表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/39

第34話~廃坑の呼吸~

北方廃坑区画。


 かつては良質な鉱石を産出したというその場所は、今では封鎖指定区域になっている。坑道は崩落と放棄を繰り返し、地図も完全ではない。

 入口に立った瞬間、空気が違った。


 冷たい。

 それだけではない。


 重い。


 湿気に混じる、かすかな焦げ臭さ。


「……灰だ」


 短剣使いが地面を指でなぞる。


 指先に付着したのは、ごく薄い灰色の粉。


 森で見たそれよりも、さらに細かい。


 魔法使いが簡易感知を展開する。


 青白い光が坑道へ滑り込むが、数歩進んだところで揺らいだ。


「魔力が歪んでいます。流れが一定じゃない」


「風は?」


「ありません」


 なのに、奥から“何か”が揺れている感覚だけが伝わる。


 大盾の男が前に出る。


 足音が、やけに大きく響く。


 坑道の壁面には、古い掘削跡と補強材の残骸。だが所々に、不自然な擦過痕があった。


 鋭い爪のような線。


 しかもそれは、上へ、天井へ向かって伸びている。


「登る?」


「違う」


 短剣使いは首を振る。


「這い上がってる」


 その言葉が、空気をさらに冷やした。


 進むにつれ、灰は濃くなる。


 やがて足跡が現れた。


 いや、足跡ではない。


 円形に抉られた跡が、一定間隔で並んでいる。


 何かが“浮きながら接地した”ような痕跡。


 魔法使いが小さく呟く。


「森の個体より、魔力密度が高い……」


 反応が、はっきりしている。


 奥へ進むほど、空気の圧が増す。


 突然、壁面が崩れ落ちた。


 三人が即座に構える。


 だが敵は現れない。


 崩落面の奥に、空洞が広がっていた。


 自然洞窟。


 そして中央には――


 巨大な灰の塊。


 脈動している。


 生き物のように。


「……核?」


 いや、違う。


 森で見た核は、もっと凝縮されていた。


 これは拡散している。


 まるで繭だ。


 灰が、ゆっくりと呼吸するように膨張と収縮を繰り返す。


 そのたびに、坑道の空気が震える。


 恐怖が込み上げる。


 視界の端が揺らぐ。


 だが今回は崩れない。


 魔法使いが精神防護を強化する。


「これは個体じゃない」


 短剣使いが灰の周囲を観察する。


「繭なら……中身がある」


 大盾の男が低く言う。


「孵化前、か?」


 森の灰喰いは、完成に近い形だった。


 だがこれは――育成段階。


 つまり、あの存在は単独で発生したのではない。


「繁殖……?」


「あるいは分裂」


 魔法使いが震える声で答える。


「核を中心に魔力を集め、一定量に達すると個体化する」


 森で倒した個体は、完成体に近い“収束型”。


 目の前のこれは、“集積型”。


 性質が違う。


 ならば。


「種類があるってことか」


 短剣使いの言葉に、誰も否定できなかった。


 その時。


 繭の内部で、光が走る。


 灰の表面がひび割れた。


 中から覗いたのは、暗い空洞。


 そして――


 複数の、光点。


「……目?」


 違う。


 魔力核の芽。


 ひとつではない。


 三つ、四つ、五つ。


 数え切れない。


 空気が震える。


 灰が、外へ流れ出す。


「撤退だ」


 即断。


 戦う段階ではない。


 これは“群れ”の前兆だ。


 坑道を駆け戻る。


 背後で灰が擦れる音が追ってくる。


 だが完全な個体化には至っていないのか、速度は遅い。


 外光が見えた瞬間、圧が消えた。


 振り返る。


 入口の奥で、灰が蠢いている。


 だが追ってはこない。


「……縄張り」


 短剣使いが息を整えながら言う。


「拠点防衛型か」


 魔法使いがうなずく。


「森の個体は遊撃型。廃坑のは母体型」


 灰喰いは単なる魔物ではない。


 生態系を持つ“種”だ。


 育成段階。

 分化型。

 核の多重化。


 報告内容は、森の比ではない。


 もしあれが完全孵化すれば。


 個体が複数、同時に誕生する。


 ギルドの想定危険度は、確実に引き上げられるだろう。


 だが同時に、確信もある。


 核は露出していた。


 破壊可能だ。


 ただし――


 準備なしでは、囲まれる。


 廃坑を背に、三人は静かに息を吐く。


 灰は、増えている。


 森の討伐は終わりではなかった。


 あれは、前触れだったのだ。


 廃坑の奥で、再び脈動が響く。


 まるで。


 世界のどこかで、別の鼓動が応えるかのように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ