14・留守番
異世界に来てから、1年が過ぎた。
……と、数えるのもそろそろ止めようとは思っているが、なかなかどうも。
異世界って呼ぶのも、アレよねえ。前に生きてた世界とは違うから異世界ではあるけど、今のあたしにとっては地球こそ異世界だし…
その辺の受け入れ・開き直りはいいとして。
メルルとあたしの誕生日を過ぎてからというもの、王都から招いたというお行儀教育の為の家庭教師であるヤマネな先生と、特訓する日々だ。
ゴーティスさんが招いただけあって優しい先生ではあるが、笑顔でノルマ達成までは諦めさせない、一種の怖さもある。
誕生日からこっち、春始めの休校時はほぼ一日みっちり。学校がある日は出来るだけ早く戻ってきて特訓再開、な毎日である。
ちなみに、なんだかんだであたしも一通り文字が読めるようになり、半端な時期だが年長組に入れたので、居残り勉強する必要も今は無い。
が、遊ぶ時間が一気に無くなった気がする。
ゴーティスさんにしては、随分スパルタさせるなあ。
…いや、あたしは平気なんだけど。
「いたっ」
「あ、ごめんマリヤ」
ただ、ダンスの練習中に頻繁に足を踏まれるが。
食事のマナーなんかは、元々ラビアンさんやシフィルさんにきっちり教わっていたし、先生の王都流というか、あたし達が若干自己流にしていたのを正すくらいでほぼ終わった。
立ち振る舞いに関しても、流石はお嬢様だ。普段平民と接しておてんばにする事も多いとはいえ、その気になればそれなりに出来る。
感情が波打った時に素が出ないよう、そういう所さえ気をつければ大丈夫だ。
問題になったのは、社交界に出る際に必須となるであろう、ダンスだった。
そっちの練習は、メルルはしてなかったようだ。まあ、そりゃあ身長差考えたらお相手できる人もいなかろうて…
という訳で丁度良いコトに異性であり、身長も似通ったあたしが練習相手となっている。
しかしメルルさんには、……音感が無いような気がします。あるいは運動オンチなのだろうか。
「マリヤさんは覚えが良いですが、メルルさんはどうしても苦手なようですね」
「す、すみません…」
「大丈夫、身体が自然にステップを踏めるようになるまで、練習を繰り返せば誰だって踊れるようになります。先ずは音楽をよく聞いて、テンポ良く足を動かせるようになりましょうね」
「はぁい…」
「お返事は、短くきちっと」
「はいっ」
覚えが良いんじゃなくて、元々知ってるんだけどね…。
なんせ、なんかの余興で男性役やらされたコトがありますからねええぇ。女子校ってのはこれだから。あたしの背が比較的高かったのも原因だが。
…思えば、その後だな。妙に憧れの目線向けられたり、告白なんてしてくる人が出てきたのは。無論全員女の子。
とにかく、ステップとかが殆ど同じだったのは助かった。ダンスなんていくらでも種類があるもんだから、違ってても不思議じゃなかったし。
ワルツくらいのゆっくりテンポの3拍子なら、難しいものじゃない。
……あたしにとってはね。
「最初は足元を見ても構いません。ですが、本番は相手を見て。どのようにリードしようとしているのか、読み取れなくてはいけませんよ」
「はぃ…」
「今はマリヤさん相手で、仲良しですから言わなくても解るかもしれませんが。舞踏会では、初めてお会いする方とも当然踊るのですから」
「は、はい」
「男性に任せておけば良いなんて考え方は前時代的です。そもそも男性だって、ご自分の背後は見えません。そういう時は女性からフォローして…」
先生のレッスンは延々と続く。
競技会とかなら信頼おけるパートナーと踊るけど、社交界というか、貴族の舞踏会じゃねえ。男性なんて、一通り女性をお誘いするのがマナーだろう。
…しかして、アニマル舞踏会…。…ちょっと見たいな…
見たいけど、自分が誘う方と思うと、正直めんどくさ……、いやそんな事はいずれ言ってられなくなるか。
……いやっ、貴族の養子でメルルの補佐役志望なら、積極的に舞踏会に出席するという事はしなくてもいいのでは…!
「マリヤさんも、もう少し練習すれば胸を張ってどんなレディもエスコート出来るようになります。頑張りましょうね、これはとても大事なのですよ。円満な人間関係を築く為に、引いては御家の為にもなるのですから」
「……はい」
うん、まあそういう場で新たな関係性を築いて、商売でも交渉でもやりやすくするって言う役目もあるしね…。それ言ったら、やっぱ逃げられないか。
ホント、身分があるって時々面倒だな!!
…その分、一般のヒトより贅沢してたりそっちの苦労ないんだから、どっちにしたって何かしらはデメリットあるもんだけどね。
恵まれてる分、他で返せってモンか。うん、解ってる。
――――――
そんな日々が2ヶ月(無論、この世界の日付換算)が過ぎた頃、なんかえらい話を聞かされた。
王都で、どころか王城で開かれる舞踏会に、招かれていたらしいのだ。
あー、それで急に行儀見習いの先生呼んで、スパルタしてたのか…
「開催に、兄上が関わっている舞踏会だそうだ。手ずからの招待状まで頂いては欠席する訳にもいかない。兄上の顔に泥を塗ってしまうからね」
……反射的に『良いんじゃないの』と言いそうになって、グっと堪えた。
いかんいかん。この時代の貴族関係で血縁者ったら、大失態をすれば一族纏めて処断される可能性だってある。
あのヒトが落ちぶれようとあたしの胸は痛まないが、あのヒトの息子さんは良いヒトだし、そんな事になったらこっちに余波が絶対来る。
だから、面倒な親族ほど性質の悪いモンはないのだ。
流石にこのヒト達がそんなコトまでは考えてはいないだろうが。
「それ、そっちに行ったらそのまま住む事になるとか、ないわよね?」
「流石にそんな事はないよ。数日滞在にはなるだろうが、それに関してはきっちりとお断りしたからね」
逆を言えば、きっちり断ったから出席自体を断れないんだな…
絶対なんかの思惑があるんだろうけれど。…ゴーティスさんもヒトが良いとはいえ一角の領主だ。ホイホイやられっぱなしにはならないと信じたい。
シフィルさんも一緒なんだし。
「メルル。…おいしいものあげるからって、知らないヒトについてっちゃダメだからね?」
「マリヤ、わたしを何だと思ってるの…。というか、それはマリヤの方がそうじゃない、ぜったい知らないヒトについてっちゃ、ううん、知らないヒトにちかづいちゃダメだからね!!」
そうですね。
そうだけど、そんな場所でどう知らないヒトに近付かないでいろって言うんだ、難易度が高すぎる。
流石に貴族が集まる舞踏会で、ひょいっと持ってくヒトがいるとは思えないし。…いや、だからこそ珍しさに強引に持ってく貴族という可能性があるかな?
「……それ、なんだがね?」
あたしとメルルの会話に。ゴーティスさんは、非常に困ったような声で切り出した。
2人で視線を向けると、やっぱり彼は困ったように、…毛の上からでも解るほど眉間に皺を寄せて、何かをいいあぐねていた。
……んー?
首をかしげて、シフィルさんの方を見ても、どこか申し訳無さそうな表情をしている。
あー。うん。
「あたしは、おるすばんしてればいいのね?」
「…すまないね」
「いいわ。お城にきょうみはあるけど、かたくるしーの苦手だし、待ってる」
要するに、招待状にあたしの名前は無かったのだ。
そりゃそうだ。明らかに、バランさんはあたしの存在を受け入れてはいない。他種族の孤児が自分の一族の1人だなんて、周囲の貴族に知られたくないのだろう。
もしかしたら、あたしは連れてくるなと書いてあった可能性もある。
いや、別に本気で面倒だから、行きたいと最初から思ってないけどね。
「えーー!! だったらわたしだって行かないわ! 一番最初の本番は、マリヤとおどりたいもの!」
「ダメよ、メルル。このお誘いは、貴女宛でもあるのですから」
「うーーーーっ!」
身分ある者として、この手の招待を何の理由も無く蹴ることは出来ない。
止むを得ない事情があるなら別だが、気に入らないからと言ったりしたら、どんな噂を立てられるか解ったモンじゃない。それが目上からの招待なら尚更。
その辺は、面倒くさい貴族のしがらみってヤツだ。
「メルル、行ってらっしゃいな。きっとステキよ、もしかしたらメルルの王子さまに会えるかもしれないじゃない」
「むぅ…」
「いっぱい楽しんで、帰ってきたらお城のお話聞かせて? ね、お姉ちゃん」
…本当に『運命の王子様』に会った場合クルウが涙目だろうけど、流石に10歳でそういうコトも少ないだろう。
あったらあったで、…うんまあ、初恋なんてそんなもんさ。
他人事ながら割と酷いことを心の中で思いつつ、メルルの肩をぽむぽむと叩く。
それでもやっぱり、あまり乗り気な様子ではなかったが。
「……わかったわ。でも、おるすばんだからって、ちゃんとお勉強してなきゃダメよ? あと、やっぱり1人で知らないヒトについてっちゃダメだからね!」
「うん、うん。わかってるわ」
「いっぱい、お土産もって帰ってくるからね! 良い子にしてるのよっ」
こういう時のメルルって、お姉ちゃんというより心配性なお母さんだ…
それがむしろ可愛いので、あたしは素直に頷く。
ゴーティスさんとシフィルさんもホっと息を吐いているのが解った。
大人も大変ね。頑張れ、お父さんお母さん。
その2日後に準備を終えたご一家は王都へ向けて出発した。
ちょっと日程が長くかかるので、御者はキーロさんではなく、フェネック3兄弟の長男であるレナードさん。無論、護衛も兼ねる。
それと2番目のフェナルさんと、お世話役としてクーニャさんが同行。行儀指導の先生も一緒に王都へ帰るらしかった。
お屋敷にはキーロさんと3兄弟の一番下であるギースさん、カッツェさん、あとラビアンさんが不在の間の代理を任されている。
で、あたしもお留守番だ。
……今更だけど、使用人さんの数って少ない気がする。基準知らないけど。
というか貴族とか領主って、それなりに私兵持ってるモンじゃないんだろうかっていやまあ争い事とは程遠いようだけどね。
村にはそれぞれ憲兵さんがいるしね。治安維持は王国でやってるのか。
さておいて、王都へは馬車で片道7日前後かかるらしい。無論途中の休憩や宿泊を含めてだ。
到着して、1日で用事が済むとも思えないし。
てことは、ほぼ1月ご一家が居ないことになる。
…大変だなあ。なんか、参勤交代を思い浮かべた。あんな物凄いものじゃないにせよ、王都に行くだけで大仕事だ。
単にここが片田舎なだけかもしれないが…
メルルがいないので、再開された学校行くのも1人だし、帰りも1人だ。
学校の間はクルウ達が居るし、久々に遊ぶ時間が出来ていいんだけど。
うーん。…やっぱり静かで、微妙に寂しいな。
というのを嘆く性質ではないので、ここぞとばかりに牧場で乗馬の練習に熱を入れたり、キーロさんに御者の仕方を学んだりしている。
「坊ちゃんは乗る方なのだから、こんな事聞く必要無いんじゃないかねえ」
「あら、何でも知っておくに限るわ。もしかしたら、将来必要にせまられることがあるかもしれないじゃない」
何せメルルの補佐役を目指しているのだ。いつか、あたしが御者役を務めることだってあるかもしれない。
必要に迫られてから、習っておけば良かった、じゃ遅いのだ。
芸は身を助ける。どんなことだって、知っておいて損はない。
……っていうか、馬車の御者さんとかやってみたい。
というわけでお馬さんの歩かせ方や止まらせ方、進路の指示の仕方なんかを教わる。それで知ったんだけど馬車ってブレーキあるんですね。
考えてみたら、そりゃそうだ。坂道とか停止の時とか、馬車止めないと馬のお尻にぶつかっちゃうもんね。
流石にあたしの世界にあったような性能の良い物じゃなく、強くきかせすぎると急ブレーキになりすぎたり、下手すりゃ壊れそうだったので、やっぱりスピードは出せないなあと思った。
実際に動かしてみるのはまた今度、として。
「ねえキーロさん。この子、普通には乗れる?」
「ああ、乗れるよ。鞍をつけてあげようか」
「ううん、自分でやってみる。でも、まちがってないか見てて」
「はいよ」
秋の終わりから現在まで、クルウからの乗馬レッスンは続いている。
そろそろ、自分で準備して乗って戻って片付けてお世話するまで、出来るんじゃないかなーというチャレンジ精神を発揮してみた。
去年から比べれば身長も伸びたし、体力もついてきたけど、まだ子供だ。
大きな馬につける鞍や轡は相応にでかい。四苦八苦しながらも、装着だけにえらい時間がかかる。
きっちり躾けられてる大人しいお馬さんだから、暴れないでくれたけど。
うんまあ、君もあたしの顔を覚えてくれてるのよね? 朝晩送ってくれてるし、その度にご挨拶したり人参あげたりしてるし。
「いけそうな気がする」
「ああ、この馬はかしこいヤツだから、初心者の坊ちゃんでも大丈夫だろうよ」
「ちょっと乗ってでかけて来ていい?」
「うん? …まあ、最近は外からのヒトもとんと来んしなあ。危ないと思ったらコイツに乗って、すぐ逃げて来るんだよ」
「はーい。風車の丘まで行って、景色見てかえってくるから」
「なら、一応お弁当を持ってお行き」
のんびり歩いて行って、今からだとお昼過ぎそうだしね。
という訳で、カッツェさんにお願いしてサンドイッチを包んで貰い、たすきがけにした鞄に入れてからお馬さんに乗る。
勿論、きっちり水筒も常備。
「じゃ、いってきまーす」
「行ってらっしゃい。暗くならないうちに帰っておいで」
ところで、キーロさんとあたしの会話が完全に『庭師と当主の息子』ではなく、『おじいちゃんと孫』になっている件について。
…まあ、メルル相手でもこうだけどね、おじいちゃんマイペース。
さておいて、のんびりペースで、石畳の道を馬に歩いてもらう。
普段よりも遥かに視線が高く、風を良く感じるような気がして、気分がいい。
最初は怖かったけど、もう随分慣れた。そういう時こそ危ないからなと念押しされているので、油断だけはしないよう心がけてるが。
かっぽかっぽという音を聞きながら歩いて貰って、お屋敷から離れた辺りでぽんっと軽くお腹の横を叩くと、少しだけ早足になる。
あ、やっぱスピードあると、ちょっとスリルあるな。
全力で走らせるなんて事は、まだまだ無理だ。冒険は身の丈にあった程度に限るという訳で減速させて、また常足でのんびりと進んで行く。
…当然、身の危険を感じた時は全力で逃げる為に、あえて冒険せざるを得ないと思うけど。そう言う事が無いように祈るばかりだ。
収穫祭からこっち、特にそういう輩に会わないし、怪しい知らないヒトがいたーなんて話も聞かないけれどね。
やっぱり、あの2人組は相当な例外だった、んだろう。
油断はしませんよ。
いきなり知らないヒトに声かけられても、ついていきませんよ。
ちょっと困った様子とか見せられたって、子供1人でどうにか出来る事態なんてそうそうないし、騙される危険性は常に自覚して行動しますよ。
ええ。大人ですもの。
「・・・・・・・・・!!」
「……ん?」
かっぽかっぽ。小気味の良い音をBGMに春の野原を歩いていたら、何処からか何かが聞こえた気がして、ぐるりと視線を巡らせる。
よく見ると、あたしから見て右方向からこちらに向かって走ってくる、一頭の馬が居た。
道を歩くでもなく、野原のど真ん中を、全力疾走だ。
……野生馬が走ってるって訳でもない。馬は群れを作る生き物だけれど、あの子は一頭だけ。しかも、背中に誰か乗せている。
って事は乗り手が走らせている訳で。
にしては、道なき道をどっちに向かって走らせてるんだか。
もしかして怪しいヒトか、と馬の足を止めて、引き返すかここから近いスゴン村の方へ走るか考えていた時、恐らく乗り手だろう誰かの声が聞こえた。
「止まれ! 止まってくれって! もういいから! ムチで打ったのはあやまるから! だからぁぁぁぁぁぁ!!!」
…そんな、子供の涙声が聞こえた。というか、ほぼ悲鳴だ。
暴走、してる、のか…?
つーか何でムチ入れたかな。そんなに急いでたのか?
いや多分ムチ入れたのを怒って暴走してるんじゃなくて。貴方のそのしがみつく姿勢が止める為の物じゃないのと、悲鳴をわめき散らしてるのが全ての原因だと思うんだけれどね…?
みるみるうちにあたしとの距離は縮まって。幸いにも、あたしのお馬さんは暴走馬に釣られることなく、冷静で居てくれたが。
100mくらいの場所で、向こうさんは悲鳴とともに転がり落ちた。わあお。
一応受身は取ったように見えたが、起き上がらない。
…あれは、流石に危ないな。
ちょっと考えて、少しどころではなく困った状態だと判断し、残りの距離を詰めて、あたしは馬から降りる。
乗り手を失った向こうの馬、ちなみにあたしが乗ってきたのは葦毛で、向こうさんは白馬だ。その白馬は鼻息荒くしていたがこれ以上暴れる気はないようだ。
手綱を取って、どうどう、と撫でて落ち着かせる。
暴れ馬相手に、カン高い声で喚き散らしちゃダメですよ。低い声で、落ち着かせてあげましょう。…って、クルウのお姉ちゃんが言ってた。
この子はこの子で、きちんと訓練されてる子だ。二頭とも、乗り手が居ない状態でも適当にどっか行こうとしないし。
とりあえずこの子達には待ってて貰って。
落ちた子、どうなった。
「もしもし? あなた、大丈夫ー?」
倒れたままの白馬の乗り手さんの肩を軽く揺すって、声をかける。
目深に灰色の上着のフードをかけた、体格は殆どあたしと変わらない子供だ。
手だけ見えるけど、毛並みが白いな。それに肉球もある。爪も太い。
これは、草食系の動物じゃないな。
「う、…いたた…」
落下の衝撃で一瞬意識を失っていたのか。倒れていた、声から察するに男の子はむくりと起き上がり、軽く頭を振る。
その拍子に、被っていたフードがぱらりと落ちた。
やっぱり白い毛並み。ちょっと丸みを帯びた耳。青色の瞳。
一見すると、彼は猫によく似た容姿をしていた。
けれど、猫にしては太い爪や、毛束が先についた尻尾から察するに。
多分だが、…ライオン、ではないだろうか。
たてがみがないけれど、子供ならば無くても不思議ではない。
ただ、白いライオンって。…なんかあったなあ、そんなマンガ。
いや別にマンガだけの存在じゃなく、実在していた筈だけど。なんか、サーカスとかで見た事ある気がする。
「大丈夫?」
「あ、ああ…、……っ?!」
まだ意識がハッキリしないらしい、あたしの質問にぼんやりながら頷く白ライオンは、次の瞬間ハっとしたような表情であたしを見た。
あたしが人間である事に驚いた、というよりは。あたしに姿を見られた事をまずい、と思ったような反応。
なんか事情はあるのかもだけど、それより。
「ケガは? キレイに落ちてたみたいだったけど、足とかくじいてない? 痛いところはある?」
「え、あ、…いや、とくには……、っつ」
「ああ、ヒジをすりむいたのね。これくらいで済んでよかったわね、ちょっとまっててね」
落ちた時にめくれ上がったのか、右の肘をすりむいて、軽く血が滲んでいる。
暴れ馬から落ちてそれで済んだのなら、まあ儲け物じゃないだろうか?
鞄から、タオルと薬を取り出して、水筒の蓋を開ける。
「ちょっとしみるわよー、ガマンねガマン」
どうも戸惑ってるらしいライオン君の内心はまるっと無視する。地面にこすって出来た擦り傷を甘く見てはいけないのだ。
傷口と周囲の毛を水筒の水で洗う。それからタオルで水気と、草や汚れを落として行く。
それからキーロさんお手製のお薬を塗る。やっぱりしみるのかライオン君はしかめっ面をしたがそれも無視。
怪我をした時にと持たせてくれた軟膏で、切り傷擦り傷によく効く。なんせこの世界の魔法に治癒魔法というジャンルはないので、こういうのが必須なのだ。
まだなんでかは知らないけど。基本、生物の身体に良くも悪くも直接変化を与える魔法は、精霊魔法には存在しないそうだ。
そういう意味では、木や虫を操る魔法なんかも、ない。
「こんなもんかな? 大したことなかったし、お薬が血止めもしてくれるハズだから、平気でしょ」
「ああ…。…すまない、ありがとう」
応急処置を済ませたあたしに、ライオン君はぺこりと頭を下げる。
見たところ、地味ではあるがかなり良い仕立ての服を着ているし、良いトコのお坊ちゃんなのだろう。
それでもきちんとお礼を言い、頭を下げられるのだから、真っ当な教育を受けているようだ。良きかな良きかな。
「で、アナタどこから来たの? この辺の子じゃないでしょう?」
少なくとも、ゴーティスさんトコの領民ではありえない。
周辺の他の領主も大抵草食系のヒト達だった筈。
彼みたいな解りやすい肉食系は、王都やそれに近い都会の方に居るだろうに。
あたしが問うと、ライオン君はきょとんとして。彼の方こそ首を傾げた。
「お前は…」
「はい?」
「…いや、なんでもない。俺は、その。王都から、来たんだ」
「あらそう。…お名前聞いていい? あたしはマリヤよ、ここの領主であるゴーティスさんのトコでお世話になってるの」
「俺は、レオンだ。…そうか、お前がウワサの、ここに住んでるニンゲンなのか」
あら、やっぱり噂になってるのか。そりゃそうかあ。結構身分高そうなヒトだって、収穫祭の時居たし。そもそも誘拐未遂事件で隣国と関わったりで、経緯を調べたヒトだって居ただろうしなあ。
というか、ウワサだけで人間と解るって、教養高そうだな、この子。
レオンは、嫌に深刻そうな顔をしている。困ったような顔、か。
なんか事情がありそうだけど。大人だったらあたしに出来る事は殆ど無いと思ってしまうが、同じ年頃の子供だとなあ…
どうしよう、と考えた矢先。
ぐぅ~、と。なかなか元気の良いお腹の虫さんが自己主張をした。
あたしではなく、目の前のライオンさんからだ。
……去年の今頃なら、子供とは言え至近距離に居る肉食獣が腹を鳴らすとか、全力で逃げ出したくなるシチュエーションだったが。
今となっては、微笑ましさに笑い出したくなる状況だ。
「とりあえず、良かったらいっしょにお昼でもどうかしら。1人分しか持ってないから、半分コになっちゃうけど」
「……すまない…」
心底恥ずかしそうに俯くライオン君が、なかなかに可愛らしかった。
しーーんぱーーーい、ないs(以下省略)
やっと出せた、3人目の重要キャラです。
クルウとか本当になんであんなに出番があるのか解らないくらい、プロットに影も形もないんですけれどねえ。
物語は…生き物なんですよ…?(単なる行き当たりばったりの弊害)
(2014/7/8 誤字脱字、他一部表現を修正)




