第24話~極限の先にあるもの~
トロルの血の匂いがまだ鼻の奥に残っていた。
勝った――その事実だけが、ゆっくりと身体の内側に染み込んでいく。だが胸の中にあるのは高揚よりも、奇妙な静けさだった。
あの洞窟で、俺は二人を死なせた。
魔法使いの彼女は震える手で杖を握り、弓使いの男は毒に侵された足で最後まで立っていた。俺は何も知らなかった。ライセンスさえあればどうにでもなると、本気で思っていた。
ノーマルをいくつも集めれば最強になれる。
そんな浅い考えで突き進んだ結果が、あの光景だった。
だが今日、俺たちは生きて帰ってきた。
盾役が前で受け止め、短剣使いが死角を縫い、魔法使いが詠唱を通す。その間を繋ぐように俺は斬撃を差し込み、罠で足を奪った。
誰か一人が強かったわけじゃない。
ライセンスの“数”でもない。
――使い方だった。
ノーマルの斬撃は、単体では大した威力じゃない。
罠のライセンスも、トロル相手では痺れさせるのが精一杯。
魔法だって派手な上位術式ではない。
それでも勝てた。
それぞれのライセンスが、必要な瞬間に必要な形で噛み合ったからだ。
「お前の判断がなけりゃ、何度か死んでたな」
盾役の言葉を思い出す。
俺はただ必死だっただけだ。だがその“必死さ”の中で、ライセンスは今までにないほど鋭く応えてくれた。
極限状態――。
あの瞬間、斬撃はいつもより速く、罠はいつもより深く効いた。
意識が研ぎ澄まされ、身体より先にライセンスが動く感覚。
もしかすると、あれが――。
マスターランクへの手がかり。
ノーマルを何度振っても届かない壁。
ただ回数を重ねるだけでは発芽しない才能。
死に近い場所で、限界まで酷使したときだけ、ライセンスは別の顔を見せるのかもしれない。
思えば、ドワーフの戦士も言っていた。
「生きるか死ぬかの一振りが、刃を鍛える」と。
俺はこれまで安全な場所でノーマルを集めてきただけだった。
知識としてのライセンス。
資格としてのライセンス。
だが本当は違う。
ライセンスは、生き方そのものだ。
使い、傷つき、選び、守る。その積み重ねの先にしか、上位は存在しない。
失敗の記憶と今日の勝利が、ようやく一本の線で繋がった気がした。
あの二人の死は消えない。
忘れるつもりもない。
だからこそ、俺は同じ場所には戻らない。
数を誇るだけの冒険者にはならない。
誰かを守るために使える力――それが俺のライセンスでありたい。
トロルの討伐証を握りしめながら、俺は静かに息を吐いた。
次に踏み込む場所は、きっともっと深く、もっと危険だ。
それでももう逃げない。
極限の先に、答えがあるのなら。
俺はそこへ行く。




