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凡人メガネの逆襲×逆襲

『凡人めがねの甘い秘密』のその後。

 高梨は、すこぶる機嫌が悪かった。


 他人から見れば、いつもと変わらぬ眉間にタテジワを刻んだ仏頂面だが、数少ない彼の性格を知る人間からすれば、これ以上ないほどに、怒りのオーラをにじみ出していると判る。

 それもこれも、すべては大学内一秀才で男前な青年・高階のせいだった。


 モデル顔負けのスラリとした長身に、爽やかな微笑を浮かべる、滅多に開かれない口元。細いフレーム眼鏡の奥にある涼しげな瞳は、何処か別世界を見つめているような不思議さがあり、高階の周りには常に女性が溢れていた。


 対する高梨は、イマドキの若者にしては少し低い背の、純日本人体型。何が気に入らないのか、不機嫌そうに結ばれたへの字口は、開けば人を寄せつけない毒気を持っており、黒ブチメガネに隠された小さめの瞳は、どうでもよさ気に世界を見つめていた。


 似ているのは名前だけの、そんな正反対の二人だが、どういう訳か構内の有名人からのモーレツなアプローチの結果、友人と呼ぶには何とも奇妙な関係になってから、気づけば半年が過ぎていた。

 正確に言えば、一人で食事をしている高梨の元へ高階が現れ、迷惑そうな空気も読まず同じ席につき、これまた一人で読書をしている高梨の隣へ、いつの間にか現れて座る。などと、非常に一方通行なコミュニケーションであったが、高階はそれでも十分だと言わんばかりに、幸せそうな笑顔を振り撒いていた。

 高梨からすれば、見目の良い変人以外の何者でもない彼の、意味不明な言動に振り回されるのは迷惑極まりなく、マジメに相手にするのも面倒なので、テキトーに受け流しつつ、ある程度の行為は放っておいた。

『君の邪魔はしないから』という公言通り、はっきり『NO』と断れば、つきまとってくることもなかったので、少しその環境に慣れすぎたのかもしれない。



「高梨」

「黙れ」

「高梨」

「黙れ」

「高な「黙れ」


 凡人の背中を追いかける王子様の姿は、もはや構内ではありふれた日常の一コマであった。

 しかし、ここ一ヶ月近く、厭きもせず毎日繰り返されるそれは、さすがにおかしいと、周りも思い始めていた。

 必死に追い縋る青年を、高梨は振り向くことなく一蹴する。その言葉には有無を言わせぬ冷たさがあり、力強く踏み下ろされる足からも、寒さに丸められた背中からも、激しい拒絶が窺えた。

 しょんぼりとする姿も絵になる男前の青年は、その内追うのを諦めるだろうと思われたが、めずらしくも今日は長い脚を活かして回りこみ、世界で唯一の人である、黒ブチメガネの行く手を阻んだ。

「高梨、どうして」

「どけよ」

 目の前に立ちはだかる壁を避けようと、高梨がヨコへずれると、壁も同じ方へずれた。更に一歩ずれても、やはり同じようについてくる。

「どけ」

 ムスリと、への字口が短く吐く。

「高梨、どうしてこっちを見てくれないの」

「どけって」

「嫌だ。理由を教えて。僕は君の世界にいたい」

「・・・ウゼェッ」

 イラ立ちを舌打ちに乗せ、高梨は右手の拳を握った。



 高梨は、どうしても彼が許せなかった。

 こちらの都合を考えない、強引でマイペースないつもの言動には、それなりに腹を立てていたが、憎らしいまでも思わなかった。

 彼の取り巻きやファンの女の子からの嫌がらせも、平然と無視できるほど、どうでもいいことだった。

 だが、高梨にもゆずれないものがある。

 毎日とても、楽しみにしていたのだ。

 寒さに耐えながら、それの元へ行くのを苦痛とは思わなかった。

 誰に何を言われた訳ではないが、一日一本と決めていた。


 高梨が『愛してる』と言っても過言ではないほど好きな、激甘ドリンク『ホットなチョコクリ~ミ~』。

 それを、この変人眼鏡が奪っていったのだ。

 意味もなく渡された、両手に余るほどの花束と交換に。


 先月のことである。

 いつもの如く後をついてきた高階を無視して、最奥の校舎内一箇所にしか売っていない、略して『チョコクリ』を買いに行った高梨は、振り向いた先にいた青年に、突如両手いっぱいの花束を押しつけられた。

 それだけならまだしも、視界を覆うほどの花に埋もれて、身動きとれない高梨の落としたチョコクリを、高階は『交換』などと言い、勝手に持って行ったのだ。

 憤慨した高梨だが、それを追うことも、花を捨てることもできずに、ただその場で恨みの言葉を吐くしかなかった。

 その後、偶然通りかかった高校時代の後輩に、「捨てとけ」と花束を半分渡し、もう半分を抱えたまま、長身の姿を探して構内を駆けたが見つけられず、そのせいで授業にまで遅れるという、踏んだり蹴ったりな結果に終わった。

 半分になってもボリュームのある花束を持ち、教室に入ってきた高梨の顔は、誰が見ても判るほど荒んでおり、席についてからも「クソヤロゥ」「クソヤロゥ」と、ブツブツ呟く姿に、いつもとは違う意味で誰も近寄ることができなかったという。


 あれから一ヶ月経った今でも、高梨の怒りが治まることはなく、二人が出会った頃のように、ひたすら冷たい態度をとっていた。

 普段なら無視をする、高階の取り巻きたちの代わり映えしない暴言にも、ギロリと射殺すような視線を送り、震え上がらせることもあった。

 それほど高梨が怒っているというのに、当の原因はその理由が判らず、まるで自分がイジメられているかのように、寂しげな表情で周りの同情をかっている。

 それが意図的なものではないと、高梨は理解しているものだから、余計に腹が立って仕方がない。


 学内トップを誇る秀才の頭を、遠慮なくガツンと殴った高梨に、遠巻きに様子を窺っていた女性たちが、非難の声を上げた。

「オマエの頭はどうなってんだ!」

 一瞬目を丸くした高階の、頭一つ分ほど高い位置にあるこめかみを、更に両の拳で挟み込み、高梨は力の限りひねり回した。

「オレがどれだけ、チョコクリを大事にしてたか判りもしねぇで、何が『君の世界にいたい』だ! ふざけんな!」

「い、いたたたた」

「痛くねぇだろ鈍感が!」

「痛いよ、高梨」

「オマエに痛覚があるなんて認めねぇ! 何でこうなってんのか、ちょっとは考えろカラッポ頭!」

 モーレツな勢いで、グリグリと拳をねじ回す高梨の攻撃に、さすがに男前の顔も苦痛に歪む。

「ちゃんと詫びるまで、ゼッテェー許さねぇからな!!」

 最後に一際強くこめかみを押し、茶色いふわふわ頭を突き放した高梨は、黒ブチメガネを指で押し上げ、鼻息荒くドスドスと足を踏み鳴らしながら、その場を後にした。


「高階くん、大丈夫!?」

「なんなのアイツ! サイテー!」

 ここぞとばかりに寄って来る、女性達のことなど眼中にない高階は、初めて味わう痛みに、しばらくクラクラしていたが、たった今言われた言葉をゆっくりと反芻し、「ああ、そうか」と、もう見えなくなった背中に、薄い笑みを浮かべた。




 そんな騒動があった、週末明けの月曜日。

 おなじみの仏頂面で登校した高梨は、何気なく通り過ぎた自動販売機に違和感を覚え、首だけ捻って見直してみた。

「・・・どういうことだよ」

 そこには、冬でもある冷たいジュース、温かいコーヒーやペットボトルの紅茶などに混ざり、高梨の大好きな缶の姿がポツリと並んでいた。

 また別の自動販売機の前を通ってみると、先日まではなかったはずの、『ホットなチョコクリ~ミ~』が置かれている。

 もしやと思い、見える範囲の販売機を見て回れば、何処も彼処もファンシーなロゴの商品名が、当たり前のように鎮座していた。

 ありえない事態に唖然とする高梨の元へ、長身の青年がいつの間にか現れ、ニコリと微笑んだ。

「高梨、ごめんね。でも、もう大丈夫」

「何が・・・」

「たくさん置いてもらったから、いつでも好きな時に買えるよ」

「・・・オマエ、何したんだよ」

 高梨は開いた口が塞がらない状態で、ニコニコと微笑む整った顔立ちを見つめ、彼の持つ影響力の本質に、少し(おのの)いた。

「高梨。全部君にあげる。だから、許してくれる?」

 優しげな眼差しで差し出された温かいチョコクリを、無意識に受け取ってしまった高梨は、思考回路が停止したまま、「ああ・・・」と思わず呟いていた。



 突如として現れ、構内にその存在を知らしめた謎の飲み物は、珍しがった学生たちが挑んでは、吐き気を起こすほど激甘な味に撃沈し、罰ゲームか嫌がらせ以外に買われる機会などほとんどなく、宣言通り高梨だけが独占することとなった。


「何をどう考えたら、こうなるんだか・・・」

 未だに理解できない、変人眼鏡の頭の中に疑問を抱きつつ、近くの販売機で一日一本、愛するチョコクリを高梨は買う。

 その姿を、遠くから満足げに見つめる、幸せそうな瞳があることは、もちろん気づいてはいなかった。



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