第8話~判断の重さ~
ダンジョンの空気は、地上とは違う。
湿り気を帯び、
音が吸われ、
足音だけがやけに大きく響く。
「まずは、足元を見る癖をつけろ」
俺は歩きながら言った。
「低階層でも、罠はある」
新人三人は、緊張した面持ちで頷く。
最初に遭遇したのは、ゴブリンだった。
一体。
小柄で、武器は粗末な短剣。
新人の一人が、安堵したように息を吐く。
「一体だけなら――」
「待て」
俺は手を上げた。
ゴブリンの動きが、不自然だった。
距離を詰めない。
こちらを見ながら、壁際を動いている。
「毒だ」
そう告げると、
新人たちは目を見開いた。
「ゴブリンは、低階層では毒を使わないことも多い」
「だが、使う個体もいる。短剣の色を見ろ」
刃先が、わずかに濁っている。
俺は前に出た。
ノーマル《斬撃》。
刃が空を裂き、
ゴブリンは距離を保つことすらできずに倒れた。
「今のが、判断だ」
そう言うと、
三人は無言で頷いた。
進むにつれ、罠が増える。
床の継ぎ目。
不自然な天井の影。
風の流れ。
「ここは踏むな」
「ここは問題ない」
一つ一つ説明しながら進む。
新人たちは、ただ守られるだけではない。
自分で考えるよう、問いを投げる。
「なぜ、ここが危険だと思う?」
答えが出るまで、待つ。
焦らせない。
順調――
そう思った矢先だった。
地鳴りのような振動。
奥から、重い足音が近づいてくる。
ゴブリンとは、明らかに違う。
「下がれ」
俺は即座に言った。
現れたのは、
体躯の大きなゴブリン。
粗雑だが巨大な武器。
鈍いが、圧倒的な存在感。
――ゴブリンキング。
低階層に出るには、
明らかに異常な個体。
新人の一人が、震える声で言った。
「た、戦えますよね……?」
俺は、即答しなかった。
頭の中で、条件を並べる。
地形。
味方の力量。
撤退経路。
消耗。
勝てるかどうか、ではない。
守り切れるかどうかだ。
「撤退する」
そう告げた瞬間、
新人の一人が息を呑んだ。
「でも……!」
「これは、倒す相手じゃない」
俺は、はっきりと言った。
「勝てるかもしれない。だが、死人が出る可能性が高い」
ゴブリンキングが、こちらに気づく。
咆哮。
俺は前に出る。
「時間を稼ぐ。指示通りに動け」
ノーマル《斬撃》で牽制。
魔法で視界を遮り、
罠を逆利用して動きを制限。
新人たちが、指示通り後退するのを確認する。
――全員、無事だ。
俺も、距離を取る。
最後に振り返ると、
ゴブリンキングは追ってこなかった。
ダンジョンを出た後。
新人たちは、しばらく言葉を失っていた。
やがて、一人が口を開く。
「……俺たち、死んでましたよね」
「そうだ」
俺は否定しない。
「だから、帰ってきた」
三人は、深く頭を下げた。
帰路で、俺は思う。
かつての俺なら、
あの場で突っ込んでいた。
勝てるかもしれない、
という理由だけで。
だが今は違う。
冒険者の役目は、
敵を倒すことじゃない。
生きて帰る判断をすることだ。
それができたなら――
今日は、十分だ。




