第36話~廃坑強襲~
夜明け前の空気は、冷たく澄んでいた。
北方廃坑の入口には、まだ光が差し込んでいない。薄い霧が地面を這い、坑道の闇は黒く口を開けている。
三人は入口から少し離れた岩陰で装備を整えていた。
今回は、ただ突入するだけではない。
作戦がある。
地面に広げられた簡易地図には、坑道の構造が描き込まれていた。
「主坑道が正面。ここは母体型の繭が確認された場所だ」
指が中央の赤印を叩く。
「旧採掘路が左右に二本。崩落が多いが、通れないわけじゃない」
短剣使いが頷く。
「右側の旧採掘路は細い。あれだけの灰の量なら通りにくい」
「だから本命だ」
作戦は単純だった。
大盾の男が主坑道から突入し、灰の注意を引きつける。
その間に、別ルートから核へ接近する。
魔法使いが精神防護を最大強度で展開する。
「これでも長くは保ちません」
「十分だ」
大盾の男が笑う。
「時間は?」
「十分」
それ以上は危険域に入る。
つまり、十分快内に核へ到達し、破壊する必要がある。
全員が頷く。
準備は整った。
「行くぞ」
大盾の男が立ち上がり、主坑道へ向かう。
重い足音が坑道に響く。
それはわざとだ。
注意を引くための音。
奥へ進むほど、灰の粉が増えていく。
やがて。
ざわり。
空気が動いた。
灰が、動く。
坑道の奥から、粒子の流れが押し寄せてくる。
大盾の男は止まらない。
盾を地面に叩きつける。
轟音が坑道に響く。
「来い!」
灰が渦を巻く。
壁、天井、地面。
あらゆる場所から粒子が集まり、形を作り始める。
未完成の灰喰い。
核を持たない小型体。
それでも数が多い。
同時に、右側の旧採掘路。
二人は静かに進んでいた。
こちらは狭い。
身を屈めなければ通れない。
だが、灰の量は少ない。
主坑道に引き寄せられている。
「うまくいってる」
短剣使いが囁く。
だが安心はできない。
母体型は中央洞窟にある。
そこへ近づくほど、魔力密度が高くなる。
魔法使いが眉をひそめる。
「反応が増えている……」
壁面の灰が震える。
小さな粒子が集まり、球体を作る。
孵化しかけている。
「急ぎます」
二人は速度を上げる。
一方、主坑道。
大盾の男は完全に囲まれていた。
灰の小型体が次々と形を成し、襲いかかる。
盾で受ける。
叩き落とす。
だが数が減らない。
むしろ増えている。
「……なるほどな」
母体型の守護。
核へ近づく者を止めるための防衛機構。
だが役目は果たしている。
灰は完全にこちらへ集中していた。
「さっさとやれ」
呟きながら、槌を振るう。
旧採掘路の先に、空洞が見えた。
中央洞窟。
前回見た灰の繭が、さらに巨大化している。
脈動が強い。
そして――
核の芽が増えている。
十以上。
「まずい」
魔法使いの声が震える。
「孵化が早まっている」
灰が二人に気づく。
粒子が一斉に流れ始める。
守護がこちらにも回り始めた。
「時間がない」
短剣使いが走る。
繭の表面へ飛び込み、刃を突き立てる。
灰が裂ける。
だが厚い。
核はまだ奥だ。
「魔力を集中します!」
魔法使いが詠唱を始める。
周囲の魔力が渦を巻き、繭の中心へ圧縮される。
内部構造が露わになる。
核の塊。
複数。
「中心を!」
短剣使いが踏み込む。
灰が逆流する。
守護粒子が体に絡みつく。
それでも刃を振るう。
核まで、あと一歩。
一方、主坑道。
大盾の男の呼吸は荒い。
灰の数は減らない。
だが突然。
動きが鈍った。
「……来たか」
核への接触。
母体の集中力が分散している。
ならば。
盾を構え直し、前へ踏み出す。
「俺も行くぞ」
灰の群れを押し返し、中央洞窟へ向かう。
強襲は、まだ終わっていない。
核は目の前だ。
だが。
灰の繭が、大きく脈打った。
内部の光が、一斉に強くなる。
孵化の瞬間が近づいていた。




