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凡人メガネと夏休み大作戦

    VS後輩


「高梨先輩、夏休みなにか予定ありますか?」

 大学内にある大きな図書館で、涼みながら読み物を物色していた高梨は、本棚の隙間から現れた後輩を見上げた。

 高梨の知る中では、一番長身の彼は、高校時代は高跳びの選手だった為、細くてしなやかだ。しかし、分厚い丸めがねと無邪気に笑う表情が、どこか犬のような可愛らしさを印象づけている。

「坂巻とおるの『唐草探偵シリーズ』の、ミステリーナイトがあるんです。一緒に行きませんか?」

 後輩が嬉しそうに差し出したチラシには、『君も唐草探偵と一緒に、謎を解き明かそう!』の踊り文句と共に、ミステリー小説の主人公、唐草(からくさ)一平(いっぺい)のシルエットが描かれていた。

「会場内で事件が起こったっていう設定で、散りばめられた色んなヒントを元に、制限時間内に犯人を当てるっていう、イベントなんですよ。面白そうでしょ?」

 大きな瞳をキラキラと輝かせる後輩に、高梨はいつもの仏頂面を更に顰めて短く答えた。

「その日は先約がある」

「えーーー! そんなぁ~っ」

 途端にガクリと肩を落とした後輩を慰めるように、「悪いな」と口にする高梨。傍から見れば、本棚へと視線を戻しながら発した、素っ気ない言葉だったのだが、高梨を手放しで尊敬する後輩には、深い優しさが込められたように聞こえていた。

「そんなに行きたいほど、ミステリ好きだったか、高橋」

 高梨は、手に取った本をパラパラと捲り、すぐに棚へと返しながら、後輩の様子を横目でうかがった。

 この、にょきりとタテに成長した青年は、頭で考えるよりも先に、体が動くタイプで、思っていることは、顔にも口にも出てしまう。そんな彼が、複雑なトリックや伏線がはられたミステリー小説を、あまり得意としていない事を知っている高梨は、何故急にそんなイベントに興味を持ったのか、少し不思議に思った。

「だって、夏ですよ? ミステリーの夏ですよ? わくわくするじゃないですか!」

 ガバリと顔を上げた後輩が、両の拳を握って高梨に詰め寄る。

 それは、怪談か何かと間違っていないか、と思ったが面倒なので口にはしなかった。

 ついでに、参加申し込みの締め切りが、十日ほど過ぎている事にも気づいていたが、もちろん面倒なので以下略。

「・・・行けないなら、しょうがないですよね。残念です・・・」

 はぁ~と、魂まで吐き出しそうな、深いため息をつきながら、後輩は背中を丸めて、図書館を後にした。



◇    ◇    ◇


   VS変人


「高梨、夏休み暇?」

「忙しい」

 大学内にある大きな図書館で、涼みながら読み物を物色していた高梨は、音もなく背後に現れた変人に、振り返りもせず即答した。

 毎日飽きもせず、高梨に纏わりついてくる、学内一秀才で男前の青年は、頭一つ分高い位置から、短い黒髪を見下ろしている。細いフレーム眼鏡から覗く涼しげな目元は、嬉しそうに緩んでいた。

「高梨、夏休み」

「忙しい」

 人の話を聞いていない男前が、同じ言葉を繰り返すのはいつもの事で、高梨もそれくらいでは、まだイラ立つ気配を見せない。手に取った本をパラパラと捲り、すぐに棚へと返し、また別の本を引き出す。

 それも、望んだ内容ではなかったのか、元の場所へと戻すと、少し高い位置にある背表紙を目で追い、おもむろに腕を伸ばした。

 予想通り、背伸びをしても、高梨の身長では届く範囲ではなかったようで、足台を探そうかと視線を巡らした時。

 横から伸びてきた、スラリとした長い腕が視界を遮り、次に目の前に現れたのは、分厚い本だった。

「これ?」

 フワリとした優しい微笑みを、薄い口元に浮かべながら、男前がレンガ色の表紙を差し出す。

 あまりにも自然な動きだったので、高梨は一瞬ポカンと口を開けていたが、すぐに見慣れたへの字口へと戻り、「アリガトウ」と低い声で呟き、素直に本を受け取った。

 その瞬間、男前が、とろけるように幸せな笑顔を見せたのを、手元の文字に意識をやっていた高梨が、気づく事はなかった。

「高梨、夏休み」

「だから、忙しいっつってんだろ」

 まだ諦めてなかったのかと、常に刻まれている眉間のシワを、更に深くした高梨は、不機嫌を声音ににじませる。

 それでもきっと、しつこく食い下がるであろう変人との、不毛なやりとりを想像すると、面倒くさすぎてうんざりした。


「花火、見に行こう」

「行かない」

 隣をチラとも見ずに、高梨は答える。

 毎年八月にある、花火大会に誘われているのかとは思ったが、面倒な事が嫌いな高梨が、わざわざ自分から、人ゴミに紛れに行く筈がない。

「じゃあ、家に行ってもいい?」

「はぁ?」

 何が『じゃあ』なのか、まったく脈絡のないセリフに、高梨が思いきり顔を顰めて、男前を見上げると、何を考えているのか判らない、トロンとした笑顔にぶつかった。


 今までこの、男前の皮をかぶった変人とは、大学内でしか出会う事がなかった。いつの間にか隣に現れては、ニコニコとただ高梨を見つめ、時には意味不明の言動でイラつかせる。

 偶然知られた高梨の携帯電話の番号に、ウザイくらいかけてきたり、高梨の好みの食べ物を熟知していたりと、まるでストーカーかと言いたくなる出来事は、山ほどあった。

 しかし、駅や自宅の近くで遭遇した事は一度もなく、おかしな手紙が届いた例もない。

 それなのに、何故急に『家に行きたい』などと言うのか。

 そもそも、家に招くほど、仲の良い存在だとは、高梨は思っていない。友人でもなければ、通う学部も違う、ただ同じ大学にいるというだけの、面倒な変人にすぎない。

 そんな男に、学校の外でまでつき合わされるなんて、とんでもない話だ。

 いや、それ以前に、『忙しい』と断っているにも関わらず、『高梨が行かない』=『高階が家に行く』という図式からして、理解不能である。

 変人レベルが、上がってきているのだろうか。


「勝手にウチに来たら、脳ミソえぐり出して標本にしてやるからな」

 微笑んだままの男前を、高梨は胡乱気に見つめ、冷房の効いた室内よりも、ひやりと冷えた言葉を吐いた。

「夏休みも、高梨に会いたい」

 高梨が醸し出す剣呑な空気にもめげず、男前は拗ねたように唇を尖らせる。

 これが、可愛い彼女ならば、抱きしめたくなるセリフや仕草も、自分よりも背の高い、立派な男にされても、ちっとも可愛くないし嬉しくない。

 高梨は、その整った顔が変形するくらい、殴り倒したい衝動に駆られたが、手にした本をミシリとしならせるだけに止まった。

「オマエ、マジでやめろ」

 黒ブチメガネの青年は、小さめの瞳を細め、心の底から拒絶した。

 それでも尚、きょとんと小首をかしげる変人にイラ立ちを覚え、引き倒した本棚の下敷きにしてやろうかと、本気で考える。しかし、本が傷む上、周りに迷惑だなと思い直して、棚にかけた右手をそっと下した。

 まだもう少し図書館内をうろつきたかったが、何だか面倒な気分になり、やる気もすっかり失せてしまった。

 高梨は、軽いため息をつき、レンガ色の表紙を、貸出しカウンターへと持っていくことにした。もちろん、後からついて来そうなストーカーに、ビシリとクギを刺すことは忘れない。

「あと一回でも『夏休み』と口にしてみろ。今後一切会えないと思え」

 形の良い眉を八の字に曲げ、しょんぼりと肩を落とす男前には目もくれず、高梨は暑い日差しの中へと出て行った。



◇    ◇    ◇


   VS・・・?


「夏休み、行けそう?」

 ソファでくつろぎながら、借りてきた本に熱中していた高梨は、のんびりとした声に顔を上げた。

「ああ。ちゃんと予定は空けてあるし、申し込みも済んでる」

「そう。良かった~。坂巻くんのミステリーナイト、行ってみたかったんだ。つきあってくれて、ありがとね」

 穏やかな口調で優しく微笑む男性に、高梨は「ああ」と短く答え、また手元へと視線を戻した。

「お礼に、花火が見えるレストランで、美味しいご飯ご馳走するね」

「・・・ああ」

 花火、と聞いて昼間の変人を思い出し、思わず眉間に力のこもった高梨だったが、すぐに忘れて再びレンガ色の表紙に、意識を向けていった。



 高梨の夏休みに、後輩も変人も、入り込む余地はない。



作中の作家・坂巻とおるが主人公の番外編は、サイトにあります。

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