第37話~灰の孵化~
灰の繭が、大きく脈打った。
洞窟の空気が震える。
鼓動のような振動が、足元から骨へと伝わってくる。
次の瞬間、繭の表面に亀裂が走った。
嫌な音だった。
濡れた布を引き裂くような、粘ついた破裂音。
「来るぞ!」
短剣使いが叫ぶ。
亀裂が広がり、灰が噴き出した。
霧のように散る粒子の中から――何かが落ちてくる。
一つ。
二つ。
三つ。
さらに三つ。
合計六体。
それらは地面に着地すると同時に、ぎこちなく立ち上がった。
灰喰いの幼体。
森で戦った個体よりも小さい。
だが、その輪郭はより鋭く、濃い。
胸部にはむき出しの核が浮かび、暗い光を放っている。
「孵化が早すぎる……!」
魔法使いの声が震える。
母体の破壊が進む前に、幼体が強制的に切り離された。
つまり――
防衛のための緊急孵化。
六つの影が同時に動いた。
速い。
短剣使いが横へ跳ぶ。
幼体の一体が通り過ぎ、背後の岩壁に突き刺さる。
灰が爆ぜ、洞窟の空気が揺れる。
「核が露出してる!」
だが安心はできない。
幼体が一斉に顔を上げた。
その瞬間。
恐怖が押し寄せた。
頭の奥を直接掴まれるような感覚。
精神防護がきしむ。
魔法使いが歯を食いしばる。
「……持たない……!」
六体同時の精神干渉。
森の個体より弱いはずなのに、数が違う。
防護の光が揺らぎ始める。
一方、主坑道。
中央洞窟へ向かっていた大盾の男が、異変を感じて足を止めた。
坑道の奥から、灰が逆流してくる。
「……戻ってきたか」
母体が危険を察知した。
守護粒子が一斉にこちらへ集まる。
灰の小型体が、再び形を作り始めた。
しかも数が増えている。
「ちっ……」
槌を握り直す。
洞窟はもうすぐそこだ。
だが前方の通路が、灰の群れで塞がれていく。
孤立。
完全に分断された。
中央洞窟。
幼体六体が三人を囲む。
円を描くように動く。
距離を詰め、また離れる。
狩りの動きだ。
「二体来る!」
短剣使いが叫ぶ。
右から二体。
同時に突っ込んでくる。
刃が閃く。
一体の腕を斬り裂く。
灰が散る。
だが幼体は止まらない。
もう一体が背後へ回る。
魔法使いが反射的に魔力を撃ち込む。
圧縮魔力。
直撃。
幼体が壁に叩きつけられる。
しかし。
洞窟の中央で、繭が再び脈打った。
灰が幼体へ流れ込む。
損傷が回復していく。
「再生してる……!」
短剣使いが歯を食いしばる。
核を壊さなければ終わらない。
だがその瞬間、頭の奥が軋んだ。
視界が歪む。
足元が揺れる。
精神防護が限界に近い。
魔法使いの額に汗が流れる。
防護の光が、ひび割れのように揺れる。
「あと……少し……!」
その瞬間、防護が一部崩れた。
恐怖が直接流れ込む。
洞窟の壁が歪む。
空気が濁る。
視界の端に、あり得ない影が映る。
何かが囁く。
逃げろ。
勝てない。
終わりだ。
「……違う!」
短剣使いが叫ぶ。
自分に言い聞かせるように。
幼体が跳ぶ。
核を狙う。
刃が胸部へ突き刺さる。
硬い感触。
だが浅い。
幼体が暴れ、刃を弾く。
さらに三体が同時に動いた。
包囲が狭まる。
魔法使いが叫ぶ。
「防護……崩れる!」
光が裂ける。
精神干渉が一気に強まる。
膝が落ちそうになる。
その時。
洞窟の入口で、轟音が響いた。
灰が吹き飛ぶ。
巨大な影が突っ込んでくる。
大盾の男だった。
盾で灰の群れを弾き飛ばし、中央へ飛び込む。
「待たせた!」
幼体が一斉に振り向く。
六つの核が、暗く光る。
完全に包囲された。
だが今度は三人ではない。
四人だ。
大盾の男が盾を地面に叩きつける。
衝撃が洞窟を揺らす。
「数が増えただけだ」
槌を構える。
灰の幼体六体。
母体の繭。
そして崩れかけの精神防護。
戦いは、ここからだった。




