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ヒツジさんの執事さん  作者: 美琴
第二章
31/67

30・とある休日


 あたしの武術のお師匠こと、プルミエ村の雑貨屋店主ウルガさんは、かつて王都で名を上げた最高の騎士だったんだそうだ。

 元を正せば極普通の平民、…どころか親も解らない捨て子だったそうだが、育った孤児院を援助する為と騎士を志し、当時の騎士団長にその才能を見出され鍛え上げられ、瞬く間に腕前を上げたのだと言う。

 今思えば孤児で行き場の無かったあたしにえらく親切だったのは、その辺の生い立ちがあったからなのかなあ。…いや領地内のヒト皆親切だが。

 成人したその次の年には騎士として認められ、20になった頃に最高の武術と人徳を持つ者にだけ与えられる、聖騎士の叙勲を受けたのだとか。

 名実共に、国一番の騎士だったのだが、彼はある日突然姿を消す。

 それまでに頂いた恩賞の全てを、後見人であった前騎士団長に託し、彼が育った孤児院の運営資金として貰っている。

 軽く100年近くは食うに困らないほどの金額だというから、一体どれだけ彼に功績があり、その財産を築いたのか……押して知るべし。


「姿を消した理由は、大切なヒトを護れなかったとか、とある任務で大怪我をしたからだとか、彼の名声を妬んだヒトが追放したとか、色々言われてますけど。ハッキリとした理由は誰も知らないんじゃないですかね」

「そうですか…」

「それでも、彼がとてつもなく強く、そして平民にも分け隔てなく優しいヒトだった事は間違いありません。今でも、彼に憧れて騎士を目指す子供は多いですよ」


 もう知っちゃったし、王都なら誰でも知っている事のようだったので、ウルガさん…聖騎士様について、エルミン君に尋ねてみたら、嬉々として答えてくれた。

 恐らく彼も、かつて国一番の聖騎士に憧れた1人だったのだろう。


「もう伝説のように扱われてますが、まだほんの20年前の事です。戦死したとは終ぞ聞きませんからまだご存命でしょうし、何処かで今も悪と戦って居るかもしれませんよね。是非、一度お会いしてみたいなあ…」

「……そうですね」


 尚、エルミン君にはあたしの師匠がその聖騎士ウルガ(多分)だとは言っていない。噂を聞いて、詳しく知りたいと尋ねただけだ。

 まるきり子供のきらきらした表情でそんな事を言う彼に、思わずそっと視線を逸らしてしまった。

 ……英雄に、夢を描くのは子供の常だが。

 今現在の聖騎士様は片田舎でのんびり雑貨屋を営んでおり、女の子向けのアクセなんかアドバイスと共に売ってたり、店先で子供と一緒に麦茶飲んでたり、あまつさえ梟のお姉さんに数年越しの片想いしてもじもじしたり尻尾しょんぼりさせたりしている草食系オトメン狼になっていると、誰が想像するだろうか…

 いや、師匠が充分過ぎるほど強いのはその教えを受けたあたしは知っているのだけれど、なんというか。

 ……うん。…幸せそうに生きてる事だけは間違いないよ。

 隠居した理由は知らないが、とりあえず怪我したというのは無い。彼は五体満足であり、少なくとも見える箇所に怪我の跡なんてなかった。動きも不具合を抱えてる部分があるとは思えなかったし。

 逆に、そんな立ち位置に居て古傷の一つも無いとか、どんだけ最強だったのか。


「ああ、でもリシッツァ先生なら何か知ってるかもですけど…。きっと答えてくれないでしょうね」

「そうなのですか?」

「はい、先生は当時ウルガさんの無二の親友で、殆どの任務に同行する騎士団付きの薬師だったそうです。今は現役を退いて、教鞭を取っておられますけど」


 あー、そういう繋がりなのか…

 騎士団付きの薬師ってのは、要するにあれだ、衛生兵みたいなものだ。

 この世界には身体を治癒する魔法は存在しない。だから、怪我をすれば頼りになるのは各種薬になる。

 当然ながら前の世界のような医療は発達していない。けれど、あたしの世界では考えられないほど効能の高い薬や解毒薬が存在している。

 流石にゲームに出てくるような即効性の回復薬とまでは行かないが、高価な薬はそれに迫る効力があるとか。

 そういうのに頼るので、この世界では『医師』ではなく、『薬師』が一般的な医療担当者であるようだ。

 まあ、リシッツァさんは単なる街に居るような薬師ではなく、危険な任務にも随行出来る肉体派だったのは間違いないと思うけど。

 じゃなきゃ、いくら殺気も何も無かったとは言え、簡単に背後取られるとかありえません。ええ、ありえません。

 だってあのヒト、へらへらしてて一見だらしなく見えるけど、常に一切の隙が無いのだ。そしてどんな時でも足音立てないという徹底振り。

 暗殺者か。

 ……唯一の弱点として、無類の酒好きの癖に下戸である、という意味解んない物があるけどね…


「随分憧れていたようですが、エルミン君は騎士を目指さなかったのですね」

「いやあ、…実は、剣術の才能の方はさっぱりで…」


 習ったことはあるのだが、どうも苦手であったらしい。

 ヒトにはそれぞれ向き不向きがある。憧れていて、やりたい将来と自分の才能が噛み合わないなんて、ままある事だ。

 それでも努力する事も良いが、見切りをつけて自分にあった道へと方向性を変える勇気を、あたしは評価したいと思う。

 少なくとも、エルミン君は騎士よりは執事というか、そういうのの方が合っていると思う。彼の礼儀作法は、爵位の低い貧乏貴族出身と思え無い程完璧だから。

 …いや、騎士にだって礼儀は必要だろうけどね。


「と、そこ右に入ります」

「はい」


 並んで歩いていたエルミン君の案内に従って、大通りから横の通りに入る。

 本日は、学院はお休み。

 1週間という概念は無いこの世界において、学院の授業は5日間。その後に1日のお休みになる。

 この一日は、王都から出さえしなければ基本的に自由だ。

 先生は殆ど学院内のどこかに居るので勉強の質問に行っても良いし、立派な図書室で予習復習するのもいい。友人と茶会、なんて事をするお嬢様も居る。その為の交流所というか、そんな場所もある。申請すれば個室も使えます。

 貴族の皆様は各一人だけ使用人を連れてきても良い事にはなってるので、休みの日は家で過ごしているような優雅な一日を、…過ごしてるかなあ。

 まあその辺は知らん。好きにすればいいしね。

 で、今日はメルルとサンセさんは寮のお部屋でお茶会をしている。

 レオンは一応見に行ったが、案の定貴族の子女達にキャーキャー言われながら囲まれてたので、なんか助けてくれという視線は感じたがほっといた。

 別に女の子に囲まれているのをやっかんでる訳では無い。あたしにそういう感情は生まれん。極端な話、ライオンが動物達に囲まれてるの見て、『すげー流石だぜ百獣の王、ファンタジーだねっ☆』以外に何を思えと言うのだ。

 単に、今日はちょっと街に出かけたかったので、あの状態のレオンは放っておかざるを得なかっただけです。

 目立つのは良いのよ。だってあたしだけで目立つんだもん、今更だ。


「しかし、エルミン君が案内して下さって助かります。初日はどこに何のお店があるのか、探すのも一苦労でしたから」

「あはは、お役に立てて嬉しいです」


 エルミン君はこの王都で生まれ育った子だ。

 …レオンもそうっちゃそうだが、彼は王室育ちだからね。

 貴族の子息ではあるが、エルミン君の育ち方はあまり庶民と変わらないレベルだった。

 ので、小さい頃から顔見知りの店で手伝いをしていたり、家計のやりくりなんかの関係で安くて良い店を知っていたりしたのだ。

 大変だね、男爵家の次男…

 いや、伯爵家の跡取り娘の食事に使う食材がそれで良いのかと言う話はあるが、メルルにあんまりそういうお高く留まったプライド的な物は無いので。

 メルルは朝がちょっと苦手というのもあって、朝食は部屋であたしが作ったのを食べている。他にもお弁当を作ってお昼を外で食べる事もあるので、それなりのスピードで食材が減る。買い物は必須だ。

 生活費は毎月お父さんから送られてきてるけど、それをフルで使う事も無い。

 つーかお菓子の時も思ったけど、安くて美味しいならそれが最高じゃないかね。無論安全には代えてない。


「ところで」

「何でしょう?」

「マリヤ君、街でもその口調続けるんですか」

「…学院の生徒が何処に居るか解りませんからね」


 周囲に居なかったとしても、この街であたしを特定するのなんていとも容易い事だからね。

 人間が女言葉で話してる、なんてあっさり噂が噂を呼んで、すぐに学院内にも広まっちゃうだろう。

 なので、あたしが通常モードで話すのはお部屋と、3日に1度の友達だけで食べるお弁当の時間だけだ。


「何か問題がありますか?」

「いえ、問題じゃないんですけど…。折角友達同士で出かけてるのに、よそよそしいというか、もうちょっと仲良くしたいというか」


 …………

 何故、その台詞をやたら恥ずかしそうにもじもじしながら言うのかな、少年?


「…エルミン君には、そっちの趣味がおありなんですか」

「あっ、ありません!!」

「ハッキリ言っておきますが私は間違っても男装している女性などではありませんし、そんな展開を期待されても困りますよ」

「知ってます、じゃなくてそういう話じゃないです!」


 まあ、毎日一緒に風呂入ってるから解ってるだろうけどね。

 ……もう一度明記しておくが、寮内に共同のお風呂があるんですよ。レオンだって一緒です。

 さておいて、なんつーか、このオコジョ君の友達難民をこじらせた懐きっぷりが時々怖いよ…

 いや懐かれるのは良いんだけどね。可愛いと思うよ。動物的な意味で。

 別にこの世界のヒトをあたしと同じヒトと認めてないという訳ではないのだが、どーしてもビジュアルがなあ…


「おや、エルミンじゃないかい! 久しぶりだねえ」

「あ、お久しぶりです、女将さん」


 辿り着いた野菜を売る店を覗くと、垂れ耳の兎な女店主が親しげにエルミン君に声をかけてきた。

 それだけで随分馴染みの店なんだなーとわかる。


「学院に入学したんだろう? 今日はどうしたんだい?」

「今日も買い物ですよ、僕がじゃないですけど。友達に、美味しい野菜が売ってるお店がないかって聞かれて、案内してきたんです」

「おやおや、早速友達が出来たのかい! 君がそうね?」

「はい、始めまして。マリヤと言います」

「珍しい感じの子だねえ。でも、しっかりしてそうな子じゃないか。マリヤ君だっけ、エルミンの事どうぞ宜しくしてあげてねえ。この子、頑張りやの良い子なんだけど、どうも要領が悪いというか、たまーに変なドジを踏む子で…」

「わ、わああああ、女将さんやめましょう、ドジなんてしてたの子供の頃の話ですしっ!!」

「何言ってんだい、まだ子供だろう」


 おおお、完全に近所のおばさん。

 エルミン君が肝心なところで要領が悪いとか、最初に認識した時から解ってるけれど、やっぱり小さな頃の事とかバラされると恥ずかしいらしい。

 大慌てで止めに入るエルミン君と、身体を揺らして笑ううさぎおばさん。

 ああ、和むわー。平和って良いなあ。


「さて、折角エルミンが紹介してくれた始めてのお友達だ! どれでも好きなだけ見てっておくれ、うちの野菜はどれも美味しいよ!」

「有難う御座います。…コーラビはあります?」

「ああ、それならこっちだね。今日仕入れたてで新鮮だよ」


 王都のお店だけあって、店は結構広い。広い割には外にまで野菜がはみ出ているのだから、なんか凄いな。

 それこそ日本の八百屋みたいな店構えだ。女将さん以外にも、従業員さんが道往く人の客引きしてたり、会計……やっぱり暗算なのか。でおおわらわっぽい。

 女将さんが案内してくれたコーラビ、…ちなみに要するにキャベツだ、を見ながら品定めをする。


「こっち…。…いえ、こっちのですかね」

「コーラビは巻きがきつくて重い方が良いんじゃないんですか?」

「いえ。春に出回るものは、緩くて軽めの物の方が良いんです」

「へえ、よく知ってるねえ」

「プルミエ村に……カルネイロ領出身なんです」

「ああ、なるほどね。それじゃあ野菜の良し悪しなんて、お手の物だろう」


 野菜を扱うヒトには、やっぱりプルミエの野菜は有名みたいだ。

 うちにもいくつか置いてるよ、と教えて貰う。

 お父さんが認めて卸してる商人から仕入れてるんだから、確かにこのお店は質が良い優良店みたいだ。…他のより、やっぱちょっと高めだけどね。

 ていうか名前が多少違うくらいで、前の世界と見極め方あんま変わらない。

 たまーに見た事ない野菜あるけどね。たまーに。サッチャとか。


「…春のコーラビって、冬の物と違うんですね…」

「冬の物は加熱調理向き、春の物は生食向きですかね。お嬢様は春のコーラビのサラダがお好きなので、欲しかったんですよ」

「ああ、道理で春のをスープにすると煮とける…」

「それも加減によりますけどね。明日のお弁当でスープ作って行きましょうか」


 お昼は3日に1度、食堂ではなく屋外でお弁当を5人で食べている。用意してるのはあたしだ。

 今は春で気候も良いし、なんせ食堂で食べてると周囲の視線がうざったいので、気分転換を兼ねてそうするようになった。

 春と秋に限定されるだろうけどね。いや、夏は木陰なら涼しいか。

 お弁当が入る保冷のバッグを買ったから痛む心配は最小限だし、あたしは火の魔法を持ってるので、派生となる温熱で暖めなおすのも可能。

 魔法って便利!


「マリヤ君の料理って美味しいですよねえ…。…というか、いつも用意して貰っていてすいません」

「半分趣味ですから、お気になさらず」


 エルミン君は苦学生してるから、食堂の食事代も馬鹿にならないだろうしね。

 入学の際の試験でトップを取ったエルミン君は、現在学費完全免除状態(無論、卒業時もトップじゃないと後で払う事になる)ではあるけど。

 食堂で食べる時、一番安い日替わり食べてるし、…いやあたし達も日替わり食べること多いけど。だって美味しいから。

 ちょっとくらい応援したって、バチは当たらないだろう。


「お弁当の料理、たまに食べた事のない風味の物がありますよね」

「それは私の故郷の料理ですかね」


 多分、海産物で出汁とった系の料理だろう。あとキノコ。

 鰹節はさすがになかったが、コンブに近い海草の乾物を王都で見つけたので、試しに使ってみている。

 …ただ、お魚の国からの珍しい輸入品だったので、あんまり入らないらしい。でも安かった。何故なら誰も使い方が解らず売れなかったから、とのこと。乾物だしと全部纏めて買ったった。当分は持つ。

 出来れば、鰹節とか煮干が欲しい。…というかお魚の国さん、もしかして魚醤とか作ってませんかね。是非欲しい。

 大豆的な物はこの世界にもあるが、流石に醤油や味噌を作る技術は持ってない。が、欲しいです。

 何せ、我らがお嬢様は鶏ガラスープがあまり好きじゃないので、結構大変なのである。…でも魚醤は魚由来か。肉よりは受け入れてくれんかなあ…

 ミルクやチーズ、卵は普通に食べるんだけどなー…。それを食べてくれれば動物性たんぱく質はなんとかなるんだろうから、良いんだけども。

 …いやそもそも、草食系動物の皆様は、あたしが考える人間と同じような栄養バランスで良いのだろうか。ちょっと疑問だ。

 メルルの毛並みは今日もふかふかのつやつやだったから、平気だろうけど。栄養状態って毛に出るよね。


「一度、作り方を教わりたいですね」

「教えるのは構わないのですが、…エルミン君を部屋に入れるのは、ちょっと難しいかと」

「そうですよねー…」


 がくん、と隣で肩を落とすエルミン君。

 何せ、あたし達の部屋はあたしとメルルの部屋、というよりはメルルお嬢様の部屋、といった方が正しい。お貴族様部屋だし。

 となると、執事見習いであるあたしはともかく、他の男をそう簡単に入れる訳にいかないのだ。淑女として易々と男を部屋に招くのはありえない。

 じゃああたしがエルミン君の部屋に、というのもね。

 いや行くけど、彼の部屋にはキッチンがないのだった。

 紙に書いて渡すのも難しい世の中だからね。…困ったものである。







 買い込んだ食材を、ちょっと大き目の保冷バッグに入れて背負い、ついでにそのままエルミン君お勧めの雑貨屋やら古着屋やらに寄りながら、王都の市場を散策してみる。

 馬車に乗って見た時の印象のまま、とても治安が良いし美しく整えられた街並みは見ていて飽きない。

 日本は良くも悪くもごみごみしてたからなあ。

 こういう石造りで彫刻や噴水のある街並みは、欧州の雰囲気に近い。

 それこそ、トレビの泉みたいな大きな噴水の周辺には遊んでいる子供も居れば、昼下がりをまったり過ごす大人も居る。

 冷えたフルーツやジュースを売る屋台もある。あっちのはフランクフルトかな。

 折角なので、ちょっとジュースを買って木陰のベンチで休憩する事にする。


「本当に、何処も綺麗ですし、平和な街ですね」

「それはもう、国王陛下のお膝元、王都グレンツェントですから。世界で一番平和で美しい都と呼ばれているんですよ」


 『世界』と言っても、あたしの基準からすれば5つの王国しかないかなり限定された『世界』なのだが、それでも美しいのは事実だ。

 平和に勝る宝は無い。

 …ただ、平和ってのは、慣れて麻痺するものだから。

 尊い物だと忘れずに、また戦争するような時代にならないといいなあ。

 ……あれ、そういえば元々あった人間の国って、地理的にどの辺なんだろう?

 オウリア先生の授業はアニマリア内の地理しか教えてくれなかったし、そのうち授業でやるかな。

 完全駆逐された訳だから、領土は周囲の国に吸収されたんだろうし、アニマリアが先頭に立ってたって事は、この国と接していたんだろうけど…

 ま、そのうち知れれば良いや。知ってどうしたい訳でもない、ただの知的好奇心なのだから。


「今度はお嬢様達も連れて、観光したいですね」


 メルルは都会より田舎の方が好きなんだろうけど、観光という意味でも充分楽しめる街だと思う。

 前に来た時はお城の舞踏会に出席したあと、あんまり出歩いた訳ではないだろうからね。少なくとも市民街の話は殆どなかった。当たり前だ。

 貴族のお嬢様が一般市民の住むエリアをうろうろするのはおかしいのかもしれないけれど、でも充分市民街と市場街も綺麗だしねー。

 現に、向こうの噴水は豪華な彫刻がされていて、マーライオンの如く水を吐き出す獅子の像は見事の一言だ。


「……あの。メルル様達が居ない間に、お伺いしたいのですが」

「はい?」


 メルル居ない時って、別に学院でも居ない時多いじゃないか。教室内とか。

 やたら真剣味を帯びた様子のエルミン君を見返す。

 真剣だが、深刻そうではない。むしろ全力の興味だ。


「お、お2人は、…義理の姉弟でいらっしゃいますよね?」

「そうですね、血は繋がってませんよ」

「もしかして、……その、…それを越えた関係だったりとか、なさるんですかっ」

「は?」


 しまった、思わず素の声が出た。

 えらくドキドキしながら聞かれてしまったが、あたしの反応は物凄く怪訝そうな表情と声だった。


「どうしてそういう話に?」

「いえその、実子が娘で、男の養子を取るというのは、時にそういう目的である場合もありますし…」


 ああ、将来有望な子をさっさと抱え込み、きちんとした身分を持たせて娘の婿にすると…

 確かに、言われて見ればありそうな話だ。養子は結局養子で、血なんて繋がらないから遺伝的な心配も無いし、書類上の関係よりも有能な人材の血を入れる事の方が大事ではあるだろう。

 納得はしたが、実際はそんな事は全く無い。


「世間的にはそういう事もあるのでしょうが、私とお嬢様の場合は全くそんな事はありませんね」

「無いんですか?」

「考えても見てください。もし旦那様が私をお嬢様の婿にするつもりなら、執事を目指す事を許す筈がないでしょう」

「……あ」


 ぽむ、とエルミン君が今気付いたとばかりに手を打つ。

 マジで気付かないのか。目の前のロマンスに流されるな、未来の執事。


「エルミン君も、お年頃ですねえ……」

「いっ、いえだってそのっ、お2人、あまりにも仲が宜しいですし!!」

「仲は良いですよ。ただ、私はお嬢様を義姉にして主人にして親友として好いていますし、お嬢様も同じように想って下さっていますよ」


 そもそも、人間と獣人の間に子供って出来んのか…?

 どうやら身体的特徴(動物的な意味で)が混ざる事は無いようだし、それを考えれば『人間が一切居なくなる』というのは難しい気がするんだ。

 混血しているなら、ある日突然ぽんっと生まれても不思議じゃない。

 なのにそれが一切無いのだから、もしかしたら人間と獣人達の間には子供が出来ないのじゃないか。あるいは人間が完全に劣性遺伝なのかもしれないが。

 ……あったとしても、ちょっと獣人の女性を相手に、子供作る自信はあたしにはありませんわー…

 多分だけど、物理的に、無理。申し訳ない、これはあたしが精神は女とかそういう以前の問題だ。

 本当に心身ともに子供の頃からこの環境で育てば違うんだろうけど、あたしの頭の中身は既に育ちきっていたので改革は不可能だろう。

 ……今気付いたけど、精神年齢はあたし、もうアラサーか。…なんか凹む。


「本当ですか、メルル様も同じだって保証できますか?」

「……エルミン君。もしや狙いはお嬢様ですか」

「い、いえそうでは…!」

「本気なら別に止めませんけど、お嬢様が欲しかったら先ず私を倒して下さい」

「無茶言わないで下さいよ、何をどうすればマリヤ君が倒せるんですか?!」

「物理的にとは言ってません」

「どの手段でも倒せる気がしません…! ……じゃなくて、本当にそうじゃないですから!」


 面白いな、この子は。

 なんというか、授業中は凄いしっかりしてるのに。プライベートになると素が出ちゃうというか、からかい甲斐のある子だなあ。

 本当にそうなのかそうじゃないのかは別にあたしとしてはどうでもいい。

 本気なら構わないからね。興味本位とか、何か裏があるのなら全身全霊全力で妨害させて頂くけれど。


「別に私だって万能じゃないですし、無敵でも無いから勝てない事はあるかと」

「…何か出来ない事ってあるんですか?」

「沢山ありますよ」


 つーか、出来る事だって極めてる訳じゃないんだ。あたし以上のヒトなんて、世界中に溢れる程いるでしょうよ。

 単に、あたしは器用貧乏なだけである。


「さて、後はお酒が買いたいですね」

「飲むんですか?」

「飲みません。料理に使うんです」


 料理酒大事。隠し味によし、ワインならソースにしても良し。

 別に未成年飲酒が禁止されてる世界ではないが、酒そのものはメルルは嫌いなので飲んだりしませんよ。

 …あたしは好きなんだけど、やっぱり10代で飲むのはなあ、という日本人特有の自制がかかっちゃうので、飲みはしない。


「お、誰かと思えば貧乏坊ちゃまのエルミンじゃんか」


 よいしょと荷物を背負って立ち上がったら、知らない子の声がした。

 途端にエルミン君の口元が引きつる。

 その視線を辿ると、声の主を見つけた。

 …ちょっとフォルムがエルミン君に似ているが、…えーと、なんだっけ。ハクビシン、かな?

 茶色の毛並みのオコジョのエルミン君と違って、黒い顔の毛並みに鼻から額にかけての白い線。うん、確かハクビシンで良い筈だ。

 服装の感じから察するに、一般市民だね。

 の割りに、一応は爵位を持つ家柄であるエルミン君を呼び捨てしたが、……まあさっきの八百屋のうさぎおばちゃんも呼び捨てしてたしなあ…


「なんでこんなトコに居んだよ。まさか、もう学院辞めたのか?」

「そんな筈無いだろ、…ただの買い物だよ」


 あ、エルミン君がタメ語だ。敬語キャラじゃなかったのか。

 それはともかく、明らかに出会った瞬間から険悪である。

 少なくとも、気心知れて居るが故の軽口を叩き合う友人……といった雰囲気ではない。かと言って、メルルとクルウのような印象とも違う。

 若干着崩した、要するにややだらしない服装のハクビシンは、姿勢の悪い歩き方で近寄ってくると、エルミンを見てバカにしたように笑う。


「買い物ぉ? 相変わらずお貴族様のクセに庶民の古着なんか着てさあ、どうせならもっとやっすいモン売ってるトコ行った方が良いんじゃねーの?」

「ほっといてよ。君には関係ない」

「なんだよ、親切で言ってやってんだろ? …お前にゃ、この辺の通りは似合わないってさ」


 …あー。

 幼馴染ではあるんだろう。ただ、性質の良いタイプではない。

 どこの世界にも、こういう手合いは居るものだ。

 特に貴族社会だとな。下の方、特に事業に失敗したちょっと落ちぶれ気味の貴族の子なんかは、格好のいじめの的だろう。

 『偉い偉いお貴族様なのに、俺らよりも生活に困ってて貧乏だ』なんて、なんというかエルミン君の小学校時代が目に見えるようだ。

 君はどんだけ苦労を背負ってきたのかね…


「っ、行きましょうマリヤ君! こんなヒトに構う事なんてありません!」

「おい、無視する気かよ。エルミンの癖に、良い度胸してんじゃ…」


 恐らくは、踵を返そうとしたエルミン君の肩を叩くか押すか、しようとしたのだろう。

 突き出されたハクビシン坊やの手を、あたしがぱんっと払い除ける。

 第三者が突如介入した事に、吃驚したのだろうか。

 2人とも、一瞬唖然とした表情になって。次に、ハクビシン坊やがイライラを隠さない瞳であたしを見た。


「なんだよ、てめえ」

「私達は、買い物の途中なんです」

「はあ? だからどうしたよ、俺の邪魔を」

「買い物の途中で、残念ながら貴方と問答をしているほど暇ではありません。道を開けて頂けますか?」


 すい、と一歩進み出てハクビシン君と視線を合わす。

 あたしの表情は、笑顔だ。

 ただし、一切目は笑っていない。


「な、なんだと…」

「もう一度言います。道を開けて下さい?」


 こういう手合いは、それこそ獣と同じ。

 真っ直ぐに視線を合わせ、引かぬ意志を込めて対すると、途端に目を泳がせて怯んでしまう。

 この子の居丈高な態度は、何の根拠も無い物だ。喧嘩が強いガキ大将でもなく、エルミン君に対し命令の出来る身分がある訳でもない。

 大人しくしているから調子に乗って、相手より強いと勘違いしているだけの、ただのガキである。力を使わずとも、精神的な優位を誇示するだけで事足りる。

 それでもなかなか頑張って来たので、笑顔の威圧に怒気も僅かに混ぜてやったら口元を引き攣らせ、なにやら捨て台詞的な物を叫んで去っていった。

 全く、他愛も無い。


「さて、では行きましょうか」

「ご、ごめんなさいマリヤ君」

「はい? 何がですか?」

「その、…僕と一緒に居たせいで、嫌な思いをさせてしまって」


 ハクビシン坊やは去ったというのに、エルミン君は何故か今更萎縮している。

 うーん、これはあたしが居たからかなり頑張って虚勢張ってただけで、相当に苦手ないじめっ子だったようだな。


「私はなんとも思っていませんよ。特に何か思う程度の相手でも無かったですし」

「そ、そうですか…?」

「彼は単に、自分より下の誰かを見つけて自分が優越感に浸りたいだけでしょう。そういうのはヒトの本能で、ああいうのは何処にでも居るものです。いちいち気にしていたら、身が持ちませんよ」


 誰だって、自分より下が居ると安心する。

 下を見る事で、自分はあそこまでじゃないと思いたがる。その安心感に意味などないし、上を見ないと自分は高められないのだが……上を見るより、下を見るほうが楽だからね。

 そういう感情は誰にだってあるが、それを強く発露するしか自分に自信の持てないようなヒトを気にするのもバカらしい。


「私は気にしませんし、エルミン君も気にする事はありませんし、萎縮する事もありません。貴方は胸を張って堂々と歩いて良いんです」


 あのいじめっ子にも、堂々とした態度で臨めば多分何度も絡まれるような事はなくなるだろう。あれは、その程度の子供だ。

 …いじめられた子にとって、それが難しいのは、解っているが。


「金の有る無しや、身の貴賎なんてどうでもいい事です。何より貴方は境遇に負けず、大事なヒトの為に努力する事の出来る、尊いヒトなんですから」


 あれに日常的に会う日々を送って、よくひねくれたりくじけたりしなかった、とあたしは拍手を贈りたいくらいだ。

 きっと、入学費用を貯めている期間にも、バカにされたりいじめられたりしたんだろうに。

 君は、あたしにとって尊敬に値する素晴らしい友人だ。

 笑顔でぽんぽんっと肩を叩くと、エルミン君はしばし停止した後、こくこくと何度も頷いて俯いてしまった。

 …泣いたか。泣いたのか、少年。

 本当に、こんな良い子なのになんで友達出来なかったんだろうねー。…ていうか八百屋のおばちゃんとは仲良しだったけど、同年代からは皆にいじめられたのか?


「今後は胸を張って跳ね除けましょう。手に余るか、手が出るようなら呼んでください、加勢しますよ」

「あい……。…マリヤ君くらい強くなれるように、頑張ります…」


 強気な態度に出続けるのも敵作るから、その辺の采配も覚えようね。

 とりあえず、学院では殆どの敵意はあたしに来てるから、エルミン君は少しは穏やかに過ごせると良いんだけどねー…

 …まあ、平気かな。お貴族の皆様がエルミン君を苛める理由が無いし、使用人科の生徒は皆良い子だ。徐々に会話して打ち解けてきているからね。


「なんかもう…。僕が女だったら、マリヤ君に惚れてそうです…」

「やっぱりそういう趣味があるんですか」

「ありません、けどっ」


 悪いが、君が女の子でもあたしにそういうつもりはないよ。

 ぽむぽむ頭を撫でてやってたら、なんか阿呆な事言い出したが、本当に今まで友達に恵まれなかったんだねえ…

 大丈夫だ、あたしは友達やめないからね。

 でも間違っても告白とかしてくんなよ。ドン引きするぞ、その時は。

 無いだろうけど。





 無いよ!!


 BLじゃないですよー。ただの、こう、憧れ的感情ですよ。親分と舎弟みたいなノリの慕い方をしてるんです、彼は。

 それにしても、イケオネエを目標に書いてるけど、マリヤさん普段は敬語だからあんまりオネエっぽくなくてがっかり。

 …いやまあ、いいんだけども。

 それにしても、レオンよりもエルミンの方が出番多くてどうしよう。頑張って、王子様頑張ってえええ。




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