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ヒツジさんの執事さん  作者: 美琴
第一章
19/67

19・冒険



 本格的な夏になると、今年もメルルが溶け始めた。

 それでも去年よりは早く毛刈り……じゃなかった、散髪? をしたお陰で一日中溶けていたりはしない。

 立派な領主になる! という決意を固めたのもあるのか、朝と夕方の涼しい時間はきちんと勉強をしている。

 …日中の一番暑い時間帯は、部屋で溶けてるけどね。

 あと、夏に入る前にまた新しい魔法を貰った。

 あたしは風の魔法を、メルルは水の魔法を。

 改めて新しい魔法を教わってなんとなく理解したのは、二つ同時に魔法を使う事は可能だ。発動時のイメージさえきっちり出来るのなら。

 でもやっぱり、覚えたての魔法は魔力消費が激しい。同時に使うと余計にすぐ疲れる。

 毎日なんがしかの形で使用してた分、去年覚えた氷魔法はそれなりの錬度を得ているようである。日課だったから、あんまり認識してなかったけど。

 聞けばヒトが持つ魔力というのはそのヒト生来の才能に左右される。どんなに訓練をしても、増えもしなければ減りもしない。

 代わりに、魔法の方は使い込んで錬度を上げれば、消費する魔力を減らせる。

 つまりは最大MPは増やせないけど、消費MPは減らせるって事。

 氷を作るだけ、ならばもう日に何度でも出来るような気がするし。

 というわけで、錬度上昇を兼ねて実験もしてみたりする。


「とうっ。……アイス、ウインド!」


 井戸から汲んだ水を、お庭で空中にぶちまける。

 それが地面に落ちてしまうよりも前に、氷の魔法で凍らせる。形は、氷の粒。

 沢山の氷の粒が地面に落ちる前に、更に風の魔法も発動させる。

 風の形は、つむじ風をイメージ。

 氷の発動はかなりスムーズかつスピーディに出来るので、意識の殆どは風の方にまわす。

 で。


「……なんか違うわね」


 つむじ風に巻き込まれた氷は中央から上方へと巻き上がり、その辺に散らばってしまった。

 うん、違う。なんか、求めてる物と違う。

 何してるかと言えば、細かい氷の粒を風に乗せて部屋を循環させられれば涼しく出来るんじゃないか、…要するにクーラー的な効果がないかなーと思っただけ。

 つむじ風じゃダメだな。循環する風か。それこそ対流する風にしなきゃダメか。

 そもそも氷を乗せるとなったら勢いが要るから、部屋の中で発動するモンじゃないかもしれない。

 ……これなら、氷の上を風吹かせて冷風扇のが、まだ現実的だな。

 いや、水を使うから粒が大きくなる。例えば、水蒸気なんかも真水に含まれるんじゃないだろうか。それならもっと微細な氷の粒を作れるんでは…


「坊ちゃん、お客さんですよー」

「マリヤー!」

「お。クルウ、やっほー」


 庭で魔法の実験をしていたあたしの所に、フェナルさんに連れられたクルウがやってきた。

 直接お屋敷に来るのは珍しい。

 大体はあたしが遊びに行く方だったからね。

 というか、メルルが居るからかな。追い返しはしないだろうが、嫌がる素振りは見せそうだし、クルウも男子として女子の家行くとか微妙なんだろう。


「どうしたの、珍しいじゃない」

「ちょっとマリヤを誘いたくってよ! なあ、今日うちに泊まりに来ないか?」

「今日? ずいぶん突然ね」


 切り出したクルウは相当ご機嫌な様子だ。何か、すっごくわくわくしている。

 ただ単に遊びたい、の感じじゃないなあ。なんだろう?

 何か楽しいイベントでもあるんだろうか?

 詳しい事を言わないのは、フェナルさんが居るからかな。向こうにキーロさんも居る。

 どーやら、友人同士の秘密の話があるようだ。


「んー、ちょっと待ってね。お母さん達に話して、準備してくる」

「おう! …あ、メルルは今ドコに居る?」

「部屋で溶けてるわよ。会う?」

「べ、別にいーし! めんどくせー!」


 わはははは、ツンデレめ。

 …んまあ今はツンデレじゃなくて、『またマリヤを変なことに巻き込もうとしてるのっ』とか邪魔されるのがイヤなんだろうけどね。

 何はともあれ、クルウのおうちのお泊りならば、あたしも歓迎だ。あの牧場、かなり好き。すっかりクルウ一家とも仲良くなったし。

 という訳で、お父さんは仕事中で忙しいのでお母さんに泊まりに行くと話し、溶けてるメルルにも声をかける。

 物凄いダルそうなゾンビのような呻き声だけ返ってきた。大丈夫かー。


「何か持ってくものある?」

「動きやすい服とカバン!」


 …なにをする気なのかな、友よ。

 いやまあ、牧場行くんだから動きやすい服は当然ですけどね。




――――――




 昼過ぎにクルウのおうちに着いたのだが、特にクルウが何処行こうとか何しようとか言い出す事は無かった。

 クルウのお部屋に泊まるから荷物を一端置いて、いつもみたいにお仕事のお手伝いをして、乗馬の練習を見て貰う。

 小さい障害くらいなら、テンポ良く飛び越せるようにはなった。

 全力疾走はやった事無いけど、早足くらいならいける。

 乗り降りも1人で出来るようになった。よし、上達してるぞあたし。

 日が暮れるよりも前に夕食になる。

 今回でクルウも氷魔法を覚えたのでアイスの作り方を教えて、それを家で作ったのが家族にもウケたらしい。最近は日常的に牛乳アイスを作って子供達のおやつになっているとか。

 今年の収穫祭の出し物の1つでもいいな、とか言っていた。

 よしよし、広まれ美味しいもの。そしてもっと美味しい物を作るのだ。

 晩御飯を食べ終わって後片付けが済んだら、何やら早々にクルウに部屋に引っ張り込まれた。

 その顔は、昼にあたしを迎えに来た時と同じ、溢れる好奇心を抑えきれないわくわく顔。


「…で、どーしたのクルウ」

「実はな。…一昨日、アニキがうちの裏の山で、妖精を見たらしいんだよ」


 妖精。

 思いがけない言葉に、ぱちぱちと目を瞬かせる。

 あたし達が使う魔法は、自然の中に空気のように存在する精霊と契約し、使わせて貰っている物だ。

 妖精は、平たく言えば精霊の上位種。

 『意志を持つ自然』とも呼ばれる妖精は、空気のように漂い自然現象を司る精霊と違い、その意志や知性を持って力を振るう。

 当然、妖精と契約できれば、精霊魔法とは比べ物にならない力を持った魔法を使う事が出来るようになる。

 ……出来れば、の話だが。妖精は得てして気紛れで、気に入られる事は稀だし、そもそも人生で一度でも会えれば奇跡と言うレベル。

 というか、そんな強力な魔法は今の世間一般では必要とされてない。ので、契約しようと思うヒト自体、殆ど居ないのだ。

 恐らくそれが欲しいと願うのは、王都で細々と魔法の研究をしているという数少ない魔法使い達だけだろう。


「あんまり、そういうのには関わらない方がいいんじゃない…?」

「アニキもそう言ってたけどさ。だって、見てみてーだろ? もしも気に入られて契約できたら、一気にヒーローになれるし!」


 ……子供特有の英雄願望だなあ…

 具体性はおいといて、他人にはないすっごい能力、はどんな世界でも子供の憧れであるようだ。だからこそ、英雄譚は語り継がれるのだろうし。

 身の丈に合わない強力な力なんて、持ってても悲劇にしかならんのだけど…

 それを話したところで、納得なんてしないわね。


「ってわけで、今から探しにいこーぜ! 大丈夫、裏の山なら生まれた時から遊びまわってるし、夜中でも迷ったりしねーよ!」

「本当でしょうね? イヤよ、夜の山で遭難とか」

「平気平気! ほら、これ持って!」

「…なんで虫取り網?」


 良い笑顔で渡された虫取り網。

 聞くまでも無く用途は察したが、妖精ってそういうものじゃない。


「だって、妖精ってちっこいらしいぜ?」

「……虫取り網で捕獲されて、気に入って契約して貰える事は無いと思う」

「む。…そーいやそうだな」


 いや気に入られるつもりはないし、会えはしないと思ってるけど。

 ただ、怒らせて害を加えられる方が怖いので、そっちに対する配慮だ。

 なんとかその考えだけは改めて貰えたが、夜中の探索は止めることは出来なさそうだ。

 仕方なく、持ってきた動きやすく汚れても良い服に着替えて、虫除けの薬草を燃料に混ぜ込んだランプを持ったクルウに着いて行く事にした。





 ここの所のマラソンやら基礎訓練のおかげで大分体力がついたので、もっと小さい頃から野山に慣れ親しんだクルウに置いてかれることも無く、山道を歩く。

 山道っつーか獣道というか、道なんてないけどね。

 ところどころに目印にしているらしい、木に結ばれた紐の色なんかで、クルウはきっちり現在地を把握しているようだった。

 迷わないって言う自信は、きちんとした対策に基づいているらしい。それは良かった。


「で、どの辺りで見たって言ってたの?」

「んー、この山の向こう側に川流れてんだけど、その先だって」

「…ちょっと、その先の山も認識範囲なの? というか、そもそも日付変わる前に帰ってこれるの?」

「夜が明ける前には戻るって。じゃないと、母ちゃんに怒られる」


 おい、夜明け前って。

 ただでさえ、クルウが持ってるランプ以外の明かりがない夜の山とか怖いのに。一晩ここをうろつくとか、嫌がらせか。

 危ない獣なんかは居ないんだけろうけどさ…

 まだ日が暮れてそう時間は経ってないが、やっぱ止めれば良かったと若干後悔した。

 でも、既に出発してしまった以上、共犯者だしなあ。

 怒られるんだろうなー…。これ、妖精が見つかっても見つからなくても。

 こういうナイショの冒険とか、実に男の子らしくていいとは思うけど。怪我をしすぎない範囲でなら。

 2時間ほど歩いて、そんなには大きくない山の向こう側に出る。谷間には川が流れていて、その向こうに今度はかなり大きく聳える山がある。


「川、越えるの?」

「もち!」


 そーかい。

 ランプを片手に、クルウはひょいひょいと軽快に川途中の石を飛んで渡る。

 夜中に山歩きして、しかも水に落ちるのは勘弁だ。

 あたしも慎重に、クルウの後をなぞる様に石を飛び移っていく。今日は月が殆ど隠れてるので、足元が怖い。

 無論、クルウが先に行き過ぎず、あたしの足元を照らしてくれてるが。


「クルウ、こっちの山に来るのは?」

「初めて」

「……ほんっっとに、迷子になるのだけはイヤよ?」

「解ってるって。ちゃんと目印つけてくよ」


 ごそごそとカバンから、何色もの色のついた紐を取り出す。

 本来は、こっち側の山には入っちゃいけないと言われてるんだそうだ。何故ならゴーティスさんの領地じゃないから。

 一応は隣の領主さんの領地内ではあるが、そっちのヒト達もあんまり入らない、深いばかりであんまり実りのない森らしい。


「なんか、入り込むと帰って来れないとか言う伝説もあるらしい」

「帰っていい?」

「大丈夫だって! 慎重に行くし! だいたい、なんかそれこそ妖精が居て宝物でも隠してるっぽくね?!」

「あたしは宝物より命の方が大事かな」

「むー。ちょっとだけ! 目印なくなったら終わりにして帰るから! な!」


 1人で行け、とも言えないしな。

 …そもそも、ここからあたしも1人で帰れないしな。クルウの案内がないと、さっきの森だって何処を歩いているやらだったし。

 溜息をつきつつ、意気揚々と歩き出すクルウについていった。

 ああ、何だろう。死亡フラグをいやに感じるのは…


「んー、何だ、言うほど深くもねーし、覚えやすい木ばっかりだな」

「そーですかー…」


 山歩きに慣れてるクルウにとっては、そう難易度の高すぎる迷いの森ではないようだ。確かに、覚えやすい木ばっかりだよ。薄暗い中で見ると不気味なぐねぐね曲がった木ばかりでね!

 きちんと、前の目印が見えなくなる前に、頻繁に目印の色紐を結ぶ。

 ランプの明かりだけだから、範囲は狭めだ。昼間とか、せめて月が出てればもう少し効率よくうろつけるんだろうけど。いやうろつきたくないけど。

 うーん、夜の森は不気味だ。

 何処からか聞こえる梟の声や虫の音、風で揺れる木の音が不思議と恐怖心を煽って来る。

 聞こえる音としては、昼間の森や草原とあんま変わらないのに何故だろう。

 暗いって、本能的に怖いよね…

 心底、早く帰りたい。幸いそんなに疲れてはいないが、はよ帰りたい。


「あ!」

「あ?」

「今、あっちで何か光った!」

「マジで、ってちょっと1人で行かないで!!」


 ランプはあんたしか持ってないでしょうが!!

 パっと表情を明るくして一目散に走り出すクルウ。ねえ、それって迷子フラグじゃないの?! 現在地を見失う、最たる原因じゃないの?!

 ただ、思ったより走った距離は長くなかった。

 クルウが光った、と言った場所。

 そこには、大きな洞穴が口を開けていた。ランプで照らしてみても、奥までは見えない。かなり深そうだ。

 おっかなびっくり覗き込んで、…あたしも見てしまった。

 洞窟の奥の方でふわふわとした光が徐々に小さくなっていき、そのうちに見えなくなるのを。

 ……あああ、死亡フラグが乱立していく。


「…行くのよね」

「当たり前だろ! この先が妖精の巣かもな」


 自然現象は巣を作らないと思う。

 でも、突っ込むだけ無駄だ。完全にそうとしか思えないものを見てしまって、好奇心に目をキラキラさせているクルウは最早誰にも止められない。

 ランプを掲げ、前方を飛んで行った妖精と思しき光を追って洞窟に足を踏み入れる。

 っていうか、そもそも妖精って発光するのか。

 川から離れた洞窟にホタルもないとは思うけどさ…

 洞窟の中は、高さは大人がギリギリ立って歩ける程度。幅は2人なんとか並べるくらい。

 当然のように足元は大きな岩でごつごつしていて、歩きづらい。ロッククライムとは言わないが、たまに手をついていかないとバランス崩しそう。


「お願いだから、ランプ落とすとかやめてね」

「おう、気をつける」


 幸いなのは、完全に一本道な事くらいか。

 洞窟をねぐらにしているのだろう、虫とか鼠とか蝙蝠とかが、ヒトでは入れない隙間の奥からこちらを伺っているのがちょいちょい見える。

 か、帰りてぇー…!!

 せめて、あたしもランプを持ってこさせてもらうべきだった。明かりが1個とか怖いにもほどがある。万一があったら一瞬で真っ暗ですよ。

 いつ終わるんだ、とうんざりし始めた頃、洞窟の出口が見えた。

 完全な新月ではないので、洞窟の外は中よりは僅かに明るく見える。

 それでも暗いのに変わらないが、狭い洞窟よりはまだ外の方がマシだ。ほうっと息を吐き、周囲を見渡す。

 洞窟から出て右斜め前方辺りで、またひらりと舞う光が見えた。


「あっちか!」

「ちょ、頼むから目印付け忘れるのはやめて、この洞窟に戻って来れなくなったらどうするー……、…………ねえ」

「ん、何だよ、……ぅえ?!」


 先走りそうになるクルウをたしなめながら、ふっと後方の洞窟に視線を戻して気がついた。

 たった今そこから出てきた筈の洞窟が、無かった。

 正確にはあるにはあるのだが、どう見てもヒトが入れるような穴ではなくなっている。

 ちょっと。おかしいでしょう。何この不思議現象。

 日本のどこかに住んでる三段階の大きさのある不思議なモフモフお化けのおうちか。猫型の巨大な乗り物生物に乗って移動するアレか。

 そうだとしたら、入り口閉じるのは帰還後だろう。この時点で閉じんな。

 絶句し、確実に顔色悪くなってるあたしと、そっちも気付いたらしく驚いた声を上げた後にあたしを見るクルウ。

 2人で改めて見直しても、そこにあるのは小動物くらいしか入れなさそうな、小さな小さな穴が開いているのみ。

 これは、なんていうか。

 ……終わったかも、しれない。






 終わりません(笑)


 夜の山は危険です。子供の頃から慣れ親しんだ場所でも、夜に気安く入ってうろつけば迷子必至です。

 山ナメんなよ、です。

 個人的には海もナメちゃダメです。


 あかん状況になったまま、次回に続く(長くなりすぎたので)。



(2014/7/9 誤字脱字、他一部表現を修正)

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