24・未遂事件
※今回、若干の下ネタがあるような気がします。
制限かける程の事はありませんが、苦手な方はご注意下さい。
来年から王都の学院に入るという話はオウリア先生にも伝わっていて、隠す事でもないのでクルウを始め学校の皆にも話した。
反応としては、『すげー!』が半分と『引っ越しちゃうの?』が半分くらい。
クルウはその真ん中というか、両方っぽかった。
彼は牧場主の子供達の5番目だけあって直接跡を継ぐような事はないのだけれど、元々一族ぐるみで経営しているような牧場なので、その中の1人として働く事になるのは今から確定しているようだ。
なので、学校生活は今年で終わり。
続けて更に学院に入るあたしとメルルを凄いと思う反面、友達と思いビトが一気にいなくなるのはやっぱり歓迎せざる事らしい。
だからと言って引き止める訳でもなかったが。
そんなことにはなったが、別段今年も変わりなく平和に流れて行く。
王都では寮になるそうなので、それに向けた荷造りなんかはちょっとずつ進めている。
元々身分の高いヒトも入るような学校なので、使用人同伴という事もあるらしくあたしとメルルはそんなような扱いでちょっと広めの相部屋になるとのこと。
…いいのかしら、普通寮って男子と女子で分けるもんじゃないの?
いや、メルルと一緒に居られるのは安心だし、個人的には貴族のお坊ちゃまより執事見習いとして扱われた方が気が楽だけど。というか、そのつもりでその勉強をしに行くし。
来年は王都に行くとレオンへの手紙に書いたら、ならきっと会えるな! という嬉しそうな返事を貰って和んだりしつつ。
気がついたら、4回目の収穫祭の時期を迎えていた。
「というわけで! 今日は一足早い、メルルとマリヤの送別会だー!!」
「「「おーーー!!」」」
地元の子供パワーを使って広めの席を確保したクルウ達が、お父さんの開幕の挨拶の後に合流したあたしとメルルを待っていた。
今までは遊びを主体にしていたが、今日はお食事メインにした後に遊びに行こうという話しになっているらしい。
既に飲み物が入った木のジョッキや、多分クルウの牧場の物だろうソーセージやハムを挟んだホットドッグ的な料理、デザートとしてフルーツ入りのヨーグルトなんかがテーブルに所狭しと並べられている。
ほぼ開幕直後だというのに、準備の早いこと。絶対挨拶無視して、地元のコネで調達しまくってたんだろうな。
「ありがとー、わざわざ悪いわね」
「クルウにしては気が利くわよね、ホント」
「都会の学校に行くとか、すげー事だからな! すげー事で都会に行く時はパーティするもんだって、父ちゃんも言ってたし!!」
メルルの地味な嫌味にも全く反応せず笑うクルウ。
…君、実はちょっと落ち込んでるのを勢いで笑い飛ばそうとしてないか。
頑張れ、一端離れるとか幼馴染にありがちな試練だ。メルルは地元大好きだから都会でチャラい貴族に引っかかったりはしないだろう。
……チャラくない運命の出会いとかあった場合、多分あたしは止めないが…。だからと言って無責任に煽ったりもしないぞ。
「よし、乾杯だ乾杯! 今日はアレだ、ぶれいこーだ!」
バっと掲げられるクルウのジョッキ。皆もそれに続く。
ガラスのグラスと違って綺麗な音は出ないが、かこーんという音もなかなか悪く無い物だ。
そして中身を口にして、すぐ気付く。
「……クルウ、これお酒…」
「あ? そーだけど?」
中身はお酒だった。ビールではない、林檎の果実酒。シードルみたいな味。
指摘するが、クルウはけろりと肯定する。別に周囲の子供達も、どうしたの? みたいなぬるい反応。
…あ、あれ。そういえば確認した事ないけど、もしかして子供はお酒を飲んじゃいけないみたいな決まりってないのか?
「送別会で飲み会っつったら、酒飲むモンだろ! 大人はそーだぞ!」
「わたしはジュースの方が美味しいと思うわ、やっぱり」
……そういえば、最初の収穫祭の時も『お酒にしちゃうより、葡萄はそのままの方が美味しいと思う』って言ってたわね。
それは、お酒の味を知らなきゃ言えない言葉か。
でも、なんか、こう、そのなんだ。
飲み会しているこの背後で、『休め』の姿勢ではあるが、仁王立ちしているギースさんの存在が物凄い怖いんですけども。
ちら、と後ろを見上げる。
不動の姿勢である。盛り上がる子供達を、睨むでもなくただただ真面目に静かに見守っている。
レナードさんよりは威圧感はないが、居心地悪いな!
「…ギースさん、これって飲んで良いもの?」
一応聞いておく。
子供は飲んじゃいけません! …が浸透していた元日本人としては、大人が見ている前で堂々と飲酒とかどうしても躊躇うのだ。
上目遣いで伺いながら尋ねるあたしに、ギースさんは騒がしい中でもしっかりと通る声で答える。
「酒類の飲みすぎは、大人であっても精神を緩ませ間違いを犯させることもあり、深酒をする者程早く身体を壊す傾向にあると聞きます」
「あ、はい」
「ですので、私としては推奨は出来かねます。ましてやマリヤ様も皆様も未だ年若くあらせられるのですから、自重し一杯のみに留めて頂きたく存じます」
断固飲むなとは言わないのね。
安定のお堅いギースさんにクルウを始めとした一部の子供がぶーぶー言ったが、殆どの子供はやっぱりジュースの方が良いようだ。
お許しも出た事だし、一杯だけだが久しぶりの果実酒を楽しむ事にした。
……あー、でも出来ればホットドックならビール飲みたーい…
暫くは、一杯のお酒の後に普通のお茶やジュースを飲みながら盛り上がる。
今年も1位になるぜー! と息巻くクルウの牧場自慢とか。今年入ってきたばっかりで、まだちょっとおどおどしていた1年生達を和ませたりとか。
ちいちゃかったクルウの一番下の象の妹さんも、今年から学校に通っている。
あたし達も、いつの間にやら最高学年な訳だ。
…まあ、以前から上がいてもクルウは普通にガキ大将で、メルルは学級委員長的な立ち位置で何も変わらなかったが…
あたし達が卒業したら、学校かなり静かになるんじゃないだろうか。
それはそれで、勉強はかどるんでしょうけど。
「腹いっぱいになったな。そろそろ、サーカスとか見に行くか?」
「あ、ちょっと待って。…えと、すぐ戻るから、待ってて」
「なんだよ、トイレか?」
「解ってるなら聞かないでよ!!」
「何で怒るんだよ、そうならそうって言えば待ってるっつってんだろ!!」
先ほどからちょっともじもじしていたミミィが席を立つ。
そして相変わらずのクルウによるノーデリカシー発言にぷんぷんと怒りつつ、ミミィは人混みを掻き分けて行ってしまった。
彼女を見送って、当然のようにメルルを始めとした女子一同はクルウに冷たい視線を向けている。
「…女って、何でトイレ行くのにあんなに恥ずかしがるんだろうな」
「いや、うん、…そういうもの、だと思っとけばいいんじゃない?」
ただ、物食ってる時にトイレトイレと連呼するな。食べ終わってるけどさ。
ちなみに、この世界のトイレは洋式に近く、そしてまさかの水洗式である。
と言っても上下水道整ってるという訳でもなく、要するにトイレの中の水のタンクに魔法で水を溜める事が比較的容易なので、自然そうなったようだ。
流したものはかなり深くに掘った穴に流している、ようだ。確認はしてない。
まあ、穴を掘るのも魔法使えば割りと容易だし。自然の栄養として分解されるんじゃないだろうか。
ついでに言えば、土の魔法はあるが、勝手に穴掘れたりはしない。
穴を掘るのを簡単に出来る、くらいだ。達人クラスだと、石を砂にしてしまえたりするらしい。畑仕事に役立ちそうだなと思う。
最近気付いたけど、基本0から発動できないのが生活魔法らしい。氷だって水がいる、火を起こすのも燃料が別に要る。
風はともかく、多分水は空気中の水分を集めてるんじゃないかな。
「そーいえばね、さっきウルガさん見たよ! ウルガさん!」
「え、そうなんだ」
「オウリア先生にねー、いっしょに飲みましょーって言ってたよ!」
「「「おーー」」」
「で、そうですね、沢山で飲んだ方がたのしいですし、いっしょに飲みましょうって言われてた」
「「「あーー……」」」
ムッカの報告に、皆で期待した直後に溜息を吐いた。
当人は隠してるつもりのようだし、オウリア先生に全く伝わっていないが、子供達にはウルガさんが先生に惚れているのはバレバレだ。
そして大多数の子供達は応援しているのだが、なかなか上手く行かない。
先生、何よりも先ず子供達の教育! というヒトなので、草食系でオトメンなウルガさんのささやかなアタックに気付いていないらしく。
「てことは、あのバーダムの皆様との宴会に巻き込まれたのかー、ウルガさん」
「あれなー。オレも見た事あるぞ、すげーよなあの時の先生」
大いに酒を飲み、肉を喰らう猛禽類飲み会に、ウルガさんはついていけるのだろうか。…貴方、ベジタリアンなのに。
何年片想いしてるか知らないけど、今年は遂に一歩踏み出したのに、その先はオッサン臭い大宴会…。涙を禁じえないな…
というか、そういう事してるって知ってて、言った、わよね?
いくらなんでも、そんなリサーチしてないとは思えない。頑張れウルガさん、先ずは外堀を埋めてからいつか2人きりで飲み会だ。
……いや、収穫祭という時点で2人きりじゃないか。とにかく頑張れ。
「あ、ウルガさんって1人だった?」
「うん」
「きつ…、…黄色の毛並みのおじさんは居なかったのね」
「見てないー。…あ、前にマリヤを助けてくれたって言ってたヒト?」
「ああ、前にウルガさんと一緒に飲んでたヒトよね? そういえば、あれから見た覚えないわ、わたしも」
「オレも見てないなあ。お礼も言って無いし、もっかい来りゃいいのに」
最初の年以来、あのリシッツァという狐さんは来ていないようだ。
珍しい、みたいな口ぶりだったし。毎年来ているお友達じゃないのかな。
うーん、一言お礼は言いたいんだけどなー。
忘れてるかもしれない、…というかそもそも、道端でぐーすか寝てただけと言えばそれまでなので、知らない可能性があるが。
ウルガさんにお礼を伝えて、とは言ったんだけどね。
それはさておき、と皆とお喋りを続ける。
子供の会話ってのはとりとめもなく突拍子もなく、話題もそうそう尽きるものではない。
途中でギースさんにもお茶を勧めてみたり。
想像はしていたが、現在勤務中ですので、と一緒に座ることすら辞退された。
いやでも、ご飯は食べた方がいいと思うのよ、疲れるでしょうに…
そんなこんなで、暫く。
「……ねえ。ミミィ、遅くない?」
食事が終わったのに大テーブルを占拠し続けている理由を思い出し、尋ねる。
収穫祭の最中は結構その辺に仮設トイレが設置されている。
ここからちょっと離れてはいるが、この人出で混んでいたりとかそういう事を加味したとしても、流石に遅い。
「そういえば、そうね」
「迷ったのかな?」
メルルとムッカも首を傾げる。
ミミィが普段住んでいるのはプルミエ村で、スゴン村には収穫祭の時くらいしか来る事は無い。
ただでさえいつもと違う飾り付けがされ、一部通行が難しいくらいヒトでごった返している状態だ。迂回に迂回を重ね、現在地が解らなくなった可能性はある。
「探しに行くか」
「そのうち帰ってくるかもよ?」
「じゃあ、探しに行くヤツと、ここで待ってるヤツで分かれようぜ。見つかっても見つからなくても、30分後に一端ここに集合な」
「「「はーい」」」
あんまり小さい子達と、女の子達をテーブルに残し、4年生以上の子達でミミィを捜しに行く事となった。
1人だと二次迷子になって困りそうだったので、3人グループで最低1人はこの村の地理に詳しい子を入れておく。
あたしはムッカと、以前雪合戦の時に活躍してくれたシマウマのクアッガと一緒に探す事になった。
ムッカもクアッガもプルミエ村の子だけど、あたしはしょっちゅうクルウの牧場に遊びに来ているので、この村の事もかなり解っているのでね。
「また変なおじさんとかに連れてかれないようにね、マリヤ」
「ん、解ってる。ギースさん、メルル達をお願いね」
「承知しております。マリヤ様、お気をつけて」
メルル達に見送られて、捜索隊はミミィを探して人波を掻き分け始める。
…ギースさんは主にあたしの護衛じゃないのか、という話だが。
まあ、何だ。領主の娘という事でメルルだって放置する訳にいかないし、それ以上にお堅いギースさんがこうして見送ってくれる程、もう持ってかれはしないというお墨付きみたいなものだ。
実は護身用のナイフ持ち歩くようになってたりしますしね。
――――――
収穫祭の会場となっているスゴン村は、中央広場に最大の混雑が発生しており、そこから通りや路地まで沢山のヒトで賑わっている。
中央から離れれば離れるほど、少しずつ人通りは減っていく。
目当ての酒や食べ物の追加を買うに当たって、あまり販売の天幕から離れると不便だから、だ。
無論、雑踏を嫌い静かな場所で飲もうとするヒトも居るには居るが、元々が大騒ぎを前提とした祭りである為、それは少数派だ。
村の外れにまで来ると、外灯もなく、ヒトが出払っている為に点在する家の明かりも存在していない。
時折やって来る見回りの憲兵達が持つランプ以外は、月明かりしか照らすものが無い。
そんな暗い道を、長い耳を揺らしながら、白い毛並みの少女が駆けていた。
夜目は利く方なので、その点は良かったのだが、長く走り続けている為に足元が覚束なくなってくる。
延々と追い駆けてくる存在に、体力の限界を感じながらも止まる事は出来なかった。
先ほどまでは学校の友達と楽しくお喋りしていたのだが、用を足すために1人で行動しようとしたのがいけなかったのか。
過去何度も参加した祭りに、大勢の外からのヒトが集まっているにも関わらず、大した警戒心も持たずに居たのがいけないのかもしれない。
あるいは、狙われそうな子供というのは、例えば非常に珍しい種族である子や、領主の娘という身分を持った子くらいだ、と思っていたのも悪かったのだろう。
用が済んで戻ろうとした所に、気分が悪そうに蹲っている見覚えの無い黄褐色の毛並みをしたヒトに、親切心から声をかけてしまった。
飲みすぎて気持ちが悪いから、ちょっとあまりヒトが居ない所に案内してくれ、と言われて素直にそうしてしまった。
彼女は、とても素直で思いやりのある、良い子だったのだ。
そしてそれは、完全にアダとなった。
殆ど人通りがなくなり、心配そうに背中を摩っていたら、突然先ほどまでのフラついた動きが嘘のように、その両手をミミィを捕まえようと伸ばしてきた。
驚き咄嗟に背を向け逃げた方向は、村の中心部の逆方向。
普段スゴン村に来る事が無いから、どちらに逃げれば逃げ切る事が出来るのか、解らずただ道が開けている方向へと必死に走る。
振り返らずとも、気配でずっと追われているのは解った。
昔、こんな風に知らない大人に友達が攫われそうになった時は、ミミィを含め皆で助けたけれど。今度はきっと、誰も来ない。
だってあの時は、攫われたその瞬間に皆が居て、気付く事が出来た。
今回ミミィは、誰も見ていない時に襲われているのだ。友達誰もが、今彼女が危機に晒されているのだと気付けるはずもない。
どうしよう、どうしようと恐怖でパニックになった頭で考えるも、打開策は思いつかなかった。
もう、酔っ払いですら周囲に見当たらない。
家が建ち並ぶ区域を抜けて、4つの牧場のうちのどれかの塀が見えてきてしまった。どれなのかは解らないが、少なくとも何だかんだで頼りになる、ガキ大将の家では無いような気がした。
当然のように門は固く閉じられているし、塀は高すぎてミミィにはよじ登れそうにない。
塀に突き当たり、思わず以前のように中に入ってやり過ごせたら、なんて考えたがそれが不可能だと理解し、一瞬右と左のどちらへ走ろうか悩む。
それもまた、完全な悪手だった。
「追いかけっこは終わりみたいだな、お嬢ちゃん?」
「ひっ…」
耳元で聞こえた見知らぬ男の声に、小さく悲鳴を上げて振り返る。
月を背にしたそのヒトは、小さなミミィを閉じ込めるように塀に両手をつき、舌なめずりをしながら見下ろしていた。
「都合よく、誰も居ねェ場所に連れて来てくれたみたいだなァ。あんがとよ」
「あ、…う、た、助け……」
「いやいや、ヒト聞き悪ィ事言うもんじゃねェよ。何もとって食おうって訳じゃ無いんだぜ?」
言って笑うが、だからといって何もせずに解放するとも思えない。目的の何も無いまま、長時間こうして追い掛け回す筈が無い。
まだ幼い少女であるミミィには、目の前の男が自分に何をしようとしているのか理解が出来ず、ただ本能的な恐怖に腰を抜かし、ずるずるとその場に座り込んでしまう。
「よーしよし、良い子だなァ。なァに、そのままおとなしくしてりゃあ、すぐに終わらせて……」
ミミィは完全に恐怖で頭が真っ白になっていたし、男は多量に摂取したアルコールと目の前の美味しそうな獲物の為に注意力は散漫だった。
故に。
先ほどから近付いてきている、気付いて当然の足音にも気付けなかった。
「いたいけな少女に何しとるか、この犯罪者ああぁぁぁ!!!」
「がっ?!」
「ふきゃ…っ?!」
思いっきり叫んで踏み切り、明らかにミミィに襲い掛かろうとしている知らない後姿に飛び蹴りをお見舞いした。
当然のように背中を蹴られた男は勢いで塀に顔面を強打し、へたりこんでいたミミィは驚きながらも、しゃかしゃかと両手両足を使って半ば転がるように男の足元から脱出する。
そしてあたしは蹴りの反動を利用して、くるんと宙返りをして着地した。
「ミミィ、大丈夫?! …というかなんとなく聞こえた台詞がアウト臭かったから蹴ったけど、実は良いヒトだったとか言う展開じゃないわよね?!」
「な、無い、無い! あ、あのヒト、私を捕まえようって、ずっと、追ってきて、すっごく、こわく、って…!!」
良かった、濡れ衣で攻撃した訳ではなさそうだ。
一応あの犯罪者からは逃れられたが、相当怖い思いをしたのだろう。ガタガタ震えているミミィは、あたしが手を貸しても立ち上がれそうにない。
腰を抜かした彼女を連れて逃げるより、男が顔面強打から立ち直る方が圧倒的に早かった。
「何をしてくれやがんだ、このガキ…!」
「何してんだはこっちの台詞よ犯罪者!! 酔っ払って気が大きくなったのか知らないけど、幼女襲うとかどういう神経してんだこのペドフェリア!!」
テンプレの威嚇をしてくる男、…見た目はジャッカル系、に親指下に向ける。
…いやまあ別に子供に目をつけたからと言って、そういう嗜好があるとも限らんだろうけども、酔っ払ったからって普段の生活で全く感心ない事に乗り出すヤツも居ないだろう。
心に秘めてる分には別に害は無いのに、酒ってのはこれだから…
「良い所だったのに邪魔しやがって! 大人をナメるとどういう目にあるか、しっかり教育してやるから覚悟しやがれ!!」
…まあ、これは酔って無くてもロクな大人じゃなさそうだが。
ミミィを背にしていたあたしに掴みかかろうとしたようだが、あたしはその手をぱしっと払いのけた。決して力の流れに逆らわず、受け流すのがコツ。
ついでに足を引っ掛けると、バランスを崩してたたらを踏んだ。流石に転ぶことはなかったが完全に頭に血が上ったようである。
こなくそと尚も襲ってくる手をひょいひょいとかわしつつ、少しずつ地面に座り込むミミィから離れるように移動する。
幸い、今回はこのダメジャッカルは1人なようだ。犯罪グループとかじゃなくて本当に良かった。
「ていうかさー。大人を気取るんだったら、もうちょっと尊敬出来る大人で居てほしいんですけど」
「この、ちょろちょろと…!!」
「深酒してちっちゃな女の子を追い掛け回して、しかも子供も捕まえられないとか一体何処にあんたが胸張れる箇所あんの? 未遂だって立派な犯罪者だし。しかも小児性犯罪者だし。これ以上無いくらい最低だし。底辺だし。最早害悪だし」
「くっ……くそガキャぁぁぁぁぁ!!!」
当然の魔法対策として煽ってやると、瞬間湯沸かし器よろしく沸騰した。
どうでもいいが、もう少し気の効いた脅し文句の一つも言って欲しい。
捕まえる通り越して、完全に殴ろうと拳を固め始めたのを見て。後方にステップすると同時に、ちょっと視線を向こうに投げる。
…こいつの視界にも入ってるんだけどな。
やっぱり、お酒の飲みすぎ、だめ絶対。少なくとも冷静な思考が出来なくなる。
「まあ、あれだ、折角だし」
あたしの顔を狙って突き出された拳をかわして懐にもぐりこみ、伸びきった右腕を担ぐように掴む。
「子供ナメたらどういう目に会うか、しっかり勉強して行きなさい!」
「どわっ?!」
背負い投げの要領でブン投げた。
どすん、と音を立ててジャッカルが背中から地面に激突。酔っ払いに咄嗟に受身とれって方が無理な相談だが、怪我したところであたしの良心は痛まない。
「ムッカ、クアッガ! そいつの腕に座って、全体重かけて!」
「うんっ!」
「了解!!」
こっそり後方待機していて、さっき目配せで呼んだ二人に指示を出す。
子供の体重とは言え、伸びきった腕に乗られてしまえば易々と持ちあげる事は叶わない。
そしてあたしは両足をクロスさせてその上に座る。無論、全体重かけて。
そうすると、持ち上げる持ち上げない以前に。
「いだだだだだだ、てめ、ちょ、退きやがれ!!」
「誰が退くか」
先ず痛い、と。
足首辺りに自分の足が食い込んで超痛いだろうが、容赦はしない。
「さて、どうしましょうか。この犯罪者」
「憲兵さん呼ぶー?」
「クルウ達呼んで、ボコボコにしよーぜ!」
「好き勝手言いやがって、このくそガキども、後でどうなるか解っ……!!」
未だに自分の置かれた状況と、自分が犯しかけた罪を自覚していない酔っ払いが喚こうとしたので、物理的に止めた。
具体的には、踵を落としたのである。
股間の辺りに。
神様って、女性に優しいわよね。こんなあからさまな急所を作ってくれてるんだから。
ちょっとムッカとクアッガまできゅっとしてたが、それは気にしない。
だからあたしは男じゃないのかという突っ込みはこの際知らん。一応言っておくと、その痛みを知らずにやってる訳じゃないので、あしからず。
「…どうやら、反省の色は無いみたいね」
自分でも吃驚するほど、低い声が出た。いや、元の声がまだ声変わり前で高いので、言う程は低くないが。
まだ痛みから復活しないのか、それともあたしの声に子供らしからぬ怒りが篭っているのを感じ取ったのか、ジャッカルはやっとこ無言になる。
「別にね、小さい女の子に興味がある、という事自体を責めるつもりは無いわよ? 趣味嗜好は大抵自分で選べる物じゃないし、脳内でキャッキャウフフしてるだけなら害も無いし、むしろあたしは理解したい方だわ」
そういう趣味なんて、大抵育ち方とか色んな理由が積み重なった、ある意味トラウマとも言うべきものですしね。
大抵、自分がこれを好きになりたい! と思って好きになることなんざある筈がない。気がついたらそうなっているものだ。
それ自体をどうこう言っても、仕方ない。
「が、大人として当然の理性と自制心というのは持って然るべきでしょう。酒に酔った? そんなの言い訳にならないわよ、自分を見失う程酔う方が悪いし、自分の限界も知らずに飲む方が悪い」
自分を知らずにハメ外した挙句に、暴走して襲い掛かって大人風吹かすとか、おかしくってヘソで茶が沸くわ。
前の世界にもザラに居たが、この世界にも性質の悪い酔っ払いは居るもんだ。
…少数派だとは思いたいが、それなりに居るからこそ収穫祭の日は臨時の憲兵さんもいっぱい来て見回りをしているんだろう。
その目からすり抜けてしまった、ミミィは実に運が悪い。
が、当然運が悪いからと言って襲われる方が悪いなんて事にはならない。
特に今回の場合、このバカジャッカルに同情の余地は無い。
「あろうことか、未来あるうら若きいたいけな少女を襲うとか、ありえないわ。子供ってのは国の宝よ、解ってる? あんたのせいでミミィが男性恐怖症にでもなって普通に暮らせなくなったらどうしてくれんの? 1人の人生を台無しのぐっちゃぐちゃにするトコだったって事よ?」
「お、…俺はちょっと、魔がさしたっつーか、そんな大層な事は…」
「大層な事しようとしたつもりがない。へえ。あんたは気楽に女の子襲おうとしたの。自分の欲望を満たして気分良くなれればどうでも良かったの。ふーん?」
さっきの一撃が相当痛かったのか、それともやっと酔いから覚めたのか。随分と威勢が弱くなったが、発言は心底無責任だ。
ムッカとクアッガは話を理解してないのか、ちょっと首を傾げているが。
ただ、あたしが怒ってるのは理解しているのだろう、口を挟まずにジャッカルの磔を続行してくれている。
んまあ、子供に理解しろっつってもまだ早い。そして別にこのバカに共感なぞしなくていいし、して欲しくも無い。
「そうね、ヒトの趣味は容易く変えられないし、酒癖も治そうと思って治せるモンでもない。きちんと罰を与えない限り、あんたはまた同じ事をするんでしょうね」
「え、いや、そ、その…」
「となれば、あたしの答えは一つだわ。…ああいや、これくらいはあんたに選ばせてあげましょうか」
表情は笑顔を保ったまま、あたしは腰からナイフを抜き放つ。
子供が刃物を持ってるという事実に、今更気付いたらしい。明らかに、ジャッカルの目がヤバイみたいな感じにあたしを見る。
そしてあたしは微笑みを浮かべたまま、…ただし目は笑っていない、地面に磔にされたダメ大人に、問いかけた。
「もぎ取るのと、切り落とすのと、擦り潰すの。どれがいい?」
その問いに、毛並みでよく解らないが多分青ざめたことだろう。
話の流れが解らん程、馬鹿でもないし理解力も悪くないようだ。
「な、…な、何を、だ?」
「あらやだ。解ってるくせに」
ぱしん、と音を立てて、あたしは右手に持ったナイフの腹でジャッカルの腰辺りを叩く。
「……大事な息子さんとのお別れの方法くらい、選びたいでしょう?」
今度こそ、思いっきりバカジャッカルの表情が引き攣った。
そして逃れようと暴れ出すが、子供三人分の重量をしっかり乗せられている今、容易く逃げられないし、逃がしてやるものか。
「ふっ、ふざけ、ふざけんなよ、何でそういう事に?!」
「は? まだ理解してないの? あんた、女の子の一番大事なもの奪おうとしたのよ? だったら男として一番大事なもの奪われる覚悟で居なさいよ。そしていっそ女になって襲われる恐怖でも体感しろ」
「解った! 悪かった!! 俺が悪かった! だから命ばかりは!!」
「あははははは、イヤねえ。命なんて取るわけないじゃない。殺したらもう反省も贖罪も出来なくなるでしょうが、そんな生温く許してあげないわよ?」
どうせ、お前が死んだら次はロクな生命体では無さそうだけどねえ!
とうとう涙目になって懇願し始めたジャッカルを笑顔でねちねち苛めていたら、なかなか帰ってこないあたし達を再度探しに来たらしいクルウと一緒に来た憲兵さんに見つかった。
むしろ助かったとばかりに、涙目になってぷるぷるしたジャッカルは自分の犯しかけた罪を認め、大人しくしょっぴかれていった。
…勿論、本気で去勢してやろうなんて思ってなかったので、あしからず。
触りたくないし。
何はともあれ、怖い目にはあったが男性恐怖症になる程のトラウマは形成されなかったようで、ミミィも大丈夫そうだ。
まあ助けたのも一応は男だから、かなー…?
「マリヤは、怒らせちゃだめだねー…」
「おう…」
「…女の子には、優しくしよーね、クアッガ」
「…だなあ…」
帰り道、ムッカとクアッガがそんな事を小声で言っていたが、聞かなかった事にしておいた。
世の中の紳士淑女の皆様には、イエス幼女・ノータッチを心がけていただきたく思う所存です。
という訳で、マリヤさんの激おこでした。
元女性だけあって、こういう犯罪には本気で容赦をしてくれません。
そうでなくても、正義感は強い方ですが。でも基本穏やかな人なので、そうそうキレる事はないです。
ただし被害者がメルルだった場合、更なる激おこぷんぷん丸が予想されます。
自分だった場合は、火の粉は払うけどおこにもならないかも知れない。
都合上、途中ちょっと一人称でなくなったりして読み辛かったらごめんなさいでした。
(2014/7/10 誤字脱字、他一部表現を修正)




