20・妖精
……状況を整理しよう。
一昨日、クルウのお兄ちゃんが見たという妖精を、完全に興味本位と厨二病的あこがれを原動力に探しに行こうと誘われ、同行した。
時刻は夜。今思えばなんで夜出たの。…なんでも何も、多分見た時間が夜だったんだろうが。その辺聞かなかったなそういえば。
田舎育ちで山慣れしているクルウと一緒だから、牧場の裏の山を越えた辺りまでは良かった。
その先のゴーティスさんの領地外、噂によれば帰ってこないヒトも居るという迷いの森にわざわざ踏み込み、妖精らしき光(そもそもこれも正体不明)を追って入った洞窟を抜けた。
その先もまだ森の中だ。なんとか空は木の葉の隙間から見えるが、充分に深くて暗い森の中。
そして、振り返ると何故か通って来た筈の洞窟が無くなっている。
正確には、ウサギ程度しか入れない位に小さくなっている、謎現象。
あの洞窟も、かなり長かった。しかもマズイ事に一本道ではあったが、直線であった訳ではない。
要するに、多分牧場の裏山の、更にもう一個先の山に居るとは思うが、そのどの辺りに出たのかは完全に不明である。
……この時点で、軽く詰んでいる。
夏だから寒くて動けなくなるという可能性だけはないが。子供だけで、現在地の解らない山をぐるっと越えて、元の山を更に越えて戻れるかは怪しい。
夜通し歩くつもりだったらしいから、とりあえず夜食とお水なんかは持っているが。とりあえず、の分だけだ。
うん、詰んでる。見事に詰んでる。
人為的に塞いだというより、最初からその大きさだったようにしか見えない小さな穴を見ながら考えた後、再度クルウと視線を合わせる。
……ああ、去年の春にムッカの竿をブン投げた時と同じ顔してるわ。
基本思いやりも判断力もある子供達のリーダーだけど、クルウも子供ですもんね。時にはやらかすわよね。うん。
「…多分、なんだけど」
「…な、なんだ?」
「突然通って来た洞窟が小さくなるとか、明らかに不自然だし。となると、やっぱりこの付近に妖精か契約者か何かが居て、通れないようにしてたのを通っちゃったんだと思うのよ」
「お、おう」
「…その相手を見つけて、謝り倒すなり何なりして、帰る道を開いて貰う以外に、良い手段考え付く?」
「…………ない」
間違いなく、ただのヒトの仕業ではない。精霊魔法を越えた魔術的な力が働いているんだと思う。じゃなきゃ、説明がつかない。
生活魔法以上の不思議はこの世界にあんまり無いが、あんまり無いだけで全く無い訳じゃあないからね…
てことは本当にこの辺りに妖精が住み着いているか、あるいは妖精魔法の使い手が世俗との関係を断ち切ってひっそり住んでるのかもしれない。
何で迷い込めたのかは謎だが、こうなった以上帰る為にはこの道を塞いだ相手を探して、帰れるようにして貰わなければ。
「…お、怒んないのか」
「そういう責任の追及は、帰ってからしましょう。今しても不毛の極みよ」
「解った…」
こういう状況になっちゃったモンは仕方ない。
切り替えて、無事に帰れる手段を探さなければ。こんなトコで罵りあいの責任の所在の探りあいをしても、体力と時間の無駄以外のなんでもない。
気を取り直せ、とクルウの肩をぽんぽんと叩く。
あたし1人でも、クルウ1人でも無くて良かった。どっちか1人だけならこの時点で完全に詰んでいる。あたしは山歩き初心者だし、クルウは意外とパニック体質だし。
「ランプの燃料は大丈夫?」
「予備は結構持ってきてる。夜明けまで充分持つから大丈夫だ」
「さすが。じゃあ…とりあえずさっきの光を追いましょうか」
明かりがある、というだけでも心に余裕が出来る。暗闇は大敵だ。
先ほどちらりと見えた光は、今はもう見えない。
が、それ以外に当てがある訳でもない。
2人で頷き合って、覚悟を決めて夜の森を歩き始めた。
…明日の今頃には、2人揃って正座で叱られてるといいわねえ、本当に。
歩き始めてから、軽く1時間は経った。
もう目印用の色紐はないのだが、戻っても仕方ないので真っ直ぐ進んでいる。
上にも下にも移動せず、つまり山肌をぐるりと回ってる形になるだろうか。
見知った裏山の方角に辿り着けるかなと言う希望的な事も考えつつ、なんとなくそうはならないだろうなーとか思っている。
でかいんだよ。山自体が。
しかもこの山の周囲全方向も山なのかもしれない、木々の隙間から見える空以外の景色はやっぱり木の生えた山だ。
切り取られた景色からいつもの裏山だと判別するのは困難。
…うーん、ホント詰んでるな。
とりあえず、たまたま見つけた倒木に腰掛けて休憩を取る事にした。体力の限界まで歩いてへばるのも困る。
水筒の水を飲みながら、燻製されたお肉を挟んだサンドイッチをもぐもぐする。
こっちに来た初日も山の中に放り出されたし、あの時の本気で右も左も解らない状態に比べたら、多少荷物もあり相方も居る今の方が、精神的な余裕はある。
夜の山ってのだけが問題だが。
「マリヤ…、ほんと、ごめんな…」
隣に座るクルウが、包みを開いたサンドイッチに手を付ける様子も無く、俯いてド暗い空気を背負っていた。
あー。またか。
「オレが妖精見に行こうなんて言わなきゃ、こんな事に…」
「だから、そういうのは後にしましょうって。その会話に何の発展性があるのよ」
「でも、オレが…」
「うだうだ悩んで解決するならいいけど、そーじゃないでしょ。はい、さっさとご飯食べて、また歩くわよ。謝罪と罰ゲームは帰ってからさせてあげる」
隣で落ち込まれると、空気が悪くなるでしょうが。
こういう時は、無理にでも前向きにしてなきゃやってられない。
ホント、お調子者な上に気にしいなんだから。そういうトコも可愛いけど。
まあ、パニックになって『俺のせいじゃねえ!』とかヒステリックに喚き散らされるよりは良いけどね。それをしたら思い切り引っ叩いている。腹が立つからじゃなく、体力の無駄という意味で。
ぺしぺしとおでこを叩くと、クルウもとりあえず大人しく頷いて、もそもそとサンドイッチを食べ始めた。
半分くらい食べたところで、ふと顔を上げる。
「……罰ゲーム?」
「迷惑かけましたーって謝られるよりは、阿呆な事して笑わせてもらった方が個人的には水に流せるわね」
「例えば、どんな」
「んー。…学校終わった後、教室で好きなヒト暴露ーとか」
「っぶ?!」
あ、吹いた。
にやにやするあたしを見ながら、クルウがぱくぱくと口を開け閉めする。
毛並みでよくわかんないけど赤くなってんだろうなー。わははこれはちょっと趣味が悪いが楽しい。
「ば、ばばばばばバカじゃねーの?! そんなん出来るわけねーだろ?!」
「あらー、クルウ君は反省してませんのかしらー。あたしはやめとこうって言ったのに、もうちょっとだけ! って押し切ったのはどこのだーれ?」
「ぐっ」
「まあ流石に暴露大会は可哀想だから、無記名で思いをつづったラブレターでも書いて頂こうかなー。届けるのはしなくていいわよ」
「お前が読むのか?!」
「読まずに届けてあげてもいいけど」
「やめ! なし! そういうんじゃねーのにしてくれよ?!」
それじゃつまんないじゃない。
易々と実行出来ない事をやらせてこその罰ゲームでしょうに。
「じゃ、帰るまでには考えとくわ。その時は拒否させないわよ」
「ぐぬぬ…! わかったよ、ちくしょー!」
ともあれ、気力は復活したようで何よりだ。
この状況で気力がなくなる事は、終了への一歩だからね。ほぼ詰んではいるが、諦めるつもりはないし。
…最悪、朝になってあたし達が居ない事に気付いたら、お兄ちゃんはクルウに妖精の話をしたんだから、見に行ったんじゃないかくらいの話にはなる筈だ。
たぶん、たぶんだが…。こっちの山を探してはくれるんじゃないかなー。
それまでに帰れるのが最善だけど。
「そろそろ行きましょうか」
「そうだな」
お腹を満たして、気力もとりあえず復活した所で、2人で立ち上がる。
そろそろ、日付が変わった頃だろうか。
今から帰り始めたとしても、帰り着く頃には夜明けくらいの計算だ。帰れたとしてもお叱りは免れないな。
お叱りで済むならもう全然構わないが。
進む方向を決める為に、ぐるりと周囲を見渡す。
一応、なんとなく来た方向くらいは解ってる。…が、あの洞窟跡に戻るのは無理だろうなあとも思う。昼間ならまだしも、夜じゃね。
あそこで大人しくしといた方が賢かったかなあ。でも、再び開いてくれるとも限らなかったしなあ…
視線を廻らせてから、歩いて来た方から見て正面に戻す。
と。
「あ、またあの光!」
「…ホントだ!」
洞窟を見つける前と、抜けた後に見たふわりふわりと浮遊するような動きの光がまた遠くに見えた。
一端クルウと顔を見合わせて、頷きあう。
それから、足をひっかけて転ばない程度の早足で、光が見えるほうへと歩く。
さっきは現状認識の間に見失ったが、光の進むスピードはさほど早くも無いようだ。なかなか近付けないが、離されているようにも思えない。
っつーか、クルウに置いてかれないように歩くのが結構大変だ。
流石に疲れてきている。緊張状態のせいか今の所眠気が襲ってきてないのだけが不幸中の幸いだ。
…まだ若いから、1徹夜くらいなら平気だ。うん。
寝るにしても明るくなってからかな。山の夜は怖い。
「おい、なんかあるんじゃね、あそこ!」
クルウが一度立ち止まったので、その横に並ぶ。
見れば、一つだけだったあの浮遊する光が、遠く木々の向こうではいくつも群れを成して飛んでいるのが見えた。
1つ1つは小さな明かりだけれど、それが集まっているおかげで、そこにあるものがなんとなく照らされて見える。
何か、家のような人工物がある。
お屋敷や、プルミエ村のような石造りの家とは違う。山小屋というか、ほったて小屋というか…。そんな木でできた家だ。
一軒だけじゃない。その隣にも、多分奥にも、いくつも建っている。
村、なんだろうか。
こんな山間に村があるとは、知らなかった。
最近は、ラビアンさんについてお勉強もしてる。だから、ゴーティスさんの領地内以外の事も少しは聞いた。
少なくとも隣り合う領地で、山のただ中にある村なんてものは無い筈だ。
森の恵みを分けてもらう為に、あるいは木を切り出す為に山傍やふもと付近にならあるけれど、全周囲山に囲まれた場所にひっそりとある村は無い。
利便性が全く無いし。ただでさえ、入ったら出て来れないなんて伝説が出来るような場所だ。好んで入るヒトも居ない。まだ、そういった伝説や迷信を眉唾だと一蹴する時代ではないから、大抵のヒトはそれを信じて危うきに近寄らない。
入ったって、木は曲がっている物が多くて木材にあまり適さない。ヒトにとって良質の栄養になる木の実やキノコも殆ど無い。危険を推して、ここで暮らす意味が無いように思える。
が、現実に今、遠目に村が見えている。
「行ってみようぜ! 妖精の村かもしんねー……」
やっと見つけられた、何らかの手がかりがあるかもしれない場所だ。
当然のようにクルウは歩き出そうとする。
その腕を、無意識に掴んで引き止めた。
「? どうしたんだよ、マリヤ?」
怪訝そうな顔で、クルウは足を止めて振り返る。
が、あたしは別にそれを見るでもなく。ただ、視線の先の舞い飛ぶ淡い光に照らされた村を見つめていた。
おかしい。あの場所はおかしい。
確かに深夜だ。寝静まっている時間なんだけど。
でも、あの不思議な光以外に、村本来の光が全く無い。
村の外も、家の中も、真っ暗だ。
その事に物凄い違和感を覚える。村を完全な暗闇にしてしまうのって、かなり危険なんじゃないか。侵入者や獣がいても、気付けないし。
その為の浮遊する光なのかもしれないけど。
……いや、そういう理論的なモンじゃない。
なんて言えば良い。
上手く言葉に出来ないけど。
ここは初めて来た場所で、あそこは知らない村で、あたしは何も覚えて無い。
なのに。
あそこには、絶対に『戻っちゃ』いけない気がする―――!
「おい、マリ……」
「なんぞ。お主、何故ここにおるのじゃ」
もう一度あたしに声をかけようとしたクルウの言葉が、随分と尊大な印象を持った声で止められた。
クルウはあたしから、あたしはあの村から視線を外し、声のした方を見る。
あたし達の視線の高さよりも、ちょっとだけ上。ふわりふわりと浮遊する光のうちの1つが、すぐそばにあった。
あったというよりも、居た。
それは、あたしと同じような人間の、更には10代前半程度の少女の姿をしていて、光っているのはその背中にある羽のような何かだった。
虫や鳥の羽ではない。
背中に蜻蛉の羽に似た造形の、透明の鉱石が生えていて、それが光を発しているようだった。
銀の髪に赤い瞳、真っ白なワンピースのような衣装を纏ったその少女の大きさは、20センチほどだろうか。
明らかに、人間ではないし、ヒトでもない。
これが、妖精なのだろう。
絶句して見上げるあたしとクルウに、彼女は不機嫌そうに両腕を組んで、眉間に皺を寄せる。
「これ、質問に答えよ。お主は何故ここに居る」
「あ、…いや、その。道に迷っ、て」
「単純に迷うて来れる場所では無いぞえ。誰ぞの案内でもあったか」
「その、森の中で光が見えて、それを追って洞窟を通ったら、ここに」
「……先ほど呼んだうちの1つかえ。全く、不運な事よな。そのような若い身空で命果つる事になるとはの。見つけなければ長生き出来たであろうに」
溜息交じりの言葉に、血の気が引いた。
やばい。この妖精、あたし達を帰す気が無い。むしろ始末する気だ。
「ちょ、ちょっと待って! 妖精って別に、ヒトを害するような存在じゃないでしょう?! そりゃ妖魔なら話は別だけど!」
「無論じゃ。じゃが、わらわはわらわの契約者との盟約の元、あの村を隠しておるのじゃ。目撃者を作ってしまえば、盟約を違える事となろう」
あ、別にヒト嫌いで害するんじゃなくて、隠してた場所にわざわざ興味本位で入ってきたから悪いんだぞって話ね。
正に好奇心は猫を殺すって事か。うん、知ってたけど。
「あ、あの村に契約者が居るんだな?! じゃ、そのヒトに頼んで許して貰えたら帰らせてくれるか?!」
「そんな事は不可能じゃ。あの村に立ち入れば、結局は命を落とすぞ、小僧」
わお、前門も後門も崖らしい。
凶暴なヒトでも居るのかなー…? というか、そんなの居たんだー…
どんな獰猛な肉食獣の姿をしてても、基本的な人格や性質は人間とさほど変わらないと思ってたんだけどー…
「多くの命を守る為、僅かな命を犠牲とするもまた世の真理。残念じゃが…」
「待って! その、言わなきゃいいんでしょ、あの村の事! だったら帰っても絶対話さないから! むしろ忘れますから!!」
こんなゲームオーバーはマジで勘弁して欲しい。
とはいえ、明らかな命乞いを受け入れて貰えるとも思えないんだが。
妖精ってのは自然現象だ。意志や知性、心を持つとは言え、気紛れであり時にはこのように非情なのだろう。自然ってそういうもんだ。
それに『話さないから見逃してくれ』は、通じるとも思えない。
が、言わずにいられないのが人間という生き物である。
死にたくないから最後まで諦めない、が、今の所あたしが出来るのはこんな薄っぺらくも感じる約束くらいだ。
残念だなどと言いつつ始末する気満々で、そのクセ全く殺気を持たない妖精が逆に恐ろしい。
あたしの言葉にクルウもこくこくと何度も頷き、妖精は何故か驚いたように目を丸くする。
あたしと、クルウを交互に見やって。
そして本当に何故か、困ったような表情をした。
「……お主らは、友なのかえ?」
「? そうだけど…」
なんでそんな事聞くんだろう?
腕を組み、ふわふわと浮く妖精はしばし考え込む。
たっぷりと1分ほどの長考の後、妖精は先程よりも重たい溜息を吐いた。
「…良かろう。今度ばかりは見逃してやる」
「ホントに?!」
「だが、この一度限りじゃ。良いか小僧、二度とこの場所を目指すな。今宵見た物、話した事、全てを忘れ他言をするな。…それを破るようなら、二度と言の葉を紡げぬ様、舌の根を焼き落としてくれようぞ」
「は、はいっ!」
「わかりましたっ!」
思わずクルウまで敬語になった。それほど、手の平の上に立つ事も出来そうなこの小さな少女の言葉には、恐ろしいまでの威圧感が篭っていたのだ。
…ヘタすりゃ今の瞬間、喋ろうとした途端に口の中が焼ける呪いでもかけられたかもしれない。
あたし達の返答に満足が行ったのか、妖精はうむ、と大きく頷いた。
「では、疾く去ぬが良い」
ぱちんと妖精が指を鳴らすと、あたしとクルウの周囲を風が渦を巻き、砂埃なんかも巻き上げて一瞬で視界を奪った。
目に塵が入りそうで、反射的に瞼を閉じる。
……次の瞬間、何の前触れも無く、ぶつりと意識が途切れた。
――――――
真っ暗だった意識が、徐々に浮上を始めたのを感じる。
ああ、今回は突然の落下ではないようだ。ぼんやりとそんな事を考えた。
意識が戻ってくると、先ず感じるのは身体の痛み。ごつごつとした石の上に仰向けで寝ているらしく、背中がかなり痛い。
次に、聴覚が目を覚ます。さらさらと聞こえるのは、多分川のせせらぎ。
目を開けると、早朝特有の色の薄い空と、山の木々の陰。
「……えーと」
…明らかに屋外な訳だが、なんであたしはこんなトコで寝てるんだ…?
むくりと上半身を起こす。石の多い川原で寝ていたせいで背中が痛いが、特に怪我などはしていない。
横を見ると、同じようにこんな場所で大の字で寝ているクルウ。
えーと。
右から左に向かって流れて行く綺麗な川。
川の向こうを見上げると、高く聳える木が生い茂った山。
後方も山。
とりあえず状況を掴もうと、なんでここにいるかを思い出す努力をしてみる。
昨晩。は、クルウに誘われて牧場にお泊りしに来た。
そうしたら、一昨日…もう今朝の時点で一昨昨日になるが、クルウのお兄ちゃんが裏山で妖精を見たという話を聞いて、見に行こうって話になった。
よせばいいのに夜の山なんかに入り、本当によせばいいのに川を渡って普段はヒトが入らない迷いの森なんて呼ばれる場所に入って行って。
心底よせばいいのに謎の光を追って洞窟を抜けて、何故かその出口が消失し、さ迷い歩いた挙句に妖精が集まってる変な村を見つけー……
「……あー」
とりあえず、九死に一生を得る事には成功したようだ。
夜と朝だと印象が大分違ってあたしには判別つかないが、多分ここはクルウの牧場の裏山と、あの山の境目にあった川なんだろう。
始末されそうだった割に、ここまで送ってくれたのか…
怖いんだか親切なんだか。
「居たー! おーい、居たぞー!!」
聳える因縁の山を見上げて半笑いを浮かべていたら、後方から聞いたような声が聞こえた。
確か、クルウの2番目のお兄ちゃんの声だ。…ちなみに、クルウは8人兄弟の下から4番目だ。物凄い子沢山、流石お母さんがネズミさん。
木々の間を縫って姿を現したのはやっぱりそのお兄ちゃんで、次いで牧場でいつも働いているクルウのご両親・兄弟の皆様がわらわらと出てくる。
……。そうだね、もう朝だもんね。
あの妖精相手とは別の理由のピンチを理解し、またもあたしの顔色が悪くなる。
周囲にヒトが沢山来た事によるざわめきに、クルウも微かに呻いて身体を起こした。
「くあ~…。……あれ、なんでこんなトコ」
「このバカ息子があああああぁぁぁぁ!!!!」
「へぶっ?!」
状況を理解する暇もなく、クルウがぶん殴られて軽く後方に吹っ飛んだ。
さすが、象さんのお父さん。パワフルだ。
クルウの方もタフなのか殴られ慣れてるのか、結構派手に喰らった気がするが意識を吹っ飛ばす事も無く、暫く悶絶した後に起き上がった。凄いな。
「と、父ちゃん…?」
「父ちゃん? じゃねぇ!! 朝になっても起きてこねぇと思ったら、こんなトコで一晩明かすとか何考えてんだ!! しかも領主様んトコの坊ちゃんまで連れて、何かあったらどうする気だったんだ、あぁ!?」
体格の良い身体を怒りで震わせ、怒鳴るお父さん。
…当然ですが、相当に心配させたようです。
お兄ちゃん達はあたしに大丈夫? とか声かけてくれるけど。むしろあたしも一発殴られて然るべきではないかと。…強くは止めなかったし。
とはいえ、今口を挟む状況ではないので、黙っておく。
「どうせ興味本位でマウルが話してた妖精を見ようっつって出たんだろ! 無事だったから良かった物の、夜の山は危ねぇって何度も教えただろうが! 坂を滑り落ちて怪我でもしたらどうすんだ、このバカ息子!」
「……ご、…ごめんなさい…」
耳をぺたんと寝かせて身体をちぢこませ、項垂れるクルウ。
うん、なんていうか良い教訓になったんじゃないかな…
クルウも単にバカやって怒らせただけじゃなく、心底心配させたってのを理解しただろうし。
お説教を喰らうクルウを見守っていたら、お母さんに頭を下げられる。
「ごめんなさいねえ、マリヤ君。夜の山なんかに連れて行かれて、怖かっただろう?」
「あ、いえ。それはクルウが頼りになったし、…あたしももっと強く止めれば良かったです、心配させてしまってごめんなさい」
そもそもが、あたしが無理やりでも止めてれば良かったんだしね…
なんだかんだで、妖精に興味あったのはあたしもなのかもしれない。
「えっと、お父さん達には…?」
「昼過ぎても見つからないようなら、連絡しようと思ってたんだけどね。でも、危ない目に合わせちまったからねえ、後でちゃんとお詫びに…」
「あ、いや、大丈夫です何もなかったし! お父さん達には、あたしから話して、ちゃんとごめんなさいってします」
話さないって選択肢は無いな。あたしもちゃんと、親から叱られなきゃ。
あたしの場合はお父さん達よりも、メルルの方が怒り爆発するかもしれないが。
無謀な冒険心を発揮させたトラブルなんて、この年頃の男子としてはあって然るべき事だ。…大きな怪我しない程度ならね。
こうして大人になっていくんだよね。…頑張れクルウ。あたしも頑張る。
「で、結局妖精見れたのか? その為に、一晩ここで粘ったんだろ?」
「え? あ、いやー…」
「向こう岸に居るのを見たからって、あっちの山に登っちゃいないだろうね?」
「ま、まさか! いくらオレでもそこまで悪いコトしないって! な、行ってないよなマリヤ!」
「ええ、行ってないわ。ここで待ち構えてて、疲れて寝ちゃったの」
2人で咄嗟に口裏を合わせて、頷く。
微妙にクルウの口が引き攣ってたり、伺うような視線を向けてくる辺り、どうやらやっぱりアレは夢じゃないようだ。
2人一緒に、都合よく同じ夢は見ないだろうし。
…そもそも、こんな石だらけの川原で寝こけた覚えも無いしね…
「さあさ、何はともあれ無事で良かったよ。父ちゃんもその辺にして、帰ろうじゃないか。お腹減っただろう」
「そうだな。…クルウ、お前当分はうちの手伝い一本だからな。遊ぶ暇があったら手伝え」
「うぅ……はあい」
うーん、当分クルウとは遊べなさそうだ。こればっかりは仕方ないな。
あたしも、当面の間は勉強とお手伝いに精を出そう。今回はなんていうか、ちょっとハメを外しすぎた。
クルウのご一家に連れられて、また山を越えるべく歩き出した。
……あ、またこっから2時間歩くの? きっつ。
―――しかし、あの村って結局何だったんだろう。
見た時の悪寒というか、脅迫めいた感覚というか、…今思い出しても全然それが無いから、本当になんだったのか解らない。
謎だ…。謎だが、出来れば二度と関わりたくないので、忘れよう。というか探ったら冗談抜きで命が危なそうだしね。
ありのまま今起こった事を(以下略)
別にそんな謎にもなってない思わせぶり回でした。
色々あるんですよ、実は。色々と…
尚、描写をし損ねてそのまま入れられませんでしたが、妖精の姿は人間型とは限りません。
自然現象は見方によって益にも害にもなるように、見るヒトによって全く違うように見えたり、同じように見えたりします。
今回の妖精に限っては、あの姿を気に入って、そう見えるようにしてますが。
(2014/7/9 誤字脱字、他一部表現を修正)




