第35話~灰は呼応する~
廃坑から戻ったその日のうちに、緊急報告会が開かれた。
ギルドの会議室には地図が広げられ、北方廃坑の断面図が中央に置かれている。灰の繭の位置は赤で記された。
「母体型、と仮称する」
ギルドマスターが言う。
「放置すれば複数個体が同時発生する可能性が高い」
森の遊撃型は単体でも脅威だった。
それが群れで現れれば、町の防衛線では止めきれない。
「強襲しかありません」
魔法使いが口を開く。
「孵化前に核を破壊する。ですが通常の接近では囲まれる危険が高い」
短剣使いが地図を指でなぞる。
「坑道は三本。主坑道は正面突破。だが左右の旧採掘路は崩落寸前。小規模の迂回なら可能かもしれない」
大盾の男が腕を組む。
「陽動と本命を分ける」
正面で注意を引きつけ、その間に核へ到達する。
問題は、孵化の速度だ。
「前回より魔力密度が高い」
魔法使いが静かに続ける。
「核が複数芽生えていました。個体化が始まれば、内部から一斉に展開します」
会議室に重い沈黙が落ちる。
そのとき、書記が慌ただしく入室した。
「緊急報告です」
追加の報告書が机に置かれる。
南西街道沿いの廃砦。
東部湿原の古井戸。
いずれも“灰状粒子”の目撃。
部屋の空気が変わる。
「……同時発生?」
短剣使いの声が低くなる。
「時期は?」
「ほぼ同時刻です」
森の個体を討伐した翌日から、各地で反応が強まっている。
偶然とは思えない。
魔法使いがゆっくりと言う。
「もし灰喰いが単なる魔物ではなく、核同士で魔力を共有しているとしたら」
「共有?」
「通信です」
森で核を破壊した瞬間、強い衝撃が走った。
あれは単なる断末魔ではない可能性がある。
「核が砕けた際、放出された魔力波が他の集積体に届いた」
「刺激になった、と?」
「もしくは信号」
母体型が活性化していた理由。
他地域での同時反応。
すべてが繋がる。
「灰は、呼応している」
大盾の男が呟く。
もしそうなら。
母体型を一つ潰しても終わらない。
連鎖する。
「ならば」
ギルドマスターが決断する。
「同時多発的に叩く必要がある」
だが戦力は限られている。
すべての地点へ主力を派遣することは不可能だ。
「優先順位を決める」
北方廃坑は町に最も近い。
孵化が確認されれば被害は甚大。
「ここを最優先とする」
強襲は明朝。
だが今度は単なる討伐ではない。
時間制限がある。
他地域の動きも視野に入れねばならない。
会議が終わり、外へ出る。
夜風が冷たい。
「繋がってるってことは」
短剣使いが空を見上げる。
「一体が強くなれば、他も強くなる可能性がある」
「逆もあり得る」
魔法使いが応じる。
「母体型を破壊すれば、他の活性が弱まるかもしれない」
希望的観測だ。
だが可能性はある。
大盾の男が拳を握る。
「なら、やることは変わらない」
母体型の核を破壊する。
それが全体の流れを断ち切る鍵かもしれない。
遠く、北方の空がわずかに霞んで見えた。
灰は拡散している。
だが、まだ間に合う。
強襲は明朝。
陽動班と本命班に分かれ、核へ直行。
精神防護は最大強度。
退路は確保しない。
完全破壊が前提。
夜は静かだった。
だがその静けさの下で、灰の鼓動は確かに広がっている。
繋がる核。
呼応する群れ。
母体を断てるかどうかで、流れは決まる。
夜明けは、近い。




