表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/31

第28話~灰の足跡~

森へ入ったのは夜明け前だった。

 湿った土の匂いが濃く、靴底にまとわりつく。ギルドから渡された地図は簡素で、目印になるのは古い石碑と折れた大樹だけ。頼れるのは仲間の経験だった。

先頭は短剣使い。地面に顔を近づけ、落ち葉の乱れを一つひとつ確かめる。

「三日前の踏み跡。人じゃない。重さが違う」


 大盾の男は周囲を警戒し、木々の隙間を睨む。

「風向きが嫌だ。音が散る」


 魔法使いは小さく詠唱し、掌に淡い光を浮かべた。探知の補助魔法らしい。

「魔力の滞りがあります。ここ、何度も通ってる」


 それぞれの知識が静かに噛み合う。

 トロル戦の時よりも無駄がなく、言葉は短い。誰も先走らない。


 やがて、折れた大樹の根元で異変を見つけた。

 土が円形にえぐれ、周囲の草が灰色に変色している。焦げではない。枯死とも違う、色そのものが抜け落ちたような跡。


「これが報告にあった“灰”か」

 大盾の男が低く唸る。


 短剣使いは慎重に指先で触れ、すぐに手を引いた。

「冷たい……生き物の体温じゃない」


 魔法使いが光を強めると、空気がわずかに震えた。

「嫌な感じ。魔物というより、現象に近い」


 言葉が途切れる。

 森の奥から、風とも鳴き声ともつかない音が流れてきた。


 痕跡は点々と続いていた。

 木の幹に残る深い爪跡、折れた枝、引きずられた獣の骨。どれも規則性がなく、気まぐれに歩いたかのようで読めない。


「狩り方が定まってない」

 短剣使いが呟く。「本能だけで動いてるかも」


「それが一番厄介だ」

 大盾の男の声が硬くなる。


 進むほどに、胸の奥が重くなる。

 見えないはずの何かが背後に立っているような感覚。誰も口には出さないが、足取りは自然と狭く寄った。


 そして、石碑の近くで“それ”を見つけた。


 巨大な足跡。

 だが形が定まらない。狼にも熊にも似ていない。縁がぼやけ、灰が渦を巻くように溜まっている。


 魔法使いが息を飲んだ。

「生き物の痕跡じゃ、ない……」


 短剣使いは周囲を見渡し、声を落とす。

「ここで引き返した連中の気持ち、わかる」


 大盾の男は無言で盾を握り直した。

 言葉よりも、その仕草がすべてを物語っている。


 存在するだけで人を怯ませるもの。

 姿を見せずとも、心の奥に冷たい手を差し込むもの。


 まだ遭ってもいないのに、勝ち筋が想像できない。

 トロルのような力でも、ゴブリンのような数でもない。もっと別の、理屈の外側にある何か。


 森が静まり返る。

 鳥も鳴かない。風さえ息を潜めたようだった。


「今日はここまでにしましょう」

 魔法使いの声はかすかに震えていた。


 誰も反対しなかった。

 得られたのは情報と、そして確かな恐怖。


 灰の足跡は、森の奥へと続いている。

 その先にいるものが何なのか――まだ誰も知らない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ