15・友だち
そよぐ風も爽やかな春の日。さわさわと揺れる木の葉の音を聞きながら、木陰に腰を降ろした。
丁度真上にあるお日様の光も強すぎず、弱すぎず。今日は実に、素晴らしいおでかけ日和だと思う。
そんな日にお外で食べるご飯というのは、格別なものだ。
普段とは違うシチュエーションの食事ってのは、不思議と美味しく感じさせてくれる。登山の時に山のてっぺんで食べるおにぎりなんて、最高だと思う。
そんなのんびりとした時間の中、あたしは隣に座るライオン君ことレオンと、サンドイッチを分け合ってパクついていた。
……相当に空腹だったのか、レオンの方はパクついていたというよりは、ガッつく、と表現する勢いの一歩手前くらいだったが。
あたしも一応は育ち盛りの男子なので、お弁当にと持たせてくれたサンドイッチは1人分にしては多めだったのだが、その大半はレオンのお腹に納まりそうだ。
特に問題はない。お腹がすいたからとぴぃぴぃ泣くほど、子供じゃないので。
「お水、のむ?」
「…ありがとう」
大量のサンドイッチを食べれば、喉も渇くだろう。
水筒の水をカップに入れて差し出すと、きちんとお礼を言ってから受け取り、一気に飲み干した。
うん、きちんとお礼を言える子は好きだぞ。
ただ、水筒の水が半分切ったから、沢に寄って汲んでおいた方が良いかもしれない。喉の渇きはともかく、あたしにとっては護身用の武器でもあるし。
食事という意味では、お茶だったらもっと気が利いてたんだろうけど、お茶だと凍らせられないからね。
「ごちそうさまでした」
「…それは、ニンゲン風の祈りか?」
「まあ、そんなところ」
一緒に入っていたチキンを食べてるレオンをよそに、あたしは両手を合わせる。
やっぱりライオンだけあって、肉の方が好みらしい。
尚、この世界には食事の後の挨拶的な習慣はないようだ。無論、おいしかったとかそういう事はいうけども。
少しして、レオンも綺麗にお弁当を平らげた。
「ありがとう、おいしかった。…あと、お前の昼食だったのに、ほとんど食べてしまってすまない」
「いいわよ。こまった時はおたがいさまだもの」
あれだけ盛大にお腹鳴らされたら、食べさせたくもなるわ。
お弁当を入れていた籠と包みを畳んで、鞄の中にしまう。
満腹には程遠いが、お昼を軽食で済ませたと思えばいい。割と夜、がっつり系な事が多いし。がっつりと言っても、羊さん一家だけあって大半お野菜だが。
あたしも一杯お水を飲んで、ほうっと息を吐く。
ああ、今日は本気で良い日和だわ。このまま昼寝したい。
勿論向こうで物理的に道草を食べている馬を放っとく訳にいかないし、寝てる間にあたしを持ってかれても困るので、その辺では寝ないが。
街道から、ちょっと離れた木陰に居るけどね。レオンが、あんまり姿を見られたくなかったようなので。
「……なあ。…何か聞かないのか?」
「何か聞いてほしいの?」
「いや…、その」
「何か事情があるんだろうなあ、とは思っているけれど。話したくないなら、べつに聞かないわよ?」
残念ながら、あたしは子供だ。単に領主の養子かつ珍獣ってだけの、大した力を持たない、ただの子供。
そんなあたしが、深刻な事情を打ち明けられた所で、何も出来ない。
精々『そうなの、大変ね』って同情するくらいだ。
何も出来ない人間が、他人の事情に無闇に首を突っ込むモンじゃない。無論、話せば楽になるような事ならば、聞き手くらいにはなるが。
「むしろ、アナタの方こそ、あたしに何か聞きたそうだけれど」
食べてる間こそ夢中だったようだが、それ以外の時は物凄く何か言いたげにあたしを見ている。
子供特有の、見た事の無い物への好奇心からくる興味、では無さそうだ。
ただ真っ直ぐに、レオンの青い瞳はあたしを伺っている。
「…聞いていいのか?」
「あたしに答えられる事でしたら、どうぞ」
「色々あるが、……その口調は、そういう物なのか? 男だろう?」
「男よ。口調は、ふつーにしゃべるとこうなるの、特にイシキしてるわけじゃないわ。お聞き苦しいなら、敬語でもしゃべれるわよ」
「あ、いや、良い。ちょっと気になっただけ…だ」
微妙にしどろもどろになりながら、レオンは首を横に振る。
初っ端口調について聞くとは。いや、自分でも異様なのは解ってるし失礼だとも思わないけど、最近それについて突っ込むヒトいなかったから気にしてなかったわ。
……ていうか、それを聞きたかったんじゃないだろうな。
本題を切り出すのを、思わず避けてしまっただけだ。現に、また聞いていいのか悪いのか、を伺っているように感じる。
「…人間のあたしが、領主の養子になってるのが、不可解かしら?」
あたしの方から尋ねたら、目を丸くして驚いたようだった。
隠し事の出来ない子だ。…貴族にしちゃあ、素直で結構。まだ子供だしね。
「俺はニンゲンに会うのは初めてだが。…ニンゲンというのは、俺達をにくんでいるのだと聞いた。昔、俺達がほろぼしてしまったから」
「らしいわね。でも、それって昔であって、今あなた達から迫害されてるわけでもないし。あたしも他の人間は知らないし、ゴーティスさん……お父さん達も優しいし、そんなつもりもないわね」
ちょっと拉致はされかけたが。それは、単に珍獣なだけだ。
耳をぺたりと寝かせて、妙にすまなそうな視線が混じる辺り、彼は人間が滅ぼされた経緯を知っているのかもしれない。
あたしはその辺、聞いた事がないが。大人達は知ってるんだから、広く一般的に知らされているんだろうな。
それが過ちだった、という事も含めて。
「そんな風に、気にしないでいられるものか?」
「あたしにとっては、知ったこっちゃないわね。だって、あたし幸せだもの。お父さんとお母さんに拾ってもらえて。可愛いお姉ちゃんも居るし、友だちだっていっぱいいるから」
「そうか。…ゴーティス殿は、そうだな。ち…、…国王陛下の信も篤い、せいじつな領主だそうだからな。家族に、めぐまれたんだな、お前は」
そう言うレオンの瞳は、どことなく寂しそうだった。
眼前に広がる、平和でのどかな春の風景を見る事も無く。僅かに視線を伏せる姿は、すっかりと悩みに嵌った子供のそれだ。
「レオンは、家族にめぐまれてないの?」
「…わからない。嫌われてはいないし嫌ってもいないが。父上や母上と最近は、何を話せばいいのか…」
「それで居心地悪くなって、家出してきたと」
「そんなところだ」
…だからって、子供単身で馬車で七日もかかる王都からここまで走ってくるってどんだけだ。大した荷物も持ってないし。
衝動的な家出にしては、冷静になるのが遅い気がする。
「お父さんやお母さん、レオンに冷たいの?」
「そんな事は無い、父上は確かにきびしいが、暖かいヒトだ。母上は、とても優しい。…ただ、そのな。俺は、一族の中でも珍しいんだ」
「毛並みの色が?」
「よくわかったな」
だってライオンは普通茶色だし。ホワイトライオンは、基本的に変種の筈だし。
…あたしの世界と同じなら、別に遺伝子異常ではなく先祖返り的な物だったと思ったから、身体が弱いとかは無いだろうけど。
実際、アルビノなら必然的に瞳が赤いはずだが、レオンの瞳は青だし。
「その、…俺の一族の始まりと言える先祖が、俺と同じ白い毛色をしていたんだそうだ。そのせいか父上も母上も、まわりの誰もが、さぞかしリッパになるだろうとか、初代の生まれ変わりだとか、期待ばかり押し付けてくるんだ」
「ああ…。それで、自分も良い子でいなきゃいけない、期待をうらぎっちゃいけないって、ずっとガマンしてた、と」
頷くレオンは、随分と暗い空気を背負っている。
偉大なご先祖様を重ねられるってのは、子供にとってはキツいだろう。
当の本人の意思でも行動でもない期待は、純粋な重荷になる。それでも応えようと頑張って成果を出しても、もっともっとと求められる。
そういうのは、親にも周囲にも悪気がないからなあ…
期待に応えられず、失望されるのは子供にとっては怖い事だろう。
子供の内からそんな風にされれば、一体いつまで頑張ればいいのかと、とうとう爆発してしまうのは解る気がする。
「いずれ、父上の跡をつがねばならないのはわかってるんだ。けど、俺以外にもっと有能な誰かが居るんじゃないかと思うし、俺にきちんと役目を果たせるかもわからないし。…どうせこれ以外の道なんて、俺には無いんだろうけど」
視線どころか、顔ごと俯いてどんよりとした空気を纏いながら、爪で地面をぐりぐり円を描くように引っかき始めてしまった。
うーん、これは相当幼い頃から溜め込みまくって育ったんだろうな…
性根は素直で真面目な良い子だ。かなり有力な貴族の子のようだが、偏屈な教育をされていない辺り、両親だってきちんとした人格者だろう。
ただ、持って生まれた不運のせいで、子供にとっては過度な期待をかけられ過ぎて、本当に自分の言いたい事も言えずにここまで来た。
親の跡を継ぐ事に不安もあるし、周囲からの期待に押し潰される恐怖もあるし、良い子をしてきた分、自分の意思もなく流されているように感じる不満もある。
「ホント、何であんな家に生まれたんだろう…。もっと、ふつうなのが良かった。自分のやりたい事を好きにえらべるようなのが。自分でえらんで立って歩いて、そういうのが出来たら、カッコいいよな…」
格好良いだろうが、それはそれで大変なんだぞ…?
かつての世界のような形の就職難ではないだろうが、この世界でだって本当に自分のやりたい事を好きに選べるヒトなんて、一握りしか居ないんじゃないか。
そんなのは青い青い隣の芝生だ。一般人は、貴族に生まれたかったとか思うヒトだってそれなりにいるだろうから。
んー、と考える。
…やっぱり、このまま放っておく訳にはいかないな。
流れとはいえ話を聞いちゃった以上、関わったも同義だし。
兄弟の話がこれっぽちも出て来ないって事は、彼は長男でしかも一人っ子の跡継ぎだ。このまま行方不明や行き倒れ、ではその家のヒトも気の毒だし大問題。
決して、彼の両親は彼を愛してない訳じゃないだろう。
きちんと話せば解るヒトなんじゃないだろうか。…息子であるレオンが、こんなに子供とは思え無いほどしっかり物を考えられる子なのだから。
良い子で居よう、と思えるほど。良い大人である、筈だ。子は親を映す鏡だと言うのだし。
ジョウイさんみたいな特異な存在はそう多くは無い。
「レオン、きっとこの辺りに来るの初めてよね?」
「え? ああ。というか、王都から出たのも、今回が初めてだ」
「そう。あたしね、今日はこの先の丘に行こうと思ってたの」
「は……?」
「良かったら、いっしょに行かない? 景色がすごく良いの。気晴らしになるわ」
立ち上がり、服に付いた草の葉を払ってから、笑顔でレオンに手を差し出す。
鬱々として暗くなっていたレオンは、唐突に変えられた話題に着いていけず、きょとんとしていたが。
ややあって、あたしの手を取って、立ち上がった。
風車の丘、と呼ばれるそこは、頂上に着くまでにもいくつか風車が建っている。
村近くにある風車は小麦を挽いたりするのに使われているものだが、ここにあるのは揚水用だ。
かなり古い物で、昔まだ魔法が一般に普及してない頃、村に水を行き渡らせる為に作られた物だそうだ。ここ以外にも各村の近くにこんな丘があるが、ここが一番大きな丘である。
ちなみに前に魚釣りしたのは、天然の湖と川だったけどね。
その当時から色々事情も変わったし、今は水魔法もあるけど。基本的には今でもここから流れる水を使っている。
「はい、とーちゃく!」
お馬さんに止まって貰う。あたしの声を聞いて、レオンも馬を止めた。
あんな無茶さえしなきゃ、レオンも充分馬を乗りこなすことが出来るようだ。
何でムチ入れたのかって聞いたら、この領地の一番近い街で追っ手……というか探してくれているヒトに見つかりそうになって、全力で逃げてしまったそうだ。
気持ちは解るけど、無茶するんじゃないわ。
「わあ……」
そこから見える景色は、実に圧巻だ。
何処までも続く、緑の草原、流れる青い川、咲き乱れる色とりどりの花。
天気は快晴、抜けるような青空に、白い雲がゆっくりと流れる。
丘はそれなりの高さがあり、でもこの領地を区切るように乱立する山々より向こうは見えないから、人工物は周辺3つの村だけだ。
ほんの小さく、農作業をするヒトが居る。
視線を移せば、沢山の牛を追っていく馬に乗ったヒトがいる。
全周囲、全てが大いなる自然と、その豊かさの恩恵を受け暮らす人々が住む世界が広がっている。
あたしの世界では、こんな光景はそうそう見れなかった。探せばあったかもしれないが、都会で生きていた身としては、感動したものだ。
そして、王都で生まれ育った貴族のお坊ちゃんにとっても、衝撃的だろう。
「どう? キレイでしょう」
「ああ…」
「ここから見える範囲、だいたい全部がゴーティスさんの領地だわ。すごくない? キレイで、豊かで、平和でしょう?」
「そうだな。…ここからでも、穏やかな土地なのだろうと、想像出来る。ゴーティス殿は、やはりすごいんだな」
まるで時間がゆっくりと流れるかのような錯覚さえする。
田舎といっても、こんな風にゆったりとした風情の場所ばかりではないだろう。
基本平和な国で、平和な世界なのだろうが。レオンの口ぶりからしても、平和だけで出来ている訳じゃないんだろう。
特に王都なんて、きっと豪華な代わりに色んなものが密集して、こんな風に全力で大の字になれるような感じではあるまい。
想像だけど。
「すごいのは、ゴーティスさんだけじゃないわ? 先祖代々、この土地を守って来た領主のヒト達がみぃんな、この場所を愛して、守って来たからよね」
誰か1人でもこの豊かさを使ってボロ儲け! …なんて考えてたなら、領民達との信頼関係はここまで強く、そして穏やかなものじゃなかっただろう。
何代続いているかは、知らないが。
村のヒト達は皆、領主様を疑っていない。全幅の信頼を置いている。
それだけのものを、長年築いてきたのだ。
「メルルは、…ああ、あたしのお姉ちゃんでゴーティスさんの娘さんね。彼女は、リッパな領主になる! って意気込んでるわ。誰に決められたわけでもなく、自分でそうするって決めてるの」
「そうか。…ここの子供も、すごいんだな。俺みたいに、迷ったりなんかしないんだな」
「迷うのは悪くないと思うわ? 自分の行きたい道を自分で探すのだって、決して楽な事じゃないもの。その責任は、全部自分でせおわなきゃいけないんだから」
自由に生きるって事には、多大な責任が付きまとう物だ。
親からきっぱりと離れて1人で始めようって時には、それが顕著。
受け継いだどんなツテも縁も使えなくなる可能性があるんだから。信頼も実績もない若造に何かを任せよう、なんて酔狂なヒトはそう居ない。
「その苦労をおしてでも自分のやりたい事をつらぬくってのも、カッコいいと思うわ。それはそれで、いいんじゃないかしら」
「……」
「でもね。あたしは親の跡を継ぐって道が、それに対してカッコ悪いわけじゃあ、決して無いとも思うのよ」
親に言われた道に背き、自分の意志を貫く。自分で決めた、誰もまだ通らない道を行く。
それは、とても格好良いコトだ。誰だってきっと、憧れる。そんなヒトは強く輝いて生きるのだろうから。
じゃあ、親の跡を大人しく継ぐ事を選択する事は、格好悪いのか?
あたしは、全然そんな風に思わない。
「ご先祖様から受け継いできた、こんなに大きなものを、こんなに沢山のヒトを今度は自分が守るんだ、って。…それって、ものすごい事だと思わない?」
何の責任も負わない大人になんて、なれっこないんだから。
それだったらどんな道を歩くにせよ、自分で決めて、自分の意志で、進んで行った方が良いに決まってる。
そうして生きているヒトが、本当に『格好良い』のだ。
「レオンも多分、領地とか領民が居るような、そんな家の子よね?」
「ああ、…まあ、そんな感じだ」
「そこに住んでいるヒト達の事は、どう? 好き? きらい?」
「……好き、だと思う」
「なら、好きなヒト達を守って生きられるのって、男としてすっごいカッコいいとあたしは思うわ。そんな道をえらぶ事も出来るレオンって、むしろ幸運よね」
「そ、そうか?」
「ええ。でも、イヤイヤやるって言うなら、逃げてもいいんじゃない? そんなの、あなたも領民も幸せになれないじゃない。やるって言うなら、誰かにやれって言われたんじゃない、自分の意志だって決めれば、すごくやる気になるわよ」
元々、レオンは親の跡を継ぐ事が嫌な訳じゃない。
それ以外の選択肢が何も無い、というのが周囲からの過度の重圧や思春期の多感な時期なんかの影響で、余計に強く感じてしまってるだけだ。
あるいは、そうではない存在への憧れか。ヒトは誰だって、自分に無い物に憧れるように出来てるからね。
あたしが何を言おうが、決定するのはレオンの意志。
にこーっと笑うあたしをしばらくレオンは見つめていて、それからもう一度丘から見える風景に目をやる。
レオンは広がる大自然、よりも。村を行き交う人々を見ているようだった。
「…誰かを守る事が出来る男というのは、確かにカッコいいな。あこがれる」
「うん。あたしも」
「1人で飛び出して行くよりも。きっと、沢山のヒトを守れるようになるんだろうな。父上の跡を継いだら」
それが、身分があるって事だったりするからね。
…逆に、それだけ多くのヒトを不幸にする事も出来るって事でもあるが。
「自分で決めて、皆を守るって言って、それが出来るのって。カッコいいな」
「うん、すっごくカッコいい」
「どうせなら、ぐだぐだ言うよりカッコ良く生きたいな」
「ふふふ、男の子ねえ」
「お前もそうだろう」
「あら、そうね。たしかに」
この年頃の男の子なんて、そんなもんだろうけどね。
相当ストレスと鬱憤が溜まっていたからうじうじしてたんであって、レオンは真っ直ぐかつ素直で、この年頃の子らしく単純そうだ。きっと、クルウに会わせたら仲良くなる。
育ちのおかげで聞き分けの良い子、ではあるけど。子供の性質を完全に抑圧なんてそうそう出来ないし、してはいけない。
時折そうなってしまう辺りが、貴族って身分のままならない部分かな…
「……うん、決めた。俺はやっぱり、王都に帰る」
「ええ。あと、お父さんやお母さんとちゃんとお話すべきだわ。ご先祖様と自分はちがう、それとは全然関係無いところで自分の意志で、がんばりたいんだって」
「ああ、そうする」
にっ、とレオンがあたしを見て笑った。子供らしい無邪気な笑い方だ。
ちょっと牙がチラ見するのが怖いが、ソレ系はもうウルガさんで慣れた。
あたしも笑い返す。
すると、途端に吹っ切れた様子だったレオンが、なんかもじもじし始めた。
「なあに?」
「…その。俺は、今まであんまり同年代の子供と話したことが、ないんだ。周りは大人ばかりだし…」
ほうほう。
話の流れはなんとなく読み取れたが、大人しく言葉の続きを待つ。
しばらくもごもごと言葉にならない何かを呟いていたが。少しして、レオンはぐっと拳を握ってあたしに一歩踏み出した。
「よ、良かったら、…俺と友だちになってもらえないか!」
「もちろん良いわよ」
随分と力を込めるレオンに、あたしは笑顔で即答する。
さらっと答えたあたしが予想外だったのか、込めた力の発散に失敗したのか、レオンはなんかぶんぶんと握っていた拳を振って、再び言葉にならない声を発する。
恥ずかしいのか。あるいはこっからどうしたらいいのか解らないのか。
いやー、可愛い可愛い。こういう素直な子って好感度高いわー。
「と、友だちって、何をすればいいんだ?」
「何かするから友だちなんじゃないと思うわよ? お互いが友だちだって思ってれば、友だちなんだから」
「そ、そうか!」
いや、お坊ちゃん本当に友だち居なかったのね…?
納得したとばかりにこくこく頷くレオン。かっわいいなあこの子も。
「レオン、これからどうする? ちょっと一緒に遊ぶでもいいし。良かったらお屋敷に来る? お夕飯食べて、一晩泊まるくらい大丈夫だと思うけど」
「あ、……いや。…俺が居る事が知れたらメイワクになるし、もうやる事も決めたからな。父上達もカンカンだと思うし、いっこくも早く帰るよ」
「そう。…ていうか、帰れるの? 王都まで遠いでしょう」
「前の街に、迎えのヤツが居たからな」
あー、全力逃走の原因さんがいるんだっけ。
向こうがレオンに気付いてたかは不明だが、跡取り息子を捜索しているそのヒトは今頃生きた心地がしてないだろうな…
事情があったとはいえ、突然家を飛び出しては心配もされる。
むしろそこは、しっかり愛情を込めたお叱りをうけるべきかな。
「帰ったら、その、手紙とか書いて良いかっ」
「ええ。あたしもお返事するわ。…と、レオンって王都のどこの家の…」
「あ、あああ、いや、それはこっちから手紙出すから! それに返事を書いてくれれば大丈夫だ、うん!」
…何だろう、妙に慌てた様子で質問を遮られた。
家名を聞けば探すくらい出来るんだけど。そりゃまあ、あたしはゴーティスさんの所にお世話になっています、とは言ったけどね。
「じゃあ、送ってくわ。あたしも心配されちゃうから、途中までだけど」
「ああ。……ありがとう、マリヤ」
「どういたしまして」
ちょっと行って帰ってくるだけの予定だったのに、現時点で結構な時間が経過してしまっている。
キーロさん達が慌てて探し出すって事が無い程度に、日が暮れる前には帰らなくては。
再びお互いの馬の背に乗り、並んで歩きながら領地ギリギリの辺りまでレオンを送っていく。
自分の両親がどんなヒトかとか、どんな動物が好きかとかそんな他愛も無い話をしながら。
もっぱら、話していたのはあたしの方だ。普段、どんな勉強をしているかとか。村にどんな友だちが居るかとか、どんな遊びをしているかとか。メルルと毎日どんな風に過ごしているかとか。
やっぱり、『普通』には強い憧れを感じるようで、レオンはそういった話を目を輝かせて聞いていた。
…いや、あたしも一応、身分的には貴族なんだが…?
日常はそれこそ『普通』かもしれませんけどね!!
お日様が赤くなるより前に、レオンと別れた。
無事に迎えのヒトと合流できるといいけど。そして、ご両親にこってり叱られてから話し合いをするといい。
家族って言うのはそんな波風を経て更に強く絆を結ぶものなのだから。
……おっと、我が家に波風はあまりないな。
強いて言うなら、バランさんくらいかなー、とか思いながら。お日様が沈み出す前に帰ろうと、ちょっとだけお馬さんに足を速めて貰った。
レオンの素性は、皆様の多分ご想像の通り。
仕方ないね。ライオンさんだからね。
重要キャラでしたが、レオン君の出番、これにて終了。
2章でまた出ます。きっと。
今1章の半ばくらいです。脳内では。
いい加減、章タイトルを決めなければ…(未だに決まらない)
(2014/7/8 誤字脱字、他一部表現を修正)




