゃないか。
お茶会に指定された日は学院がお休みの日だ。
図書室には会議室みたいな個室があったが、実は寮にも個室がある。
それこそお嬢様方がお茶会をするような、広くて綺麗な部屋。中庭に面した壁は総ガラス張りになっていて、花や緑を存分に楽しめる造り。
壁やカーテン、調度品は白で統一され、非常に上品で美しい。
…まあこういう部屋使うのはお嬢様だしね。気ぃ遣ってるんだなあこの学院。
「突然のお誘いに応じてくださり、有難う御座います、メルルさん、マリヤさん。どうしても、先日のお礼をしたかったのです」
「こちらこそ、ポーラ様にお招き頂き光栄です」
花が綻ぶような笑顔で出迎えてくれたポーラ様。案の定、5人の取り巻きさん達も一緒だ。
普段は学生服を着ている彼女達だが、今日は休日で公爵家令嬢主催のお茶会だ。皆美しいドレスを身に纏っている。当然、メルルもだ。
メルルの弟として、と言うお招きだったので、考えたけどあたしも執事らしい燕尾服じゃなく、貴族の正装である。
息苦しさは殆ど変わんないけど、こっちの方がなんか着慣れなくて違和感ある。
「改めましてマリヤさん、先日は本当に有難う御座います。そして、わたくしの不注意でお手を煩わせてしまった事、心よりお詫び申し上げます」
「いいえ。あの時も申し上げました通り、普段のポーラ様のお心遣いへの感謝であり、何よりヒトとして当然の事をしたまでです」
流石にあそこまであからさまに困ってたら、手を出さない訳にいかないからね。
茶会の席に着いた後、メイドさん達がお茶を準備してくれている間に再度お礼を言われたので、あたしは今日は直接彼女に言葉を返す。
恩を着せるつもりはないし、これをきっかけに彼女と親しくなりたいという下心がある訳でもないとハッキリさせておきたいのだ。
案の定だが、取り巻きさん達は5人ともちょっと気が強そうなお嬢様だ。
そうだよね、ふわふわしてのんびりしたお嬢様が、取り巻きになるというのは無いもんね。そういうヒトは、付きまとわずに遠巻きにするだろう。
我と意思が強いから、ポーラ様を尊敬してお護りすると行動に移すのだ。多分自分の利だけの為に近付くような子は、ポーラ様は嫌うだろうから、そこまで酷い子はいないんだろうが。
でも、なんだ。
『この程度で調子乗るんじゃねーぞ』的視線を向けられてるんですよ。
あー、居心地悪い。はよ帰りたい。
「それでは、わたくしの気が済みません。わたくしとて、普段彼女を特別扱いしている訳でもなく、貴族としての品性と矜持を皆様にも持って欲しいと思ってしている事ですもの」
……む。
別にメルルを守っている訳じゃないと言われてしまえば、実際がどうであれあたしの普段からの感謝、というのが無効化されてしまう。
実際問題、周囲の攻撃対象がメルルでなかったとしても、彼女は同じ行動を取るんだろうから事実ではあるだろう。
「窮地を助けられ、謝辞も述べないようでは公爵家の名を汚します。ですから、きちんとお礼を申し上げる為にも、こちらにお招きさせて頂きたかったのです」
「……ポーラ様のお立場も考えず、浅慮な振る舞いを申し訳御座いません」
「ああ、謝罪はなさらないで下さい。本日はわたくしが貴方達にお礼の為におもてなししたいのですから」
仕方ないので、彼女からの感謝を素直に受け取る事にする。
こういう時、高位の貴族で常識的って、逆にめんどくさいなあ…
って考えてる事自体相当に失礼だけど。
でも田舎育ちなせいか、貴族社会が前世からあんまり好きじゃなかったせいか、基本的にこういうしゃっちょこばったの好きじゃないんだよね。
出された紅茶をありがたく頂きながら、溜息付きたくなる。
勿論表情は崩さないが。
「そのような服装で居ると、気品がありますのね。これなら貴族と名乗っても恥ずかしくはありませんわ」
「ええ、学生服もお似合いでしたけれど、こちらの方が宜しいですわね」
「……恐れ入ります」
「今からでも貴族科に編入なさりませんの?」
「私の志望はメルル様の執事ですので。成人した暁には、この身分も返上させて頂くつもりです」
「勿体無いですわね。きっと夜会でもご婦人方を虜に出来ますわよ」
「領主の跡を継げなくても、何も困らず暮らせそうですのに」
ねえ、と例の2人を筆頭にお嬢様方がきゃらきゃらと笑う。
……何かね、君達にはあたしが夜会で女性ひっかけて貢がせる系の男子に見えるのかね。
そこにあるのが悪意ではなく、冗談だと解っちゃいるが。
女子会って。女性だけの集団って。意外と話題がブラックだよね。
「貴女達、きちんと目標を持って努力しているマリヤさんに失礼ですわよ。……ですが、レポート発表の時の印刷機もでしたが、本当に非凡な才能をお持ちですわ。王都に残って学者になるという道はお考えではありませんか?」
「学者科の先生にも誘われましたが、お断りしました。私の目標は、決して変わる事はありません」
そういう環境に置かれて、どこまでの物をこの世界に伝えても大丈夫かっていうのが心配ってのもあるけど…
色々便利なものを原理だけとは言え知ってて、それを広めればアニマリアが豊かになるのかもしれないけど、それ以上に。
あたしがメルルの方を見ると、メルルもあたしの方を見た。
「…私は、私の主にして姉であるメルルお嬢様に、執事として生涯お仕えすると決めておりますから。他の道は、存在しないのと同じです」
誤解を招かないように、きちんと立場も明確にした上で言い切る。
2人で視線を合わせて、無言だけど女子同士の約束事を確認するように『ね?』と微笑み合った。
変な無粋すんなよ。あたし達にあるのは、恋だの愛だのじゃない。
愛はあるけど、姉弟愛とか主従愛だ。あと親愛とか。
視線を前方に戻すと、ポーラ嬢は少し目を丸くしていて、…シロクマだけに元々丸いけども。
すぐに表情を和らげたけど、なんだろう。
なんとなく、…羨ましそう、に見えるのは。気のせいだろうか。
「仲の良い姉弟ですのね、大変素晴らしい事ですわ」
そんな事を言ったけど、彼女にも少なくとも兄が居たと思うが、仲良くないんだろうか?
結局その話題はそれで終わってしまって、その後はまた別の話をそれこそ普通のお茶会つーか女子会っぽく、世間話や授業の話なんかをしていた。
明らかにレオンの話をしないのは、多分お互いに面倒だと気を遣っているのだと思われる。
それにしても……
「どうですか? 王都で一番のお菓子と人気の高い物ですの」
「……はい」
「相変わらず、こちらのは味わいが違いますわよね」
「ええ、他の菓子とは一線を臥していますわ」
「……そうですね」
思わず、メルルと2人で表情を崩さないようにして当たりさわりなく相槌を打ってしまった。
王都で一番の菓子。
って、アレだよアレ。大分前に、メルルがお土産にしてくれた、あれ。
またお前に出会うことになろうとは。…何の因縁だ。
相変わらずのぱさぱさした独特の食感。いつまでも口の中に残る、だだ甘い味。
数年経っても変わらぬ甘味の自重しない落雁である。
むしろ、なんだか甘味が増したような気がする。甘味って、上限無いのか? 辛さには無いって聞いた事あるけれど。
これをポーラ様は勿論、お嬢様方は普通にご賞味あそばされている。
え、甘すぎるって思うのあたし達だけなのか?
もう、貴族の皆様は甘味が壊れてるのか? 手遅れなんですか?
「実はわたくし、甘い物が大好きで……あまり食べ過ぎてはいけないと聞くのですけれど、どうしてもやめられなくて」
照れたように、ポーラ様は視線を伏せる。
可愛いけど、これを日常的に食べてたらバランさんみたいに長毛の上からでもコストの増大が解るようになるぞ、やめるんだ女子。
あと虫歯と病気が心配だ。本当に、あたしにとってこの世界のお菓子は嗜好品の域を超えて、ただの病人製造機だ。
彼女の将来を心配していたら、急にパっと顔を上げてあたし達を見る。
「ところで、カルネイロ領には今までに無い珍しいお菓子があると噂で聞いたのですが、本当なのでしょうか?」
「あ、……はい。…そうですね、まだ広まってはいませんが、わたしの屋敷で時折お客様にお出ししているお菓子はあります」
「もし宜しければ、今度わたくしにも頂けませんか? 今までに無いとても素晴らしい味だと耳にして、ずっと興味を持っていたのです」
お、おう。
もう王都にまで噂が届いてて、公爵家令嬢の耳に入ってたのか。
まさか、ご令嬢が無類のお菓子好きだとは…
きらきらした無邪気な期待の目を向けられて、あたしとメルルは再び顔を見合わせる。
これってつまり、このお茶会だけで終わらず、今度はあろうことかあたし達が主催になって公爵家令嬢をもてなさなきゃいけないって事だよね?
その場合、当然周囲のお嬢様方もお招きするんだよね?
そっちも若干興味ありげな視線をこちらに向けている。
相当なハードルの高さがあるが。
数秒メルルと視線を合わせた後、あたしは頷いた。
「……ポーラ様のお望みとあれば、喜んでお応えさせて頂きます。つきましては少々お時間を頂きたく思うのですが」
「ええ、勿論です。こちらから我侭を言っているのですから、改めましてご都合の宜しい時にお声をおかけ下さいませね」
「はい。わたし共の全力を持ちまして、公爵家ご令嬢に相応しい品をご用意させて頂きます」
これで滅多なモン出したら、相当な大ピンチである。
女子会って恐ろしい。ある種、女同士の戦争みたいな体である。
身分の差は明確にあれど、ナメられたら終わりだ。
あれだ、なんかママ友の会みたいなじわじわとした恐ろしさがある。
なんていうか、気を利かせることを無言の中で強制させられるというか。
女の派閥争いって怖いからなあ……。男よりもよっぽど怖い。
ただし、これを乗り越えられれば相当な安泰を確保できるし、何よりも指定されたのはお茶会というか、お菓子だ。
これは上手くすれば、良いチャンスに変えられる。
……懸念があるとすれば、ポーラ様があの病気製造機で既に舌の甘味方向がぶっ壊れてるんじゃないかって事だけ、かな…
どうか、彼女の味覚も常識的でありますように。
女子の派閥争いほど恐ろしい物は無い。
女の世界って…エグいんだぜ…?
まあそんなエグさは別にこの作品で日の目を見る事はないのでご安心を。
例によって、まったりのんびりどっしり警戒せずお楽しみ頂いて大丈夫です。
学院でも、マリヤさんによる餌付けが開始される…(←
…あ、もう既に開始されてたか。




