第33話~灰の報告書~
森を出たとき、三人はほとんど言葉を交わさなかった。
勝利は確かだった。
だが、それは歓喜を伴うものではなく、生還に近い感覚だった。
ギルドの扉を押し開けた瞬間、ざわめきが広がる。
受付嬢が顔を上げ、目を見開いた。
「……戻られたんですね」
短い言葉に、どこか安堵が滲む。
灰の獣討伐の報告は、すぐに上層部へ回された。
応接室へ通されるという扱い自体が異例だった。
書記が記録板を構える。
「確認します。対象は灰色の粒子状個体。核を有し、精神干渉を行う……間違いありませんか?」
「間違いない」
大盾の男が即答する。
魔法使いが補足する。
「恐怖の投影ではなく、外部からの干渉です。防護がなければ、戦闘不能に陥っていたでしょう」
短剣使いは卓上に小袋を置いた。
中には、わずかに残った灰。
「核が崩れたあとに残ったものです」
室内の空気が変わる。
ギルドマスターが袋を見つめ、低く言った。
「……やはりな」
三人は顔を上げる。
「過去の記録に、酷似した存在がある」
古い文書が広げられる。
そこに記されていた名称は――
“灰喰い”
災害指定までは至らなかったが、複数の探索者が消息を絶った案件。
「当時は実体不明、討伐未確認。自然消滅と処理された」
「自然消滅じゃない」
短剣使いが呟く。
「成長途中だったか、核を維持できなかったか……いずれにせよ、放置すれば強化されていた可能性が高い」
魔法使いが頷く。
「核の密度は、完全体とは思えませんでした」
沈黙。
やがてギルドマスターが口を開く。
「君たちの評価を見直す」
正式な等級はすぐには変わらない。
だが内部評価――危険度対応能力は一段階上がる。
「今後、討伐対象の選定が変わるだろう」
それは昇格と同義だ。
だが同時に、より危険な依頼が回ってくることを意味する。
受付ホールへ戻ると、視線が違っていた。
軽口を叩いていた探索者たちが、静かに道を開ける。
羨望と、わずかな警戒。
灰の獣を討ったという事実は、それほど重い。
だが、それで終わりではなかった。
翌日。
再び呼び出しがかかる。
提示されたのは、新たな依頼書。
内容は簡潔だった。
――北方廃坑区画における異常魔力反応の調査。
備考欄には、こうある。
「灰状粒子の目撃報告あり」
三人は顔を見合わせる。
「残滓……じゃないな」
「別個体の可能性が高い」
魔法使いの声は静かだが、確信を含んでいる。
ギルドマスターが告げる。
「単独ではないかもしれん」
灰喰い。
それが種であるなら。
あれは“個体”に過ぎなかったのかもしれない。
依頼難度は、これまでより明らかに高い。
だが、拒否権はある。
しばしの沈黙。
大盾の男が笑う。
「選ばれたってことだろ」
短剣使いが肩をすくめる。
「逃げる理由もない」
魔法使いは小さく息を吐いた。
「次は、準備を倍にします」
灰の恐怖は消えていない。
記憶は鮮明だ。
だがそれ以上に、確信がある。
届く。
届かせられる。
依頼書に手を伸ばす。
物語は、ひとつ段階を上がった。
灰は散った。
だが影は、まだ残っている。




