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第27話~次の標~

 トロル討伐から一週間。

 ギルドの空気は、わずかに変わっていた。掲示板の前に立つ冒険者の視線が、以前よりも慎重になり、受付の声もどこか張りがある。大物を仕留めたという事実が、町全体の警戒心を一段引き上げたらしい。

 その日、呼び出されたのは昼下がりだった。

 奥の会議室にはギルドマスターと数名の職員、そしていつもの仲間たちがそろっている。机の上には地図と数枚の依頼書。どれも赤い印がつき、緊急性を示していた。


「トロルの群れを片付けたおかげで、周辺の危険度は下がった」

 マスターはそう前置きし、指先で地図の一点を叩く。

「だが、その空白に別の影が入り始めている」


 候補は三つ示された。

 一つは鉱山跡に現れた“石喰い”。岩を砕き進む魔物で、装備の消耗が激しい。

 二つ目は街道沿いの湿地に巣を作った“泥蛇”。毒が強く、討伐より駆除の色が濃い。

 そして三つ目が、森の境界に現れた“灰色の獣”。


「どれも一筋縄ではいかない」

 職員が補足する。「だが、今の戦力なら選択肢に入る」


 仲間たちは顔を見合わせた。

 大盾の男は腕を組み、短剣使いは地図の縮尺を確かめ、魔法使いは依頼書の注記を読み込む。会話は自然と始まった。


「石喰いは正面戦闘向きだ。盾は活きる」

「けど装備が削れる。長期戦は不利」

「泥蛇は魔法で焼けるけど、解毒の手間が大きいですね」

「灰色の獣は情報が少なすぎる」


 言葉が交差する中で、視線は一つの紙に集まっていく。

 “灰色の獣”――被害は小規模だが、目撃証言が曖昧で、姿も一定しない。ある者は狼と言い、別の者は人に近いと語る。


「未知は危険だが、放置もできん」

 マスターが静かに言った。「成長する可能性がある」


 沈黙が落ちる。

 誰も即断はしない。トロル戦の記憶がまだ新しく、勢いだけで選ぶ愚かさを全員が知っていた。


 短剣使いが口を開く。

「痕跡を追える仕事なら、まずは偵察から入りたい」


 大盾の男も頷いた。

「正体を掴んでから叩く。それなら無理はない」


 魔法使いはメモを閉じ、ゆっくり息を吐く。

「未知に触れるのは怖いけど、知れば対処できる。そういう相手だと思う」


 結論は自然と固まった。

 討伐ではなく調査。危険度を測り、戦う価値と方法を探る――それが次の標。


「慎重でいい」

 マスターは満足げにうなずく。「無謀な英雄より、生き残る冒険者を育てたい」


 手続きはその場で進み、簡易契約が交わされた。

 出発は三日後。森の境界までの護衛付き移動、現地での痕跡収集、必要なら即時撤退。条件は現実的だった。


 会議室を出ると、酒場の喧騒が耳に戻る。

 仲間たちはそれぞれの準備を思い描きながら、軽い言葉を交わした。


「次は匂いとの戦いだな」

「罠より足跡ですね」

「盾は置物にならんといいが」


 笑いが混じる。

 トロルの時にはなかった柔らかさが、確かにそこにあった。


 掲示板の前を通り過ぎると、見知らぬ新人たちが依頼書を眺めている。

 かつての無鉄砲な背中が、ふと重なった。


 次に選んだ道は、派手ではない。

 だが確実に前へ進む一歩。ギルドが示した標は、静かに森の方角を指していた。

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