表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒツジさんの執事さん  作者: 美琴
第一章
22/67

22・積み重ね



 3回目の春になって、あたしとメルルは11歳になった。

 今年はあらかじめ同じ日にお祝いしようと決めてあったので、個人的にはそんなにドラマティックな誕生日になった訳ではない。

 ただ、メルルにとってはドラマティックだったかもしれない。

 今年のあたしからの誕生日プレゼントは、大きなショートケーキだったので。

 例のミニ温室で、こっそり一緒にイチゴも育ててたのでした。

 前の世界みたいな甘いイチゴじゃないんだけど、ケーキに乗せるならむしろちょっと酸っぱいくらいが丁度良いとあたしは思う。

 で、カッツェさんと一緒にスポンジケーキのレシピもきっちり確立させたし、生クリームもクルウの牧場の協力を得て作りましたよ。

 それはそれで、料理とかに色々応用効くので、商品化も多分近い。

 ええもう各方面にご協力いただきましたとも。ケーキの型とか、ホイップしたクリームを飾るための絞り袋(皮製)とか絞り口とか…

 なのであたしから、というよりは色んなヒトからになりますが。

 いやー、甘い物嫌いで通ってたメルルがクリームいっぱいでイチゴを飾ったケーキを目を輝かせて食べる姿は、可愛いの何のですね!

 家族皆に過剰反応頂きましたが。尚、メルルを除けば試作品を試食して頂いたカッツェさんの反応が一番凄かったのは言うまでもない。

 基本のスポンジケーキとクリームが作れるようになっただけで、そこから応用とバリエーションが一気に広がる。

 おやつもパウンドケーキ以外にも出てくるようになったし。

 お父さんを訪ねてくるお客さんにたまにお出しするのだが、これも評判がいいらしく、一部では噂になっているらしい。

 ふふふ、それ目当てで来て新たな商談を成立させるがいいさ。

 甘いものって基本ごちそうであり、美味しいものだよね! …適正な甘さなら!

 この一連のあたしのお菓子開発で、問題が発生した事と言えば。


「…むう」

「ん? なあに?」


 夜にメルルのお部屋で一緒にベッドに転がって本読んでたら、急にメルルに横っ腹をつつかれた。

 相変わらずたまに一緒に寝る。今のところ、誰にも止められてない。

 メルルさんはそろそろ思春期じゃないんですかね? あたしは別に構わないというかメルルを抱っこして寝るのふかふかで気持ち良い。


「マリヤってさ、最近固くなったよね」

「固く…って」

「腕とか。お腹も」

「ああ、うん」

「どうしてわたしと同じくらいお菓子食べてるのに、ぷにぷににならないの?! ご飯ならむしろわたしより食べてるのに!」


 ……メルルはお腹がぷにぷにになったの?

 とは口が裂けても発言しないが。

 11歳になって、あたしもメルルもまた背が伸びている。去年の今頃は同じくらいだったが、いつの間にかちょっとだけあたしが追い越した。

 この年齢ならまだ女子の方が大きい場合が多いだろうから、かなり良いペースじゃないだろうか。現在150…にはちょっと届かないかなーくらい。

 まあなんにせよ、まだそんな劇的には身長も体格も変わらない。

 にも関わらず、ぷにぷにらしいメルルと違い、あたしの方のぷにぷには大分少ない。無いとは言わない、それは子供としてありえない。


「メルル。体型の維持については、たった一言で答えが出せるわ。簡単な事よ」

「なに?!」

「努力」


 それ以外にある筈が無い。

 食べるだけ食べて、何にもしないで太らない、なんて美味しい話があってたまるかって事ですよ。

 簡単なの?! と一瞬目を輝かせたメルルが、うえって嫌そうな顔をする。


「朝晩マラソンした後にレナードさん達と筋トレして、隔日でウルガさんにしごかれればぷにぷになんて最低限になるわよ」

「わ、わたしは固くまではならなくていい…」


 うん、女の子は柔らかい方がいいんじゃないかな。

 メルルの場合は抱き締めても肉の前に毛皮の柔らかさしか感じないが。


「ウルガさんは無いにしても、レナードさん達との筋トレに混ざる? 固くならなくてもある程度あった方が、脂肪も消費しやすいらしいし」

「う、うー、だってマリヤ達、腹筋100回くらいしてない?」

「いきなりそんなにやらせないから。続けられなきゃ意味ないもの」


 スパルタはヒトを見てやるんじゃないかしら。辛すぎて挫折したら、何の意味も無い。

 ちょっとずつ、無理ない範囲で回数伸ばしていけばいいと思うのよ、メルルの場合はね。

 …あたしは早急に身を守る術が欲しかったから、スパルタ状態に行ってしまっただけだ。主にギースさんによって。

 あと誤解の無いように補足しておくが、お前子供かってほど筋肉ついてる訳じゃないですからね!

 メルルにマッチョ嫌とか言われてるしあたしだって嫌だし!

 そもそもつけすぎると成長の妨げになるし、動きも鈍くなりそうだし!

 程ほどですよ。少なくとも腹筋は割れてない。それはもっと大きくなってから、ちょっと解るくらいでいいです。

 マッチョは嫌だが、程よく鍛えられた男の筋肉っていいよね。それを目指して頑張るつもりです。


「……夏になる前に、ちょっとだけ混ぜてもらおうかな…」


 夏になって薄着になる訳でもないのに必要なのか。

 と突っ込みたくなったが、薄着にはならないが薄毛にはするので、身体のラインを悟られやすくなるんだろうと納得する事にした。

 どんな世界でも、女の子が大変なのは変わらないんだなあ。




――――――




 そんな日々のスパルタっぷりは現在も続いている。

 マラソンと筋トレは日々の日課で、学校の後は早く帰ってラビアンさんに教わりつつお手伝いをするか、友達と遊んだ後にウルガさんに特訓して貰うか。

 お休みの日は遊ぶ約束がない限りは、お屋敷でお菓子作りの研究している事が多いかもしれない。決まってる訳じゃないんだが。

 別に戦士や剣士になりたい訳ではないので、武道に傾倒するつもりもない。どっちかと言えば執事の仕事は頭脳労働だろうし。体力も要るだろうが。

 最低限の自己防衛と、メルルを護れるようになれれば良い訳だ。

 訳なんだけど。


「あのさー…ウルガさん」

「おう、何だマリ坊」

「あたしは確か、体術と短剣の扱い方を教えてくれって頼んだ覚えがあるのよ…」

「そうだな」


 大の字になって地面に転がって、綺麗な青空を見上げていた。

 あー痛い。どこが痛いって、さっき思いっきり打たれた腕と、蹴りで掬われた足が痛いです。

 武術の訓練で痛みが無い筈はないので、それはいいのだが。


「なーんで、最近は剣術までウルガさんに教わってんのかしらー…」


 空を見上げて、ここ最近思ってた事を言ってみた。

 武術系を護身術として教わろうと思ったとき、お屋敷のフェネック三兄弟に剣術を教えてくれと頼んだ。何故なら一番身近に居る武芸の持ち主で、彼らは剣を専門に扱っていたから。

 …あと、ちょっと剣術かっこいいなって言うのもなきにしもあらず。

 そっから、執事なら常時帯剣してる訳にもいかないので、服の下に隠せる短刀とか、身一つで使える体術とかをウルガさんの方が良いって聞いて、頼んで教わるようになった訳ですよ。

 教わっていくうちに理解出来るようになったが、ウルガさんは物凄く強い。

 なんでこんな田舎で雑貨屋やってんのってくらい強い。

 我流の喧嘩殺法(笑)などではなく、ほぼ間違いなく何らかの流派の確立された武術だ。きちんとした型から始まったしね。

 その辺は突っ込むと気まずくなりそうなので聞いてないが…

 で、剣術はレナードさん達から教わるって言ってたけど、やっぱりそれもウルガさんの方が圧倒的に上手のようだ。

 だからなのか知らないが、なんか気付いたらそっちまでウルガさんに教わる流れになってしまっていた。お屋敷では、もう基礎トレ一本である。それも大事だが。


「……聞いてないのか?」

「なにを?」


 あたしの発言が、ウルガさんには意外だったんだろうか。

 地面に大の字になったあたしを見下ろしながら、草食系オトメン武道派狼さんは首を傾げた。

 なんだ、なんかあたしの知らないうちに何かの計画が動いてるのか?

 うーん? とウルガさんは暫く首を捻っていたが、そのうちにまあいいやと言う結論に達したのだろうか。


「ま、いつまでも隠される事は無いんじゃねーかね。色々と、お考えがあるんだろうさ。大丈夫大丈夫」


 この軽さである。

 『お考え』なんて言うくらいだから、何かの計画を動かしているのはウルガさんよりも上のヒト、かつあたしに関する事だから多分お父さんだろう。

 レナードさん達が知っているウルガさんの素性を、まさかお父さんが知らないって事はないだろうし…


「ほい、それよりそろそろ休憩も終わりにしよーぜ? もうすぐ日も暮れるし、最後に素振りで今日はお終いな」

「はーい、っと」


 ぱん、とウルガさんが手を鳴らしたのを合図に、ゴロ寝してた状態から足を振り上げ、その反動と身体のバネを利用して飛び起きて着地する。

 こういう身軽さも、基礎トレありきだよなあ。基本マジ大事。

 立ち上がって、さっき転がされた時にすっ飛んでった木剣を回収。

 当然の事ながら、この世界の剣術は西洋剣術に近い。前に持たせて貰った真剣も両刃だったしね。

 てことは、本来は盾と一緒に扱うんだろうが、ウルガさんから教わってるものは盾を使わないようだ。そこは日本の剣道に近いかな。攻防一体というヤツ。

 まあ、元の世界でも剣道すらよく知らないんだけどね!

 むしろ知らなくてよかったかもしれない。下手に別の流派を知っていると、教えるのも教わるのも覚えるのも苦労するんだろうし。

 ただ、そういう盾とか言う防具に頼らない、テクニックを用いた剣術のが頭を使うし難しいんじゃないかという気がしないでもない今日この頃。

 イメージ的に剣道はこう、相手と相対し、その一挙一動を見極めて動くものって感じだったが、こちら打ち合わせた所からがスタートなので…

 構えも、剣道のように真っ直ぐ正対する訳じゃないし。

 そもそも、剣道みたいに振りかぶったりしませんし! いや、別に剣道も試合では振りかぶらないか。あれも基礎トレの一つだよね。

 ちなみにこちらの素振りは、単に剣を振るのもあるけど、主に足さばきや重心移動や構えの切り替えの練習ですよ。

 今はちょっと重りをつけた木剣で練習してますが、真剣は当然もっと重いし、それでもブレない皆様凄い。


「身が軽いよな。覚えも良いし、筋が良い」

「え、何? 執事やめて、兵士とか騎士目指せって話?」

「んにゃ。あーいう職業は格好良く見えるかもしんねーけど、やらないで済むならそれに越した事ねーって。こーいう田舎の護任兵ならまだしも、第一線の騎士様なんざゴタゴタが起これば即・投入だぜ? やめとけやめとけ」


 …ウルガさん自身、そんな強いのに?

 いや、だからこそこうやって田舎に引っ込んでるのかなー…。都会でこれだけ強ければそういう所から引く手数多だろうし、それがイヤでここに居るのかしら。

 ……その前に、ベジタリアンさんでここの野菜好きだからだっけか。


「戦争なんて、ずっと起こってないんでしょ?」

「何も戦争じゃなくたって、剣振らなきゃいけないコトはあんだって。単なる模擬戦でも、打ち所が悪けりゃヒトは死ぬしな」


 それもそーか。

 最後に起こった大規模な戦争は、それこそ人間の殲滅戦で、もう100年以上は前の話だけど。

 それ以降はどこの国も基本友好的な交流をしている。若干鎖国状態の国はあるが最低限の会談なんかには出てくるらしいし。

 ちなみにそれは虫の国だ。…出来れば出て来て欲しくない。等身大の黒光り系の虫なんか目の前に来た日には悲鳴を上げて逃げるかもしれない。

 さておき、それがなくてもこないだみたいなならず者だって居る。きっと、大規模な犯罪組織だってどっかしらにはあったりするだろう。

 この領地こそ平和だが、きっと反乱や一揆が起こる事だってある。

 そういう時に鎮圧に使われるのは、兵士や騎士のヒト達だ。

 少なからず、ヒトの死を目撃し、齎す事もあるだろう。多くの人を護る為とは言え、因果な職業なのは理解出来る。

 ……それに、なりたいとは思えないな。第一、あたしの目標はメルルの執事だ。


「というか、剣だって万能じゃないから、筋はよくても過信すんな。槍には大抵勝てないし」

「それ言ったら、体術で剣相手も辛いし。適材適所というか、使いどころを間違えるなって事よね」

「ん、それが解ってんだから大したモンだ。時間とやる気さえありゃ、他にも槍とか棍とか弓とかも教えてやるけど」

「……そんなに覚えきれないから、今はいい」


 ってか、ウルガさんどんだけ武芸全般身に着けてらっしゃるのか。

 他人に教えられる、って相当よね? 齧っただけじゃ、そんな事出来ない。

 ウルガさん教え方上手いし。上手いけど、まだ習い始めて1年で、しかも3種類やってんのにこれ以上増えたら、混乱するし混ざりそう。

 あとメイン剣術じゃないですから。

 というかそもそも、別に戦いを極める気はないですから!

 …上手くなる努力はするけど。その方が、あたしと周囲が安全になる。

 なんだかんだで、訓練つけてくれるウルガさん、なんかえらい生き生きしていらっしゃるし。

 雑貨屋さんやってるけど、武芸嫌いじゃないのね? むしろ好きなのね?

 久しぶりに身体動かせて楽しい感がひしひし伝わってくる。


「あ、そういえば今更なんだがな!」

「はい?」

「間違っても、俺が乱暴だとかそういう話を学校ですんなよ?! そもそも乱暴じゃねーから! むしろ文武両道で」

「うん解ってる。言ってないし、広める気もないし、ウルガさんは頭良い」


 でも、あたしらの訓練を見ている子供はいるから、オウリア先生もご存知だと思いますよお兄さん。

 入れてもらいたがる子はあんまりいないけどね。なんでだろ。

 そんなにドン引きされるような特訓はしてませんけどねー。

 してませんけど、入れてーって言ってきた子は大体次の日には来ない。

 …ま、スパルタですからね。田舎の子だから痛いのも疲れるのも怪我も慣れてるんだろうけど。

 ただクルウに聞いてみた所、『興味あるけど、お前ら入っていきづらい』との事だった。え、そんなに鬼気迫ることしてる覚えない。

 ……無いよね?

 ストレッチから入って、型のおさらいしてからほぼノンストップで続くウルガさんとの模擬戦になるようになったけど。おかげで超実戦的だわ。曰く、実際にやるのが一番覚えるとの事で。

 無論、途中ちょいちょい補正や指導が入る、そして出来るまでやり直す。

 いや、うん、確かに声はかけづらいか…


「うりゃ」

「そいっ」


 素振りが終わって一息ついた所に、ウルガさんが小石投げてきたので、まだ持っていた木剣で打ち返す。

 こういう事も割りと頻繁にしてくるから、このお兄さんは…

 さすがに周囲への気の配り方と警戒を覚えた。多分、今なら収穫祭の時のようにひょいっと持ってこうとする気配にも気付ける気がする。

 過信はしないが。


「本当に反応は良いよな、俺並だ」

「ありがと」


 そりゃ、こちとら秒単位で状況の変わるグループ制球技の経験者ですから。動く物には比較的敏感だと思ってるよ。

 でも、出来れば顔狙うのやめて。

 ナルシストとかじゃなくて、主にメルルが心配するから。






 そろそろ二章に行かせてもいいなーと思う今日この頃。

 未だに一章の名前が決まらないなーとも思う今日この頃…


 という訳で、ただの現状でした。

 なんかこう、もうちょっと書きたいような先に進みたいような。

 のんびり書いてるので、自分でもよう解らんというダメな場合の良い見本。

 でもいい加減のんびりネタがないので、次々回くらい多分2章突入。多分。



(2014/7/9 誤字脱字、他一部表現の修正)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ