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ヒツジさんの執事さん  作者: 美琴
第一章
1/67

1・転生

 人には、誰にでも『死』という終わりが訪れる。

 それはゆっくりと歩むような速度で近付き、家族に見守られながら終わる長い長い事もあれば、突然風に吹き消されるようにあっという間に終わる事もある。


 あたしに訪れたのは、後者の方だった。


 あたしの名前は、九条鞠耶という。

 お嬢様と言う程ではないけれど、食べるに何の不自由もしない程度の裕福な家庭に生まれて育ち、大事件と呼べるような事柄にも遭遇せず順調に大学まで進学して卒業し、知名度の高い企業に無事に就職した。

 親にも友にも、先生にも同僚にも恵まれていた。

 時には波風が無かった訳ではないけれど、あたしは自分が幸福な人生を歩んでいると自覚していた。惜しむらくは、恋人という存在との出会いは無かった、くらいかしら。

 あたしはあたしの生き方に、何の不満も無かった。

 でも、終わりは突然に訪れた。


 それは会社へ向かう、通勤の途中。

 老朽化した、ビルの改装工事だろうか。防音の為の幕に覆われたビルの上部では、なかなか派手な音を立てている。

 あたしは出来るだけそこから離れて、歩いていた。

 でも、歩道の広さには限りがある。

 向かい側から、携帯で喋りながら走ってくる、迷惑な自転車がいた。…その器用さとバランス感覚は、他の所で発揮させた方がいい。

 仕方なく、あたしは一歩、工事中のビルの方へ避ける。

 その瞬間、頭上でガチャン! という一際派手な音が鳴り響いた。

 よせばいいのにあたしは、その音に無意識に反応して立ち止まり、上を振り向いた。

 一瞬、黒い何かに視界が覆われているのが見えた。

 ……次の瞬間には、意識自体が真っ黒になった。




 そして今。

 あたしは、あたしを見下ろしている。

 ビルに使われる予定だったのであろう大きな鉄骨が、リクルートスーツに身を包んだ女性の頭部の上に横たわっている。頭はもう見えないが、身体と服装は見慣れたあたしの物。

 周囲を歩いていた人達は、悲鳴をあげ、あるいは呆然と立ち尽くす。

 あの迷惑自転車のお兄さんは音と衝撃に吃驚したのか、転んだらしい。そのまま、震える手で持っていた携帯を操作して、何処かに電話をかけた。警察か、救急か。

 …どう見ても死んでるんだから、今更救急にかけても、と思うけれど、そういう物でもないのかしら。こんな場面に遭遇なんてした事ないから、あたしにはよく解らない。

 あたしを見下ろすあたしの事を、誰も気付かないようだった。

 ああ、これが臨死体験……違う、幽体離脱?

 幽霊なんてオカルトな物は、娯楽以外の何でもなかったのだけれど。実在しているとは、世界とは不思議がいっぱいなんだな、なんて思った。


「あのー。もしもーし」


 とんとん、と肩を叩かれた。

 吃驚して振り返ると、空中にふわふわと浮いてあたしと目線を合わせる、白いローブに身を包んだ小柄な人物が居た。

 フードを目深に被っているので、男か女かは解らない。声の調子は子供っぽいな、と思う。


「えーと、ご愁傷様ですが。アナタ、死んでますよ?」

「……そうね。理解しているわ」

「あ、それは良かったです! こういう時って殆どの人は取り乱したり、大暴れしだしたり時にはどこかにランナウェイしたり、大変ですから。冷静で居てくれると助かります」


 無邪気な声色で、白いその子の口元は笑みを浮かべた。

 理解はしてるけれど、あまりにも普通の声色でそんな事言われると、流石にちょっとイラっとしないでもない。


「それで、アナタはお迎えの天使様? それとも悪魔かしら」

「とんでもない、私は神様ですよう」


 ……コントかっ!!

 盛大に突っ込みかけたのを、喉の奥でグっとこらえた。

 別にこんなところで地縛霊になる気なんてない。もっと生きたかった気持ちはあるけれど、死んだものは死んだのだ。頭を鉄骨に押し潰されてまだ生きてたら、それこそ怪物だし。

 なら、わざわざ迎えに来てくれた神様の機嫌を損ねて地獄行き、なんてのは御免な訳で。


「それでは、サクサクと進めましょうね! こちらへどうぞ!」


 まるでツアーコンダクターのような明るさで、神様はハイっと手を振る。

 ふわっと、今まで何も無かった空中に、扉が現れた。どこかファンタジックな、きらきらした謎の素材で作られた扉。

 天国への扉、なのかしら。

 がちゃりと開けて、さあどうぞ、とレディファーストしてくれる神様を見て。

 一度、足を止めて後ろを振り返る。

 あれじゃあ、身元確認をする父さんや母さんは、卒倒するかもしれない。

 せめて、女として死に顔は綺麗でありたかった、とは思う。

 親孝行する前に死んじゃってごめんなさい、2人とも。あの馬鹿弟、ちゃんと母さん達を支えてくれるかしら?

 あ、明日はお休みで、ミホとショッピング行く予定だった。誕生日プレゼントのリサーチするつもりだったのよねぇ……

 未練はいくらでもあるけれど、…どうしようもない。

 せめて、すっぱりと切り替えて、成仏しよう。安心してね、皆。あたしは別に、化けて出たりしないから。




 扉をくぐった先は、別段何も無い世界だった。

 足元はふわふわとしていて、周囲は白い霧だか靄だか雲だかが漂っている。神秘的と言えば神秘的。

 何処かの漫画で見たような、天国やあの世に近いイメージ。


「えーと、それじゃ早速、次の準備に移りましょうか!」


 相変わらず白いローブを纏った…神様? は、あっけらかんと言い放つ。

 ……サクサク進めたいのは解るのだけれど。なんかこう、説明義務とかは無いのかしら。一方的に進められても、死人初心者のこっちとしては、ついていけない。


「次の準備、って?」

「それは勿論、次にアナタが生まれる世界の選択とかですよ」

「えっと、そんなに速攻で転生させて貰えるの?」

「はい! 変な抵抗しないで貰えれば、人も動物も植物からバクテリアまで、命ある物は即座に次へ行くものです!」

「…選択って事は、選べるの? 好きな生まれる先を?」

「んー、ある程度の幅はありますが。っと、今までアナタが居た世界はダメですよ、別の世界です! 同じ世界にずっと留まると、淀んじゃって、世界に悪いですからね!」

「部屋を閉め切ってると空気が淀むから、換気するようなイメージ?」

「あ、正にそんな感じです!」


 自分で言っておいて何だけど、魂ってそんな換気されるような存在なの…?

 どうしてそうなのかは解らないが、神様がそう言うのだから、そういう事で納得する。


「もう一回人間には、なれるの?」

「そうですね、ええと……」


 尋ねると、神様は何処からかポンっと本を出して、ぺらぺらとめくる。

 もしや、あれは地獄の閻魔帳…?


「アナタは人の世で犯罪と呼ばれるような悪は犯していませんし、人を無意味に傷つける嘘も、不当に他人の財産を奪ってもいません。死亡原因も自殺ではなく事故ですし、非常に良い条件で転生先を選べますよ!」


 ……神様って、見守ってくれてはいないけれど、見張っては居るのだな、と思った。

 この世界中全ての生き物の行いを、記録しているとは……しかも口ぶりから察するに、世界とはあたしが生きていた地球だけではないらしいのに。

 流石は神様。この底抜けの明るさを持った無邪気で小柄なこの子に、妙な恐怖だか畏怖だかを感じざるを得ない。


「それって、例えば殺人とか窃盗なんかしてたら…」

「んー、その理由にもよりますが。あんまり目に余るような罪を重ねていると、次は知性体ではなく、虫とか家畜とか、お野菜とかですかね!」

「……ああ…」

「そんな感じできっちり魂をリセットしてから、またのチャンスをお待ち下さい、です!」


 今まであたしが食べてきた肉や野菜の中にも、そんな元罪人が居たりしたのだろうか?

 想像して、……やめた。今後、ご飯が美味しく食べられなくなる。

 とはいえ、次を選んで転生すれば、今のこの事も、今まで生きて来たことも、綺麗さっぱり忘れるだろうけれど。

 今ここに居るあたしが生まれる前の事を覚えて無いのが、その証拠。


「では、こちらから次の転生先をお選び下さい!」


 はい、っと神様が今まで手にしていた本が手渡される。

 開いてみたけれど、…意味不明な文字が並ぶばかりで、あたしには理解不可能。

 ただ、本の後半はあたしでも解る言葉でその世界のおおよその概要と、選べる生命体のランクなどが記されていた。


「好きな項目に触れて、最後のページの青い文字に触れれば、選択完了です! それでは、私はこれで!」

「え、もう行っちゃうの? そんなに後が詰まっているの?」

「いえ、基本私は1人につき1人居ますので大丈夫です。ただ、そういうのってプライベートというか、見てちゃ気まずいかなーって!」


 ……気を使っているのか、空気読み間違えてるのか、判別し難い。

 明るい笑顔でそう言うと、神様は本当に、それでは! …っとそのまま消滅してしまった。

 うーん。

 …いいや。悩んでても時間の無駄だし。この切り替えの早さが、あたしの最大の特徴で、あたしが一番好きなあたしである。

 改めて、本の内容に目を通す。

 先ず…ちょっと物騒っぽい世界はパス。

 異世界転生、なんてあたしの世界でも流行の創作ネタだったけれど、読むのは楽しいが体験したいなんて思わない。

 勇者や英雄になりたい願望なんて、精々高校生までで持たなくなった。

 そもそもこの転生はチート能力を付与するでもない、世界の全ての生き物に平等に用意されたシステムであるようだし。

 なので、そう……いわゆる魔族とか、モンスターとか、そういうのが居る世界はナシ。…存在はしているから、怖い。

 後は、映画みたいな機械文明が発達しまくり、とかもナシ。空気が美味しくなさそう。

 ファンタジーでも構わないけれど、出来れば戦争とかの少ない、自然の多い、それこそ平和でほのぼのな世界で堅実に生きたい。

 多少の不便なんてのは、構わない。むしろその世界に生まれてしまえば、それが普通になってしまうんだから。

 勿論、ランクは上の方の知性体で。人間という指定は出来ないようだが、そうじゃなかったとしても、それはそれでいいや。

 出来る限りのあたしの望みが叶えられそうな項目にタッチしていくと、その文字が光り出す。これが、選択できたという事かな。

 チェック漏れはないかと、ぱらぱらともう一度ページをめくる。

 ……最初の方は文字が読めないから確認していなかったのだけれど。なんとなく、ぱらっと開いてみて。


「…何かしら、これ」


 殆どは通常の本と同じ、白地に黒の書き文字なのに。1ページだけ、小さく小さく、何かがうっすら光る文字で書いてある。

 やっぱり、読めない。

 流し読みしただけでは、多分気が付かなかった。たまたま開いた1ページの、片隅。

 なんとなく、文字をちょんっと触れてみる。

 すると、後ページと同じく、選択された事を示すように放つ光が強まる。

 ……ええと。

 もしかして、これは神様側の設定ページというか、管理者権限でのチート能力付与とかのページ、だったりするのかしら。

 だとしたら、困った。

 ぺちぺち、もう一度押しても、解除されない。

 質問したくても、神様はもう何処かに行ってしまった。そういうのは、鍵とかかけておこうよ。それともこういう事で、後の世の英雄や聖人が生まれちゃうの?

 なんにせよ…どうやら、これによって付与される何かを、あたしは受け入れなければいけないらしい。


「ど、どうにかなるわよ、ね?」


 別に神通力とか、要らないのよ?

 極普通の穏やかな人生で、あたしは充分に満足するんだから。

 ちょっぴり口元を引き攣らせて……けれど観念して、最後のページを開く。

 1ページ丸々使って大きく書かれた、やっぱり読めない、青い文字。

 それに触れる前に、一端手を止め、祈る。


「何処かの世界で、新しく生まれる次のあたし。…どうか、真っ当に生きれますように!」


 チート能力なんて持ってたら、嫌でも目立って普通になんて生きられ無さそう!

 どうかどうか、ちょっと変わった子、くらいになりますように!

 ……そして願わくば、グレたりして犯罪に手を染めませんように。

 嫌よ、次や人参や大根になる、なんていうのは!!

 勿論その頃にはあたしの記憶なんて残ってはいないのだけれど。それでもね。

 祈りながら、青い文字に触れた。

 途端に、本は本の形を放棄して、大きな光の奔流となり、あたしの身体を包み込む。

 暖かで柔らかい感覚に包まれて、あたしは自然と瞳を閉じた。

 まるで極上のお布団にくるまれているような心地良さに、意識はゆっくりと薄れて行く。

 贅沢、だとは解っているけれど。

 出来る事ならば、次も。どうか、幸せな生を歩めますように―――







 ――――――







「っ、ひぎゃっ?!」


 突然の落下感。

 1秒も経たずに、今度は身体前面が硬い地面にぶつかって、変な悲鳴を上げてしまった。

 …痛い、けど。痛いだけで、大した怪我はしていない。ちょっと口の中に草が入ったくらいで、大事無い。下が石やコンクリじゃなくて良かった。

 したたかに打った顔をさすりながら、ゆっくりと身体を起こす。


「……ええ、っと?」


 首を傾げた。

 そこは室内でも、街でもなく。ただ、森の中だった。

 緑溢れる森の中。木々の隙間からは太陽の光が零れていて、鬱蒼と薄暗い雰囲気ではない。ちょっとふらりと散歩したくなるような、心地良い空気。

 座り込んで上を見上げると、半端に折れてぶら下がった木の枝。…どうやら、あそこから落っこちたらしい。怪我が無くて何よりだった。

 ……いやいや、ちょっと待とう。

 状況整理を終えた、と思ったところで、明らかな異常に改めて気付く。

 あたし。あたしは、九条鞠耶。

 先ほど通勤の途中で鉄骨に頭を潰されるなんて悲惨な死を遂げ、速攻で神様に導かれて次なる生へと向かった。

 そう、あたしは生まれ変わった。

 現に、見下ろす手はあまりにも小さくて。年端もいかない子供の物。

 自分で出した声にも違和感がある。幼い子供の声だ。

 服装も覚えが無い。…いやにくたびれた感じのシャツに、膝までのズボン。少し丈夫な布を紐で結んだだけ、みたいな割と粗末な靴。

 髪は短くざんばらに切ってある。手入れはされていないようで、あまりさわり心地は良くない。色は、金。

 あたしが、二十数年間生きて来た今までのあたしじゃない事は、明らかだった。

 ……いやいや。


「何で、そんなことが解るのよっ?!」


 そう、問題はそこ。

 覚えている。あまりにも鮮明に、地球で、日本で、生まれ育った時間を。死んだ事も、その直後に起こった一連の事態も。

 そのクセ。まだ幼い子供とは言え、ここまで育つまでの経緯を、新しくつけられたであろう名前を、何一つ思い出せない。

 子供が生まれて即一人になって、ここまで育つ筈がない。少なくとも、人間には無理。

 ならば育ててくれた親か、親代わりの誰かが居て然るべきなのに、全く思い出せないし。周囲に、その形跡も何も無い。

 見回しても、あたしの物と思しき荷物も何も無い。

 こんなに小さな子供を、こんな深い森で1人で遊ばせるのも、不条理。

 突然この姿で発生し、唐突にここに放り出された、というのが一番正しく見える状況。


「……どう、しましょ…?」


 途方に暮れた。

 もしかして、これがあの本の変なところに触ってしまった結果だろうか。

 記憶の継承……あるいは前世の記憶による上書き?

 しかも、その。

 さっきから、薄々気付いてはいるんだけど。

 なんとなく感じていた嫌な予感を確かめるべく、……あたしはズボンをひっぱり、下着のさらに中を覗きこむ。

 ……うん。

 ……その項目は、選択肢になかったしね。

 ……ランダムなら、仕方ないわよね。

 そっと、元の通りにしまった。まあ、弟の(小さい頃の)を何度も見た事はあったので、ショックはそこまででもない。いや充分な衝撃を受けているけれど、そこに関してはあるがままを受け入れるしかないと思う。

 果たして、現在のあたしは、うっかりすると女言葉を口走る金髪のショタ、だ。

 口調を直さないと、オネエ一直線か……それが許される見た目であるかどうかは、後で何かに映して確認しよう。イケメンなら、少し許せるかもしれない。あたしが許しても周囲が許すかは別として。

 ふふふふふふふ、と怪しい笑いを浮かべてしばし途方に暮れてから、立ち上がる。


「さて、とりあえず親か、あるいは街とか探そう」


 切り替えた。

 そもそも、もうこういう状況になっちゃったのだ。くよくよしてても時間が過ぎるだけ、泣いてもお腹が減ってしまうだけ。

 神様は、残念ながら助けてはくれない物だ。よく解った。

 立ち上がったけれど、視界はとても低い。10歳も行っていないかもしれない。

 という事は、体力も相応。…木に登って街を見つけるのは、少し危険かな。今度落ちたら、更なる転生へと向かってしまうかもしれないし。

 地形は平坦。山とかなら、上に向かって……いや、体力も食料も無い子供だと、下がった方が賢明なのかしら?

 考えながら周囲を観察し、気が付いた。

 木の数本先に、獣道がある。獣というより、この広さならば人である可能性が高い。

 なら、これをどちらかに辿っていけば、人里へ辿り着ける、と踏んだ。

 どっちに行くかは……運と勘で。

 なんとなく、こういう時は左に向かう癖があるので、左手の方へと歩き出す。

 ……足が短い。歩みは遅々として、進まない。

 けれど走れば余計に消耗する。この先は何も解らないのだから、温存しなければ。




 道の途中に生っていた木苺を見つけ、摘んで休憩をしながら、2時間程歩いた頃。

 木々の隙間に、明らかに人の手による物と思われる建造物が見えてきた。

 ホ、っと息を吐く。どうやら、天はあたしに味方したらしい。

 ……と言っても、楽観視は出来ないか。

 あたしの親がそこに居るかは解らない。居たとして、それがあたしは誰なのか解らない。居なかったら、どうしたものか……

 そもそも、あたしはどんな世界を選んだんだったか?

 森から出る少し手前、茂みの裏側で座り込んで、考える。

 自然の多い、平和なほのぼの世界、を選んだ。ハズ。

 ひょいっと茂みから、少し顔を覗かせ街……というより、村を見る。

 回る水車、遠くに見える風車。柵に囲われた場所に牛。家々は密集しては居らず、ぽつぽつと点在している。

 なんというか、こう……スイスとかフィンランドとか、そういうトコの牧歌的な田舎っていう雰囲気だった。これはこれで、元日本人のあたしとしては、非常にファンタジーな空気を感じなくも無い。

 村の周囲に囲いも何も無いのは、外敵が居ない、あるいは少ない証拠だと思う。

 ここはあたしの居た世界よりはかなり時代的には前。感じからして中世、くらいだろうか。そんな感じの、平和な国みたいだ。

 ただし。


「……ひつ、じ?」


 羊が、村の中を歩いていた。

 放牧とかそういうのではなく。

 羊が。服を着て。二本足で。パイプをくわえながら。道を歩いていた。

 その隣には、スカートを穿いたヤギが居た。これも、二足歩行。

 他にも、簡素な鎧を纏った犬。トンカチで何かを叩いている、牛。野菜の入った籠を持ってあるいている豚。子供だろうか、小さな兎と小さな馬が、どこかへ急ぐように走っていく。

 全て、二足歩行。

 そこに居るのが人であったなら、間違いなく平和で穏やかな村の風景。

 それが動物達に摩り替わると、物凄く異様だった。普通に、四足歩行の動物だって飼われているのに。動物が、動物を飼っている……


「…………」


 もう一度茂みの裏にしゃがみこみ、悩む。

 もしかしてここは、…獣人の、世界?

 これが人間の身体に猫耳ウサ耳、なら可愛らしい萌え萌えな獣人世界なのに、今あたしが見たものは動物がそのまんま人のように二足歩行して、生活している光景だった。

 いやいや、それならどうしてあたしは人間なのかしら!!

 いっそあたしも何らかの動物になっていれば、こんなに驚かない!!

 あたしが選んだのは『この世界における上ランクの知性体』であって、ハッキリと人間を選んだ訳ではないのに!!

 ど、どうしたものだろう。

 今パっと見た感じではあんまり危険な動物はいなかったけれど。もしもほら、虎とかライオンとか、そういう明らかな猛獣にでも遭遇した日には!

 10歳未満のこんな子供なんて、抵抗も逃走も出来ず、ぱっくり食われて次の転生……


「ん? こんなトコで何してんだ、坊主」


 ぽん、っと頭に手が乗せられると共に、声をかけられる。

 知らない人の声。低い、男性の声。

 1秒思考が止まる。それから、恐る恐る、振り向き、声の主を見上げた。

 そこに居たのは、やっぱり二足歩行の動物だった。

 顔と言わず身体と言わず、全身を覆う黒い毛並み。ピンと立った、三角形の耳。

 鼻筋は長く、逆三角形の鼻は黒い。大きな口からちらりと覗く、鋭い牙。

 あたしの第一発見者は。

 オオカミ。だった。


「あー……」


 溜息に近い息が、口から漏れた。

 ただでさえ凶暴であろうオオカミが、人間サイズ。二足歩行。そしてこの至近距離。牙がきらりと鈍く光って見える。


 ざんねん! マリヤのぼうけんは ここでおわってしまった!!


 ―――そんな暢気なナレーションが、脳内で流れた気がした。







終わりません(笑)


流行の異世界転生モノを一度書いて見たくなり、投稿させて頂きました。あまりみない設定にしようとしてみたら、何故か萌え要素とかがスピンアウトしていました。

気楽にまったりと楽しめる、娯楽的なお話を目指している、つもりです。

どうぞ、宜しくお願い致します。


尚、男性への性転換をしてますが、当作品にBL展開などは御座いません。

何せ状況的に、恋愛に発展しようがありませんので。

幸いにも、マリヤさんに動物に対する性愛趣味は、ありませんから。


(2014/7/5 誤字脱字他、一部表現を修正)

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