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ヒツジさんの執事さん  作者: 美琴
第二章
32/67

31・選択授業・薬学

今回はちょっと怖い話というか、痛いというかグロい系の話が混ざっています。

 苦手な方はくれぐれもご注意くださいませ。




 学院生活も始まって3ヶ月も経つと、ここの生活にも大分慣れてきた。

 選択授業もどの講義を受けるか皆ほぼ決まったようで、顔を出すヒト達も殆ど固定になってきている。

 結局、体育はあのまま剣術を続ける事にした。レオンも喜んでいたし、うざったいのが全員消えたので楽だから。

 後は魔法学はレオンもメルルも一緒。必修で家庭科というかホームキーパー的なのがあるのだが、それとは別に調理実習があって、それはエルミン君と一緒。

 …サンセさんとは、あんまり接点は無いな。彼女とは、選択科目があまり被っていない。お花の栽培とか、鉱物とか、そういうのが多い。

 そりゃまあアイルリーデ領は、有名な紅茶の産地だからね。後、最近宝石の鉱脈が見つかったとかで開発が始まったんだそうだ。それでなんだろう。

 接点が無いと言っても、休日はいつも部屋に来てお喋りしているので、仲良くない訳では決して無いのであしからず。

 で、本日はリシッツァ先生の薬学授業である。

 これも、あたしとエルミン君両方選んでいる授業だ。

 あたしは薬に興味が少しあるし、エルミン君はそれに加えてリシッツァ先生に憧れがあるようだ。あのヒトも相当有名なヒトみたいで、同じような子は多い。

 とは言え、薬学をあまり貴族科の子が選ぶ事は無いみたい。

 それが必要となった時に奔走するのは使用人だろうしね。ま、解らんでもない。

 解らんでもないのだが。


「敗戦国の絶滅危惧種が大きな顔をしているとは、とんだ厚顔無恥だな」

「王子に取り入って、善からぬ事を企んでいるのではないか」

「過去の復讐でもするつもりなのかも知れん。今の内に王子に申告し、追放するべきだろう」


 相変わらずの、小声なのにきちんと聞こえるという絶妙音量での後方やや右斜め後ろからの陰口である。

 授業開始前に、沢山ある席の一つにエルミン君と並んで座っているのだが、いやそのなんだ、君達はその為にわざわざ薬学選択してるのかね?

 殆どが学者科、次いで使用人科の子の多い授業であって、一握りの貴族科の皆様は殆どが男で、大抵はあたしの座る席の近くでこの調子である。

 人生、暇そうで羨ましい限りである。あと、申告してみ? きっと楽しいから、いや君らがなくてあたしがね?


「…飽きませんね、彼らは」


 これは向こうに聞こえないように、ぽそっとエルミン君が呟く。

 そっちを見るだけでも絡まれそうなので、見はしないが、大分彼は後方右斜め後ろをうざったく感じているようだ。


「ええ、飽きませんね」

「いったい、いつまで続ける気なんでしょう…」

「ええ、楽しみですね」

「……はい?」

「いえこれが、毎回微妙にニュアンスや内容を変えてきてるんですよ。そのバリエーションの多さには驚嘆すら覚えます」


 常に同じこと言ってたら詰まらんが、これが意外と似た内容だが微妙~に変えてくるのだ。多分、何があたしの神経逆撫で出来るのかと試行錯誤してるのだろう。

 その努力と頭を他に使えと思うが、別にその無駄な時間を消費しているのは向こうなので、あたしは全く損していない。

 むしろ、どこまで続けられるのか、楽しみでさえある。


「…僕は、マリヤ君のその鋼のような精神力に驚嘆を覚えます…」

「だって、別に何も実害ありませんしね。日々更新されるレクリエーションと思えば充分楽しめますよ」

「普通そんな事出来ません…」


 にこっとあたしは微笑むが、元いじめられっ子・エルミン君は呆れ半分、羨ましさ半分みたいな声色で溜息を吐いた。

 いや、だってなんで気にしてやらなきゃいけないのさ。あたし、何も悪い事してませんもん。

 生まれるより遥か前の戦争で負けたの云々とか、どーでもいいにも程がある。知りもしない事に恨みを抱くほど暇じゃない。

 それに確かに王子に取り入っちゃった? けど特に何も企んでないし。

 好きに疑心暗鬼になって、思考時間と精神を浪費すればいいのです。君らの陰口くらいで、あたしの心はビクともしません。

 強いて言えば、隣に居るエルミン君の心労が心配なくらいだ。


「田舎貴族の養子程度が、分不相応という言葉も知らんと見える」

「自分の評価にも気付かずへらへら笑っているとは、頭がおかしいのではないか」

「どのような卑劣な手で王子に取り入ったやら」

「知りたいか?」


 続く坊ちゃま方の陰口に、更に後方からの返答が入った。

 聞き覚えのある声だったので、目を合わせないようにしていたお貴族様達の方に振り返る。

 4・5人固まってあたしに聞こえるようにぼそぼそ言ってたお坊ちゃん達の真後ろに、いつから居たのかレオンが両腕を組み、仁王立ちの姿勢で立っている。

 …いつからというか、今来たんだね。


「れ、レオン殿下…!」

「知りたいのなら、答えてやるぞ。何も隠すような事は無いのだからな」


 レオンの彼らに向ける視線は、実に冷ややかだ。絶対零度と言って良い。

 王子様のご機嫌を損ねたのは疑いようも無く確かで、だからと言って逃げに転じる事も今は出来ない。

 何故なら、王子様に語りかけられているのだから。そして今は授業開始待機中、用事があると退席は不可能。理由も無く会話を切って席を移る? そりゃ酷い不敬罪だ。

 あーあー、と言った気持ちで彼らを見やるが、今は誰もこっちを見ていない。


「3年ほど前になるか。今も決して大人とは呼べん俺だが、当時は更に未熟な子供であった。愚かにも自分が背負う重責に耐えかね、1人で野を駆けた事がある」


 静かに、王子様は語る。

 それを遮る者は居ない。このタイミングでとめられるとしたら先生だけだが、まだ来てないので。


「ただ単純に、自分に無いからと言うだけの理由で自由に憧れる俺に、その時出会った彼は教えてくれた。自由に伴う責任と、ヒトにそれぞれ与えられた立場や義務を誇りに思い、それを受け継ぐ素晴らしさを」


 …そんなに大層な話をしたか、あたしは。

 でも、大体言いたい事は子供ながらに受け取ってもらえてたようで、何よりだ。

 もう、あの時のような生まれを疎んだり周囲の期待に押し潰されそうな迷いや弱さは全く感じられない。この3年で、彼もきちんと次期王としての責任を育ててきたのだろう。


「今の俺が、この国の王太子として迷い無くこの場に居るのは、マリヤのお陰と言って良い。彼は、俺にとっては先祖である建国王と父である現王の次に尊敬する、唯一無二の友だ」


 尊敬と来たか。

 ……なんというか、立派になって。なんか、弟の成長を見ているようで、お姉さん(頭の中身だけ)は嬉しいわ。

 いや、弟居たけど。あいつは悪いヤツでは無いが、おバカだったからなあ。そこが可愛いといえば可愛かったが。


「恩義と友情を抱く者として当然ながら、俺はマリヤの味方だ。彼の敵は、俺の敵とも言える。…とはいえ、国の次代を担う王太子として公私混同はしない。あくまでも、レオンという俺個人としてだがな」


 レオン、それはあんまりフォローになっていません。

 お貴族の皆様、真っ青になってるじゃないか。いや毛並みでよう解らんけど、確実に顔色悪くなってますよ。

 あくまでもこの場は身分関係なく、王子である前にレオンという生徒として、と言いたいのだろうけども。

 あんた、あたしの敵と懇意にする気は一切無い、そしてたった今あたしの陰口言いまくったお前らは俺を敵に回したぞって言ったようなものですよ。

 …いや、実際そう言いたいのかな。

 ここまででそれを理解せず、背後に問題のご本人居るのに何の実も結ばない陰口に精を出してた彼等に非しかないけどね。

 時間の浪費の末に一番起こしたくない事態を自ら招くとは、ご苦労さんとしか言いようが無い。

 言うだけ言って、ふんっと鼻を鳴らしたレオンは彼らから離れてつかつかと歩きあたしの左隣に座る。右隣はエルミン君。


「珍しいですね、レオン。薬学の授業に顔を出すなんて」

「今日の授業内容は少し興味があったからな。是非、聞いておきたかったんだ」


 今しがたの顛末など無かったかのように、笑顔で話すあたしとレオン。

 エルミン君はちらちら後方を見ている。どんな表情してるんでしょうね。興味無いから見ないけど。


「あ、レオン。一つだけ言っておきますが」

「何だ?」

「私に敵は居ませんし、誰の事も敵と思っていません。ですから、今の所この学院に貴方が敵と思うヒトはいませんよ」

「お前、あれだけ毎日色々言われて、気分を害さないのか?」

「いえ、特には」


 にっこり笑って、言い切った。

 それは、周囲の悪意を全く気にしていないという事であり、…ついでにあたしを敵視しているヒト達を全く歯牙にもかけてないという事である。

 当然味方じゃないが、あれだけ色々聞こえるように言ったのに敵にもなれてないって言うのは、どんな気分だろう。

 どうでもいい事だが、今の状況ではフォローにも聞こえるのかな。


「唯一無二の友と呼んで頂けるのは嬉しいですが、レオンはもっと気心知れた友を増やしても良いと思いますよ。貴方と仲良くしたい方は沢山居られるでしょう」

「そうだな。まあ、少なくとも殆ど知りもしない相手を、自分の勝手な想像と悪意で貶め、精神的に追い詰め排除しようとするような輩とは話もしたくは無いが」


 上げてから落とす方式ですかね。

 暗に背後に居るお前らとはもう友となる道は無い、とバッサリ切り捨てるレオンさんである。うん、でも貴方のそういうトコ好きよ。

 王子様らしい、シビアな面はあって然るべきだ。難しい立場である以上、親しく付き合う相手は吟味しないと。

 …友情ってそういうモンじゃないと思うが、彼の場合は致し方ない。

 その立場や権力に取り入ろうとするヒトが少なからず居て、それをホイホイと受け入れていては、彼自身のみならず将来の国の問題になりかねないからね。


「ほーい、お前ら座れー。授業始めんぞー」


 がらりと教室の扉を開けて、リシッツァ先生が授業開始の合図である鐘の音と共に入ってくる。

 いつもの事だが、開始ギリギリまで来ないんですよこの先生。

 相変わらずの和服に似た服装はきっちりとはしているが、なんかこう動きがだるっとしてるというか、不良中年くさいんだよね。

 …ホント、一見隙だらけなのに、見れば見るほど隙が無い。不思議な感じ。

 むしろ、相手を油断させる為にあえて隙だらけに見えるようにしてるんじゃないかとさえ思う。

 それを私生活からしてたら超疲れるだろうけど。もう身に染み付いちゃってるんだろうなあ。うん勝手な想像ですが。

 出席者の点呼を取ってから、リシッツァ先生の薬学授業の始まりだ。


「えー、今日は薬は薬でも、癒す目的じゃない薬の話だ。これはむしろ、治癒薬とかよりよっぽど危険で慎重に扱うべきモノだから、真面目に聞けよー」


 この世界の薬の効能は、かなり医学の進んでいたあたしの前の世界と比較してもかなり高い。

 何せ、最高級の傷薬ともなれば、5分足らずである程度の傷を塞ぎ、3日もすれば跡すら消える。無論、上級貴族でもなきゃ出せない金額だが。

 一般普及している薬でさえ、かなりの効果があるのだ。時代的に考えれば、かなり凄い事であると思う。

 怪我の他に病気に対する薬も数多い。それらを正しく処方する為の知識なんかも教えてくれる、実に有意義な授業だ。

 ……でもって、今日の講義はそういった『癒す』以外に使われる薬。


「世の中には、傷薬や治療薬と呼ばれるヒトの身体を癒す薬、それ以外の薬も存在してる。解るな? いわゆる『毒』、これも薬の一種だ」


 物騒な話だが、なんとなくレオンが今日来た理由を察した。

 国の最高権力者になる身だ。王になってからと言わず、今でも一服盛られる危険は無いとは言い切れない。

 国内に良からぬ考えを抱くヒトが居なくとも、国外に居ないとは限らない。

 いくら平和が続き、戦争から遠い時代でも。国同士のやりとりってのは、決して綺麗事だけではないだろうからね……


「一口に毒と言っても、その種類はヘタすりゃ治療薬よりも豊富だ。飲むと即死する物から、徐々に健康を奪う物。時には身体ではなく精神を蝕む物。酷いモンになると触っただけ、匂いを嗅いだだけでアウト、なんてモンも存在する」


 そんな劇薬みたいな毒キノコが、前の世界にもあった気がする。

 薬という技術が相当高いこの世界、当然毒薬を作り出す技術も高いと思う。


「お前らは癒す目的の薬学を教わってんだよ、と思ってるかも知れんが、だからこそ毒に対する知識ってのは大事だ。もし毒を含む食い物に当たった時や、万一誰かに一服盛られた時。正しい治療薬を選べなきゃ、解毒ってのは難しいからな」


 確かに。

 もっと言えば、毒が回るまでの対処法なんかも大事なんだろうけど、まあそれはこの授業の範疇外だ。

 きっと解毒薬も、相当な高レベルの物があるのだろう。…流石に即死毒に対してはどうにもならんと思うけど。


「ちなみに、毒の中には治療に使われる毒も有る。例えば、重傷者を痛みのショックで死なせない為に身体の感覚を麻痺させるヤツとかな」


 この世界にだって、治せない病気……例えばガンみたいな、そういうのだってあるだろう。

 そういうのの痛みを取る薬はあって然るべきだろう。

 後は、…物騒な話だが、もう助からない患者を一思いに、みたいなのとか、あっても不思議じゃないな。


「なので、植物や動物に含まれる毒から、ヒトの手で作り出せる毒まで……言い出したらキリが無いんだが、その症状から作り方までしっかり覚えろよ」


 内容を理解すれば、正しい対処が出来るようになる。

 それは解るけど、作り方まで教えちゃうんですか、センセ。

 陰謀渦巻く…、…いや言う程ではないよこの世界は…、そんな貴族の子や、それに仕える事になるであろう使用人達が居るってのに。

 将来、出世の邪魔となる誰かに一服盛ろうなんて、阿呆な事考える子がいないとも限らないのに、剛毅な事だ。

 そう思うのは、あたしだけじゃないのだろう。

 リシッツァ先生の言葉に、わずかに顔を見合わせ、ざわつく生徒達。

 …あれ、なんだろう。ちょっとだけ、後方辺りの子達から広まった毒薬を盛られるような危険を感じた。この学院に来て、初めて身の危険を感じたぞ。


「先生、それはその、将来悪用される心配とか、無いんですか?」


 1人の生徒が、挙手をして誰もが思ったことを質問する。

 それに対し、ふさふさ狐のオッサン先生は口を大きく開けて笑った。


「何バカ言ってんだ。お前ら、授業で剣やら槍やら弓やら教わってんだろ。ヒト殺すのなんざ、やろうと思えば棒の一本、…いや素手だって出来らぁな。その手段が一個増えたくらいでガタガタ言うな」


 いや、理屈としてはそうだけど、道徳的な問題が無いか。

 戦争で面と向かって剣で殺しあうのと、毒を使ってひっそりと大量に殺すのでは何というか、方向性違うというか、人道的な問題つーか…

 …いや戦争自体が人道に適ってるのかと問われれば、また答えに困るが。


「まあ正味の話。知ってるヤツも居るかも知れねぇが、この国の毒に対する罰は非常に重い。正式な薬師以外のヤツは持ってるだけで投獄、毒殺なんざしようモンなら高確率で極刑だからな」


 ……お、おう。

 そりゃあるか、極刑。

 元・日本在住の身として、存在は知ってても身近には無い事柄だ。でも、こういう世界ならあっても普通なんだろうな。

 軽い口調の先生の釘刺しに、生徒達のざわめきが止まる。

 もしかしたらこの中で、将来薬師になる子も居るかもしれないけど。

 大多数の子にとっては、製法や症状を知って、いざという時対処する為の授業。そう割り切らないと、なんていうか危ない。

 ざわめきが収まった生徒達だったが、先生はむしろとても楽しそうーな表情になった。

 あ、あれは要らない豆知識を語る時の顔だ。


「そーいや極刑と言えば、この国の極刑は斬首刑なんだが。お隣のレプティリアは絞首刑、バーダムは磔からの串刺し。一瞬でカタがつく分、アニマリアのは慈悲深いーなんて言われてるな」


 わあお。

 言うのか。その話を発展させるのか。

 いやまあ知っておいた方が良い内容かもしれないけども!

 『そんな目に会いたくない』と思うからこそ、犯罪を抑止する効果が期待出来る訳だから…

 というか、鳥さんの国って串刺し…。…だめだ、ちょっと美味しそうな想像になってしまう。前の世界で出来上がった平和な頭の弊害だわ。


「だが、本当に慈悲深いのかって考えた事あるか? 頭と身体が泣き別れして、一瞬で楽~にサヨナラ出来る保障なんか無いだろ?」


 …待て待て、このオッサン何を言い出す気だ。

 既にこの時点であたしはオチが読めたが、それも前の世界の知識や雑学あってこそだ。

 他の生徒達は、またざわざわし出す。


「あの、でも、斬首されて生きていたなんて話は聞きませんけど…」

「いやそりゃ死ぬさ。問題は、一瞬で楽に死ねるか、だ」

「そんなの、されて見なきゃ解らないじゃないですか!」

「勿論そうだ。だが、されたら死ぬから証明出来ない。…っていう無理に気付いちまうと、証明したくなるのが学者のサガらしくてな。あろう事か、自ら罪を犯して斬首刑に決まった頭のおかしい学者が居た訳だ」


 マッドサイエンティストって言うのか。

 いや待て。それはその、死刑囚を使おうよ。

 いやいや、実験に他人を使うのもアレだけどさあ!

 この国でどれくらいの頻度で執行されてるか知らんけども!! 少なくとも日常的では無いだろう。だってこんだけ平和なんだから。


「ソイツは執行人に頼み込んで、友人を自分の死刑に立ち合わせた。で、友人にはこう頼んだんだ。『意識がある限り瞬きを続けるから、その回数を数えてくれ』ってな事をな」


 既に、現時点でぷるぷるしている子が何人か居ますけどー…?

 というか、正に右隣でエルミン君がぷるぷるしてるんですけどもー…

 レオンは……あ、むしろ興味津々というか、先が聞きたそうに先生を見てる。


「そして、実験は行われた訳だがー……どうなったと思う?」

「ど、どうなったんですか?」


 さっきから質問をしている生徒が、また素直に聞き返す。

 雉も鳴かずば撃たれまいに…。君もぷるぷるしてる1人じゃないかい。

 問われた先生は、ニヤリと不敵に笑う。そして、たっぷりと間を置いてから。


「……首と胴体が切り離されてから、実に10秒以上も、ぱちぱちまばたきしてたんだ。意識はバッチリあったんだろうな」


 ぎゃあ、と誰かが悲鳴を上げた。

 …あ、さっきの貴族っ子の1人じゃないか。ええい軟弱者め、ビビっても声や態度に出さない、これが紳士の基本でしょうが。

 パっと見、主に女子は顔色悪くなってそうだ。想像したかな。


「そ、それはその、冗談ですよね先生?! その立ち会った友人ってヒトが誰かも解んない、とかそういう怖い話ですよね?!」


 声を上げた女子は、半泣きである。

 おい、これ授業中の雑談としてどうなの。


「いや? ガチでマジだぜ? …だって立ち会った友人って、俺だからな」


 わあお。

 え、それって割と最近の出来事なの? 実話なの?

 またもや教室内で上がる悲鳴。主に女子。

 友人と手を取り合ってぶるぶるしていたりするんだが、…エルミン君、頼むからあたしの服の裾を掴むのやめないか。女子かお前は。

 良い反応をする大多数の生徒達に満足行ったのか、リシッツァ先生は楽しそうにえらく明るく、またわっはっはと声を上げて笑う。


「んまあ、そんなおっそろし~ぃ目に会いたく無かったら、バカな事考えるのはやめときな。毒なんて使うより、胴体とくっついてる立派な頭を使った方がずっとお前らの為になるぜ」


 果たして、真実なのか、狂言なのか、戒めなのか。

 はい、それじゃあ本題と話を元に戻す先生であるが、生徒達は見事になんというか、お通夜状態である。

 気絶者はいないようだけど。

 本当に、扱いが難しい知識だからこそ入念に釘を刺した……んだろうけど、生徒達が心に傷負ってないと良いけどなあ。




――――――




 授業が終わった後も、なんかエルミン君がふらふらしている。

 レオンは大丈夫そうだが、…どうやら彼は、ああいう痛い怖い系の話はすこぶる苦手なようだ。

 あの後は、極普通の授業だったんですけどね。毒薬の製作実技なんかは無い。


「大丈夫ですか、エルミン君」

「は、はぃ…」


 毛並みでよう見えんが、顔色が優れなさそうだ。

 想像しちゃって気持ち悪くでもなったかな。


「あ、あれは、…その、リシッツァ先生のジョークですよね? あの、夏に向けての怪談の一種、ですよね?」

「さあな。現場を見た事が無い以上、鵜呑みにするかは個人の自由だろう」


 レオンは信じているのかいないのか。とりあえず、彼はけろっとしている。

 てか、夏に怪談で涼むという文化があるのか、この国には。


「ま、マリヤ君も嘘だって思いますよね、あんな怖い事ないですよね?」

「……まあ正直に言いまして。斬首されて暫くはまだ生きてるでしょうけど、普通はそんな痛みに耐えられませんから、気絶してそのまま終わりだと思いますよ」


 ヒトは、脳で許容出来る痛みや恐怖の限度を越えると、大抵気絶する。

 ショック死を防ぐための自己防衛機能だろうが、…尤も斬首なんてされたら、そのまま死ぬだろうけどね。

 先生の話が嘘か真かは知らないが、普通のヒトはそんな状態で瞬きを何度もするほど冷静では居られんだろうし、その前に意識が無いか、痛みのショックで死んでると思う。

 思うところを正直に、でも怖がらせないように言ったつもりなのだが。

 エルミン君は、またショックがった顔をした。


「…や、やっぱり暫く生きてるんですか」

「理論的には、多分…」

「どんな理論ですかっ」

「生きる為には呼吸が必要ですけど、息を止めても暫く大丈夫でしょう。強く手や指を抑えて血を止めればいずれはその先が壊れますけど、即座にじゃない。…その理論で行けば、頭の血や空気が一瞬で無くなる訳じゃありませんから……」

「ひゃあああああぁぁぁぁ!!!」


 あ、悲鳴が上がった。

 廊下を行く生徒達の視線も気にせず、涙目になったエルミン君はその場にうずくまって頭を抱えてしまった。

 なんで怖がるのに、話の先を聞きたがるかな…


「……これ、変に広まったりしてこの国の法が狂ったりしませんかね、レオン」

「いや、そもそも人道的な理由で斬首が極刑な訳じゃないぞ。古くは罪人の首を晒す為の物だったし。今は死を持って償ったとして、そこまではしないが」


 ああ、きっちり罪人に罰を与える為の物であって、それが一番楽だからせめてもの情けにという観点からじゃあないのね。

 んー、まあ時代的には中世っぽいしね。あって当然の刑罰だろう。

 穏やかで平和な世界ではあるが、前のあたしの世界だってそれが当然って国はあったんだしね。

 特に政敵を毒で秘密裏に始末なんて…。…罰されても仕方ない。

 毒はだめだよ。毒は。



 なんというか、当然ながらその日のエルミン君は殆どお昼を食べられなかった。

 …少なくとも、あの授業に出た子は決して毒を使おうなんて思わなくなる程度の破壊力はあったかもしれない。…まあ、いい事かなあ。






 マリヤさんはそういうの平気な方。うわあ、とは思うけど。


 ちなみに、実際そういう記録はあるようなんですが、確証がある話ではありませんので真に受けないで下さい。

 怖い話や痛い話は、『そうなりたくない』と思って注意する為の物です。

 夏で暑いので、ちょっとした怪談とでもお思い下さい。

 とはいえ、ご気分を害されたら申し訳ございませんでした。


 つけててよかったR-15。




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