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ヒツジさんの執事さん  作者: 美琴
第一章
21/67

21・研究


 あたしのお泊り後の更なる無断外泊(屋外)については、正直に話して謝った結果、そんなに怒られなかった。

 というか、普段が良い子過ぎるからその反動があったのかなーとか、そんな風である。…そんなに良い子か、あたしは?

 日々健康的に遊び、かつ将来を見据えて生きてるつもりなんだが。

 ……あっ、考えてみれば後者を見据える10歳なんてそう居ないか!

 頭の中身がなまじ20代なので、たまにその辺を忘れる。大人が子供を満喫しようとしても、あんまり上手く行かない物のようだ。

 身体はきっちり子供なので、昔あった『年を取っていく』感は綺麗さっぱり消えたんだけどね。今は『成長している』感だ。

 ともあれ、夜の山に出かけてって特に装備も無く夜明かしするとか危険なので、もうしませんという約束はした。

 何事もなくてよかった良かった、で終わったようだ。

 …何事どころか、大事があったけどね…!

 あったけど、あの件はもう忘れよう。関わっちゃいけない。

 あたしは単に前世の記憶を持ち越してるだけの、チート能力など持ってない普通の子供ですからね。

 要らないよ。別に。普通でいい。


 そんな訳で君子あやうきに近寄らず。あの夜の事はすっぱりと忘れて、いつも通りの日常に戻った。

 クルウは数日えらく大人しかったが、10日もすれば忘れたようだ。

 無論本気で忘れられる筈もないが。少なくともあれ以来、妖精がどうこうなんて口に出さなくなった。怖いモンだと認識したか。

 なので、毎日学校行ったり、メルルやクルウと遊んだり、フェネック三兄弟やウルガさんに鍛えられたりする日々を送っている。

 後はー……


「ちょっと違うなあ…」

「充分に美味しいと思うわよ?」

「違う。うーん、小麦粉が足りなかったかしら。それとも焼き時間かしら…」


 カッツェさんとの、お菓子開発に余念が無い。

 パウンドケーキこそ、作り方がアレなので完成に大した苦労はなかったが、もっと高度な手間の掛かるものを作ろうと思うと、これは試行錯誤が必要だ。

 お菓子作りは好きだけど、細かい材料の数値までは覚えていない。覚えていたとしても、単位が違うのでそのままは出来ない。

 勿論、レシピは人それぞれだから一口にクッキーと言ったって、本によって微妙に変わってきたけどね。そもそもクッキー自体もハードとソフト、アイスボックスにドロップと種類は多い訳だ。

 個人的にはハード系が好みだったので、カッツェさんに協力してもらい試作品を何度か作っている。

 細かい数字はともかく、なんとなくの比率は解ってる。が、それでも納得出来るものはなかなか出来ない。

 今回は、なんかこう、脆い。冷えた後でも、ぽろっと崩れてしまう。

 ハードクッキーとして、違うそうじゃない。


「これはこれで、美味しいのに」


 横から見ていたメルルが試作品を摘んで、もぐもぐ。

 お料理にあまり興味が無いのか、作るのには手を出して来ない。

 だが、頻繁に試作品を試してはいるものの、納得が行かないとお茶の時間に出て来ないと気付いてしまったらしく、つまみ食いにやってくるようになった。


「もーちょっとしっかりした作りにしたいの。じゃないと、型を抜いたりとか成型したりとか出来ないし…」

「形って、大事?」

「大事よ。目で楽しんで、舌で楽しむ。それがお菓子だもの」


 この世界のお菓子は、目でしか楽しめない。

 その両方を両立してこそのお菓子。スイーツ。女子力の象徴。

 …だからお前は男だろうという突っ込みは、例によってナシだ。

 別にあたしが満足したい訳じゃなく、貴族のご主人様やお嬢様のお茶のお供に出す物だからだ。見た目が地味すぎては、こう、沽券に関わる。

 アットホームな我が家において、家族だけなら別にいいけどね?

 たまには、お客様だっていらっしゃる訳だ。バランさんを始め、周辺の領主さんも訪れる。商売交渉に来た、商人だって先ずはここに挨拶に来る。

 そういうヒト達にナメられない為にも、お茶やお茶菓子の先制ジャブは大事なのですよ。

 貴族の世界では、もうその辺から『こいつ、出来る!』という印象付けが始まっているのですから…

 めんどくせえと心底思うが、そこはこの世界において、多分あたしだけが持っている『美味しいお菓子』技術が心底役に立つはずだ。

 ひいては将来、女領主となったメルルを他の貴族にナメさせない為にも。

 これが武器になるなら、極めます。全ては、あたしの可愛いメルルの為に。


「味の変化を試すのは、基本が納得行ってからね。この焼き菓子には、何が合いそうなのかしら」

「そうね、やっぱりナッツの類? チョコ…って、無いわよね?」

「チョコ? …ごめんなさい、聞いた事無いわ」


 無いか。無いわよね。

 よしんばカカオがあったとして、それを固形のチョコレートに昇華したのは、あたしの世界でも相当な年月がかかってたはずだ。

 詳しいことは知らないけど、元々は『黒くて苦い飲み物』であり、薬であったような覚えがある。それが貴族のオシャレな飲み物として、砂糖やらミルクやら入れて飲んでた…みたいな。

 そんな初期状態のチョコがあったとして、お菓子に転用する程の能力は無い。

 無論、カカオからチョコを作る技術なんて知らない。多分、個人で出来るようなものでもないと思う。

 …なので、チョコケーキは不可能だ。無念。


「後は、果物の砂糖煮を乗せるとか、それこそ砂糖を固めたもので飾るとか…」

「結局おさとうてんこもり?」

「ベースの甘みを抑えて、乗せるものでアクセントにするだけで、全然違うものになるのよ、メルル」


 上も下も甘いんじゃ、クド過ぎる。

 一緒に食べてお互いを引き立たせる、そういうバランスってモンがあるんだ。

 あの甘みを自重しない落雁は、ホント悪い例だと思うのよ。

 それこそ貴族! …なのかもしれないが、真のグルメは金さえかけりゃ良いってモンでもないと、解るヒトには解るだろう。


「果物の砂糖煮…。それは興味があるわ、マリヤ君は作れる?」

「ええ。丁度そろそろ季節だし、試してみましょうか」

「甘いのよね?」

「それ単体で食べるものじゃないから、大丈夫。パンとかに塗ったり、紅茶に入れたりして食べる、…保存食よ」


 というか、その辺を語る10歳を誰も突っ込まない辺り、この家のヒトって。

 突っ込まれても困るし、殆どが『ニンゲンの知識』だとして自分たちは知らなくても仕方ないか、みたいな風潮。良い免罪符である。

 さておき、あたしが作るお菓子は好きだが、甘い物自体に苦手意識のあるメルルは一瞬複雑そうな顔をした。

 ジャムはねー。確かに砂糖をこれでもかって入れて煮るからな。

 高級品だから、それこそお屋敷に住んでいるからこそ出来るものだ。

 プルミエでも作ればいいのに。お砂糖を料理にもっと気軽に使えれば、味のバリエーションが広がるんだから。

 サトイモの煮っ転がし食べたい。…醤油がないけどさ。


「お砂糖って、なんで高いの?」

「砂糖を作るための植物…サッチャって言うんだけれどね。それが、この辺りでは上手く育たないの。もっと暖かい地方で取れる物で、適した地域がアニマリアには余り無いのよね。だから、殆ど他の国から買ってるのよ」


 ああ、やっぱりそうなのか…

 確か、サトウキビは暖かいところで、テンサイは涼しいところで育つ植物。

 てことは、サッチャがどんな植物なのかは知らないが、サトウキビの方に属するようだ。この辺りの気候はかつてあたしが住んでた、日本の本州に近い。雪は結構降ったから、やや北よりの関東か。


「それって、どんなの?」

「どんな…。うーん、丸っこくて、白くて根っこが甘くて、砂糖の元になるって聞いた事があるかな」


 あれっ、物自体はテンサイ系なのか。

 サトウキビみたいな茎からじゃなくて、多分大根みたいなのが出来て、根っこが甘いのか…。で、温帯の植物。

 うーん、でも気候が合わないんじゃこの辺で作れないんだろうな。そればっかりは仕方ないか、この時代考えたら。作れるものを作って売って、作れない物を買うってのが普通の貿易だよね。

 んー、あったかいトコのなら温室栽培…。ビニールハウス。が、あればな。

 太陽の光を集めて暖めて、それをなるべく逃がさない。あんまり農業の事は知らないけど、あれってそういう事だよね?

 でも勿論、ビニールもポリ袋だってこの世界には無いしー……

 …あれ、ガラスでも別にいいんじゃ…?

 前の世界でビニールハウスが多かったのって、要するに比較的安価で設置とかが簡単だからかな。…つかそもそも、大きい施設とか植物園とかはむしろガラスハウスだったような気がする。

 や、でも待て。大規模な温室って、単なるガラス小屋とかじゃないよね。

 なんか換気扇とかでっかいのが頭上にあったような…。イチゴ狩りした時の記憶では、意外とでかい機械があるんだなという印象。

 というか、全面ガラス張りの小屋なんて、温帯どころかサウナになって、植物枯れちゃうよな。当然、中を一定の気温にするシステムがあったんだよね?

 夜は夜で、保温するシステムがあったはー、ずー…?


「…ねえ、冬に石畳にかける、温熱魔法ってあったわよね?」

「あるわね」

「あれって、石以外にもかけられるの?」

「かけられるけれど、一冬効果が続くほどの錬度を持ってるヒトはあんまり居ないわね。普通のヒトなら、せいぜい一日くらいじゃないかしら」


 …一晩続くなら、夜の保温はクリア出来るな。

 あとは換気。換気か。

 それこそ風魔法があるから、むしろあっちこっちに窓をつけなくても、最小限で換気できるんじゃないか。

 農家のヒトは、ほぼ毎日作物を育ててる最中なら畑に出てる訳だし。大人のヒトは火風水土は最低誰でも保有しているし。頑張ればいけるか…?

 ガラスなら、この世界にもある。一般家庭の窓だって、ガラス製だ。

 勿論そんなに純度は高くなく、綺麗な透明のガラスなんてお屋敷の窓に嵌ってるのくらいで、普通はもうちょっと濁ってるけど、充分じゃね?

 むしろ、イチゴ狩りの温室なんて外から見えなかった覚えがあるし。そもそも直射日光がモロに入ったら暑くなり過ぎるからちょうど良いくらいじゃないか。


「マリヤ君?」

「あ、ごめんなさい。今日は試作品、この辺にしとくわ」

「えー…ナッツ入りのクッキー、早く食べたーい」

「あんまりつまみ食いしてると、後悔するわよメルル。普通のお菓子よりは少ないけど、お砂糖はきっちり入ってるんだからね」

「うぅ」


 まーた夏の間貪ってたアイスに加えて、日常的にパウンドケーキが出るようになったから、脂肪フラグ乱立中でしょう。

 あたしは今それでも太らない程の運動量があるけど、メルルは真夏は昼間溶けてたからね…。もしかしたらセルフサウナで減る可能性もあるが。

 おいといて、お片づけをしてから今後の事を考える。

 うーん、また手がけたい事が増えてしまった。

 やりたい事を出来る環境って、素晴らしいな。

 よし、思いついたが吉日。やってみよう。




――――――




 まあ、当然の事ながら準備が要る訳ですが。

 この辺りに温室栽培という文化は無いようだ。

 ならば、先ずそれを提案し作って農業に取り入れて頂かないといけない訳だが、いくら領主の養子とは言え10歳の子供の言葉を『はい、解りました』と試して貰えるとも思えない。

 新しい農法を試すなんて、一大事業を起こすようなモンだ。

 そこはビジネスとして考えねばなるまい。

 スポンサー…というか事業主に、『これならば実現可能かつ採算が取れる』と判断して貰えるだけの企画を立案する。

 その為には、実験とデータを集めなければならない。

 なので、準備段階その1。ウルガさんに、ガラス板を6枚、取り寄せて貰う。

 透明度は高くなくていい、むしろ大事なのは強度。

 普段は手芸用の布や糸を買う程度なので、相変わらずお小遣いは余っている。むしろラビアンさんの手伝いを始めてから増えた。

 そうして届いた現物は、だいたい30センチ四方くらいのガラス板。厚みもそこそこあるし、これなら実験にもいけそうだ。

 お代は、一枚銅貨20枚。6枚だから、120枚。そんだけ持つのもめんどいので、先に値段聞いてからラビアンさんに銀貨1枚分交換して貰って、お支払い。

 ちなみに銅貨100枚で銀貨1枚分。そして銀貨100枚で金貨1枚分だ。

 硬貨の種類だけでも6種類もあった日本出身としては、数えるのめんどくさいと思うけどね。というか、お代のごまかしや水増しが楽そうだ。しないけど。

 紙が貴重品だから、紙幣になるのはかなり先かもね。貴重だからこそお金の代わりになるとも思うが…、紙はヒトの手に触れると損耗が鉱物より激しいし。


「はいよ、じゃあコレな。…しかしマリ坊、今度はなーにする気なんだ?」

「まだナイショ。上手く行ったら教えてあげる」


 日課のウルガさんとの特訓が終わった後に、品物を受け取る。

 秋の終わりも近いが、まだちょっと身体が痛くなる。受身はえらく上手くなりましたけどね。最近普通に殴り合い的な組み手もし始めたので。

 曰く、攻撃はまだまだだが、足裁きが良いから回避は上手いとのこと。

 そりゃあー……多分バスケやってたせいじゃないかしらね。目の前の相手の隙を伺うとか、タイミングを合わせて両手両足動かすのは割りと慣れてる。

 それを武道に転用できるかは特訓次第だろうけど。

 帰りは夕方近いので、キーロさんに馬車で迎えに来て貰う。

 中身はガラス、割れ物だし6枚もあるとなかなかの重量がある。キーロさんに手伝って貰って、帰る前にムッカのおうちに寄る。

 1枚だけを持って、親方さんとお話。


「ふむ、ふむ。…これを繋ぐ枠、な」

「うん、こういう形に。このガラスが割れない程度の重さに、軽量化とか出来ますか?」

「ああ、モノがしっかりしてるし、そう神経質にならんでも大丈夫だろう」


 さすがウルガさん、質が良いのを取り寄せてくれたのね。貴方の仕入れルートはどんなんなのだろう。

 親方さんにサンプルも兼ねてガラス板を一枚渡し、枠とガラス板のちょっとした加工をお願いして、おうちに帰る。

 出来上がった、と連絡を受けて取りに行ったのは、6日後。

 ガラスを固定する溝をつけた金属製の枠と、隙間を埋める用の木の板を受け取って、その日は早めに帰宅。

 予めキーロさんにお願いして、あたしの実験用にと空けてくれたお庭の一角で、早速組み立てを始める。

 1人だと倒した時怖いので、丁度そこを通ったレナードさんに手伝いを頼む。


「しっかり持っててね、倒しちゃやーよ」

「……ああ」


 これがこのフェネック三兄弟の長兄さん、良いバリトンボイスをしてるんだ。

 声で女性を殺せますよ。残念ながら口数がめっきり少ないのと強面のせいで、モテた試しは無いそうですが、フェナルさん曰く。

 さておいて、ガラス板を四方に箱型に配置する。

 その上に、二枚を屋根として斜めに取り付ける。

 三角形に前後が開いてしまうが、そこは板を嵌めてある。換気用に、手前にぱかっと開くようになっている。

 前面のガラス壁は、親方さんに渡して蝶番と取っ手をつけて貰ったので開くようになっています。ありがとう親方さん、ガラス加工も出来るとは素晴らしい。

 という訳で、ミニ温室の完成である。

 本当は完全な箱型でもいいかなーって思ったんだけど、なんせ雪が降るからね。屋根は傾斜させておかないと、重みでつぶれてしまう。

 そうこうしているうちに、秋も終わりに差し掛かって冬の気配も感じるようになってきた。

 準備だけで1月くらいかかったが、そんなもん…というか短いくらいよね。

 夜は温熱魔法を誰かにかけて貰うとして、問題は日中の換気。なんせ、一番暖かい時間は学校に行ってるし。

 種を植える前に、中の温度の様子を見ないと。温度計が欲しい。当たり前だがあるわけない。

 一度全部締め切って、昼間に屋根サイドを開けて手を突っ込んでみたら、秋の日差しでも中があっつあつになっていた。これはいかん。

 慌てて、屋根サイド二箇所を開いて風を通す。風の軌道はある程度コントロール出来るし、換気に関してはもっと熟練した大人のヒト達なら簡単そうだ。

 何せ、風が無い日は魔法で風車回してるしね!!

 その後ヒトが離れても回り続けてるのを何度も見ているので、持続させる事もある程度は出来るのだろう。

 ってことは、一日ヒトがへばりついてなくても、換気の程度を覚えてしまえばそんなに難しい事じゃ無い筈だ。

 …まあ、今のあたしでは1時間も持続させられないので、色々考えた末にキーロさんにお手伝いを頼むことにしました。


「種って、暖かくないと芽が出ないのよね? これくらい?」

「ふーむ。そうじゃな、今の涼しいうちに種を撒いて、芽が出た後にここに入れて調節できれば、咲いてくれるかも知れんよ」


 庭師さんだけあって、お花の育て方なんかの知識はバッチリだ。

 本来春に花を咲かす種は、秋の内に撒いて、冬を越させてから春に花を咲かす訳なんだが。その冬期間を短くして、冬の只中に咲いてもらおうという作戦だ。

 ミニ温室の中の温度の調整は、キーロさんに見てもらった方がよさそう。

 手を突っ込んで、窓を開ける加減や風の調節などを色々見てもらって、それを羊皮紙に書き込んで行く。

 ちょっとした夏休みの自由研究をしている気分である。

 学校に行っている間の調節は、キーロさんにお願いした。それ以外の花のお世話なんかは、勿論あたしがやる。

 小さな植木鉢に土を盛り、種を植えて、湿る程度の水をやる。

 最初は温室の外、まだ外は暖かいからじきに芽は出てくれた。

 その後、ちょっと風通しが良くて肌寒く感じられる場所に置く。すると、冬になったと思ってくれる。いきなり春に持ってくと、植物も困るかなと思って。

 冬篭りの時期とか、植物だってある筈だ。うん。

 そうこうしてるうちに、普通に冬になったが。

 涼しい通り越して、寒いなって頃に温室に移す。そこに至るまでに、温室の温度管理についてもしっかりメモしてありますよ。

 これで、春になったと勘違いしてくれるといいんだけどなー…?


「本当に、冬にお花が咲くの?」

「んー、多分。実験だから、失敗してもおかしくないけど」


 冬の日差しでも、放っておくと中はあっつあつになる。

 とはいえ寒い空気を入れすぎる訳にもいかないので、あける窓は1つにして、風の循環は秋よりも控えめだ。

 地肌が普通に出てるあたしより、何故かキーロさんの方が温度を察知する能力が高い気がする。

 手を突っ込んでこんなもんかな、って思ってたら、もうちょっと暖かい方がって突っ込まれる事も多々。

 やっぱり、動物な見た目だけに、そういう基礎能力も人間より高いのかなー…

 だとしたら、人間って時点で割りと負け組じゃないかー…?

 そもそも、相手は牙や爪や硬い蹄持ってるような種族だぞ。この世界に銃や戦車がある訳もなし、何故そんなんと戦争起こしたのか、この世界の人間の皆様。

 …ちなみに何となくその辺は、オウリア先生の授業で聞きました。

 あたしを気遣ったのか詳しくは聞いてないが、概要としては最初は仲良くやってたのに、それこそ牙も爪も持たない人間は周囲の獣人達にいつしか危機感を覚えたらしく、過度の防衛を行うようになり、危険な研究も始め。

 結果、これ以上恐ろしい事を起こす前にとアニマリアを先頭とした周囲の国によってたかって潰された、ようだ。

 ……どっちが先に手を出したかまでは、教えてくれなかったけど。教えてくれなかったってことは、多分人間が先に手ェ出したのだろう。

 ばかやろう。先に手を出した方が負けだぞ、大体は。

 無論今にして考えればいくらなんでもやりすぎだ…という訳で、アニマリアのヒト達は大いに反省したんだそうだ。そこまでしなくても、対話を重ねて解決出来たんじゃないか、ってね。


「そう結論付けられんだから、ホントこの国のヒトって良いヒトよねー」

「え、何の話?」

「あ、ごめん。ちょっと違うこと考えてた」


 あまつさえ口に出た。

 風の魔法の練習がてら、温室の温度調整を行う。メルルは去年覚えた魔法だし夏中使うのでかなり上手くなったようで、ちょっとコツを聞いていました。

 一度発動さえしちゃえば、持続はそんなに難しくない。慣れれば、だが。

 温室の中で育てているのは、チェルカというサクラソウのような色と形の小さな花を咲かす植物で、順調に育っている。5個の種のうち、4つは芽を出した。

 すくすく育って、つぼみが色づきつつある。

 あと数日の間に咲くかなと思うと同時に、あと数日の間に雪も降りそうだ。


「雪対策はどうしようか…」

「周囲に温熱をかけておいたら?」


 屋根が斜面になってるから、被った分は下に落ちてくれるし、そうなるか。

 しかし基本一晩しか持たないし。

 一段高くしておく…、一晩で軽く30センチは積もるんだよね。周囲に溶けるように水…、いや雪が降るんだから凍るか。


「あ、これが小さいからあれくらいの積雪が困るだけであって、大きくしたら朝になってから対処でいけるのか」


 突然メートル単位降る訳ではないし、冬通して家が埋もれる程ではないし…

 ベタっとした雪でもないし。パウダースノーが巻き上げられて大変になる突風が毎日吹くでもないし、多少はあるが。

 とりあえず、今回はこの子が埋まらないように、夜の間だけ温熱で積もった雪を溶かすようにしておこう。

 朝から対処なら、周囲に溝掘って水かけて溶かして流せばいいんだし、その水だって魔法で呼べるのだから。

 あー、結構大変なんだな、温室管理って。考える事が多い。

 農家の皆さん、ご苦労様です。

 そして機械はないけど、魔法が一般普及してるこの世界万歳。

 ……こないだ聞いたけど、世界単位を表す名前は無いそうです。強いて言うなら『世界』が全体を現す名前。

 惑星、という概念はまだないようだ…。空の星と、この立ってる地上が同じという考えは無いんだね。そもそも、世界が丸いという事が観測されていない。

 アニマリアと周辺の国だけではないんだろうけれど、その外は何人もの冒険家が旅に出て、帰ってきたヒトがいないんだそうだ。

 まあ…いいや。あたしが生きてる間に、その辺の真相が発見される事はないだろうし。気にしても仕方ないから、ほっとくことにした。

 頑張れ、いつか地動説を唱える何処かの誰か。




――――――




 冬の真っ只中、窓の外は雪で真っ白になって暫く経った頃。

 いい感じに学校が休みの日、家族皆でお昼を食べて、お父さんがお部屋に戻って仕事を再開する直前くらいを見計らって訪問する。


「お父さん、ちょっとお話聞いて欲しいの。良い?」

「ああ、何だいマリヤ? …と、それは?」


 お部屋に持ち込んだ植木鉢に、ゴーティスさんは不思議そうに首を傾げる。

 小さな植木鉢に咲いているのは、鮮やかなピンク色に咲いたチェルカの花。

 本来なら、この季節には絶対見る事が出来ないそれに、お父さんは興味を示してくれた。よし、掴みはOKだ。


「キーロさんに育て方を教わってね、あたしが種から育てたの。昨日咲いたのよ」

「昨日? …チェルカは春に咲く花じゃないか、本当に?」

「本当よ。で、これを見て」


 鉢を机の上に置き、今度は鞄から実験結果を纏めた羊皮紙を取り出して、ゴーティスさんの前に広げる。枚数、およそ8枚。

 いらない部分を省いて纏めたんだけど、それでもこれだけの量になった。

 説得力を持つ資料を作るのって、大変だ。


「カッツェさんに聞いたのだけど、お砂糖の原料のサッチャって、暖かい地方の作物だからアニマリアでは作れなくて、お砂糖が高価なのよね?」

「そうだね」

「でね、考えたの。こんな風に、暖かくなるように作った室内……温室を利用すれば、そういう作物も国内生産出来るようにならないかなあって」


 ガラスで作った温室の絵を指差す。

 あたしが作った簡易的な小さいものと、それを巨大化してヒトが中に入り、農作業が出来るサイズにしたもの。

 この世界の、ガラスの製造の技術は結構高いらしい。これなら、それなりに巨大化する事が可能だと感じた。

 一般家庭の窓にも採用されるのだから、そこそこ手頃な値段で手に入る筈。

 なら、農業用の温室も、それなりの規模で作る事が出来るはずだ。

 温室の構造と、昼間の換気と夜間の保温の方法、魔法を多用する事になるが、一般普及されている技術なので実現は可能だと解説する。

 お父さんは、それらを真剣に聞いてくれた。

 普段のヒトの好い優しい笑顔ではなく、領主としての顔なのか真剣な瞳に、あたしのプレゼンテーションにも熱が入る。


「あたしは花で試したけれど、農作物にも充分応用出来ると思うの。勿論サイズが違っちゃうから、適正な調整感覚はこれとは多少なりとも変わっちゃうと思うけど…」

「……マリヤ。…本当に、これを君が1人で考えたのかい?」

「え、うーん。……そうなるわ」


 厳密にあたし1人の発想じゃないけど、その辺を詳しく説明なんて出来ないし。

 どうせこの世界の人間と会う事は無いだろうし。そもそも、この世界の人間だって、技術力に大差はないだろう。

 だったら、あたしの発案って事にしてもいいや。

 世の中、子供の思いつきから発生した技術だってある筈だ。多分きっとね!

 あたしに確認を取ったお父さんはふむ、と考え込む。パイプをくわえながら、改めて最初から羊皮紙の資料をじっくりと眺めた。


「ど、どうかしら」

「…非常に面白いと思うよ。砂糖の需要は多いし、安定供給を望む声は貴族だけじゃなく、民の間にもある。試してみる価値はあるね」

「本当?!」

「けれど、どうして急にこんな事を考えたのかな?」

「あー、…いや、その」


 視線を上げたゴーティスさんに問われて、ちょっと言いよどむ。

 うーん。なんというか。

 言い辛いけど、素直に言うべきなんだろうな。


「……折角だから、美味しいお菓子を思う存分研究できたらいいなー…って……」


 やっぱり、現時点でお砂糖は高価だ。

 ここは領主様のお屋敷で、食事関係を取り仕切ってるカッツェさんから構わずレシピ研究をしてもいい、それは価値あると認めてもらっていても、なんかこう、気が引ける。

 結局自分の為なのか、と言われるのは覚悟の上。実際そうだし。

 いや、そこから将来的にメルルの為でもあるけどー…

 ばつが悪いような気分で打ち明けたら、ゴーティスさんはまたきょとんとして。

 それから、妙に楽しそうに、声を上げて笑った。


「お、お父さん?」

「ああ、いやいや。すまないね、マリヤがそこまで大人じゃなかったのに安心しただけだよ」


 子供っぽい動機で、逆に良かったと…

 変に大人に入れ知恵されたのかとか、あたしがこの年から国の為とか民の為とか考えるような無邪気さをどっかに忘れてきたような状態じゃないかとか、心配されたのかしら。

 まあ、何にせよどんな世界のどんな時代でも、結構『美味しいもの』への執念は強いものだ。

 その為に新しい技術は開発されていくからね。

 そのうちの1つとして認識されたなら、それは健全な発想って事だろう。


「そうだね、次の各村との話し合いで、これも提案してみよう。とても面白い試みだから、皆協力してくれると思うよ」

「やった!!」


 思わず、手を叩いて喜ぶ。その仕草がまた子供っぽかったか、ゴーティスさんが目を細めた。

 よし、これで将来のお砂糖安定供給の可能性が出来たぞ。

 …勿論、建設や調整の研究、サッチャの苗だか種だかの取り寄せとか育て方の試行錯誤とか、やる事は大量なので実際にそこまで行くのは数年どころじゃなく先だろうけどね。

 この流れで、いつか南国のフルーツなんかも作れるようにならないかなー。

 バナナとか。マンゴーとか。パイナップルとか。

 あるか知らないけど、夢が広がるなあ。





 当物語は色々と雰囲気物語です!

 現実世界の知識や法則において、ちょっとおかしくね? と突っ込みたくなる辺りはまるっとスルーして脳内で適当に補完して下さる事をお願い致しま(殴

 今回は無理あったと反省しています。でも書き始めちゃったから書ききった。



・おまけ。


私「お砂糖はサトウキビとテンサイを合体させた植物にしたよ」

兄「もっと謎のファンタジーな魔法植物とか出していいのよ」

私「え、ファンタジー分足りませんか。例えばどんなんですか」

兄「砂糖の原料になる、引っこ抜くと甘い言葉を発するマンドラゴラとか」

私「何それミキサーに突っ込みたい」

兄「酷いwww」


 それはそれで面白かったかもしれないが、うちそういうんじゃないのでwww



(2014/7/9 誤字脱字、他一部表現を修正)

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