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生きとし生けるものの理想形と言われた人格者王太子からの嫌がらせ

剣など握ったことも無いはずだが

作者: 三矢森
掲載日:2026/06/12

 風の強い日が幾日か続いたあと、門出に相応しく、暖かく穏やかな日が巡ってきた。

 今日、長閑な集落の教会で、結婚式が行われている。


 教会から出てきた新郎と新婦。

 そして参列者たち。

 その輪から少し離れたところで、新郎と新婦の後ろ姿を見つめる、際立って体躯の良い男性が二人。


「ソ、ソード、ソード、ソードォ……」

「ティーガー……顔見ながらだと名前呼べなくなるやつ、治らなかったな。あれだけ俺で練習したのにな」

「だって……面と向かうと、どうしても……ソードの名前だけは、ちゃんと呼びたいのに……男らしい声が出せない……ふぅっぐ」

「なんでそうしたいのかが、未だに分からんが、とにかく、涙は(こら)えろ。祝い事なんだからな。泣くなら、家で待っててもらうぞ」

「シャールなんかに、乙女心が分かるはずないんだから……いいじゃない……ぐふっ」


 ゼントラン王国の東側には、交通の便こそよろしくないが、土壌が豊かで作物の生育も良い、離れ里のような地域がある。

 またこの地域は、東の王国との境に位置し、その国境となっている大きな森には獰猛な狼たちが複数の群れをなしている。

 狼は賢く、森からは出て来ない。

 人も森には入らない。

 お互いが縄張りを守って共存している。

 森は、人間の行き来を完全に阻んでいるのだ。

 そのため、このところ関係が悪化している東の王国とのいざこざも、この近辺では縁が遠い。

 お陰で人々の気性も穏やかだ。


 この辺りの結婚式では、式のあとに、新郎と新婦が徒歩で代官の邸まで行って、結婚の報告をすることになっている。

 教会から代官邸までは、少し歩く。


 動きやすいように片手でドレスの裾を持ち上げて、もう片方の手に白い綱を持った新婦はトコトコと歩いている。

 そしてその隣には、横向きに牛の背に乗った新郎が並んでいるのだ。

 新婦の持っている綱は、牛を導くためのものだ。

 今日の良き日のために、牛も、一応は色とりどりの花でおめかしされているのが、なんとも微笑ましい。


 なんでも、新郎は先日まで高熱で寝込んでいて、本人曰く歩けるらしいが、大事を取ったそうだ。

 ともかく、新婦の輝くような笑顔が、そんなアクシデントも含めた全てを、幸福に満ちた空気で包み込んでいる。

 幼馴染同士の二人のための祝福の声も、二人と共に進んで行く。


「ほら、ティーガー、このハンカチで拭いて」


 ハンカチを渡された厳つい顔の男性、ティーガーは、それで涙を拭いながら、小声で話をした。


「ソー、じゃなくて、シャール……ありがと。優しいね。私、シャールを好きになれば良かったのに……」

「ティーガー、それって慰め? そーゆーのいいよ。選ばれるのはソードなんだ。そう言う決まりなんだよ」


 シャールと呼ばれた方は、言いながらも、どこか寂し気な笑みを浮かべた。

 そのシャール、新郎とまったく同じ顔をしている。

 正確には、鍛えているシャールと鍛えていない新郎ソードとで、顔の輪郭が異なってはいる。

 武芸者のような首の太さは新郎には無いのだ。

 二人が同じなのは輪郭の内側だ。

 そして二人は双子だ。

 今日は、シャールの双子の兄、ソードの結婚式なのだ。



 シャールとソードは、二人で同じ女性を好きになった。

 ソードの方が、先に恋心を自覚している。

 シャールの方は、自分たちの両親が流行り病でこの世を去るまで、その女性のことを自分の妹だと思っていたからだ。

 時々動悸がするような気持ちが湧くことも、シャールは気の迷いだと思っていた。

 対してソードは、両親が狼の森で拾ってきた赤ん坊が、家に来たその日を、幼いながらも覚えていたのだ。


 双子の両親は、狼の森に入ることのできた数少ない人間だった。

 彼らは、狼の嫌う薬を煎じて衣服に染み込ませ、これまた、狼を一時的に追い払うことができる刺激臭のある粉を携帯し、季節や天候などの条件も考慮して最善の日を選び、それでも、森のそれほど奥までは入らなかった。

 森には、そこでしか取れない薬草があり、薬草を採取したり栽培することで生計を立てていた両親は、代々、森に入る方法を受け継いでいた家の者だった。

 そしてある日、森の中で、おくるみをぐるぐるに巻かれた赤子を拾うことになる。


 ソードからだいぶ遅れてシャールも、愛しいと言う感情を認めざる得なくなった。

 それでも、スタートからして全く違う。

 ソードは、優しく、そして静かにだが、いつも恋情を滲ませていた。

 ところがシャールの方は、家族の枠を超えることが、なかなかできないままだった。

 シャールはソードに、勝ち目など感じたことは一度も無い。


「シャールがさ、体の弱いソードに同情して負けてやったんだって皆んな言うけど、シャールはちゃんと勝つつもりだったのに、ね」


 日に焼けた顔のティーガーが、今度は目頭を手で押さえながら言ったのは、本当のことだ。


「ソードのやつ、あんなに人格者の面構えをしているくせに、やることが卑怯なんだよ。でもあそこまで卑怯だと、逆に怒れないんだよなー」


 シャールも思い出して呟いたとき、花嫁の髪に花婿からの何度目かの口付けが贈られた。



 結局シャールはソードに負けた。

 シャールとソードは、求婚の権利を賭けて戦ったのだ。


 シャールは、十代初めの頃から、勇者と呼ばれるような強い剣士相手にも、試合で勝利するほどの剣の使い手だ。

 噂を聞きつけた、やはり若き剣術使いと名高いティーガーが、遠く王都から、わざわざ決闘を申し込みに来るほどの腕前だ。


 対して、ソードは病気がちでもあり、武芸は得意ではない。

 そもそも勝負ごとを好まない。

 剣など握ったことも無い。それがソードと言う人だ。


 それでも、ソードはシャールに剣での試合を申し込んだ。

 シャールは最初面食らった。

 だが結局シャールは、ソードが望むだけの条件を全部受け入れる前提で、戦うことにした。

 決着を付けねばならないと、シャールも分かっていたからだ。

 シャール自身の気持ちにもだ。


 そして、剣でなら、シャールはソードに負けない。

 ソードも分かっているはず。

 なのに、ソードが剣での試合を持ち出したのは、ソードの中に、将来への不安が有るから……なのだろう、とシャールは感じた。


 ソードはずっと病気を抱えて生きてきた。

 いつまで命が続くか分からないなんて、そもそも誰かに告白をする資格にも値しない。

 だから、ソードも想いを断ち切るために、シャールに無謀な闘いを挑んだのではないのか。

 ソードの考えを、シャールは(おもんばか)った。

 双子だから。同じ女性を好きになったから。


 ところで、シャールは、目が良い。

 「見た目」も良いが、「目」はとんでもなく良い。

 それは視力が良いだけでは無く、ものが動くさまを的確に見ることができる能力を持つと言うことだ。

 だから、対戦相手の次の一手が、シャールには読めるのだ。


 ソードはシャールに、試合で目隠しをする条件を付けた。

 シャールもそれは予想していたことで折り込み済みだ。

 それに見えなくても、ソードの動きぐらいなら、気配で察することができるのがシャールだ。


 ソードは次に、シャールに耳栓を付けることも要求した。

 これもシャールは応じた。

 聞こえにくくても察することには問題がない。

 相手が動く空気の揺らぎを全身で感じることができるからだ。


 その上でソードは、友人であるティーガーにも協力を求めた。

 ティーガーは、度々、鍛錬のためだと言って、シャールたちを訪れていたのだ。

 ティーガーが少し年上だが、三人は身分差も越えて、すっかり打ち解けた仲間になっていた。

 ソードの頼みは断らないティーガーは、依頼通り、シャールと二人で大量の酒を試合の直前まで飲んだ。

 そこまでしても、ソードが勝てる見込みは薄かった。

 剣術において、それぐらいの力量差が二人には有ったのだ。

 しかし、ソードが用意した策は、更にまだ有った。


 試合の直前、ソードは、酒の抜けないシャールに、皮手袋を着用して戦うように言った。

 シャールは従う。条件はいくつでもいいと約束したからだ。

 ソードはソードの手袋をシャールに付けるよう言って、何故か、手袋を壺に入れて、シャールに手渡してきた。


 さあ、試合が始まる。

 やはり酒が残ってフラつくティーガーが、ソードとシャールの間に立って、開始の合図を出した。

 合図のあとにすぐ、シャールは目隠しの布を巻き耳栓もした。

 シャールは、目が見えない上に、くぐもった音しか聞こえない状況で、しかし、残された感覚に集中してソードの位置を捉えながら、急いで壺の蓋を取って、入っているという手袋を出して付け始めた。


 その瞬間。


「むぅっ!!!」


 恐ろしい悪臭がシャールの鼻に襲い掛かる。

 ソードは壺の中に、ありとあらゆる、においのきつい物を集めて入れていたのだ。

 シャールの体温で温められたことにより、臭さが増す。


 ソードは、シャールの動きを封じるためと言うより、この悪臭による効果をより大きくするために、シャールの視覚と聴覚を塞いでいたのだ。


 研ぎ澄まされた鼻への容赦無い攻撃に、シャールは剣など持ってはいられない。

 酔いのせいもあったが、気持ち悪く滑る手袋は、何かヌメヌメしたものも塗ってあって外すのが難しい。

 シャールは、呻きながら地面に転がるしかなかった。


 ソードは、自らは布で鼻を覆って口呼吸をしながら、シャールの体をコロコロと転がして、予め地面に引いてあった線の外に、シャールを追いやった。

 線から外に出れば、敗退だ。



「ソードは悪くないでしょ。卑怯と言うより、それだけ必死だったってことでしょ」

「うん。そうだな。

 俺がソードを侮っていたことも、病気のことで遠慮する気持ちが有ったことも、全部、ソードは計算に入れて、俺に試合を挑んできたんだ。ソードは最初から勝つことしか考えてなかった。

 でも…………そもそも、勝つのはソードって、最初から決まってたと思う。俺はずっと、あいつの『兄』でしかないから……」

「それは……よく……分からない……かもよ……」

「いや、そうだって!」


 シャールは吹っ切れたように笑った。


(シャールには絶対言わないでって言われたけど……シャールが自分を『妹』だとしか見てないのが辛いって、泣いて……たけど……)


 ティーガーは複雑だ。

 このことはシャールに伝えていない。


 自分の好きな人と、その人が好きな人との幸せ。

 そこに入れずに漂う自分の幸せ。

 でも、好きな人の幸せを見守る幸せ。

 そもそも、何もかもが、割り切れるものばかりではない。

 シャールもソードもティーガーも、様々な想いを、それぞれが重ね合わせている。

 影のようにいつも纏わりついてくる、ソードの体調のことを思えば……厳しい未来にも、覚悟が必要だ。



 教会からどんどん離れて、新郎新婦はゆっくり進んでいる。


 シャールは目が良いのだ。

 新婦が、弾けるような笑顔で頬を染めて新郎の耳に口付けたのが、シャールには、はっきりと見えた。


                              「了」

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