29・選択授業・体育
入学して、最初の数ヶ月はお試し期間的な空気に近い。
まだ、自分に何があっているのか、解らないからだ。必修授業は別として、選択授業は最初は単位を気にせず、様々なものを体験しろと言われている。
将来ある有望な若者の、秘めたる素質を発掘するのも大事だからね。
今の所は、フィズィ先生の魔法学、オッサ……リシッツァ先生の薬学に顔を出してみたりした。どちらも人気の授業で、選んだ生徒も多かった。
こう、フィズィ先生の授業は実用的な精霊魔法の組み合わせとか、効率の良い魔法の錬度の上げ方とか、とにかく魔法能力を特化させてくれそうという印象。
リシッツァ先生の授業はー……
なんというか、こう。…変な実用部分を入れてくるというか。
どこまで本当かは知らないが、『俺が若い頃』的な実体験を含めまくったお話が多いのだ。薬の作り方から、使い方まで。
最初は効果的な薬草の栽培法から野生でどういう所に群生してるかーなんてのが多かったけど。ただ、途中で思い出話に脱線しまくるのは如何なものか。
……面白かったけどね! 居眠りだけはしなさそうな授業だ。
で、今日は初めての体育の日だ。
これは全クラスで必修であり、同時に行う珍しい授業。
ただ、その内容は選択制だ。
これも最初は後で変える事が出来るそうなので、とりあえず興味のある好きな授業を選ぶようにと言われた。
校庭の隅に設置された黒板に、選択できる授業が書かれている。
「何にしますか、マリヤ君」
「うーん……」
「俺は剣術だな。城でもやっていたし、結構好きだ」
「…この中なら、長距離走かなあ…」
「め、メルルさん凄いです! 私、そんなに長く走るなんて、無理です…」
「わたしもそんなに好きじゃないけど、ちょっとやってはいたから…」
全クラス同時なので、ここにはレオンやメルル、サンセさんも居る。
エルミン君に尋ねられて、書き出された選択肢を見ながら悩んでしまう。
結構沢山あるのだ。メルルが選んだ長距離走の他、短距離走や障害走もある。この時代らしく、剣術や馬術なんてのもある。
他、槍投げや弓術とかも。…水系の項目は無いな。そういえば、プールみたいなのは無かった。やっぱり皆泳げないのか…?
これだけあれば興味がある物の一つや二つはあるんだけど…
……やっぱり、球技系が無いんだよねえ…。砲丸投げは球技違う。
「エルミン君は何にしますか?」
「僕は馬術にしようと思います。結構好きなんです、馬」
男爵家とは言え、エルミン君も貴族だ。そういう技能は持ってても不思議じゃないよね。
多分、貴族の子息なら、最低限ある程度の剣術と馬術は習うんだろうな。
前の世界で言う、習字とか水泳とかピアノとかそういう習い事みたいな感覚で。
…メルルは馬に乗れないけどね。貴族女子は馬に乗らないだろう。だって、基本スカートだからね。
いや、体育の授業中はいつもの制服ではなく、運動服が別にあって、…まあそれも女子はスカートなんだが下にドロワーズ的な物を穿くというスタイル。
いわゆる見せパンだよね。あれはそもそもチラ見せする為の下着だから、それでいいんだろう。
…皆毛皮を持ってるから、ブルマーみたいなのなんて穿けないし、穿いたら変になっちゃうしね。誰も気にしてないから、あたしも気にしない。
「サンセさんはどうするの?」
「えと、…わ、わたしも、メルルさんと一緒に、長距離走、頑張ってみます!」
…友達が居るからそれにする、は後悔すると思うけど…
サンセさんに体力があるか否かは知らないし、当人が選んだなら別にあたしは止めないけどね。
ただこの学院の雰囲気から察するに、キツいと思うぞー…
まあ、まだ初回だし辛いと思ったら変えられるし、多分どれを選んでも結構辛いと思う事になるだろうし、2・3回の変更の後に何かに落ち着くだろう。
「じゃあ、わたし達は先に行くわね」
「はい。頑張って下さい、お嬢様、サンセさん」
「俺も先に行くぞ。後でな」
貴族組3人が先に指定された選択科目の集合場所に向かう。
あんまり時間もないし、あたしもさっさと選ばないと。
経験した事も多いけど、経験してない事も多い。長距離走に限っては、今も許可を得て朝だけ校庭走ってたりする。結構他にもそういう子が居るので、一緒に。
本当は球技と言うか、結構団体競技が好きなんだけど。…やっぱり無いし、そもそも周囲に敵が多い状況での団体競技は面倒くさくなるだけかなあ。
だったら個人競技が良い。
弓術なんか、前にウルガさんに剣を教わってた時は手が回らなくてしなかったけど、興味があると言えばある。
弓って、こう、格好良いよね。多分あたしが想像する和弓ではなく、この世界的にはアーチェリー的なものなのだろうが。
あれなら完全個人競技だし、周囲が妨害しようとすれば先生のダメが入るから、きっと集中してできるだろう。
「では、私は弓を……」
「おい、そこのニンゲン」
選ぼうとしたあたしの言葉を、知らない男の子の声がとめた。
しかし、呼び方に『ニンゲン』て。そりゃあ、人間はあたししか居ないけど。
この場合、言い返そうとしたらあたしは彼らを何て呼べば良いだろう。『獣人』かな。でもそれ一般的じゃないしな。通じないよね。
なんて軽く思考をどうでもいい事に寄り道させながら、振り返る。
そこには、特に見覚えの無い……熊かな、茶色い熊の男子が居た。
今は運動服なので校章がないのだが、多分この尊大そうに鼻を鳴らす感じから察するにお貴族様のお1人だろう。
「私に何か?」
「お前、一応は貴族の身分なのだろう」
「……はい」
「だったら、当然剣術くらい習ったことはあるな?」
「嗜み程度ですが…」
全く持って顔を覚えて無いんだが、多分あたしを目の仇にしているお坊ちゃん達の1人なんだろう。1人というか、他にも2・3人居るが。
あたしの答えが満足だったのか、…いや多分やった事ないって言ってもこの後の展開は同じだろうな。
「田舎の貴族の養子程度では、大した指南もされていないだろう。来い、俺達が本当の剣術という者を手ほどきしてやる」
…………
ほんのちょっとだけイラっとしたが、顔には出さない。
これはあたしが『田舎の貴族の養子』と言われたことではなく、師匠にあたるウルガさんをバカにされた事によるイラっとである。
つーか、あれだ。
完全に、魂胆ミエミエである。
よーするに自分が今まで家庭教師の剣の師匠に習ってきた剣術に自信があって、田舎の大した技術も持ってないだろうあたしを物理的に叩きのめしたいのだ。
お前らはここ数日のあたしの動きを見てねーのか。
……いや、見て解るならそんな事思いつかないね。うんごめん。
ついでにレオンも剣術を選択していたから、あわよくば皆であたしをぼっこぼこにして、レオンにあたしを呆れさせたいのだろう。
いらない知恵は回るものですね。
しかし、表面上だけでも親切っぽくされてしまうと、無下にすると角が立つ。
思い切り溜息を付きたくなるのを我慢した。
「私のような未熟者にそのようなお心遣い、感謝の念に絶えません。是非とも、皆様の技をお見せ頂きたく思います」
「うむ、良い心がけだ。では、行くぞ」
あたしの形だけの恭しい態度ににやにやと笑う表情を隠しもしない4人は、あたしを置いて先に歩いていく。
離れてから、ちょっと我慢し切れなかった溜息が漏れた。
「…マリヤ君、大丈夫ですか?」
エルミン君にも、あの子達の目論見なんてバレバレなのだろう。
心配そうに声を掛けられたが、あたしは笑顔を作って彼に向ける。
「大丈夫です。なんとでもなりますよ」
「僕も、剣術の方に行きましょうか」
「いいえ。何も好き好んで絡まれる事はありません、適当に切り抜けますから、ご心配なく」
だって、あいつらの歩き方見れば解るもん。
その自信満々のお貴族様の剣術が、どんなものなのか。
そりゃあ4対1にされたらキツいだろうが、先生が目を光らせている中そんな事にはあの子達だって出来ないのだ。
だったら、適当に波風立てず受け流すことは可能だろう。
強がりではないというのが伝わったのか、エルミン君も心配そうではあったが、素直に馬術の集合場所へと歩いて行った。
――――――
剣術の先生は2人。
1人は豹、1人はリカオン、どちらも男でがっちりしていて眼光鋭い。
なんというか、やる気満々というか、武人オーラを放っている。
…剣術を選んだのは貴族の子が多いのだが…。…彼等、今日を乗り越えられるだろうかと少しだけ心配してしまった。
開始早々の豹先生の一喝で竦んだ子も多かった。
尚、貴族出の子達以外は使用人科の子が多い。あとは役人科がちょこっと、学者科の子は1人も居ない。
貴族科の子は今まで習っていたからと選んだだろう。他の子は、将来的にそれを持っていれば役に立つと考えているからと思われる。
使用人は主人を護る為にと思う子も居るんだろう。平和な世界だが、悪漢が居ない訳じゃない。
役人の子も、どんな部署になるかはわからないが、場合によっては面倒なヒトを相手取らなきゃいけない場合だってあるから、それは自分の安全の為かな。
「先に言っておくが、俺達が教える剣術は単なる習い事とは違う。己を鍛え上げ、敵に打ち勝つ為の授業だ。甘ったれた考えのヤツに単位はやらん、そのつもりで挑むように!」
……大丈夫だろうか、お貴族の皆様。
っていうか、これが学院の体育ですよ。何かもう凄いな。
これが、騎士学校では日常なんだろうなあ。あっちは想像するだに体育会系。
平和が横行している世界にあって、見上げた根性の授業である。
先ずは、全くの未経験者と、ある程度の経験者に分かれる。
未経験者の子達は、リカオン先生にこれからみっちり基礎から叩き込まれるのだろう。君達の未来に幸あれ。
で、自己申告の経験者の子達が集められ、豹先生は相変わらずの眼光鋭い縦長の瞳で生徒達を一瞥する。
「先ずは、お前達がどれだけ使えるのかを見せて貰う。二人一組になって、組み手をしてみろ」
準備運動を終えた後に、豹先生はそんな事を言った。
現在の実力が見れれば組み合わせはどうでもいい、とばかりの発言に。
「おい、わかっているだろうな?」
さっきの熊っ子が来たので、軽く会釈をして迎える。
獲物は木剣だ。色々な形があって、自分にあった物が選べるようになっていた。
熊っ子が選んだのは、細剣の形をした木剣。んー、なんというかレイピアというかエペというか、そういう類の物だ。
ウルガさんから教わった剣術以外は知らないけど、この世界にもフェンシング的な物があって、それが貴族達の間では主流なんだろうね、多分。
だって、あれ軽いから。普通の剣に比べたらね。
あたしの世界ではフェンシングも実用的な剣術だった筈だが、この世界的にはどうなんだろう。
もう戦争も100年近く無い訳だから、廃れてても仕方ないし、本当に貴族の嗜み的位置づけで残ってるという可能性がなきにしもあらず。
向こうに合わせるのも面倒なので、あたしは一番使い慣れた長さの長剣の形をした木剣を選んだ。
「お前、嗜み程度と言っていたな。誰に習ったんだ」
「領地内に住んでいる、雑貨屋の店主です」
素直に答えたら、鼻で笑われた。
確かに言葉だけで取れば、その反応は当然だろう。ので、気にしない。
「まあ片田舎ならば、それが関の山だろう。俺が師事したのは、王都でも有名な剣の師範で……」
突如鼻高々と始まる、師匠自慢。無論師匠自慢と同時に、そんな凄いヒトに教わった俺スゲー、という話である。
つらつらと並べ立てられる師匠凄い、だから俺も凄いという話しに、笑顔で相槌を打ちながら恐らく彼が望んでいるであろう賛辞を適当に返す。
適当と言っても、聞き流して『ハイハイスゴイデスネー』ではない。きちんと聞いているように見せかけて、望むようにヨイショしている。
何故かって?
そりゃあ、自慢話のエンジンかけて、延々と話させれば話させるほど、実際に手合わせする時間が短くなるからですよ。
個人的にはそっちのが面倒だから。
「……という訳で、彼から伝授され、最早皆伝の腕前と称された剣技をとくと味わえるお前は、むしろ幸運と思った方が良い」
「はい、そのような方と剣を交えることが出来、光栄に存じます」
「うむ、ではそろそろ始めるか。存分に堪能していけ」
あ、満足したらしい。
10分ほど延々話続けた熊っ子がやっと剣を構えた。
ていうか、その話の間もこちらを見ている先生が、手元の羊皮紙に何か書き込んでいて、明らかに評価に関わってたのだが、気付いて無さそうだ。
巻き込まれる方の身になって欲しい。体育の授業の評価、あんまり上げられ無さそうだなあ。
熊っ子の構えと、あたしの構えは全く違う。
やっぱり、細剣はフェンシングのような構えだ。…よくは知らないけども。
迎え撃つ構えを取るあたしに、手ほどきしてやるだの何だの上から目線だった割には向こうの方から打ち込んで来てくれた。
「はあっ!!」
気合の声と共に、間合いを詰めて剣を突く熊っ子。
…………。
踏み込みが甘い。スピードが乗ってない。脇が閉まらず隙だらけ。
それだけで少なくとも3つくらいダメ出し部分を見てしまったが、なんつーか。
そのものすげー師匠が名ばかりなのか、この熊っ子に教えるに当たって本気では無かったのか、ちょっと出来たら『スゴイデスネー』の繰り返しになったのか。
我侭貴族の子の場合、その可能性もあるから、気の毒である。誰って、この子がですよ。
ここでフルボッコにし返して、鼻っ柱を折って一から叩きなおせば、もしかしたらこの子の根性も直って剣技の才能が花開くと言う、感動ストーリーが展開されるのかもしれないのだが……
「っ!」
「ふ、間一髪とは言えかわすとは、中々だな。だが!」
さもギリギリ、危ないところでかわしたという雰囲気をわざと出しながら熊っ子の剣を受け流すと、まるで剣術上級者のような台詞を吐いて更なる連撃。
……連撃って言うのも悲しくなるほど、遅いけどね…
思いながらも、あたしはまるで一方的にやられているように、回避するのが精一杯とばかりに掠める程度の距離で全て避け、避けきれないものだけ何とか頑張ったみたいな体で剣を使って受け流す。
うん、まあ、何だ。
一度ぼっきり折って打ち直す、そういった感動ストーリーが嫌いな訳ではないのだがね。
別に、あたしはコイツの親でも師匠でも何でも無い訳で。
なーんで再教育を望んでも居ない勘違いお馬鹿さんを、わざわざ叩きなおしてやらなきゃいけないのだ、めんどくさい。
伸びまくった鼻っ柱は速めに折ったほうがこの子の為ではあるが、それで面倒な目にあうこの子を気の毒に思って世話焼く程、流石のあたしもお人好しではない。
そもそも、コイツあたしをぼっこぼこにするのを目的にこっちに引っ張り込んできた訳だしね。
なんでそんなんに気ィ使ってやらにゃいかんのだ。って話ですよ。
向こうとしては自分だけが輝く一方的な剣戟を、あたしとしては中途半端で面倒なお遊戯をこなす事10分ほどだろうか。
熊っ子も随分体力が切れてきたようだ。…もーちょっと頑張れよ、基礎体力もなってないじゃねーかい。
仕方なく、自然を装ってあたしの剣の柄辺りを相手の剣の切っ先で突かせて、ついでに手を離して剣を弾いたように見せかける。
「しょ、勝負、あったな!」
「はい、お見事で御座いました。素晴らしき技の数々、私程度では到底足元にも及びません」
ぜえぜえと息を荒げる熊っ子に更なるヨイショをかますと、満足したように笑った。大丈夫かー。
ただ、あたしの方も決して平然とはしていない。
汗かいたー。すっごい汗かいたし、すっごい疲れたー。
これは実際にそうなので、向こうもあたしが相当大変だったように見える筈。
いや、大変だったけどね。…お前とは全く違うところで。
「よし、次は俺だ。彼には及ばぬが、俺の師匠も」
そして始まる、次なる師匠自慢からの俺スゲー。
つーか待ってたのかい、あたしの組み手終わるの。
その間、君らは組み手してたのか? 豹先生、結構ちらちらこっち見て何か書き込んでるぞ、あの先生細々と注意しない代わりに静かに評価つけるタイプだぞ、そっちのが成績の結果が怖いもんだぞ?
…まだ1回目だからそこまで最終成績に関わらない筈だが、なんというか、今から今期の体育の成績が怖い。
その前に、この2人目終わっても、もう2人いるのか……流石にきつい。
なるべくしっかりヨイショして、自慢話時間を延ばそう。成績は怖いけど、連続でやられたら流石に体力がなくなるかもしれない。
木剣とは言え当たったらそりゃ痛いので、ギリギリの攻防を演じ、さも自分が圧勝したように見せかけて満足させてあげる事で終了にして、実際あたしを一発も殴れてない事に、いつか気付くだろうか……
結果として、4人とも気付かなかった。
多分、彼らの体力ぎりぎりまで消費させた挙句に剣をわざと弾かせてあげる、という一連の動作で向こうも『やっと終わった』、と安堵するのだろう。
最初の『あたしをボコボコにする』は全く達成されていないが、既に覚えているかどうか……終わったら、ヘバったし。
かく言うあたしも、平気とは言えない。
思い切り殴られる事は無かったが、なんというか…結構キツい。
そりゃそうです。目の前に隙だらけの敵が居るのに、こっちから反撃する訳にいかないのだ。
反射的に受け流しからのカウンターを入れそうになるのを、意識的に抑えていなきゃいけない。
余裕で回避できるのを、さもギリギリとばかりの距離を見極めてしなきゃいけないのだから、身体の動きに無理が出る。
…筋肉痛にならないように、今日はお風呂で念入りにマッサージしよう。
「マリヤ、随分疲れたみたいだな」
学校の鐘が鳴り、授業の終了が告げられるとレオンがやってくる。
レオンもそれなりにいい汗掻いたようだ。あたしほどではないが。
途中途中でちらちら見ていたが、レオンも何人かと組み手をしていた。むしろ、あたしに構ってきていない大部分のお貴族様達はレオンの周囲に居た。
我先に、自分と試合をしてくれという子達に囲まれてたようだ。
……で、その待ってた子達は組み手ちゃんとしたのか?
豹先生の眼光は始まりから終わりまで変わらず鋭いままなので、良く解らないがこの調子だと次回ちょっと怖い。
「レオンこそ、やはり人気者でしたね」
「それは有難いんだが、どいつもこいつも軟弱だ。形だけの剣ばかりでちっとも相手のし甲斐も無ければ楽しくも無い」
肩を竦めるレオン。
王子様に勝とうというヒトが居なかったのか、純粋にレオンが強すぎるのか。
…両方かな。
レオンはかなり真剣に剣の鍛錬をしているようだ。見ればある程度解る。
結果として勝とうとする者もなく、勝てる者もおらず、有象無象を蹴散らしてはいらないヨイショを繰り返される、という授業時間を過ごしたのだろう。
「お前はどうだった?」
「お恥ずかしながら、こちらの方々に手ほどきして頂いておりました」
「ふ、だが、まあ、良い動きをしていた方だったと、思うぞ。俺達に比べたら、まだまだ、だが、なっ」
…まだ息が整ってないのかい?
地面にへたりこむ4人は、それでもあたしを一方的に打ち負かしてやったと偉そうに胸を張ったが。
それを見て、レオンは眉間に皺を寄せ、あたしを見る。
「……こいつら全員に負けたのか?」
「ええ」
涼しい顔で、あたしは肯定する。
負けはしたが、少しも悔しくは無い。
だってなあ。あれで上級者面されてもなあ……
負けたのは、鼻っ柱を折って再教育するのが面倒だし、変な恨み方されて更なるストーキングされても面倒だし、とにかく面倒だったからなので。
レオンの目からしても、大した剣の使い手ではないと思ったのだろうか。
胡散臭そうな物を見る目で、へたりこむ4人と、あたしを見比べる。
そして何を思ったのか。豹の先生の所へ言って何やら話した後、先ほど片付けた木剣を二振り抱えて戻ってきた。
「次の授業までには、まだ時間がある」
「そうですね」
「折角だから、俺とも手合わせしてくれ」
「喜んで」
大分疲れてはいるが、無視できる程度だ。
レオンから木剣を受け取り、笑顔で頷いた。
まーだへたりこんでる4人から少し距離を取り、適当に間合いを開ける。
あたしはともかく、レオンがもう一戦と思うと再び周囲を生徒達が取り囲む。豹先生とリカオン先生もまだ戻らず、見ている気のようだ。
「ところでレオン。…一つ、お尋ねします」
「何だ?」
「貴方は、試合と接待のどちらをお望みですか?」
答えなんてわかっているが、あたしはあえて笑顔で尋ねる。
一瞬レオンはきょとんと目を丸くして……それから、戦意をたっぷりと乗せた正に獅子の如き笑顔を向け、答えた。
「試合だ。当然だが、試合は勝つ為にやるものだ。わざと負けたりなんてしたら、今後は友と呼ばないぞ」
「承知しました。…では」
互いに木剣を向け、構えを取る。
レオンの構えも、やっぱりあたしがウルガさんに教わったものとは違う。そんなに種類や流派があるものなんだろうか?
ま、勝つ為にやる事はそんなに変わらないけどね。
折角レオンからお誘い頂いたので、あたしの方から切り込むとしようか。
地面を蹴り、空いていた間合いを一気に詰め、まだ始めの構えのままのレオンに剣を振り下ろす。
「くっ?!」
そのスピードに驚いたらしい。それでも、きちんと振り下ろされた剣を自らの木剣で受け止めた。
足に関しては、ウルガさんにもお褒め頂いたくらいですからねー。
剣が触れ合い、木ならではのカアンという軽い音が響いたが、そこで終わりではないし止まりもしない。
真正面からの打ち合いも嫌いじゃないが。
レオンの剣を弾いた後に構えを変え、横薙ぎに変えるがそれはバックステップで回避される。
追撃しても良いが、一方的なのも面白くない。
あえて今度はレオンから切り込んで貰い、あたしがそれを受け止める。
うん、さっきの熊っ子とはスピードも力も段違いだ。
何よりも、ギリギリの演技をしなくても良い、不自然な動きをしなくて良いって言うのは楽だし楽しい。
「驚いたな、お前そんなに細いのに、何処にそんな力があるんだ?!」
「さて、貴方と同じく日々の鍛錬の賜物かと」
っていうか、だからね? 貴方達に比べてあたしが細く見えるのは、毛皮がないからなんですよ。
アニマリアの住人には、ある程度の毛足の長さの差はあるがほぼ100%毛皮がある。その分、服は少しゆったりした作りだ。短毛用と長毛用の違いもある。
あたしが着てるのは、基本的に短毛用の服な訳だが…やっぱりそれらがそもそも無いとなると、サイズの合った服を着ていると少し細く見えちゃうのだ。
毛の分だけレオンの方があたしより体格良く見えても、実際の中身を比べれば、多分そんなに大差ないのである。
人間ナメんなよ? 爪も牙も角もないが、鍛えりゃ君達と同じ……かどうかは知らんが筋力はついてくれるのだから。
つーか人間大になっている以上、肉食獣の皆様も同程度の筋力になると見た。おおよそだが。
だって象さんであるクルウのお父さんだって、確かに力持ちだったけどあたしの常識の範疇内だったもんね!
さてと、レオンと打ち合うのは楽しいけれど、あんまり長引かせられない。
あたしの体力は結構削れているし、そもそも休み時間いっぱいに組み手してたら次の授業の準備が出来なくなる。
幾度か剣をあわせた後、あたしは振り下ろされた剣を真正面から受けるのではなく、剣の腹を滑らせ勢いを殺させずに受け流す。
それを振り下ろしきらず途中で止めて構えを直すのも、また鍛錬な訳だが。
その前に、くるりとステップを踏むようにレオンの横に移動したあたしの剣が、回転力をそのままにレオンの首めがけて振り下ろされる。
……勿論、思いっきり殴ったりしないよ。
その前に制動をかけて、ちょんっと首筋に触れさせるだけだ。
「……参った。まさか本気でやって負けると思わなかったぞ」
降参の意を込めて手を上げたレオンの首筋から剣を引く。
立ち上がった彼はちょっと悔しそうだったが、爽やかな笑顔を向けてくれた。
普通考えて王太子殿下にガチで勝つとか、割と色々ダメなんだろうけどね。
その為に最初にちゃんと尋ねたんだけど。
へたりこんでた例の4人は目をまんまるくして、他のレオンに勝つ気も無く実際勝てなかった皆様も口元を引き攣らせている。
まあ、ヨイショしまくりたい王子様より、何よりも剣術習ってた都会の貴族の自分達より、目障りな珍獣のが強いって事だからね。
あの4人に関しては、全力の接待を受けてたと気付いちゃっただろう。
別に気付かなくったって良かったんだけど。自分以上の実力者に偉そうに高説垂れて鼻高々してたのって、今どんな気分だろう。どうでもいいが。
「ありきたりですが、師匠に恵まれておりまして」
「カルネイロ領で、剣術の師匠が出来る者が居たのか」
「ええ。…訳あって、公言出来ませんが」
「折角だから聞きたい。ダメか?」
「レオンだけになら」
リシッツァさんの喋り方からも察するに、ウルガさんはやっぱ王都の有名人で、そして正体も居場所も知られたくないのだろう。
レオンだけ、他の人に触れ回らないなら、と限定すると、頷いてくれたのでかがんで耳を寄せた彼にそっと師匠の名前を耳打ちする。
途端に。
「は?!」
素っ頓狂な声を上げて、物凄い勢いで後ずさった。
予想以上のリアクションに、あたしの方こそ驚く。
「……どうしました?」
「どうって、おま、お前、それは…!!」
どもりまくってるぞ、王子様。
都会では、知らない方がおかしいとばかりの反応だが、実際あたしは知らないのだから仕方ない。
思わずそのままいいそうになったようだが、レオンにだけと言われた事を思い出したのか、彼は再び近寄ってきて、あたしの耳に口を寄せる。
「……当人を、見た事がないから確証は無いが。それはもしかすると、20年前に姿を消した黒風のウルガじゃないのか…?」
…え、何その厨二くさい二つ名。
つか20年前? 20年前に既に大人ってことは、ウルガさんて40過ぎてんのか。そんな年に見えなかった、てっきり20代後半から30代くらいかと。
ホント、この国の人達の年齢ってよう解らん。
「…え、有名人なの?」
「有名どころじゃない。…当時、最年少で聖騎士と認定された、名実共に最強と讃えられた存在なんだ。今も彼を越える騎士は現れていない」
……お、おう。
そうか、元騎士様か。
よう解らんけど、やっぱり凄いヒトだったってのは解った。
多分、騎士とか兵士をやめとけって言ったのは、その当時になんか辛いことがあったんだろうな。それで若くして隠遁生活に入ったのか。
……その辛いこと、がベジタリアン故の食の問題だったら笑い話だが、多分そんな事はないだろう。
「…何してるの、2人とも」
「お、お疲れ様、です。…マリヤさんも、殿下も、素敵でし、た…!」
生徒達皆に囲まれたまま、何故か至近距離でぼそぼそやってるあたし達に、そっちも授業が終わったのだろうメルルとサンセさんもやってくる。
その後ろからエルミン君も来た。彼は今終わったのかな。馬相手だから、色々後にやる事あるだろうしね。
「有難う御座います。お嬢様にサンセさんも、お疲れ様でした」
「しかし、それだけ強くて何故あいつらに負けたんだ?」
「そのようにお望みのようでしたので」
力を誇示したい相手に真っ向から挑んでも、面倒くさいだけだ。
適当に相手してあげて、気分良くなってあたしに対するボコりたい欲求を忘れられたのなら、あたしにとっても幸いだしね。
真っ当な試合を望まない相手には、あたしだって真面目に相手しない。
ふうん、とあたしの返答にメルルはあたしを見て、まだへたりこんでる……多分ショックで立つのを忘れてる4人をジト目で見る。
それからお嬢様は少し考えて、割と悪い顔であたしを見た。
「そう言う事なら、マリヤ。今後、勝利する事で敵以外の命や安全が損なわれるという場合を除いて、故意に敗北する事を禁じるわ。挑んでくる相手には、常に全力で相手をしなさい」
「畏まりました」
メルルの命令なら、その執事たるあたしは服従する。例え相手が王太子殿下でも覆せないし、その辺の貴族のお坊ちゃんの言葉など目もくれない。
それを理解したのか、4人組の口元が面白いくらい同じように引きつった。
ついでに、他のお貴族様の皆さんもだ。
つまり、次回以降同じように彼らが粋がってあたしに挑んでくれば、今レオンとの組み手で見せたような剣術が自分に降りかかるわけで。
……2回目以降、剣術を選択する貴族科生徒が激減したのは言うまでもない。
軟弱者どもめ。
ついでに言えば、授業中は全敗だった筈のあたしの評価は何故か1位になっていた。
休み時間中の事を評価に入れて良いのかなあ。
休み時間中ではなく、授業中のみの評価ですよ。つまり先生もちゃんと見極めてたのです。
それはさておき、戦闘描写はテラ苦手ですので、その辺のショボさは見逃してやって下さい…
というわけで、現時点で恐らく同年代ではマリヤさんが一番戦闘能力があると思われます。
何せ国一番、最強の騎士が直々にスパルタっていたもので。
当人も知らない間に、鍛え上げられていました。
チートって程じゃないですけどね。常識範疇内ですよ、マリヤさんも、そもそもウルガさんの強さもね。
ウルガさんは、大体存在として本多忠勝のようなイメージと思って頂ければ。
だいたいで。だいたい。




