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凡人メガネと一年目の出会い

 暑かった夏の気配は、台風と共に過ぎたかのように、涼しさを感じる朝。急激に変わった気温の変化に、体調を崩す学生が多い中、普段と変わらぬ仏頂面で、大学の門をくぐろうとした青年は、少し離れた道の端に停められた車に気がついた。

 今日の天気と似た、鮮やかなスカイブルーの車体。明らかに市販されていないカラーのそれを見たのは、これが初めてではなかった。

 常に寄せられた眉間のシワを訝しげに深め、青年が目立つ車をじっと見ていると、後部座席の窓から、思った通りの、金色の頭がひょこりと現れた。

「ヨゥ!」と気さくに振られた手首で、いくつも巻かれたブレスレットが派手に揺れる。

 その視線は自分に向けられているとは判っていたが、青年は注意深く辺りを見回した。もしかしたら、ストーカーのように構ってくる男の姿が、あるかもしれないからだ。

 地味で無愛想な青年は、何故だか急に、大学内一秀才で男前の有名人に構われ始め、そろそろ一年が経とうとしていた。変人としか言いようのない、意味不明な言動を取る男前は、神出鬼没である。いつの間にか側にいて、空気のように馴染んでいた。

 その変人の知り合いである、空色の車の持ち主がいるということは、きっと彼も近くに潜んでいるに違いない。

「なにキョロってんの、高梨ちゃん!」

 その間に、車から降りてきた金髪の男が、青年の肩を大きな掌でバシリと叩いた。

 遠慮のない勢いに、一瞬前のめりになった青年・高梨は、ずれた黒ブチメガネを指で押し上げ、八重歯をニカリと光らせる男を見上げた。

 一体何処で売っているのか、襟口が広く開いた蛍光グリーンのシャツに、暑くはないのだろうか、ぴっちりしたレザーのパンツ。大きなバックルが銀色に光る、厳ついベルトの脇には、何の為にあるのか判らないチェーンが、ジャラジャラとぶら下がっていた。

 高梨が彼と会うのは二度目だが、相変わらずのド派手な風貌に、通り過ぎる学生たちが、チラチラと視線を送ってくる。

「アイツに呼び出されでもしたの」

 色んな意味で眩しいド派手な男は、高梨の素っ気ない言葉も気にせず、つり目をキョロリとさせ、口の端を上げた。

「ナニソレ。オレ、高梨ちゃんに会いに来たんだけど」

「へぇ・・・何の用」

 興味なさげな高梨の態度にも、ド派手な男はやはり気にすることなく、オレンジ色の箱を差し出した。

「コレ、新作。前に言ってたっしょ? 今度食わせるって」

 そう言えば、そんな話をしたような気がする、と高梨は曖昧な記憶をたぐりよせた。

 このド派手な青年・羽佐間(はざま)杜生(もりお)は、食品会社ハザマフーズの社長の息子らしい。高梨お気に入りの、冬季限定激甘ドリンクや、ネズミ色をしたピリ辛アイスなど、一風変わった商品を売り出している。

 そんなお坊ちゃんは、どういう経緯かは知らないが、変人のパシリか何かにされているようで、目の前に停められている空色のセルシオが、暴走族まがいの走りを見せて現れたのは、つい二ヶ月ほど前の話だ。

 もっとも、本人にその自覚はないようなので、高梨が何かを言うつもりはない。


 差し出された、手の平に収まるほど小さな箱には、サツマイモに短い四つ足が生えた、奇妙なイラストが描かれていた。蔓と思われる尻尾は、ブタのようにクルリと巻かれているが、肝心の顔はなく、どことなくシュールである。世間で言う、キモカワというやつだろうか。

「なんだそれ」

「イメキャラの『いもっぷー』だよ。こいつさ、コレ。しっぽみたく見えんじゃん? でも実は前髪なんだよ! 前髪! ありえなくね? っつーか、目とかねーし! 前髪だけって! ウケる!」

 何がそれほど可笑しいのか、長身をのけ反らせながら、イラストを指差し盛大に笑うド派手な男。

 高梨は別に謎の生物になど興味はない。中身は何かと訊いたのだが、敢えて再び口にするのが面倒で、大人しく笑いが収まるのを待っていた。

 コロコロと大げさに表情が変わる様は、よく知る後輩に似ているかもしれない。テンションの高いバカっぽい話し方も、変人のウザさと比べれば、たいしたことでもなかった。

「まぁ、とりあえず食ってみてよ。マジびびるから! 来週発売だし、気に入ったらまた持ってくるぜ」

 切り替わりが早いのか、ピタリと笑いを止めた金髪の男は、仏頂面で腕時計を見ていた高梨の手を取り、『いもぷー』を握らせた。

「んじゃ、そういうことで!」

 渡せたことに満足したのか、ウィンクしながら、ニカリと八重歯を覗かせ、ド派手な男は颯爽と運転手つきの車へと乗りこんで行く。

「高橋ちゃんにもヨロシク!」

 最後に窓から顔を出し、ブレスレットを揺らす。

 高橋とは、高梨の高校時代の後輩のことで、同じ大学内で学部は違えども、度々会うことも多い。調度お坊ちゃんが現れた時も、一緒にその場にいたのだ。

 自分はともかく、後輩の名前をいつの間に知ったのだろう、と一瞬思うが、すぐにどうでもよくなった。

 黄色い頭が引っ込んだと同時に、静かに走り出した車を見送ることなく、高梨は大股で歩き出す。

 時間に余裕をもって家を出たとはいえ、思ったより長く止まってしまった。慌てるほどではないが、ギリギリに教室に入るのは避けたい。

 意外と頑丈にできた、小さな箱をリュックに仕舞い、地味な男は群衆へと混ざって行った。



◇    ◇    ◇



 高梨はいつも、一日の授業が終わってもすぐには帰らない。なるべく人気のない静かな場所で、数冊持ち歩いている本を読む。そこへ毎日、学内一男前な有名人が現れるのだが、今日は何故だか昼休みにも姿を見せなかった。

 しかし、基本的に物事に無関心な高梨は、今では日常の一部と化している男の不在にも、特に気にした様子はない。そういえばウザイのがいないな、くらいの認識であり、誰が隣にいようが、いまいが、黒ブチメガネの奥にある、小さめの瞳が曇ることはないようだ。

 普段と変わらず、一人で静かに読みかけの文庫本を読んでいると、ふと手元を影が覆った。

 視界の端には、質のよさそうな革靴。そのまま視線を上げてたどっていくと、不審な男に出くわした。

 日差し避けの帽子は判る。やや幅の広いサングラスをしているのも、きっと紫外線が眩しいのだろう。

 だが、いくら秋の気配が訪れたからといって、まだ気温は三十度を下回っていない。顔の半分を覆う大きなマスクは、蒸れて暑そうだ。衣替えには早すぎる黒いロングコートも、暑苦しい事この上ない。心なしか鼻息も荒く、ハァハァとした息遣いが、こちらにまで聞こえてきていた。

 そんな男が今、高梨の目の前に立っている。女性ならば、悲鳴を上げるまではいかずとも、早々と立ち去っても、文句は言われないだろう。

 それなのに、高梨は微動だにせず、じっと男を見つめていた。

 不審な男が一歩近づく。それでもまだ、高梨は動こうとしない。

 また一歩男が近づき、頭上から高梨を見下ろした。

「なにやってんだ、オマエ」

 低く出された冷たい一言を聞いた途端、不審な男が崩れる勢いで、高梨の隣に座りこんだ。ベンチの背もたれに、かじりつくように体を預ける。

「た、たかなし・・・」

 マスクの下から聞こえるくぐもった声は、ガラガラに枯れて、か細かった。息をするのも苦しいのか、ゼェゼェと肩を揺らしている。

「なんだそれ。風邪かよ。暑苦しい」

「たかなし・・・・・っ」

 絞り出すように名前を口にする男は、震える手でサングラスを外した。

 現れたのは、どこか頼りなげに潤んだ瞳だった。いつもの涼しげな雰囲気は微塵も感じられず、細いフレーム眼鏡越しに、ただただ、すがるように高梨を見つめている。

「眼鏡の上にサングラスって。何がしたいんだよ」

 弱っている相手にも容赦のない高梨に、怪しげな格好の男は、くしゃりと笑った。帽子とマスクでよくは判らなかったが、なんとなくそう感じた。

「たかなしに・・・あいたくて・・・。でも、めだつの・・・めんどうだったから・・・」

 か細いが、しっかりとした声音で言う不審人物。十分目立っている格好だったが、まさかこんな怪しい姿の男が、学内一の男前・高階だとは、誰も気づきもしなかっただろう。

「バカじゃねぇの。大人しく家で寝てろよ」

「・・・・・たかなしに、あいたかったから・・・」

 高階は、高梨に会いたかった。しかし、自身の取り巻きの女性達に囲まれながら、余所行きの笑顔を貼りつけられる程の元気はなかった。だから変装をして来たのだ。

 案の定、不審な目は向けられたが、誰一人、高階だと気づく者はおらず、フラつく体でも邪魔されずにここまで来られた。

 なのに、高梨は気づいてくれた。

 一目見ただけで、高梨は気づいてくれたのだ。

 奇しくも、一年前に初めて出会った、この場所で。

 あの日から今日まで、いつもと変わらぬ眉間のシワと、冷めた瞳に、低い声。高階がどんな姿であろうとも、動かぬそれらが、とても心地良かった。

「たかなしに、あえてよかった・・・」

 熱があるのだろう、赤く染まった目元を、嬉しげに細める男前に、常に吊り上っている高梨の眉毛が、ふいに歪んだ。眉間のシワはそのままに、眉尻を下げる表情は、困っているようにも見える。

「バカじゃねぇの」

 もう一度同じ言葉を呟かれた声には、どことなく優しさが、にじんでいるように思えた。

 読んでいた本を閉じ、カバンに仕舞おうとした高梨は、コツリとした四角い感触に当たる。本と入れ違いで取り出したそれは、存在をすっかり忘れていた、オレンジ色の箱だった。

 せっかくだからと、上部から取り出すタイプのフタを徐に開ける。中を覗くと、パッケージのイラストそのままの、サツマイモに四つ足を生やした、『いもっぷー』が入っていた。

 なんとなく予想はしていたが、饅頭系だったのかと、めずらしく思い、掌に乗せてみる。

 ふと視線を感じ、隣を見やれば、マスクを顎までずらしても尚、息使いの荒い男が『いもっぷー』を、不思議そうに見つめていた。

 高梨は、紫色のそれを摘まみ、躊躇いもなくバックリと割った。愛でる間もなく、無残にも真っ二つにされた胴体の中は、美味しそうな黄色い餡が詰まっていた。

「食うか」

 尻尾にしか見えない、クルリと巻かれた前髪のついた方を、隣の不審人物に渡す。

 きょとんとした顔で素直に受け取った男は、高梨と『いもっぷー』を交互に見やり、自分の分を、パクリと口に放り込んだ高梨に視線を止め、幸せそうに頬を綻ばせた。

「イモじゃねぇ」

 咀嚼した瞬間、口内に広がったのは、サツマイモではなく、栗の味だった。

 どうやら、見た目と名前から、サツマイモだと思い込ませ、実は中身は栗という、騙しの入った商品らしい。しかも、外側にはちゃんとイモが練りこまれているのか、香りを嗅いでも栗とは判らない程の、手の凝りようだ。

 黄色い餡は、イモと栗の甘みがよく効いて美味しい。小さい歯ごたえはリンゴの果肉だろう。サツマイモと栗とリンゴ。意外と合うな、と高梨が感心していると、震えながら伸びてきた腕に、手を取られた。熱い。

「たかなし・・・」

 小さなかすれ声を発した顔が、徐々に近づいてくる。頭突きでもされるのかと思ったが、途中で軌道を逸らした頭は、コテリと高梨の肩に着地した。こちらも熱い。そして暑い。

「たかなしぃ・・・」

 甘えるようにグリグリと、額を肩に擦りつけられる。さすがの高梨も、病人を振り払うことは躊躇われるのか、されるがままじっとしていた。

「・・・オマエ、帰って寝ろよ」

「うん・・・。すこし、やすんだら・・・」

 暑苦しい大きな子供に懐かれてしまった高梨は、めずらしくもまた眉尻を下げ、深いため息をついた。




 五分後、早くもガマンできなくなった高梨は、オレンジ色の箱に、密かに添えられていた紙の、携帯番号へと電話をかけた。まさか自分まで、今朝別れたばかりの青年を、パシらせることになるとは、まったくもって面倒のかかる変人だ。

 どういう経路で来るのか、二分とかからずに現れた空色のセルシオに、人間暖房機を預ける。触れていた部分は、二人分の汗でシャツの色を濃く染めていた。

「高梨ちゃん、アレどうだった?」

 後部座席を、ぐったりしている病人に明け渡し、助手席に乗り込む前に、ド派手な男がニヤニヤしながら、高梨に尋ねた。アレとは、例の四つ足のことだろう。

「ウマかった」

 高梨が簡素な感想を述べると、嬉しそうに八重歯が光った。

「ウマイもんしか作らねぇし?」

 自信に満ちた笑顔に、だったら訊くな、と思ったが、もちろん面倒なので口にはしなかった。

 送ろうかと言われたが、短い言葉で断った。

 今度は、車が走り去るのを見届け、高梨は一つため息をつく。

 高熱で朦朧としているはずなのに、男前の手の中に、しっかりと摘ままれたままだった、クルリと巻かれた前髪の姿を思い出す。

 潰れる前に食えばいいけど、などと、どうでもいいことを考えながら、駅へと向かった。



 一週間後発売された『いもっぷー』は、見た目も中身も裏切る味。という、よく判らない評価を得て、やはりマニア受けする商品として、その名と姿を、世に知らしめていった。



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