凡人メガネと変人眼鏡のビミョーな関係 (高梨視点)
ああ、まただ。また女の群れが来る。
あれの中心には、間違いなくアイツがいるだろう。
ほら、やっぱり。
女の子たちの熱い視線と誘いに、まったく応じることのない、興味なさげな眼鏡と目が合った。周りの群れがまるで空気であるかのように、呼び止める声も無視して、アイツの長い足がこっちへ向かう。
それでも食いつこうとする一部の女子がいたが、オレの姿を見止めて盛大に顔を顰めた。嫌な物を見る目つきでギロリと睨まれる。
「いる?」
「いらねぇ」
感情の読めない言葉と共に、隣に腰掛けたインテリ眼鏡に、オレも読んでいる文庫本から目を離さず、ぶっきらぼうな返事をする。
「なにあれ」
「何様よ」
「チョー ウザイ!」
オレの悪口をコソコソ言いながら去っていく群れの、鋭い視線にはもう慣れた。
さっきオレに差し出したサンドイッチを、ごく自然に食べ始めた、大学内でも有名な、秀才でイケメンなこの男といるようになってから、毎日幾度となく繰り返される光景だからだ。
オレは、自分が男前とは思ってないし、ダサイ方だと自覚している。
輝く八頭身のコイツに対し、見事なまでの純日本人体型。雑誌で紹介されてるような服を、サラリと着こなすセンスもなければ、金もない。成績だって中の下くらいだ。
そんなオレが、こんな天と地ほども真逆の男と、並んで座ってるだなんて、世の女は認めたくないらしい。
オレだって、最初こそ比較されることに腹が立って、なるべく近寄らないようにしていたが、どういう訳かこの有名人は、オレの行く先々に大抵現れた。何かの嫌がらせかとも考えたが、話題の中心にいるようなヤツが、その他大勢に埋没しきっている地味な男に、わざわざそんなことをする理由がない。
それから、友人と呼ぶには微妙な関係になったきっかけは、思い出したくもないので割愛するが、コイツは見た目ほどデキた人間じゃないってことを、オレは知っている。顔良し頭良しスタイル良し、家柄もそこそこ良くて、教授たちのウケも良い。そんな誰もが認める完璧な男は、人間的要素が非常に乏しかった。
「高梨」
サンドイッチを食べ終わった男前が、キレイな声でオレの名を呼ぶ。視線だけで窺うと、細いフレームの眼鏡がこっちをじーっと見ていた。手には個包装された小さめのシュークリームが二つ。「オレの分か」と訊くのも面倒なので、見なかったことにして読書を続ける。
「高梨」
もう一度呼ばれてまた視線を送ると、同時にニュウっと手が伸びてきて、開いている本の間にシュークリームを二つとも転がした。
「なんだよっ」
「美味いらしいぞ」
「だったらオマエが食え」
イラつきながら、意外と重みのあるシュークリームを突き返すと、今度は膝の上に、やはり二つ転がされる。
「オイ!」
「美味いから」
平然とした顔で言ってのけるヤツの態度が面倒くさくなり、オレはため息を軽くついて、置かれたシュークリームのうちの一つを、ヤツの頭の上に乗せてやった。
絶妙なバランスで頭にシュークリームを乗せたまま、数秒動かなかった男前は、オレが仕方なくふわふわの塊にかぶりつくのを見てとり、口の端を微かに上げた。
「美味いか」
「フツウ」
結局毒見かよ、と思った言葉は、バニラビーンズの混ざったカスタードクリームと一緒に飲み込んだ。
投げやりな感想も気に留めず、じっと見つめる眼鏡は、ふいに、オレが放り込もうとした最後の一口を奪い去り、代わりに頭に乗せていたもう一つのシュークリームを、手に押し込んできた。
「オイ・・・っ」
思わず上げた抗議の声は、オレの食べかけだった物が、整った唇の隙間に吸い込まれていくのを見て、途切れる。
「キャーーーーッッ」
遠くで女たちの叫び声が聞こえた気がしたが、何食わぬ顔でスラリとした指についたクリームを舐め取る、そんな姿までもが絵になる男を、オレはマヌケにも、あんぐりと口を開けたまま見てるしかなかった。
「意味わかんねぇし・・・」
何故だか満足そうに微笑む学内一カッコイイ男に、少し寒気を覚えたオレは、ずり落ちた黒ブチのメガネを鼻に乗せ直し、さっさとベンチから立ち上がった。
その時調度、高校時代の後輩が通りかかったので、手に押し込まれたままだった、小さいが重みのある物体を押しつけた。
「これやる」
一瞬キョトンとした後輩に構うことなく、オレは振り返らずに、そのまま足早に立ち去った。
結局何がしたかったのか、深く考えるのも面倒なので、もうどうでもいいことにする。